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好きな子追いかけてたら英雄になってた  作者: エコー
第三章 冒険者

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第二十五話「セルビア王国」


 王国から兵士が来た翌日。


 俺達は移動の準備が整った後、町の門へと赴いた。

 門では数台の馬車が用意されていて、それを囲む護衛の兵士が数十人程見えた。


 盗賊達も拘束されていて大きめの馬車に乗せられているようだった。

 その中にはダンテの姿もあった。

 五日程の移動で大袈裟だなと一瞬思うが、王子の護送に盗賊団の移送なら当たり前かとすぐに納得する。


 俺達が着くとイグノーツは既に待っていたようで、俺達に気付くと笑みを作る。

 三人を見ている様で実際はエルを中心に俺達を見ていた。

 エルは相変わらず居心地が悪そうだ。


 そんなイグノーツに近付くと、王子は口を開いた。


「『カロラス』の皆さんおはようございます」

「おはようございます。すいません、待たせてしまいましたね」

「いえいえ。もう少し出発まで時間があるので大丈夫ですよ」


 そうしてしばらくイグノーツと話していると、王子の後ろから女性が現れた。


 一目見て衝撃が走った。


 俺達と同じ年頃の少女だった。

 少し青みがかった髪を胸辺りまで伸ばしていて、その青い髪と同調するような碧眼だった。

 胸は育ってなかったが、顔は整っていて美少女だ。

 上等な素材でできているであろう剣士の服は真っ白でシンプルだが、彼女を映えさせていた。

 腰に掛かっている剣に、思わず見惚れた。

 もう剣は見慣れているのでわかる、結構な業物だろう。


 一瞬セリアを思い出したが、その実全然違った。

 強気で凛々しいセリアとは真逆だ。

 この剣士の第一印象は柔らそうな物腰だった。

 そして何より俺を刺激した理由に外見は関係なかった。

 セリアを思い出してしまった理由。


 この少女は強い。


 俺の中の剣士の感覚がそう俺の脳に信号を送っていた。

 そんな俺の考えを他所に少女は口を開いた。


「イグノーツ様、出発の準備が整いましたよ」


 そうイグノーツに声を掛ける様子は少し砕けた雰囲気に見えた。

 恐らく仲が良いのだと想像できる。


「ありがとうローラ。皆さん、紹介します。

 この子はローラと言って私の直属の護衛です」


 その言葉を聞いてローラと呼ばれた少女は俺達に頭を下げた。


「ローラ・ベトナーシュと申します。

 この度はイグノーツ様を救出して頂きありがとうございました」


 そう言って丁寧に礼をするローラに俺達も自己紹介をする。


「パーティリーダーのアルベルです。お気になさらず」

「ランドルだ」

「エルです」


 相変わらずエルとランドルは無愛想だったが。

 そんなことを気にしている様子もなかった。

 ローラは俺の顔を不思議そうに眺めていた。


「失礼ですが、貴方がリーダーなのですか? こちらの方ではなくて」


 そう言いながらランドルの姿を見た。

 まぁ、普通はこのパーティを率いるのは誰が見てもランドルに見えるだろう。

 冒険者達もよく勘違いしていたしな。


 俺はこの少女の強さを感じたが、俺には何も感じてもらえなかったらしい。

 俺の修行不足だろうか……悲しい。


「一応、はい。おかしいですか?」

「いえ、すいません。幼く見えたのでつい」


 そう言って苦笑いするローラだが、同じ年頃に見えるのだが。

 まぁこの程度で腹を立てる訳もない。

 第一印象で舐められるのは慣れてるからな。


 しかしそんな俺の考えを他所に、エルの機嫌が悪くなったようだ。

 少し怒ったような口調で言ってしまった。


「貴方よりお兄ちゃんのほうが強いから」


 その言葉に俺の心臓が跳ねた。

 そして穏やかだったローラもむっとした表情で苛立ったのが分かる。

 俺は焦ってエルを叱りつけるように声を上げる。


「エ、エル! 何を言ってるんだ。失礼にも程があるぞ」

