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好きな子追いかけてたら英雄になってた  作者: エコー
第三章 冒険者

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第二十三話「怒涛の二日間」

 テュカの町を出てから五日目。


 

 俺達は普段通り、早朝の街道を進んでいた。

 

「ここら辺は魔物が少ないね」

「小さな町が多いからな、定期的に狩られているんだろう」


 俺の疑問にランドルが答えた。

 確かに、この五日間で三つほどの小さな町を通り過ぎた。

 冒険者ギルドもないし金の貯えもあるから留まる理由もないしスルーしたが。

 

 しばらく三人で会話しながら淡々と歩いていると。

 

 街道に若い女性が崩れ落ちていた。

 部屋着のような服を着ていて、その服は泥だらけになっていた。

 まるで急に家から飛び出したような格好。

 何度か転んだのだろうか、膝や腕を擦り剥いていた。


「大丈夫ですか!?」


 俺は声を上げながら女性に近付くと、呆けているようで虚ろな目をしていた。

 女性は俺達に気付くと意識が少しハッキリしたのか、口を開いた。


「町が襲われて……私はなんとか逃げてきて……」


 そう言って何も語らずに顔を両手で隠して泣き始めてしまった。

 恐らく魔物の群れが町に流れてしまったのだろう。


 エルは何も言わずに女性に治癒魔術を掛けていた。

 さすがに急いでいるとはいえ、これを見て通りすぎるほど薄情でもない。

 

「町まで案内してもらってもいいですか? 背負っていくので。

 それなりに腕に自信はあるので対処できると思います」


 俺がそう言うと、女性は少し心配そうにしていたが、頷いた。

 こんな緊急事態ではなかったら子供が何言ってるんだと笑われるだろう。


「ランドル、僕はエルを背負うから頼むよ」

「分かった」


 ランドルが女性を背負うと、道を教えてもらう。

 もう少し街道沿いに進んだ所にマルトアという町があるらしい。

 そう聞くと、もしこの女性に出会ってなくても関わることになっていただろう。


 俺もエルの前に立つと屈んで背中を差し出した。

 エルも何も気にせず背中に飛び込んでくる。

 

 そして俺達は闘気を足に集中させ猛スピードで走り出した。

 せっかく早くに気付けたのだから急いだほうがいい。

 走る速さの風圧でランドルが背負ってる女性が苦しんでいたが、我慢してもらうしかない。

 

 三分ほど走ると、小さな町が見えた。

 

 遠目に見える町は、少しおかしい。

 あちこちで煙が上がっている。

 建物が燃えているようだ。


「魔物……だよな?」


 町の近くまでくると思わず足を止めてしまい、呟いた。

 

 すると少し後ろを走っていたランドルも俺の横で足を止める。

 ランドルの巨体で隠れている女性が言った。


「いえ、盗賊団です……夜明け前に襲ってきて……」


 それを聞いたランドルが無表情のまま口を開いた。


「どうする?」


 俺を見てランドルが言った。

 どうするも何もさすがに見過ごす訳にはいかないだろう。

 聞くまでもないと思うんだが。

 ランドルは正直面倒だとか思っているんだろうか。

 昔のランドルならそうだったかもしれない、でも今のランドルはそういう人間ではないと思っているのだが。

 

