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第二十四話「遠回り」


 深い眠りから覚めるといつもと変わらない匂いがした。

 聞き慣れたすぅすぅという寝息も聞こえてくる。


 少しずつ目蓋を開くと、やはり横でエルが寝ていた。

 銀色の長い髪が垂れて顔に掛かっている。


 

 昨日俺はエルを隣の部屋に寝かせた。

 そしてこの部屋に鍵を掛けて寝た筈なのだが。

 扉を見てみるが、もちろん破壊された形跡もない。

 

 横にいる可愛い寝顔の我が妹はどうやってこの部屋に侵入したのだろうか。

 俺が体を起こすとベッドが少し軋んでしまい、エルも目を覚ましてしまった。


「お兄ちゃん……起きたの?」


 可愛らしい寝ぼけ顔でまだ目がしっかり開いていない。

 少ししてエルも上半身を起こした。


「エル、おはよう。ところで、なんでここで寝てるの?」


 俺が疑問を口にすると、エルがえ? と言いながら。


「なんで? だめなの?」

「いや、だめって訳じゃないけど。どうやって入ったのかなって」

「普通に入ったよ?」


 俺は鍵を掛けたと思ってるだけで掛けてなかったらしい。

 無用心だな。

 まぁ外から鍵が掛けれないからエルの部屋にも掛かってなかったんだけど。


「そっか、鍵掛けたと思ってたからびっくりしただけだよ」

「ちゃんと掛かってたよ」

「え?」


 少し混乱した俺にエルが当たり前のように言った。


「鍵なんて魔術で簡単に開けれるよ」

「え、まじで」

「うん」


 この世界怖っ! と少し冷や汗が流れた。

 魔術師が少ない世界とはいえ、気付かれずに鍵を開けるなんてやりたい放題だ。

 まぁこの世界の魔術師は優遇されてるし悪に身を落とす奴も少ないだろうが。

 

 俺は敵意を感じたら意識が覚醒する習慣は旅の経験でついているが。

 疲れて眠ってしまった時にエルのような慣れた気配には気づけない。


 というかそんな話ではなく。


「エル、鍵の掛かってる部屋に勝手に入ったらだめだよ」

「お兄ちゃんの部屋にしか入らないよ」

「そ、そっか……なら、いいのか……?」


 俺は何故かエルの威圧に負けて納得してしまう。

 確かに、別に勝手に俺の部屋にエルが入っても困ることはないか。

 しかし、エルは少し不機嫌になってしまった。


「大体、なんでこっちの部屋で寝てたの。

 お兄ちゃん、私と寝るの嫌なの?」


 知らない人に聞かれたら誤解されそうな内容だ。

 

「嫌じゃないよ! エルも疲れてたみたいだし、

 ベッドを広く使えるほうがいいかなって」

「ふーん……」


 納得していない様子だ。

 もうこの際、言ってしまうか。

 エルが俺にべったりすぎて将来心配なのは本当なのだ。


「後……そろそろ一人で寝れるようになった方が、

 いいかなって……ちょっと思ってたり……」

「別にもう子供じゃないんだから一人で寝れるよ」


 エルは少し怒りながらそんなことを言っているが。

 俺には到底そんな風には見えないぞ…。


「じゃあ、なんで僕達は一緒に寝てるのかな……」


 俺がそう言うと、エルはどんどん機嫌が悪くなっていく。

 あまりエルのこういう顔は見たくないが、たまには強く言わないと。

 これはエルの為でもあるのだ。


「お兄ちゃん、女の人に免疫ないから。

 夜這いされないように私が守ってるの」


 エルは堂々と言った。

 どこで夜這いなんて言葉を覚えてきたんだ……。


 しかし確かに、俺は知らない女の子に対して挙動不審だ。

 この前も言い寄られた時に固まってしまったし。


 もちろんセリアが好きな俺は最終的には逃げ出すだろうが。

 

 エルはそんな情けない俺を守るガーディアンだったのか。

 驚愕の事実だ。


 しかしそう聞くと、エルは今まで俺と寝たくて一緒に寝ていた訳ではないのか。

 自分でやめたほうがいいと言っておきながら少し寂しい気持ちになってしまった。


「そうだったんだね……」

「そうだよ」


 少し寂しく言う俺に、エルも当然のように言った。

 

 だめだ、切り替えよう。

 エルに言った傍から傷付いてたら説得力皆無だ。

 とりあえず部屋から出ようじゃないか。


「もう朝かな? 久々にこんなに寝たね!