「失礼なのはあっちでしょ」


 そう言ってこういう時何故か頑固なエル。

 困ったようにランドルに視線を送る。

 すると、ランドルが俺を助けるように言った。


「こいつが第一印象で舐められるのはいつものことだろ」


 ランドルがそう言ってくれるが、エルはそんな言葉を無視していた。

 俺は不機嫌そうなローラに向って頭を下げる。


「すいません、うちの妹が……気にしないでもらえると助かります」


 俺がそう言うとローラは作り笑いをしていた。

 今にもその笑顔はひび割れそうだ。


「ええ、気にしてませんよ。子供の言うことですから」

「じゃあ貴方も子供でしょう」


 エルのその言葉にローラの精一杯作っていた笑顔が崩れ落ちていくように見えた。

 二人の睨み合う視線から火花が散っているようだ。

 その様子を呆けて傍観していたイグノーツが急に我に返って間に入った。


「ローラ! この方々は私の恩人なのだ、失礼のないように頼む。

 エル様もお気を静めてください……」


 最後にエルにそう言うイグノーツは言いにくそうだった。

 二人は視線を逸らすと、ローラがこの険悪な空気を入れ替えるように言った。


「失礼しました。そろそろ出発しましょう。

 皆さんも馬車へどうぞ」


 そう言ってエルとは顔を合わせずに俺達を馬車に案内してくれた。

 わざわざ俺達三人だけの専用の馬車を用意してくれたらしい。

 ちゃんと屋根もあるし造りもしっかりしている様に見える。

 

 向かい合わせの椅子に、俺が座るとエルが隣に座った。

 俺の正面の椅子はランドルの巨体で埋まってしまった。

 思えばこの世界に来てから馬車に乗るのは初めてだった。

 

「馬車って僕初めて乗るよ」

「お前が乗ってないんだから全員そうだろ」

「それもそうだね」


 常に街道を歩いている訳ではないから馬車での移動は少し都合が悪いのだ。

 馬を買うことも考えたことはあるが、俺達に乗馬経験などなかった。

 それに、冒険者から近道できる道を聞いたら進みにくい森を抜けることもある。


「やっぱお尻とか痛くなるのかな?」

「闘気を纏えばいいだろ」

「闘気って便利だなぁ……」

 

 本当にそう思う。

 この世界に来た時は電化製品が恋しくなったが。

 今ではそんな物より闘気の方がいいとすら思う。


 問題は闘気を纏えないエルだが。

 旅で体力もついたし最近では体術も教えている。

 そろそろ教えてもいいかもしれない。

 俺が無理やり闘気を引き出したように、別に自然に感じれるのを待つ必要もないのだ。

 

 セルビアに着くまでに少し試してみよう。


「エル、もしお尻が痛くなったら僕の膝に乗るといいよ」

「うん」


 嬉しそうに微笑んでエルが頷くと。


「出発する!」


 遠くから兵士であろう男の大声が鳴り響いて、馬車は進みだした。

 

 

 馬車は夜になるまで休みなく進み続けた。

 兵士が野営の準備を始めて皆馬車から降り始めた頃。


 エルは俺の膝から降りなかった。


「エル? 食事の準備が出来たみたいだよ。食べに行こうよ」

「えーまだお尻痛い……」


 エルが駄々をこねていた。

 この妹、馬車が進みだして一時間程で俺の膝に乗ってきた。

 正直思ってたより馬車はいい乗り心地で問題ないと思っていたのだが。


 そこまではいつものただの甘えん坊のエルだろう。

 エルの尻は薄いし本当に痛いのかもしれないが。


 しかし馬車から降りない理由は恐らく。

 ローラとあまり顔を合わせたくない気持ちもあるのだろう。

 イグノーツから向けられる視線も苦手みたいだし。


 しかし、ずっと引き篭もってる訳にもいかないぞ。

 どうしようかと思っていると、コンコンとノックの後に馬車の扉が開いた。


 そこに居たのはイケメン王子イグノーツだった。

 そして俺の膝に乗ってるエルを見て目を見開いて驚いている。

 イグノーツは恐る恐る口を開いた。


「あ、あのー、食事の準備が出来たのですが……」


 少し言いにくそうにイグノーツは言った。

 その言葉に俺も追従する。


「ほらエル、行こうよ」

「まだ痛いもん」

 