 俺は当たり前のように言った。


「どうするも何もさすがに放っとけないだろう」

「そうじゃない」

「え?」


 無表情から、少し眉間に皺を寄せて真剣な顔でランドルは言った。


「お前、人を斬れるのか?」


 俺は少し固まってしまう。

 ランドルは本当によく人を見ている。


 確かに、俺は悪党とはいえ人なんて絶対殺せない。

 でも、峰打ちとか体術で行動不能にはできるはずだ。


「斬らなくても無力化することはできるよ」


 そう言うと、甘いな。と一言言ってランドルは続けた。


「まぁ今ここで言っても仕方ねえか。

 でも自分が殺されると思ったら殺せ。迷うな」


「その時は、分かってる」


 そう返すが、実際は全然分かってない。

 実際にその時になってみないと分からない。

 ランドルも俺の声に覚悟がないことなんて分かっているようだった。


 俺はやっぱり甘いんだろうか。

 この世界で生きる以上いつか覚悟はしないといけないかもしれない。

 でもなるべく考えたくないのだ。


 小さな町とはいえ襲えてしまうのだからそれなりに腕のいい奴もいるだろう。

 もしエルとランドルが危険な状況になったら迷わないようにしたい。


「エルは待っててくれ」


 俺は背中で黙って話しを聞いていたエルにそう言った。

 すると、エルは俺の肩を掴んでいた両手に力を入れた。


「嫌、私も行く」

「僕は手加減できるけどエルはできないだろう」


 本心だった。

 エルの魔術なんて人に向けて打ったら簡単に死んでしまう。

 しかし、エルの意思は変わらなかった。


「町を襲うような悪党に手加減する必要はないよ」


 そう言っていた。

 ランドルも当たり前だ、と言っている。

 それで分かった。

 この場でおかしいのは、多分俺なのだ。


 俺はただエルに人を殺してほしくなかっただけなのかもしれない。

 でもそれを言いつけて、エルがそれを守って自分の命を落とすことになったらとぞっとする。

 とりあえずこの場は自分勝手な押し付けはやめよう。


「分かった、行こう。敵の数は分かりますか?」


 俺がエルを背から降ろし、ランドルの背にいた女性も自分の足で立つと口を開いた。

 

「賊の数は四十か……五十人ぐらいいるかもしれません……」


 大丈夫ですか? と不安そうに俺達を見る。


 正直、思ってたより多いな……。

 魔術師もいるかもしれないと思うと少々やっかいだ。

 やはりエルが心配だが、もう何を言っても引いてくれないだろう。

 

「分かりました。ここで待っててください」


 俺がそう言うと、女性は大人しく頷いた。


 俺達は女性を置いて、町の入り口に森のほうから近付く。

 町の門には見張りをしているような二人の男が立っていた。

 明らかに、町の人間ではないな。

 小汚い鎧を着て裸の剣をぶらさげていて、髪もボサボサで不清潔なのが分かる。


 俺は小声で呟いた。


「俺があの二人を無力化する、終わったら出てきてくれ」


 俺の言葉に、二人は何も言わずに頷いた。

 俺が茂みから体を出すと、見張りの男達はすぐに俺に気付いた。


 俺は足に闘気を集中させ、剣を抜きながら一瞬で数メートルの距離を詰めた。


 剣の峰で一人の男の腹を叩く。

 そのまま町の外壁に叩きつけた。

 一瞬の出来事に動揺を見せたもう一人の男の顎に拳を打ち込む。

 男の体が宙に浮いて、ゆっくりと地面に落下すると二人の男は動かなくなった。


 死んでない……と思う。


 俺は賊の意識を絶ったことを確認すると振り向いた。

 すると、エルとランドルは既に俺の後ろに立っていた。


「行くぞ」


 ランドルは倒れた賊を見るとそう言って俺を守るかのように前を歩き始めた。

 俺とエルもその背を追う。




 町の中に入ると、無惨な光景が広がっていた。


 賊は町の奥に集まっているのか、見張りを倒してから姿を見なかった。

 地面を赤く染めているのは町の戦士と思わしき死体だった。

 見る限り、戦闘員以外はほとんど死んでいない様に見える。

 恐らく町の人間はどこかに集められているのだろう。



 しばらく歩き続けると、町の中央の広場があった。

 俺達は建物の影に隠れながら覗き込む。


 広場には町の人が隙間なく詰められ座らされていた。

 百人くらいいるだろうか。

 それを囲むように何十人もの賊が町人が動き出さない様に警戒している。


 残り賊は近くの建物や民家から手分けして何か運び出していた。

 恐らく食料や金品だ。


 奇襲を掛けるならせわしなく動き回っている今だろう。

 俺が二人を見るとエルが言った。


「最初に私がやるよ」

「できるの?」


 それは、殺せるの? という意味だ。

 エルは当たり前のように、うん、と頷いた。


 もう俺は何も言わない。

 エルが俺達の前に立つと詠唱を唱える。

 それを聞きながら俺は剣を抜いた。


「風よ、鋭い刃と為せ、 風刃(シャイド)