 しばらく何も食べてなかったからお腹すいたよ。何か食べに行こうか」


 無理して少し気分を上げるが、エルは何も言わずに俺を見ていた。

 俺はベッドから降りて立ち上がると扉に向かった。

 後ろを見ると、エルはまだベッドを椅子にして腰掛けていた。


「エル、先に行くよ!」


 そう言って扉を開けて部屋を出ようとする。


「お兄ちゃんのばか……」


 後ろからエルが何か呟いた気がしたが聞こえなかった。





 二階の部屋から一階に降りると、リビングのテーブルには料理が並んでいた。

 そして巨体の男が一人で黙々と食っていた。

 

「ランドル、おはよう」

「おう」


 一瞬俺を見て相槌を打つと、また料理を口に運び始めた。

 俺も正面に座ると、ランドルが口を開いた。


「今日はエルと一緒じゃねえのか。珍しいな」


 ランドルが自らエルの話を口にするのはなかなかない。

 それほどランドルにとって珍しい光景だったのだろうか。


「たまにはね」

「ま、どうでもいいけどよ」


 そう言ってもう俺を見ないで料理だけ食っている。

 

 俺も料理に手をつけようとすると、エルが降りてきた。

 ランドルとエルは一瞬顔を合わせると、お互いつまらなそうにすぐに視線を逸らした。

 この二人に朝の挨拶というものは存在しないのだ。


 そしてエルは俺の横の椅子を手に取ると、移動させる。

 何故か、俺の椅子にぴったりとくっつけると座った。

 自然に太ももがくっつく。


 さっきまでの会話と行動がおかしい。


「エル? 近くないかな……?」

「別に普通だよ」


 まだ少し不機嫌な表情をしながら、エルも食事を始めた。

 俺も苦笑いしながら食事をとりはじめた。



 しばらくすると、外から町長が家の中に入ってきた。

 

 当たり前だ。

 ここは町長の家だ。

 そして何も言わずに勝手にテーブルの料理を食べているのは俺達だ。

 ランドルが当然の様に手をつけていたから食べているが。


 今思えばよかったのか? これ。

 しかしそんな俺の心配は杞憂だった。


「おはようございます。料理はお口に合いますか?」

「おはようございます。すいません、勝手に頂いてしまって」

「いやいや、皆さんの為に町の料理人が張り切って作ったものですから」

「そうでしたか。とっても美味しいです」

「それは良かった」


 俺達に穏やかに微笑むと、町長は同じテーブルに座った。


「イグノーツ様は先程意識が戻りました。

 皆さんのおかげで命に別状はないようです」

「そうですか。安心しました」


 とりあえず一安心だ。

 ここからどう立ち回るかだが。

 まだ王子と会話もしてないのでどんな人間か分からない。

 とりあえず顔を合わせるか。


「もう少し落ち着いたら一度伺ったほうがいいですかね?」


 もちろん、王子の所にだ。

 礼をしてほしい訳ではないが、少しくらい話したほうがいいだろう。


「それなんですが……」

「はい?」


 何故か歯切れが悪い。

 また何か面倒なことを言われるのだろうか。


「イグノーツ様に皆さんのことをお話したのですが。

 自ら感謝を伝えに行きたいとのことで。

 少し待っておいて頂けないかと」


 王子というからには偉そうなイメージがあったが。

 結構しっかりしているらしい。

 全然困るような話ではなさそうだ。


「そうですか。分かりました」

「旅を急いでいらっしゃるのに申し訳ありません」


 その言葉に一瞬我に返った。

 自ら感謝を伝えにくるっていつになるんだ?