 そう言うエルに、イグノーツは驚いた様子で慌て始めた。


「どこか怪我したのですか!? 今すぐ治癒魔術を使える者を―――」


 と言って、あれ? とイグノーツが気付いて止まった。

 俺も気付いてしまった、俺は馬鹿だった。


「エル、痛いのなら治癒魔術使いなさい」


 俺がそう言うと、エルはイグノーツを睨みながら何か小さく呟いた。


「何で余計なこと言うの……」


 その小さな声は聞き取れなかったが、エルは自分に治癒魔術を掛ける素振りも見せなかった。

 そして不機嫌そうに俺の手を引いて馬車から降りた。


 何故かショックを受けてるイグノーツを放って、エルは俺と食事を取った。




 三日程経っただろうか。

 馬車はかなりのスピードで進んでいた。

 多くの兵士が馬車で交代で休憩しつつ、馬車は早朝から日が暮れるまで止まることはなかった。



 俺は暇潰しも兼ねてエルに闘気を教えていた。

 心臓に意識を集中して闘気を探すイメージを教える。

 

 普段から俺がたまに過分に纏う闘気を見ているからか。

 エルは二日で闘気を引き出した。

 

 エルが闘気を纏う様子を見て、ランドルも珍しくエルに感心していた。

 道中に拾った石を持たせてコントロールを教える。

 俺も通った道だったので、アドバイスしながら教えると、一日でマスターした。


 やはりエルには才能がある。

 少しエルに嫉妬したが、それ以上にエルが自分を守れる術が増えて安心できた。

 これで尻が痛いと言い出すこともないだろう。


 俺達は順調にセルビア王国に向っていた。

 そして到着予定通りの五日目。



 俺達はセルビア王国に到着した。


 初めて入る国というものに、俺達は圧巻された。

 遠目に高く構えられた城があり、城に続く城下町は賑やかで大きかった。


 カロラスと違って石造りの建物が多かった。

 町の大きさもカロラスの何倍あるのだろうか。

 辺境の町と大国の城下町を比べるのもおかしなことだが。



 そして着いたはいいものの、俺達はさすがにイグノーツと共に城に入る訳ではなかった。

 

 イグノーツの計らいで町の中でも屈指の高級宿に部屋を取ってもらった。

 謝礼金やこれからの事は後から使いの者がきてくれるらしい。

 それまで俺達はゆっくり観光でもしててくれとのことだ。


 宿の部屋に入ると、それはもう凄かった。

 一泊いくらするのだろうと考えると恐ろしくなる。


 部屋はカロラスの実家ほどありそうな大きさだった。

 ベッドは広く高級感に溢れていて、四人くらいで寝ても大丈夫な大きさ。

 至るところに飾ってあるインテリアも俺に似合わない高価な物だった。


 壊したらいくら取られるのだろうか……。

 さすがに俺達の懐から金が出て行くことはないだろうが。


 そして当たり前のようにエルが二部屋でいいと言ったので二部屋だ。

 エルは部屋を見て喜んでいたが、ランドルは肌に合わないようだった。

 こんな豪華な部屋なのに床で眠るランドルを想像すると少し笑えてくる。


 そんな訳で俺達は宿で出された豪華な夕食を平らげ、眠りに着いた。

 



 目が覚めて、三人で食事を食べると、ランドルがどこかへ行ってしまった。

 色々と思うこともあるのだろうとそっとしておいた。

 