 エルが言った瞬間、突風が吹くと町人を囲んでいた賊の首が十程飛んだ。

 グロテスクな状況に一瞬吐き気が襲うが、堪えて駆け出した。

 気付けば仲間の首が転がっている状況に賊達は慌て、叫びだした。


 俺は近くの賊から順番に無力化する。。

 敵の剣を持っている腕を叩き折り、蹴りを見舞うと他の賊を巻き込んで飛んでいく。

 

 チラリと横目でランドルを見ると、ランドルは容赦なく命を奪っていた。

 次々に賊の胴体が真っ二つに切断される。

 無惨な死体を積み上げても表情一つ変えていなかった。


 俺は少し頭を振って気持ちを切り替える。

 そして再び広場を駆け回る。


 仲間が倒れていく光景にようやく頭が働いた賊が剣を振りながら突っ込んできたが。


 その剣筋は乱暴なものだった。

 簡単にいなすと顎に拳を打ち込む。

 俺の闘気を纏った拳を食らうと顎の骨が潰れた不快な音と共に飛んでいく。


 ほとんどの賊が闘気を纏っていたが問題にならない練度だった。

 そしてただ纏っているだけのお粗末な状態だった。



 三分程戦った頃だったろうか。

 俺とランドルが敵を減らす光景に、中央で座らされていた町の男達も戦闘に加わった。

 すると少なくなった賊はあっという間に制圧された。


 生きているのは俺が無力化した二十人程だろうか。

 他の賊は全て死んでいた。


 全員で手分けして動けなくなった賊を縛って拘束した。

 そして燃えていた建物の火元はエルの水魔術で消化されていった。




 一段落して落ち着くと、町人達は俺達に声を掛けてきた。


「本当に有難うございました。貴方達がいなければどうなっていたか……」


 そう言って十人程が頭を下げた。

 

「いえ、気になさらないでください。

 偶然通りかかっただけですから」


 正直、俺達が作り出した広場の光景は無惨なものだ。

 あまり見ていて気持ちいいものではない。

 早々に立ち去ろうと思ったのだが。


 エルは俺の横にいたが、ランドルの姿が見えなかった。

 

 俺は少し周りを見回してランドルを探すと、居た。

 町の広場で拘束された賊の前で賊を見下ろしていた。

 それはもう、驚いた顔をしていた。

 どうしたんだろうと話しかけてくる町人を無視して近付いた。


「ランドル? どうし――」


 ランドルが見下ろしている視線を見ると、下を向いていてはっきりと確認できないが、俺も知っている顔があった。

 記憶より荒んでいるし体中に細かい傷痕があるが、多分合ってる。

 何故、ここに……。


「ダンテ……か?」


 ずっと下を向いていたダンテだったが、俺が名前を呼ぶと顔を上げた。

 やはり間違いない。

 あまり大きな怪我をした様子もないし、町人に無力化されたのか降伏したのだろう。

 

 俺の顔を見て俺に気付くと、苛々とランドルを睨みつけた。


「またお前だ、ランドル。お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃだ」


 そして次に俺の顔を睨みつけた。


「嫌ってた坊ちゃんと仲良くしやがって。大体あの時お前がこなければ……」


 そう言って恨み言を綴った。

 ランドルは、何も言わずただその声を聞いていたが。

 しばらくすると口を開いた。


「お前、カロラスから出てたのか」


 そう言うランドルにダンテは驚いていた。


「はあ!? あの日の内に出たに決まってんだろ!

 カロラスで隠れてるとでも思ってたのか?

 殺されるのは分かってたんだ。他の連中は殺したんだろ」


 怒鳴り声をあげながらランドルを睨み、歯をきつく噛み締めた。

 

 そうだったのか。

 町で見ないな、としか思っていなかった。

 ランドルすらもそう思ってたみたいだしな。


「別に、何もしてねえよ」


 そう言うランドルだが、ダンテは信じてなかった。

 