 少し待っておいてと言われたが、しばらく滞在することになるんだろうか。


 言ってしまったものは仕方ないか。

 元よりルカルドには二ヶ月程早く着けそうだったし。

 数日の遅れくらいすぐに取り戻せるだろう。

 

 思えば、旅を急ぐばかりで休息をとっていなかった。

 エルとランドルは何も言わなかったが、パーティリーダーとして失格かもしれない。

 皆にもしばらく休日を満喫してもらおう。


 


 その後町長がまた忙しそうに家を出て行った。


 俺達だけになった町長の家は、急に無音の空間になる。

 そう、俺の仲間達は口数が少ないのだ。

 最初は気まずかったが、今では慣れたものでなんとも思わない。

 とりあえずここで座っていても仕方ないか。


「剣術の稽古に行ってくるよ、ランドルもする?」

「あぁ」


 そう言って俺が立ち上がるとランドルも立ち上がった。

 エルは聞くまでもない。

 今までの俺が素振りしている時間とエルが俺の素振りを見ている時間はそんなに変わらない。


 俺達はいつもの冒険者の服装になると、家を出た。


 町の中でする訳にも行かないので外に出ようと歩いていると。

 相当の町人から声を掛けられた。

 感謝の言葉と共に食べ物を手渡されたり。


 ちょっとした英雄のような扱いを受けている。

 自分ではそこまで大したことをしたつもりはないが、悪い気分じゃない。

 エルはずっと気にしていない様子だった。

 ランドルは少し驚いていた、このような扱いをされることに慣れてないのだろう。

 

 そんな二人の様子を見ながら、外に出た。




 久しぶりにしっかりと稽古できる時間を取れたので、俺は気合を入れて剣を振った。

 昔は早朝から昼までしかしてなかったが。

 この日はほとんどの時間を稽古に使った。

 もちろんずっと素振りしていた訳ではない。

 ランドルとも打ち合ったし、エルに体術を教えたりする時間だ。

 全然休日になってない気がするが、俺達ならこんなもんだろう。


 時折町人が様子を見ていて、おぉーと感嘆を上げていた。

 少し照れた。



 稽古を切り上げ、町長の家に着いた時はもう夕暮れだった。

 扉を開けようとすると、中から少し大きめの声が聞こえてくる。


「まさか、もう去ってしまったのか?

 旅を急いでいると聞いて慌てて来たのだが……。

 まだ礼も伝えてないと言うのに……」

「大丈夫ですよ、町の住民の話によると町の外で稽古をしていた様です」

「そうか! 今すぐ向かおう。案内してくれるか?」

「しかし、イグノーツ様。まだお体が……」

「問題ない」



 話を盗み聞きしてしまい、少し固まって扉を開けれない俺。

 俺の背中にいるエルが、どうしたの? と俺に問いかけるが。

 返事をする間もなく、扉が開いた。


 そこには確かに。

 俺達が助けた王子がいた。

 金髪碧眼のイケメン王子だった。

 細身だが、体は鍛えられているように見える。


 しかしまだ完全に回復していないのだろう、少し顔色が悪かった。


 王子は俺の顔を見ると、少し視線を下に逸らして俺の腰に掛かっている剣を見た。

 すぐに顔を上げると、驚いた顔をしながら口を開いた。


「失礼ですが、アルベル殿でしょうか」


 俺の名前まで聞いているらしい。

 正直少し戸惑った。

 王子が明らかに年下の俺に畏まるのは想像していなかった。


「は、はい」


 俺はそれだけ言うと、王子は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 そしていきなり大きい声で言った。


「貴方が! この度は私を助けてくださって本当にありがとうございました」


 そう言って背筋を綺麗に伸ばすと、胸に手を当てて深く礼をした。

 全然俺の予想と違うのだが。

 俺はどう返せばいいのだろう。跪いたほうがいいのだろうか。

 作法も何も知らなくて困ったが、とりあえず返事をした。


「い、いえいえ。お気になさらないでください。えーと、イグノーツ様?」


  大したことしてないですとか言いそうになったが。

 自分を助けたのに大したことしてないと言われたら気分が悪いだろう。

 