 盗賊団の処刑の日は分からないが、王子の話によると多分数日後に民衆の前で行われるらしい。

 雇い主の情報は結局出なかったとのことだ。

 かなり綿密に行われた誘拐だそうだ。


 まぁ証拠が出なかっただけで誰が裏にいるかは王子は分かっているらしい。


 俺達は踏み込む必要はない。

 ダンテの最後の瞬間を見てランドルが納得して、金を受け取ったら帰ればいい。


 そんな事を思って、俺とエルは宿を出た。


「うーんどうしようか」

「外に出る?」

「王子様に出来れば町の中に居て欲しいって言われたしなぁ」


 俺が宿から出て悩んでいるのは剣の素振りをする場所だ。

 さすがに広いとはいえ宿の中で振り回す気分にもなれなかった。

 集中しすぎて周囲の物を壊す可能性もあるし。


 かといってこの町は賑やかで、なかなか人気がない所がない。

 いい所がないか……と町を歩いていると、


 ガンッガンッ


 遠くで何かをぶつけ合う音が聞こえてきた。

 その音が気になり、音を頼りに道を歩いていくと。


 石造りの建物がなくなってさっぱりした空間があり、そこに大きな木造建築が立っていた。

 この町にこの建造物は少し違和感だが、すぐに分かった。


 道場だろう。


 流水流だろうか。

 俺はこっそりと開きっぱなしの入り口から中を覗くと、数十人の剣士が木刀を打ち合っていた。

 その剣筋は一人一人が美しく、そこらへんの冒険者とは比にならなかった。

 剣術の腕だけを追い求めて切磋琢磨している剣士の姿がそこにあった。


 その中には、ローラの姿もあった。

 常に王子の護衛をしている訳ではないのだろうか。

 一番若く見えるローラの剣筋は、猛者が揃う門下生の中でも更に鋭かった。

 俺はしばらく剣士達の鋭い剣筋に思わず見惚れてしまっていた。


「どなたかしら?」


 俺の意識が覚醒したのは、急に掛けられた背後からの声だった。


 焦って振り向くと、三十後半くらいの年頃だろうか。

 少し老けてはいるが、長い青い髪に美しい顔立ちの女性だった。

 そしてローラに似ている気がした。


 腰に掛かっている剣は業物だ。

 それもとびっきりの。

 このレベルの剣を見たのはイゴルさんの家宝の風鬼ぐらいだろう。


 その剣に馴染む雰囲気を見せるその女性の強さは相当な物だろう。

 俺より強いどころか、間違いなく俺が今まで見た剣士の中で一番強い。

 物腰柔らかい雰囲気を感じさせる女性だが、何故か威圧された様な気がして警戒してしまった。

 一瞬腰の白桜に手がいきそうになった。


 しかしそんな俺の様子を見ると、その女性は少し微笑んだ。


「まだ小さいのに大したものね。

 あらあら、ローラより強いかしら」


 俺は少し冷や汗を流しながら何も言えないでいると、女性は続けた。


「流水流ではなさそうだけど、こんな所でどうしたのかしら」


 その言葉に俺は少しずつ警戒を解いて答えた。


「剣術の稽古をしようと思って剣を振れる場所を探してたらここを見つけて……。

 こういう所初めて見たので興味深くて」


 そう言って俺が少し作り笑いすると女性はずっと微笑んでいた。

 

「そうなのね、じゃあ入りなさい。

 好きなだけ振っていっていいのよ」


 そう言う女性だが、良くないと思うのだが。

 俺の流派は全然違うし。


「えっと、違う流派なんですけど。いいんですか?」

「私がいいって言えばいいのよ。普通はダメだけど、ちょっと興味あるの」

「えっと……」


 悩む俺に、女性は言った。


「私は流帝アデラス・ベトナーシュ。さぁ、入りなさい」


 流帝と名乗る女性に半ば無理やり道場に入れられると、黙って見ていたエルも遅れて道場に入った。

 