「嘘吐く必要なんてねーだろ。

 大体なんでこの坊ちゃんと一緒にこんな所にいんだよ。

 あの時助けられて懐いて尻尾振ってんのか? お前がよ」


 キレるように言って俺を見る。

 さすがにランドルがどうするか想像できない。

 俺は少し不安でランドルを覗き込むと、凄まじく恐い顔をしていた。

 そしてそのまま口を開いた。


「嘘じゃねえよ。その証拠に、今お前は生きてるだろう」


 低い声を出し、威圧的に言うランドルは恐ろしかった。

 ダンテも目を見開いて冷や汗を滝のように流していた。


「それに別に尻尾振ってる訳でもねえよ。お前こそなんでこんな――」


 言葉が出ないのか、珍しくランドルが詰まった。

 もう諦めたような表情で、ダンテは語り始めた。


「お前から少しでも離れようと思ってクルトとひたすら北に向かったんだよ。 

 その為には何でもやったさ、そしたらなんとかここまで来れた。

 盗賊になったのは仕事で知り合った男がここの盗賊団だっただけだ」


 ここで初めてクルトという名前が出た。

 俺は賊の顔を見回すが、クルトの顔は見えない。

 途中で別れたのか、それとも……。

 

「でも、もう終わりだ。

 ようやくお前の恐怖から解放されたと思ったのに。

 最後に俺を殺すのはやっぱりお前だ」


 ダンテが言うのをランドルは無表情で聞いていた。

 怒鳴り声を上げる訳でもなく、怒る訳でもなく、殴りつける訳でもない。


「もうお前の顔は見たくねえんだよ、消えろよ。

 最後の瞬間にまでお前の顔を映したくねえ」


 しばらくしてランドルは少し重々しそうに口を開いた。


「最後に聞かせろ。クルトは?」

「言わねえと分かんねえか?」

「そうか」


 低い声でそう言うと、ダンテから背を向けて歩き出した。

 俺はすぐにその背を追って声を掛ける。


「ランドル! いいのか?」

「あぁ」


 背中越しから聞こえる声は、淡々としていた。

 ランドルは今どんな表情をしているのだろうか。

 覗くことはしなかった。



 

 それからしばらく経った頃。

 エルが治癒魔術で最後の怪我人を治すと、少し疲れた様子だった。

 

「エル、大丈夫?」


 俺が心配そうに覗き込むと、エルは疲れた表情で何も言わず、微笑みで返した。

 消化作業に続いて相当な怪我人を治療していたのでかなり魔力を消費したはずだ。

 魔力消費というより体力が尽きている感じに見えるが。


 今日はここに泊まったほうがいいだろう。


 こちらから問いかける前に、ここの町長らしい人が近付いてきた。

 治療の礼と、治療費の話だ。

 その話はエルが決めることだろう。


 俺がエルを見ると、エルは首を振った。

 治療費はいらないらしい。


「治療費は結構です。ですが、一晩泊まらせてもらっていいですか?」

「ええ、一晩と言わず好きなだけ居てください。

 礼もしたいので私の家へどうぞ。部屋も余ってますから」

「はい、ありがとうございます」


 町長は少し待っていてくださいと言うと俺達から離れて行った。

 さすがにこんな状況だ。

 色々とやることがあるのだろう。


 俺は地面に座り込むと、せわしなく動く町人達を呆けながら眺めていた。




 夕食は町長の家で出された。

 俺達は三人で席について軽く話をしながら食事をしていた。

 俺は気になっている事を聞いた。


「拘束した賊達の処遇はどうなるんですか?」


「ここはセルビア王国の領土ですから王国に引き渡すことになります。

 もう使いを出しているので、しばらくすれば王国から兵士が来るでしょう。

 引き渡したら向こうで処刑されることになります」

 

