第二十七話「始動」
高級感漂う宿の雰囲気に少し慣れてきていた普段の朝食の時間。
その宿で出される豪華な朝食を囲んでいる三人組みの姿があった。
「今日で三日目かな? 全然話が進まないね」
俺は朝食に手を伸ばしながら二人に世間話をするように話した。
セルビアに着いてイグノーツと別れてから一度もその姿を見ていなかった。
「俺は国の内情なんて難しい話は分かんねえよ」
「私達に迷惑がかからないように色々手を回してるんじゃない?」
エルには珍しくイグノーツを気遣うような発言だった。
確かにエルの言う通りか。
恩人にお礼をする為にここまで連れてきたのに迷惑掛ける訳にはいかないか。
恐らく今国の中でイグノーツと殺そうとした相手が睨み合っているのだろう。
誰が犯人か分かってるって言ってたけど、どういう状況なんだろうか。
「イグノーツさんって何人兄弟なんだろ?」
やっぱり兄弟がいっぱい居て政権争いが激しいのだろうか。
さすがに二人に聞いて答えが出てくる訳ないか。
「三人だろ」
「うん」
予想外に二人共知っているようで即答した。
こういう知識で負けるのは初めてだぞ……。
「二人共よく知ってるね」
「お前が知らないことに驚きだ。町を歩いてたら嫌でも耳に入ってくるだろ」
「お兄ちゃんはほとんど稽古してるからね」
エルも俺と一緒に動いてるじゃないか。
元から知っていたのだろうか。
というか三人兄弟って少なくないか? 王族なのに。
「三人兄弟って少ないね」
「そんなもんだろ。そんなぼこぼこ産めやしねえよ」
「それはそうだろうけど……」
いやそりゃ一人だとそうだろうけど。
側室とかなんか色々あるんじゃないのか?
俺がうーんと考えていると、エルが言った。
「お兄ちゃん、結婚したらそんなに子供作る気なの?」
意外だね、と笑いながらそんなことを言っているエルだが。
俺と王族では立場が違うだろう。
そもそも俺はまだ子供を作ることを考える歳ではない。
「いや、僕はそんなこと考えたことないけどさ
そもそも僕と王族の人とじゃ立場が違うじゃん」
「何で?」
「やっぱり正妻の他にいっぱいいるんじゃないの?側室とか」
「「は?」」
感情表現乏しい二人が驚いた顔で俺を見ている。
何かおかしいこと言ったか?
「お前、いっぱい嫁もらおうとか思ってんのか?」
「そんな訳ないだろ」
「お兄ちゃん、お嫁さんは一人だけだよ」
「身分の高い人も?」
「うん」
ここは異世界ではなかったのか。
何故か一夫多妻制なんて当たり前だと思っていた。
でも平民はいいけど、それ以外の人は色々問題があるのではないか?
俺の考えを他所にランドルが呆れたように言った。
「お前から常識がない言葉が出るのは初めてだな」
「何故か勘違いしてたよ。どこ行ってもそうなの?」
「お兄ちゃん、カルバジア大陸は一部を除いて大体そうだよ。
コンラット大陸はお兄ちゃんの思ってた通りだけど」
「でも王族とかは問題にならない?