 俺が入ると門下生達は手を止めてこっちを見た。

 いや、俺が入ったからじゃない、流帝が入ってきたからだ。

 全員一斉に流帝に頭を下げた。


「この子に稽古する場所を貸してあげることになったから。

 貴方達は気にせずに稽古を続けなさい」


 それだけ言うと、門下生達は頷いて稽古を続けた。

 ただ、一人だけ稽古を止めてこっちに近寄ってきた者がいた。


 ローラだ。


 ローラは少し怒ったような顔で言った。


「お母様、流派の違う者を道場に入れて稽古など。何故ですか」


 顔が似ていると思ったらやっぱり親子か。

 そういえば苗字も一緒か。

 そしてそのローラは俺とエルを見て軽く睨んでいた。

 怒っている様子だが、本当に大丈夫なのか。


「私がいいって言えばいいのよ」

「しかし……」

「この歳でこの強さの剣士を見るのは初めてだもの、興味も湧くわよ」

「初めて? 私よりこの子の方が強いと言うのですか」

「多分ね。それにこの子って、貴方も同じぐらいじゃない」


 流帝はずっと微笑みを絶やさない。

 しかしローラは更に苛立った様子で俺を見た。

 そして苛立ちを隠さずに口を開いた。


「確かアルベルさんと言いましたか、貴方いくつです?」


 初対面の柔らかそうな物腰はもう感じない。

 敵を見るような目だった。


「十四歳です」

「私より一つ年下じゃないですか」


 だから何だと言うのだ。

 ローラが納得いかなそうにしている様子を流帝が見ると、とうとう表情を変え、溜息を吐いた。


「貴方はその歳にしては強いけど、人の強さを見抜く眼は甘いわね」

「お母様はこの子を買いかぶりすぎです。彼は冒険者ですよ」

「肩書きと剣術の腕は関係ないでしょう。

 それに、私も昔は冒険者だった時があるのを知ってるでしょう」

「しかし……ならば……」


 ローラは少し言って俺に詰め寄ってきた。

 背は、俺のほうが少し高くてちょっとだけ見下ろす形になる。

 ローラは俺を真剣な顔で見て言った。


「私と立合ってください。いいですね?」


 有無を言わさずといった感じで威圧してくる。


 なんでこんな話になってるんだ。

 ちょっと剣を振る場所を探していただけなのに……。

 別に嫌ではないが、勝っても負けても遺恨が残りそうだ。

 流帝を見ると、すぐに俺の視線に気付いて口を開いた。


「彼がいいと言えば好きにするといいけど、無理はだめよ」


 そう言ってくれるが。

 ローラは続けた。


「どこの流派か知りませんが、自分の流派に誇りがあるなら逃げないで受けるでしょう」


 少しイラっとする。

 卑怯ではないか。

 闘神流は俺の誇りだ。そんな言い方されたら嫌ですとは言えない。


 俺は覚悟を決めた。


「分かりました、受けますよ」


 俺がそう言うと、ようやく満足したようだった。

 そしてローラはエルを見ると小さい声で呟いた。


「見てなさい……」


 それはもう初対面の時のことを気にしているようだった。

 俺は少し溜息を吐くと、腰に掛けている白桜とセリアの剣を床に置いた。

 