「そうですか……」


 俺は横目で一瞬ランドルの顔を見るが、無表情だった。

 しかし、食事の手を一瞬止めた気がした。


 そして町長は少し言いにくそうに言った。


「それで、非常に申し訳ないのですが、お願いしたいことがあるのです」

「はい?」

「今回町を襲った盗賊団はヤダガラスと言いまして。

 セルビア王国の第三王子を誘拐しているのです。

 今拘束した賊から情報を聞きだしているのですが……」


 嫌な予感がする。

 ヤダガラスって確かテュカの町で聞いた盗賊団だ。

 その話は俺の記憶にも新しい。


「王子が捕らえられている場所が分かれば、

 一刻も早く戦士を送らなければなりません。

 王国兵士が来るのはしばらく掛かるでしょうからそれよりも先にです。

 しかし今回の件で戦える戦士がこの町にはいないのです」


 そうして町長は恐る恐る俺達の顔を見た。

 要するに、俺達に行ってくれと言うわけだ。

 理屈は分かる。


 王国から兵士が来た時に王子が亡き者になっていたら、何もしなかったこの町は国から糾弾されるだろう。

 ここからセルビア王国までは往復で十日は掛かるだろうし。

 さすがに賊も王子を放置して盗賊団全員でこの町を襲った訳じゃないだろうし。

 仲間が帰ってこないとなれば王子を連れて移動するか、殺してしまうか。

 

 もうここまで来たら乗りかかった船だと思うのかもしれないが。


 盗賊団と戦闘した今なら分かる。

 どう考えてもあの戦闘力で大国の王子を誘拐なんて無理がある。

 今回の賊退治とヤダガラスが結びつかなかった理由もそれだ。


 絶対に誰かが裏で手を引いている。


 王子を救出するだけならともかく、その後何かに巻き込まれそうだ。

 うーん……と悩みながらエルとランドルの顔を交互に見る。

 すると二人共俺の迷いなんて知らないように言った。


「お前の好きにしろ、どうなっても文句は言わねえよ」

「お兄ちゃんが決めたらいいよ」


 相変わらず二人とも俺に投げっぱなしだ。

 俺を説得するように町長は続けた。


「王子を救出したら富も名声も手に入ります。

 貴方達の強さなら救出に苦労することもないでしょう。

 悪い話ではないと思いますが」


 名声も富もいらない。

 と思ったのだが。


 確かに富はいらない。

 でも名声はどうだろうか。


 闘神流のアルベルが王子を救ったとなれば。

 闘神流の評価も上がってセリアも俺の情報を得ることができるかもしれない。

 俺に気付いてくれて向こうから近付いてきてくれる可能性もある。

 

 それは、悪い話じゃないかもしれない。


 問題は国の騒動からうまく巻き込まれないように立ち回ることか。

 最悪は王子救出だけして逃げ出してしまおう。

 助けて去るだけなら文句も言われないだろう。


 なんとか、なるか。


「分かりました、お引き受けします」


 俺がそう言うと、町長はドンと机をたたきながら立ち上がった。


「ありがとうございます! 早朝には情報も集まるでしょう。

 今日はゆっくり休んでください」


 そう言って町長は安心したように食事を続けた。

 

 俺は疲れているエルを置いて今から行った方がいいと思った。

 一応そう伝えると、理由もあるらしい。


 何でも尋問にも時間が掛かるらしい。

 一人一人に言葉に矛盾がないか嘘はないかと順番に聞き出す。

 それに全員が簡単には口を割らない。

 どうせ自分は処刑されると覚悟を決めているのだ。

 少々痛みを堪えて残っている仲間のことを考えるのが普通だろう。

 

 そんなものかと俺は納得して与えられた部屋に向かったのだが。

 しっかり三部屋用意されたのに、エルは相変わらず譲らなかった。


 その日もエルと一緒のベッドで寝た。





 早朝になると盗賊団の住家までの案内人として、尋問で一番早く口を割ったという賊の男がいた。

 その横には俺達が賊を倒した後の後始末の為に町の人間の中でも体力のある三人の男。


 その四人と俺達三人で町を出ていた。

 その道中、町人が尋問についての話をしてくれた。


 どうやら盗賊団は首領がいた時は町を襲ったりなんて馬鹿な事はしていなかったらしい。

 悪党ながらも仕事が用意されていたようだが。

 首領が捕らえられた盗賊達では飢えを迎えるだけだった。


 そして強行に及んだ様だが。


 俺は詳しくは突っ込まなかったが、正直全く話が見えない。

 そもそも何故盗賊団は無事で首領だけ捕まってるのか。

 何故王子を誘拐できたのか。

 奴らにとっての首領はどんな存在なのか。

 

 聞かなかったのは、あまり踏み込んでしまうと抜け出せなくなってしまうと思ったからだ。

 俺達は淡々と王子を救出して名乗ったら去ればいい。

 