 相手は大国の王子だ。

 少しでも気分を損ねたらどうなるんだろうかと考えるとぞっとする。


「イグノーツでいいですよ。私は変わってまして、畏まれるのは苦手なのです」

「は、はぁ……じゃあイグノーツさんで……」


 しかしイグノーツはそんな俺の心配を消し飛ばすかのように柔らかい物腰だった。


「いやぁ、本当にあなたがいなかったらどうなっていたか。

 死の淵で美しい女神様の幻覚まで見えてしまいましたよ、ははは」


 そう言って笑っていた。

 貴方の女神様は今俺の背中にいるんですが。

 しかしイグノーツは俺の背中に隠れているエルには気づいていないようだった。


「本当に綺麗な女性だった…………。

 もう一度見れるなら死にかけるのも悪くないですよ」


 一人で気分が盛り上がったようで、勝手に自分の世界に入っている。

 ちらりと後ろを見ると、エルは自分のことを言われてると分かっている様で、居心地が悪そうだった。


 俺はエルの腕を掴んで優しく俺の前に立たせる。

 ちょ、ちょっと! といつもより少し大きいエルの声が聞こえるが。


「女神様ってこの子でしょうか」


 そう言う俺にエルは少し不機嫌そうな顔で俺を見上げた。

 イグノーツは我に返るとエルを見て、驚愕の顔をしていた。


 それはもう、まるで神を目の当たりにしたように。

 そして動揺しながら震える唇を開けた。


「あ……あれ? 私はまだ死の淵にいるのだろうか……。

 あの時の女神様が見える……」


 そう言って大きく目を開けてエルを見ているイグノーツ。

 俺は言ってやった。


「女神様じゃありません、エルです。

 洞窟で王子様に治癒魔術を掛けたのがこの子です」


 もちろん女神のような可愛さなのは同意見だ。

 エルの可愛さは神の域なのだ。


 俺の言葉にイグノーツは少しずつ我に返っていき、次第に顔を赤くしていった。

 そしてその赤く染まった顔を隠すように頭を深く下げた。


「その、ありがとうございました!

 あの時のお礼は必ず……!」


「別に、いい」


 傍目から見てても二人の温度差は激しかった。

 というかエルよ。

 大国の王子にその態度は大丈夫なのか……。

 

 王子は恥じらいを隠すように俺を見ると、口を開いた。


「とにかく! 謝礼の話もしたいので、中でゆっくり話しましょう」

「は、はい」


 イグノーツの勢いに負け、引っ張られるように家の中に入った。

 


 俺達は三人で隣り合って席に着くと、イグノーツは正面に一人座った。

 そしてまずランドルを見た。


「確かランドル殿? ですよね。

 この度はありがとうございました。礼が遅れて申し訳ない」

「俺を気にすることはない」


 エルもランドルも相手が王子だろうが態度がぶれない。

 畏まる欠片すら見えない。

 俺も王族に対する礼儀なんて知らないが、少しくらい注意した方がいいだろうか……。

 

 いや、改善されないだろうな。

 そう思い一人納得した。


「今回のことは国の内情が関わっていまして。

 こんなことになった理由も大体分かっています」


 まぁさすがにそうだろう。

 傍から聞いていた俺ですら詳しい内容は知らないが想像できるのだ。

 エルとランドルがどう考えてるかは知らないが。


「そうなんですか」


 まぁ巻き込まれる事はない。

 もう役目も終わったし後はルカルドを再び目指すだけだ。


 そう思っていたのだが、イグノーツは少し不思議そうに口を開いた。


「聞かないんですね」

「はい?」

「いえ、一応セルビア王国はカルバジア大陸で一番の大国ですから。

 内情が気になるのではと思ったのですが」


 そう言って苦笑いしていた。

 

 普通は気になるのだろうか。

 確かに俺はこの世界では浮いている存在だろうが。

 でもエルもランドルも何も考えていないと思うし。

 ここは正直に伝えよう。


「大きな目的がありまして、あまり他に気が回らないんですよ」


 俺がそう言うとイグノーツは、あぁ、と言って。


「確か旅を急いでいるとか。引き止めてしまって申し訳ない。

 しかし何も礼をしない訳にも。 国に戻れば謝礼金も出せるのですが」


 それはもうかなりの金額が出そうなもんだが。

 正直金は問題ない。

 冒険者のランクも上げる為に依頼はこなすし、貯えは今以上に増えていくだろう。

 それに拠点もないのに大金を持って旅する訳には行かないだろう。

 もう名前もパーティ名も知られているし目的は達成したと言っていい。


 そしてイグノーツよ、チラチラとエルを見ているのがばればれだぞ。


「いえ、本当に大丈夫ですよ。今のところお金にも困ってないので」

「いや、しかし……」


 イグノーツもなかなか引いてくれなさそうだ。

 どうしたものか、と考えているとイグノーツが俺とエルの顔をきょろきょろと見て。

 訳の分からない事を言い出した。


「あの、話は変わるのですが……お二人はそういう仲なのでしょうか……?」


 そういう仲とは?