 俺が木刀を手に取ると、道場内に優しく風が吹いた。

 開きっぱなしの入り口からだろうか、その風は俺の背中を押した様な気がした。



 しばらくして流帝が稽古の区切りがいい所で門下生を壁に追いやった。

 門下生達は壁に背をつくと座り込む。


 その数十人が見つめる中央の広い空間には俺とローラがいた。

 木刀を持って。


「ルールは参ったと言うか動けなくなるまで!」


 流帝がよく通る声で言うと、道場に響き渡った。


 俺は木刀を構える。

 闘神流中段の構え。

 ローラも剣を中段に構えると、言った。


「流水流ローラ・ベトナーシュ」


「闘神流アルベル」


 俺が名乗り返すと、流帝の声が再び響いた。


「始め!」


 声と共に、ローラが闘気を纏った。


 その体は青い闘気に包まれている。

 その大きさは最後に戦ったセリアと同じぐらいだろうか。


 俺も闘気を爆発させる。

 ローラより少しだけ多い量の闘気を纏った。

 セリアとの戦いから未だに全開で使ったことはない。

 まだ俺の体は自分の全力の闘気に耐えられるように出来ていない。

 このくらいなら、少し痛むぐらいで済むだろう。


 俺の体が赤い闘気に包まれると、ローラは驚き目を大きく見開いた。

 門下生達も感嘆の声を上げている。


 流水流は待ちの構え。

 ローラは再び集中すると、俺の踏み込みを待った。

 別に先に仕掛ける必要はない。

 だが、あまり長引くと俺の体が纏っている闘気に耐えられなくなる。


 俺は闘気を足に集中させ踏み込んだ。


 常人では反応できない速度で間合いを詰める。

 ローラは一瞬驚いた表情をするが、すぐに戻った。


 俺は木刀を上段から振り下ろした。

 

 俺の体重をこめた木刀はローラの木刀に受け止められた。

 と思ったら、ローラがくいっと木刀を動かすと、俺はバランスを崩す。

 受け流された、と思う間もなくローラの木刀が俺を襲う。


「はあああっ!」


 声と共に横に一閃、高速で薙ぎ払われる木刀を、俺は上半身を後ろに逸らして回避する。

 そのまま手を床に付いて体を一回転させると再び距離を取った。


 ローラは強い。

 俺の木刀が流されていく技は芸術だ。


 そして今の一合で分かったことは、打ち合いを続けると不利だ。

 受け流されてカウンターを食らうのは今のでよく分かった。

 さっきはなんとか回避できたが、何回もうまくいかないだろう。

 

 後一つ、突破口が見えた。

 闘神流ならではの戦い方。


 俺は足に闘気を集中させると、再び中段で構えた。

 闘神流風斬り。

 ローラに向って突進する。


 飛び込みながら木刀と腕に闘気を集中させると、左から薙ぎ払った。

 ローラは乗せられた闘気に一瞬険しい表情を見せるが、俺の木刀を受け流す。

 しかし、カウンターが飛んでくるよりも速く、俺は右足で蹴りをローラの腹に見舞った。

 俺の足がローラの腹に沈み込む。


「がはっ」


 なんとか闘気で守ったのか、体が飛んでいくようなことはなかったが。

 ローラは肺の中の空気を全て吐き出し、苦しみの表情を見せた。

 