 陽が落ちるまで歩くと辺りは薄暗くなっていた。

 そして目的の場所に到着した。


 奥に見えるのは洞窟だ。

 地下に続いていて、奥行きはどれだけあるのか分からない。

 ぱっと見は到底人が住んでいる様には見えないが。


 しかし案内人が言うには間違いないらしい。

 正直俺は信用していない。

 あそこが魔物の群れの巣で、俺達を嵌める罠の可能性も大きい。



 入り口を覗き込む限り見張りの姿は見えない。

 案内人が言うには洞窟に残っているのは若い男二人だけ。


 信じる信じないはともかく俺達が入るしかない。

 町人は洞窟の傍で待機してもらう。


 俺達は前もって話し合っていた通り、縦に並んだ。

 俺が先頭でエルが中衛、ランドルが後衛だ。


 俺は慎重に足を踏み入れ中へ進む。

 旅で暗闇に慣れた目だが、それでもしっかりと道を把握できないほど真っ暗だ。

 気を抜くと壁に激突してしまいそうだ。


 ゆっくりと壁に手をつきながら歩みを進めると、奥から少し灯火が漏れていた。

 恐らく人工的なものだ。

 灯火が零れている空間に顔を出すことはせず、壁越しに耳だけ集中すると微かに声が聞こえた。


「予定より半日遅い」

「持ち帰ってくる荷物のことを考えるとそんなもんじゃねえか」

「いや、念の為だ。朝になる前に一度ここから離れる」

「離れてどうするってんだ」

「町の様子を見て決める。あいつらが失敗してたなら俺達は姿を消そう」

「こいつはどうするんだよ」

「置いていけ、どうせ長くない」

 

 そんな会話が聞こえる。

 声がするのは二人。

 情報通りだが一応数を確認する為、一瞬顔を出して中を見る。

 するといきなり円方に広がった空間があり、その奥にはまだ通路がある。

 その円方の空間には二十歳くらいの二人の男が向かい合って座り込んでいた。


 そして男達の横に、何かがうつ伏せになって倒れている。

 服は泥だらけであちこち破れているように見えた。

 そして遠目でも痣だらけなのが分かった。


 多分あれが王子だろう。

 まともな扱いは受けていないようだった。

 酷いな……生きていることを願うしかない。


 とにかくやるしかない。


 本当に二人だけなら俺だけで十分だろう。

 俺は小声で言う。


「僕一人で大丈夫だ、二人は後ろを警戒しててくれ」


 もし奥の通路から他の仲間が出てきても、正面から来る奴はなんとでもなる。

 ここに辿り着くまでは一本道に見えたが、暗闇の中しっかり確認できた訳ではない。

 後ろから敵に奇襲される可能性はゼロではないのだ。


 俺の意図が分かっているのか、二人は頷いた。



 俺は勢いよく飛び出すと一瞬で男との距離を詰める。

 二人の男は奥にいる方が俺のいる方向を向いて座っていて、一番早く侵入者に気付いた。


 俺は背中を向けている手前の男を無視し、通り過ぎた。

 そして奥の男が立ち上がる前に顔面を蹴りつけた。

 頭から地面に叩き付けられ白目を剥いた。


 そのまま振り向くと手前にいた男は動揺しながらも立ち上がっていた。

 しかしその手には何も持っていない。

 

 男は勢いよく拳を突き出してくるが、俺は左手で受け止めると右手で腹に拳を打ちこんだ。

 すると男はそのまま前から崩れ落ちた。


 洞窟内は無音になる。


 しばらく経っても他に人の気配はない。

 奥から騒ぎを聞きつけて仲間が駆けつけてくる素振りもない。

 とりあえずもうここは安全に思えた。

 俺は倒れている王子に寄ると、うつ伏せの体を抱えて体の向きを変えた。

 

「酷いな……エル! 来てくれ! ランドルは一応見張りを頼む」


 俺が呼ぶと、エルは駆け足で近付いてきた。

 エルが来ると、俺は王子を地面に寝かせた。

 