 と聞く前に横を見れば分かった。

 今朝と同じで、エルは相変わらず椅子をくっつけて俺と密着して座っている。

 俺達は髪も顔立ちも全然似てないし傍から見れば熱々カップルだ。


「いえ、兄弟ですよ」


 俺の言葉にイグノーツはそれはもう嬉しそうな顔をしていた。


「そうですか!」


 それだけ言うとその会話は終わった。


 この王子もしかして。

 謝礼金うんぬんよりエルと少しでも一緒に居たいだけでは……。

 横目でエルを見てみると、嫌そうな顔をしていた。

 イケメンだろうが王子だろうが全く興味がないらしい。


 このイグノーツという人間、印象的には善人だろう。

 無理やり権力でエルを手篭めにすることはないと思いたいが。

 万が一の時は相手が王族だろうとエルを守ってやらないといけない。


 エルが俺の貞操を守るように。

 俺もエルが好きな相手を見つけるまでガーディアンだ。


「それで、謝礼金ですが――」


 まだ話は終わらないようだった。


 しばらくやんわりと断る会話が続いた。

 しかし納得してくれないイグノーツ。


 一体どうすれば……と思っていると意外なことが起こった。

 今までずっと黙っていたランドルが、口を開いた。


「俺が行こう」


 は?

 どういう事だろう。

 エルですら一瞬表情を変えて驚いたのが見えた。


「え、俺がって、一人で行くつもりか?」


 俺が焦りながら言うと、ランドルはいつもの無表情で答えた。


「あぁ」


 淡々と。


「僕達はここで待ってろってこと?」

「いや、二人でルカルドに向かえばいい」

「パーティ抜けるってことかよ」

「そうは言ってねえだろ、俺も謝礼金を受け取ったらルカルドに向かうさ」

「…………」

「何だよ、金持って逃げるとでも思ってんのか?」  

「そうじゃないよ、いきなりどうしたんだよ」

「別にお前らなら旅も問題ないだろ」

「だから、そんなことじゃなくて――」


 俺の気持ちが伝わらないランドルに苛立ち、次第に声が荒立っていった。

 そんな俺の言葉を断ち切るようにランドルは言った。


「見届けたい事がある」


 少し思いつめたような、真剣な顔をしていた。

 それを見て俺は思い至った。

 もしかして。


「ダンテか……?」


 その言葉にランドルは少し間を空けて、いつも通り言った。


「あぁ」


 ランドルの気持ちを考えていないのは俺のほうだった。


 ダンテと話した時、あっさりしているなと思っていたが。

 ランドルは表には出さないだけで結構思い詰めていたのだろうか。

 

 思えば。

 裏切られたが、子供の時から一緒に育って守ってきた存在なのだ。

 最後の瞬間を見届ける義務があると思っているのだろうか。

 

 それならば、俺の答えは決まっている。

 元より、これまで一緒に旅をしてきた仲間を置いていける筈が無い。

 ランドルがどう思ってるかは分からないが、俺の中でもうランドルは大切な仲間になっている。


「分かった、僕も行くよ」


 また言い合いになるかと思ったが、そうはならなかった。


「悪い」


 ランドルは素直にそう言った。

 そのまま無言のまましばらく経つと、成り行きを見守っていたイグノーツが口を開いた。


「よく分からないが、セルビアまで来てくれるということでいいのかな」

「はい、伺います」

「良かった! では今日はこれで失礼します。

 数日後には国から迎えが来るでしょう。またその時に」

「はい、よろしくお願いします」


 俺の返事を聞くと、イグノーツは嬉しそうに立ち上がった。

 俺達は家の外に出てイグノーツを見送ると、家の中に入った。


「しばらくは休日かな、たまにはゆっくりしようか」

「うん」


 エルだけが返事をして、ランドルは少し申し訳なさそうにしていた。

 

 食事を取って部屋に戻るとエルと眠った。

 こんな所で夜這いの心配はないと思うのだが深くはつっこむまい。


 

 それからはしばらく、早朝に家を出ると三人で稽古をした。

 頻繁にイグノーツが稽古の様子を見に来て、興味深そうに見ていた。

 イグノーツが一番見ていたのはエルだろうが。



 数日後、町に王国の兵士がやってくる。



 

 そこから俺達は、厄介事に巻き込まれることになる。


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