子供が全員亡くなったりしたらどうするのさ」
「その時は他の奴が繰り上がるだろ。
優先順位が違うだけで身分の高い奴は腐るほどいるしな」
「びっくりだよお兄ちゃん。浮気はだめっていつも言ってるのに」
そう言って呆れる二人。
情けなく質問する俺に、エルが詳しく説明してくれる。
カルバジア大陸では結婚して妻となれるのは一人だけらしい。
もちろん離婚したりどちらかが死去した場合は別だが。
一部では一夫多妻制の国もあるらしいが、少数だということだ。
もちろん国に属さない辺境の村や町などは関係ないが、皆それが常識だと思っている。
そしてコンラット大陸は一夫多妻制の国が多いらしい。
こちらは俺の想像通りだ。
一人に絞れなかった男が女を引き連れてコンラット大陸に移り住むこともあるみたいだ。
その逆に一人の女が多くの男に囲まれてることもあるらしい。
正直驚いた。
俺が驚くよりエルとランドルのほうが俺に驚いていた様子だが。
カルバジア大陸で生まれ育って知らないのは異常らしい。
思えば俺が当たり前だと思っていただけで嫁が何人もいる家族は見なかったな。
モテる冒険者が女に囲まれている光景はよく見たが。
これも勘違いの要因だ。
このことはわざわざ教えられることでもないみたいだし。
最初から知識を持っていた俺が勘違いするのも仕方ないと思うのだ。
ということは、イグノーツ誘拐の犯人は兄弟の内の二人のどちらか。
もしくは両方か。
他にも色々な奴が絡んでいるのは間違いないだろうが首謀者は恐らくそうだろう。
「イグノーツさんの他の兄弟ってどんな人なの?」
「兄と姉がいるらしいが、姉は変人って聞いたな」
「私もよく知らないけど、姉はおかしいって聞いたよ」
民衆から変人って言われる王族の女って何者だ。
でもイグノーツも庶民派だし変わってるといえばそうだな。
兄も首謀者だったら十分おかしいだろう。
変人兄弟だな。
そしてイグノーツは末っ子か。
イグノーツが兄と姉を殺害しようとするなら分かるが、一番下の弟に何か警戒しているんだろうか。
今日ローラにちょっと聞いてみるか。
前までは関わらないようにしようと思っていたが。
思っていたよりこの国に滞在することになりそうだからな。
何か起きた時に情報は多いほうがいい。
俺達は食事が終わると、宿を出た。
ランドルは相変わらず一緒に来ることはなく、宿の前で別れた。
俺とエルはここに来てからの日課になっている流水流の道場へ向かった。
「ふぅ……」
カロラスの時と違ってぶっ倒れるまで剣を振ることはない。
しかし、この剣士達が剣術の腕を磨くことに全てをつぎ込んでいるこの空間は心地良かった。
俺も普段よりも多く剣を振ってしまっていた。
さすがに誰かと打ち合うようなことはない。
そもそも俺がここで剣を振っているのが異例なのだ。
ここの道場の剣士達は休憩を挟みながら朝から晩まで稽古するらしい。
俺は休憩を挟まずぶっ通しだが、どちらの方がいいのだろうか。
ローラも護衛がある時以外は朝から晩まで稽古漬けらしい。
俺は他の剣士の邪魔にならないよう、流帝にだけ挨拶して道場を去ろうとするが。
「アルベルさん」
「はい?」
振り向くとローラがいた。
またどこか案内してくれるのだろうかと思ったのだが。
「今日の夕暮れ時に宿に居てもらっても大丈夫ですか?」
「はい、構いませんよ。何かあるんですか?」
「すいません。ここでは言えませんが、例のことです」
イグノーツのことか。
謝礼金などの話が決まったのだろうか。
言えない話って、まさか本人が来るんじゃないだろうな。
「分かりました。宿で待機しておきますね」
「ありがとうございます」
ローラが微笑んで頭を下げると、俺達は道場を出た。
特にすることもないのでエルに提案する。
「エル、また銭湯行ってもいいかな?」
「うん。私も行きたい」
そう言って賛同してくれるエルを引き連れて銭湯へ向かった。
俺は昨日から銭湯中毒になっていた。
稽古の疲れを癒すかのように湯に浸かっていると、ついつい長風呂になってしまった。
まずい、エルを待たせているだろうか。
俺は少し焦りながら風呂場から上がり、服を着て脱衣所を飛び出す。
すると店の前にはやはりエルが居た。
エルの体からは少し湯気が立っていて、まだ風呂上りな感じだ。
自分の妹ながら艶めかしい。
「エル、待たせてごめんね」
俺がそう言うと、エルは微笑んだ。
「全然待ってないよ。帰ろ?」
そう言って二人並んで歩き出す。
微笑みながら俺に話しかけてくるエルを見て思った。
こういう日常は町を出てからすっかり忘れていた。
普段はセリアに追いつく為に焦りながら生きているが、やはりこういう日常も好きだ。
いつか落ち着いたら、セリアと幸せな日常を送ることができるだろうか。
今、セリアは何をしているんだろう。
宿に戻るとランドルの姿があった。
普段は夕食の時までは別行動だが、今日は例の話もあるようだし集まっておこう。
「ランドル、少し話が進んだらしいから僕の部屋に居てくれるかな」
「あぁ、分かった」
「えぇー……」
「嫌ならお前が出ていけよ」
二人が言い合いをするのを放って俺は部屋に入る。
二人も遅れて部屋に入ってくる。
最終的にはいつも通り、ランドルが眉間に皺を寄せながら黙り込んでいる。
三人で部屋で世間話していると、扉がノックされた。
「はいー」
俺が扉を開けると、そこにはフードを被った二人組みがいた。
最初は怪しすぎると思ったがこの世界では割と顔と姿を隠すのはよくある事だ。
そしてその二人組みのフードの影から見える顔はイグノーツとローラだった。
イグノーツの表情は少し疲れたような表情をしていた。
正直使いの兵が来ると思っていた。
こんな所にいて大丈夫なんだろうか。
「どうぞ、お入りください」
そう言って部屋に案内すると、二人共何も言わずに頭を下げて部屋に入った。
俺が扉を閉めて鍵を掛けると、二人はフードを取った。
「皆さん、お待たせして申し訳ないです」
イグノーツがそう言いながら頭を下げる。
「いえ、大丈夫ですよ。それよりこんな所に来て大丈夫なんですか?