 俺は冷静に一度距離を取る。

 敵に俺の知らない技がある以上、深追いは危険だ。


 正直、闘気もなし、体術もなしの純粋な剣の打ち合いでは勝てないだろう。

 彼女の洗練された技は他の剣士が生涯辿り着けない領域にある。

 しかしこの世界での勝負は、どちらが強いかだ。

 剣術に限らず技は全て使う、俺は闘神流で慣れているが、ローラは違った。

 俺の木刀の動き以外を警戒していなかった。


「剣術の試合で……蹴りなど……」


 周りの門下生がそんなことを言っている。


 そんなのは甘えだ。

 俺は全然気にならない、これが俺の誇りの闘神流だ。

 ローラも卑怯だとは思っていまい。

 彼女が今している表情は、やられたと思っている顔だ。


 冷静にローラを観察するが、木刀を構えてはいるがまだ苦しそうだ。

 動きが鈍く、弱気になったところを逃がすことはないだろう。


 俺は再び風斬りの構えを取る。

 しかし、今度は木刀を上段に構えると、俺は突進した。


 ローラの目の前で止まり、上段から木刀を振り下ろす。

 ローラは木刀の腹で受けようと腕を上げて木刀を横に向けて構えるが。


 俺は木刀がぶつかり合う直前に止めた。

 木刀を合わせたら受け流されるのは分かっている。


 ローラが俺の木刀が止まったことに驚いたのと同時に。

 俺は右足を一直線に縦に蹴り上げる。

 闘神流蹴り払い。

 木刀を握っているローラの手を蹴り飛ばすと、ローラの木刀は宙に舞った。


 一瞬動揺したローラの首元に木刀を突きつける。

 ローラの長い髪が風圧で揺れ、ローラの額から汗が滴った。


 しばらくの間の後、ローラが重々しく口を開いた。


「参りました……」


 その言葉と共に、俺は木刀を引いた。

 闘気を抑えると、少し痛みが走った。

 いつになったら闘気に耐えられる体が出来上がるのだろうか。

 まだ俺の闘気は今のでは全力とは程遠い。

 まぁ、成長期真っ最中だし焦ることはないだろう。


 そんなことを考えながら、俺は一歩下がると礼をした。


「ありがとうございました」


 後ろに振り返り、エルの顔を見て手招きするとエルは駈け寄ってきた。


「エル、ローラさんを治療してくれるかな」

「うん」


 もしかしたら嫌とか言うかなと心配したが、素直にローラに歩み寄った。

 エルがローラの服を少しはだけさせると治癒魔術を掛け始めた。

 俺は腹とはいえ異性に見られるのは嫌だろうと思い視線を逸らした。


「ありがとうございます」

「気にしないで」


 背中から聞こえる二人の声からはいつもの棘が抜けていた気がした。

 立ち合っても何もいい事がないと思っていたが、悪くなかったかもしれない。




 ローラとの試合が終わった後、特に何もなかった。

 お互いを称えあうこともなければ、会話をする訳でもない。

 

 俺は気にせず当初の予定通り剣の素振りを始めた。

 門下生の視線も気になったが、横目に映るローラもチラチラとこちらを見ている気がした。


 満足するまで振り終わった後、流帝に声を掛けに行った。


「場所を提供してくださってありがとうございました。助かりました」

「いいのよ、色々と楽しめたしローラもいい経験になっただろうし」


 あの子同じ年頃の子に負けたことなかったから、と流帝は笑っていた。

 

「ではこれで」

「えぇ、またいつでも来なさい」


 そう言ってくれるが、もう来ないだろうな……。

 さすがに少し気まずいし、感じる視線も少し居心地が悪い。


 俺とエルが道場を出ると、少し遅れてローラが声を掛けてきた。


「アルベルさん!」

 

 そう俺の名前を呼んで引き止めた。

 何だろうか。


「はい?」


 俺は振り向いてローラと向き合う。


「貴方を子供扱いしてしまって、ごめんなさい」


 そう言って少し悲しそうな顔を見せると、反省するように頭を下げた。

 正直、そんな事全然気にしていない。

 俺は精一杯、微笑みを作りながら言った。


「いえ、慣れているので気にしてませんよ」


 俺がそう言うと、ローラは顔を上げた。


「しかし……」

「本当に大丈夫ですから、僕の妹も初対面で失礼なことを言ったので。

 それでチャラにしましょう」

「むぅ」


 俺がそう言うと、エルが頬を膨らませて可愛く怒っている。

 あまりの可愛さに気付けば頭を撫でてしまっていた。

 そんな様子を見て少し安心したのか、ローラは薄く微笑んだ。


「この国にいる間、良かったらまた稽古に来てください。

 イグナーツ様の護衛以外の時間は道場にいるので」

「はい、ありがとうございます」


 そう言ってもらえると少し俺も来やすくなる。

 ここで稽古してたらイグノーツとも連絡がつきやすそうだし。


「では今日はこれで」

「はい、また」


 俺はそう言って少し頭を下げると、道場から背を向けて歩き出した。

 頭を撫でたことでエルの機嫌も直ったようで、少し町を観光しながら帰った。

 


 宿に帰るとランドルは既に帰ってきていた。

 どこで何してたか気になったが、特に何も聞かなかった。

 ランドルも特に変わった様子はなく、普段通りだった。


 その日も豪華な食事を平らげると、広いベッドでエルと眠った。


 

 この日から二日後、セルビア王国に潜む悪意が動き出す。

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