 エルは王子の顔を見て、うわ……と言いながら治癒魔術を掛け始めた。

 すると、少しずつ王子の顔がハッキリしてきた。

 痣だらけで元の顔が分からなくなっていたのだ。相当殴られたのだろう。


 そして再生されていく顔はそれはもうイケメンだった。

 俺達より少しだけ年上だろうか、金髪の髪が美しい顔立ちを際立てていた。

 しかし服は泥だらけで平凡な服だったが。


 治療を続けると、王子の瞳がうっすらと開いた。

 その瞳は碧眼で、男の俺でも綺麗だなと思ってしまった。

 そしてゆっくりと口を開く。


「女神様……?」


 中性的で少し高い弱々しい声でそんなことを言った。

 自分が既に死んでいるとでも思っているのだろうか。

 それなら確かにこの状況、王子の眼にはエルが美しい女神に見えるだろう。


 俺が状況を説明しようと口を開こうとすると、王子は再び瞳を閉じた。

 もしかして死んでしまったのか? と少し冷や汗が流れる。

 そして俺の不安をかき消すかのようにエルが言った。


「気を失っただけだよ。かなり衰弱してるから」

「そっか、安心したよ」


 その言葉にほっとすると、俺は王子を優しく背中に背負った。

 問題はこの意識がない賊の二人をどうするかだが。


「えーと、どうすればいいんだろう」


 俺が倒れている賊を見てそう言うと、ランドルが言った。


「放っておくのはまずいだろう、とりあえず連れていく」


 そう言ってランドルは二人の男を乱暴に両肩に乗せた。

 しばらくは目を覚まさないだろうから大丈夫だろう。

 俺とランドルの手が塞がってしまったが、帰りに襲われることはなかった。


 


 洞窟から出ると、案内の男達が駆け寄ってきた。

 王子とランドルの肩に乗せられた賊の姿を見ると安心したようだった。


「この賊、どうすればいいですか?」

「できれば町まで連れて帰りたいですが……。

 自分で歩かせれる状態ではなさそうですね」

「ランドル、町までそのままで大丈夫?」

「あぁ、別に問題ない」

「助かるよ」


 治癒魔術で治して拘束して歩かせてもいいが。

 もし暴れられることを考えるとそのままの方がいい。


「それで王子ですが、相当衰弱しているようです。

 このまま急いで帰ったほうがいいでしょう」


 俺の言葉に、町人は分かりましたと頷いた。

 俺は横にいるエルを気遣う。


「休む暇なくてごめんね。エル、辛くなったら背負って歩くから言うんだよ」


 さすがに丸一日以上休みなく歩くのはエルの体には厳しい。

 自分でも理解しているのだろう。

 俺の言葉にエルは申し訳なさそうに、うんと頷いた。


 さすがに魔物が出た時の事を考えると、俺とランドルの両手が塞がったままなのはまずい。

 俺は背中の王子を町人に代わりに背負ってもらうと、先頭を歩き始めた。




 そのまま一晩歩き、朝日が昇り始めた頃、エルが限界を迎えた。

 もう町の近くまで来ていて街道を歩くだけだったので、魔物の心配は消して俺が背負った。

 

 さすがに二十四時間以上ずっと動いていると俺にも疲れが見えたが。


 しかし俺達以上に、案内で着いてきた男達が辛そうだった。

 道中何度も崩れ落ちそうになっていたが、気合で持ちこたえていた。

 町人の歩くペースも落ちて、それに合わせて歩く。


 そうして昼に差し掛かりそうになった頃。

 ようやく町に戻ってきた。



 俺達が町の中に入ると騒がしくなり、町長が大慌てで俺達の元にやってきた。

 状況を説明すると、王子は医療施設に運ばれた。

 

 町長が俺達に感謝を伝えると、ゆっくり休んでくださいと言われたので素直にその言葉に甘えた。


 既に眠っていたエルをベッドに横にすると俺は隣の部屋に移動した。

 起きた時エルに文句を言われるだろうが、

 エルも疲れているしベッドを広く使って寝るほうがいいだろう。

 

 俺はこれからどうなるかも想像しないで、自分のベッドに倒れ込んだ。

 


 疲労が溜まった体に眠りはすぐに訪れた。

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