あ、座ってください」
俺がそう言って三つしかない椅子を指差すと、イグノーツは素直に座った。
俺とエルも腰掛け、ローラはイグノーツの後ろで、ランドルは壁を背にして立っていた。
俺達が座り込むと、イグノーツが口を開いた。
「私は元々町に下りて町の方と話すのが好きなんですよ。
見事にそこを狙われてあんなことになった訳ですが」
苦笑いするイグノーツ。
イグノーツはそのまま苦しそうな笑みで続けた。
「今ここにいるのも正直、まずいです」
「なら何故?」
「これが皆さんと会える最後の機会になりそうでして。
直接感謝と謝罪を伝えたかったのです」
「謝罪とは?」
俺が言うと、イグノーツが少し申し訳なさそうに口を開いた。
「本来、皆さんには名誉が与えられるべきなんですが、少し難しい状況でして。
皆さんに迷惑が掛かりそうなので、謝礼金しか出せそうにありません」
そう言ってイグノーツはローラを見ると、ローラは懐から大きめの布袋を机に置いた。
ドンという音と共にキンッという金属音が鳴る。
恐らく金だ。
「金貨百枚が入っています。
申し訳ないのですが、これだけでも大丈夫でしょうか」
俺は恐る恐る袋の中を見ると、金貨が山のように入っていた。
冷や汗が流れる。
金貨一枚が十万円ほどだから……。
一千万円程の金額になるのか。
平凡な生活をするなら一生働かなくても暮らしていけるぞ……。
俺の横で、エルも袋を覗いて、うわ……と驚いていた。
驚いているだけであまり嬉しそうには見えないが。
ランドルを見ると、さすがにランドルも驚いた表情をしている。
しかし、正直金よりセリアを探す為に名誉のほうが欲しかったところだ。
ルカルドに行った時にもしすれ違いになった場合のことを考えていたから。
もちろんセリアが大陸に渡っていたらあまり効果はないが。
そして俺は金貨を見ながらさすがに確認する。
「こんなにもらってもいいんですか?」
「もちろんです。皆さんの功績からすると少ないくらいです」
「すいません、では有難く頂きます」
遠慮してもどうせ納得してもらえないだろう。
正直大荷物になると思っていたが、全部金貨なら問題ない。
持っているのが少し怖くなるだけだ。
俺は少し踏み込んでみた。
「やはり今、厳しい立ち位置に居られるんですか?」
俺がそう言うと、イグノーツは険しい顔をして口を開いた。
「はい、国に帰ってきたら国内の有力者に既に手を回されていました。
私の味方はもう少ないですね」
そう言って苦笑いするイグノーツはどこか諦めた様子に見えた。
死ぬ覚悟をしているんだろうか。
正直あまり関わりたくなかったが。
せっかく助けたのにそれは俺としてもいたたまれない。
それにいつものイグノーツと違うのは、エルを全然見ていなかった。
「失礼ですが、イグノーツさんは一番下の弟と聞きましたが。
なぜ命を狙われているのですか?」
別に末っ子なら問題にならないのではないのだろうか。
俺なんかが分からない国の事情があるのだろうか。
「兄上と考え方が正反対でして、私は嫌われているのです。
姉上は変わってまして、国の政治には興味を持っておりません」
要するに兄に狙われているということか。
イグノーツは民主主義すぎるのかな。
「この三日間に悪事の証拠を探したのですが、見つかりそうにありませんでした。父上もこの件に関しては動くことはありません」
「何故です?」
「どちらが勝つか、優秀か、判断しているのでしょう」
真剣な顔でそう言うイグノーツに、俺はもう何も言えなかった。
元より俺達がなんとかできるレベルを超えている。
俺は素直な気持ちを伝えることにする。
イグノーツは怒ったりしないだろう。
「僕達の手に負える話じゃないようですね」
「皆さんに迷惑をお掛けするつもりはありません。
明日の正午、町の処刑台で盗賊団の処刑が行われます。
それが済めば皆さんは目的の為に旅を続けてください」
イグノーツの言葉にランドルは目を瞑って少し下を向いた。
覚悟を決めたのだろうか。
「力不足で申し訳ないです。
色々とありがとうございました」
「皆さんには感謝してもしきれません。
旅の成功を祈っています」
そう言って最後に精一杯微笑むイグノーツは今にも壊れそうだった。
俺は顔を上げてローラを見る。
この国に来て一番世話になったのはローラだ。
「ローラさん、お世話になりました」
「いえ、アルベルさんのお陰で私の狭かった世界が広がりました。
次会った時は負けないように剣術の腕を磨いておきますね」
そう言って笑うローラも少し寂しそうだった。
彼女はどうするんだろうか。
護衛を辞めるのだろうか、それとも最後まで戦うのだろうか。
ローラの強さなら誰が相手でも自分が死ぬことはないか。
「はい、楽しみにしておきます」
「では、またいつか」
そう言って二人は深く頭を下げると去って行った。
見送るイグノーツの背中は小さく見えた。
その後夕食を取るが、あまり喉を通らなかった。
俺は文字の読み書きや計算ができるぐらいで、特に頭が良い訳ではない。
所詮、剣を振ることしか脳がないのだ。
もう少し俺が何か考えれる人間だったら状況は変わっただろうか。
そもそも俺は国の内情なんかに口を挟める人間ではないか。
イグノーツの後姿を思い出すと少し寂しくなった。
食事が終わると、ランドルは夜なのに外に出て行った。
さすがに呼び止めなかった、ランドルが悩むのも今夜が最後だ。
躓いた時にだけ、俺は手を差し伸ばせばいい。
俺はなかなか寝付けなかったが、エルの心地良い寝息を聞いていると次第にまどろみに落ちていった。
眠りの途中、俺は目を覚ました。
横ではエルの寝息が聞こえ、体温を感じる。
窓から差し込む月明かりが俺達のベッドを照らしていた。
時は深夜。
俺は一瞬で覚醒するとベッドから飛び起き、ベッドの横に置いていた剣を抜いた。
「なに……? お兄ちゃん……?」
俺の起こした行動で起きたらしいエルが声を掛けてくるが。
俺は返事も返さなければ振り向くこともない。
ただ、扉を見つめて構えていた。
その様子にエルも何かが起きていることを感じたのか、急いでベッドから降りた。
杖を取るような音が聞こえてくる。
殺気は感じた訳ではない。
ただ、強大な何かが俺を探しているような感覚が襲った。
しばらくすると、コツ、コツと足音が聞こえてくる。
その足音は、俺達の部屋の前で止まった。
キィーっと扉が開く、その瞬間、俺は威圧するように闘気を放った。
一瞬だが、全力の闘気。
俺の闘気が一瞬広い部屋を包む。
しかしその威圧をものともしないように、扉を開ける手は止まらなかった。
扉の先に立っている人物を見た瞬間、俺は闘気を収めた。
少し体が痛んだが、闘気の開放は一瞬だったのですぐに痛みは消えた。
俺は呆気にとられながら口を開く
「流帝……アデラスさん?」
「やっぱりローラと立ち合った時は本気じゃなかったのね」
そう言う流帝に、いつもの微笑みはなかった。
切羽詰った表情をしている様に見える。
俺は流帝の言葉を無視して聞く。
「何故ここに?」
闘気は抑えたが、まだ一応剣は構えたままだ。
後ろにいるエルも恐らく杖を構えているだろう。
「そんな身構えなくていいのよ、敵意はないから」
そう言う流帝の言葉を聞いて少し悩んだが、俺は剣を降ろした。
流帝が本気で俺を殺しにきたならどうせ勝てないのは分かっている。
俺が剣を降ろすと、流帝は少しだけ微笑んで言った。
「ただ私の話を聞いてほしいだけよ」
「話……?」
そう言う流帝は少し申し訳なさそうな顔だった。
「今、盗賊団が開放されて城で暴れてるわ」
「は?」
何を言っているかよく分からない。
何が起こっているのだ。
「開放って誰が?」
「ラルド王子でしょうね」
「イグノーツさんの兄ですか?」
「そうよ」
少し理解した。
盗賊団を開放して場が荒れている状況で王子を殺害しようとしているのか?
いやそんな回りくどいことしなくとも……。
「あの盗賊団が暴れたところですぐに取り押さえられそうですが」
「ほとんどの兵士は動けないわ。分かるでしょう?」
確かに、もうイグノーツの味方はあまりいないのだったか。
でもほとんどの兵士と言っても大国の兵士の数は尋常じゃない。
イグノーツを守る兵士は大勢いるだろうし盗賊団に遅れをとることはないだろう。
というか、何故それで俺達の所に来るのかが意味が分からない。
「一応は……。それで、何故僕達の所に?」
「ローラが行っちゃったの」
流帝は少し悲しそうに言った。
ローラが行けばあの盗賊団なんて瞬殺だろう。
「ローラが行ったなら解決でしょう?
アデラスさんがここに居る理由がやっぱり分かりません」
「ローラじゃ勝てない相手がいるのよ。
貴方がここに来る前に私が捕らえた首領の男」
ローラが勝てない?
そういえば首領の男は凄腕らしいが捕まったと聞いたな。
首領は流帝がやったのか。
というか何回聞いても話が見えなく、俺は少し苛立っていく。
「なんでアデラスさんが行かないんですか?」
「事情があるのよ。私達は動けない」
その言葉に、俺も察する。
脅迫されているのだろう、私達ということは流水流が。
「それは娘の命よりも大事なことなんですか?」
そう言う俺に、流帝は迷わずに言った。
「ローラは既に一人前の剣士よ。自分の命をどう使うかはローラが決めること。そして私にも道場を守るという使命がある。だから、私に出来る事はここまで」
それだけ言うと、流帝は俺達に背を向けた。
「ローラを助けてあげてとお願いするつもりはないわ。ただ話を聞いて欲しかっただけよ。それで貴方が取る選択に私達は関係ないから」
「もし僕が動かなかったら?」
「それこそ何も思わないわ。貴方も一人前の剣士なのだから」
流帝は再び扉を開けて去って行った。
俺は少し固まったままでいると急に脳が動き出し、乱暴にいつもの剣士服に手を掛けた。
寝巻きの上からそのまま着込む。
エルもローブを羽織ったが、俺は大きい声で言った。
「エルはだめだ、待っててくれ」
「嫌だよ、分かってるでしょ」
「今回は本当にだめだ。
ローラさんが勝てない相手からエルを守れる自信がない」
「守ってくれなくていい」
正直分かっていたが、絶対に引いてくれない。
置いて行っても後から着いてきてしまうだろう。
歯がゆいが目の届く範囲にいるほうが安心か。
「分かった。エルは戦闘には参加しない、
姿を出していいのは怪我人を治癒する時だけだ。約束できる?」
「うん、分かった」
それだけ言うと飛び出すように部屋を出た。
隣の部屋を乱暴に叩いて扉を開ける。
しかしその部屋には誰もいなかった。
巨体のランドルの姿は見えなかった。
「まだ帰ってないのか……」
ランドルは頼りになる。
悪いが着いてきてもらおうと思ったのだが。
いないものは仕方ない、俺はエルを連れて宿を出た。
宿の外から城を見ると、暗闇で分かりにくいが、煙が上がっているように見えた。
ここは城から離れているし、深夜で人通りも少ない。
気付かなかったのも仕方ないだろう。
俺は何も言わずエルを抱えると走り出した。
夜にもう一話更新します。




