第二十一話「討伐依頼と破壊」
テクの町に到着してから一月が経っていた。
そして俺達は今森を歩いている。
もちろん冒険者の仕事だ。これはCランクの討伐依頼だった。
「この先に気配を感じる、多そうだし間違いないかな」
俺が小声で呟くと、エルとランドルも声に出さずに頷いた。
音を立てないように慎重に少し進む。
すると、開けた空間に原始人が作ったような集落のようなものがあった。
そこで暮らしている群れを眺める。
猿だ。
Dランクの魔物フォレストエイプ。
二メートル程の大きさで一匹ずつは大した力はない、が。
この猿がDランクなのは他の魔物と違い知能がある。
繁殖も早く、放っておくとすぐに群れができあがり、集落が築かれる。
といっても木を積み重ねた屋根があるだけのような小屋とも呼べないものだが。
投石や群れでの戦いを心得ており、
弱いと思って油断すると背後から奇襲してきたりと侮れない魔物だ。
そしてもう一つ驚きなのが。
「実際見ると驚くな」
ランドルが小声でそう言った。
その視線の先にいるのは、ヘルハウンドだ。
このフォレストエイプはヘルハウンドを手懐けているのだ。
どうやって調教したかまでは知らないが、戦力にしている。
ヘルハウンドは五匹程だが、フォレストエイプは二十匹はいるだろうか。
少し厄介だ、戦闘が長引くと近接戦闘ができないエルが心配になる。
なるべく奇襲で群れの半数は倒したい。
入りはエルの魔術からだ、前もってちゃんと話し合っている。
「エル、火魔術はだめだよ。森が焼けるからね」
小声で何度も注意したことを念のために言う。
耳がタコだろうが、一応確認だ。
「わかってるよ、私そんなに馬鹿じゃないよ」
感情的になって宿を焼失させようとした者の台詞ではないが。
「じゃあ、頼む」
俺がそう言うと一歩前に出て小声で詠唱し始めた。
何を使うかまでは指示していない。
俺よりエルのほうが効果的な魔術を分かっているだろうから。
「風よ、鋭い刃と為せ、 風刃」
初級の風魔法だが、籠める魔力によって威力も変わる。
エルの杖から強風が吹き、エイプの集落に放たれる。
次の瞬間、エイプの首が一斉に飛んだ。
「ランドル!」
「あぁ!」
打ち合わせ通り俺達はエルの背後から飛び出し、エイプに飛び込んだ。
エルが十体ほど倒している。
他のエイプはまだ何が起こったか理解していなく、混乱している。
「ガアアアアッ!」
思考することがないヘルハウンドだけが、俺達に飛び掛った。
ランドルより足の速い俺は一瞬で五匹を斬り刻む。
その光景を予想していたかのように、ランドルはヘルハウンドには目もくれずエイプに向かって斧を振る。
胴体から真っ二つに切断すると、斧を振った衝撃で他の固体も吹き飛ぶ。
それを一瞬横目で確認すると俺はランドルの反対方向のエイプに踏み込んだ。
逃げる隙を与えず、流れるように順番に斬る。
仲間が一瞬で斬られる光景を見て、戦おうとする固体はいなかった。
ただ、背を向けて逃げだそうとする。
それを許す訳もなく、俺は背中から斬りかかった。
全てが絶命して後ろを振り向くと、ランドルのほうも終わっていた。
俺とランドルの討ち漏らしを担当していたエルを見て俺が頷くと、エルは俺に近付いてきた。
「逃げたエイプはいなかったよ。することなかった」
「半分倒したのはエルじゃないか」
そう言って剣を鞘に戻すと、エルの頭を軽く撫でた。
この血だらけの空間には違和感だが、嬉しそうにしているエルは可愛かった。
俺達が和んでいると、ランドルが余裕そうに声を出した。
「三人で行くのを止められた割りにはあっけなかったな」
「そうだなぁ、飛び掛かってきたのはヘルハウンドだけだったし。
後は逃げるエイプの背中を斬るだけだったね」
もちろんこれはエルの奇襲あってのことだろうが。
この依頼を受けた時、他の冒険者にここまでの道順を教えてもらったのだが。
三人で行くと言ったら反対されたのだ。
Dランクの冒険者三人でこなせる依頼ではないと。
そう、俺達は一月でDランクまで上がっていた。
毎日三つの依頼を続け、かなりの早さで昇格した。
ほとんどの依頼が夜には帰ってこれて、ちゃんと宿で眠れた。
しかし今日のフォレストエイプの群れ討伐の依頼は、結構時間が掛かった。
今は町を出てから二日目の昼だ、依頼の場所は少し遠かった。
これからまた一晩野営して、町に着くのは明日になるだろう。
「さ、片付けて帰ろうか」
俺達はエイプの死体を集めて燃やすと、森を後にした。
次の日、町に帰ってきた時は夕方だった。
真っ先に冒険者ギルドに向かい、報告をする。
「お疲れ様でした。こちらが報酬です」
そう言って銀貨二枚をカウンターに置いた。
フォレストエイプの討伐が銀貨一枚。
道中についでにこなした依頼が二つで銀貨もう一枚だ。
三日で稼いだとすればなかなかの金額だ。
命を賭ける仕事だが、余裕はあった。
金の蓄えも増えてるし、今の所順風満帆だ。
報酬を受け取り受付から離れると、声が掛かった。
「おーい! 『カロラス』!」
離れた所でテーブルを囲んで椅子に座っている四人組みの男女のパーティ。
声を上げた一番偉そうにふんぞり返っている男は、
この町に来てから一番交流のある男だった。
名前はブルーノ。
人種で歳は二十歳くらい。
冒険者らしい乱暴な印象を感じさせる男だ。
しかし、見た目の割りに結構いい奴だ。
分からないことを聞いたら見返りを要求することなく教えてくれる。
フォレストエイプの場所を教えてくれたのも、
三人で行くのを止めたのもこの男だった。
俺達は呼ばれたままに四人組に近付いた。
「ブルーノさんありがとうございました。おかげで問題なく終わりました」
そう言ってまだ手の中にあった銀貨二枚をちらりと見せると、四人は驚いた。
「なんだ、諦めた訳じゃねえのか。やるじゃねえか」
「はい、思ってたよりあっさり終わりました」
「子供のパーティだと思ってたら何なんだよお前ら。
一月で駆け出し卒業しやがって」
「色々と急いでるんで」
「そろそろ北に向かうのか?」
「もうそろそろいいかなとは思ってますね」
そもそも、この町に一月も滞在する予定はなかった。
エリシアから受け取った金でしばらくやっていけそうだったしこの町で金を稼ぐ必要もなかった。
滞在することにした理由はこの男の情報だ。
この男はセリアの情報を知っていた。
といっても、俺も知っているようなことばかりだったが。
ドールからは聞いてなかったが。
セリアは『斬首』という物騒な二つ名がついているらしい。
ヒュドラ討伐からだそうだ。
ブルーノはセリアを見たことはないらしいが。
セリアはまだ少女なのにヒュドラの首を六本斬ったと有名らしい。
そして美少女とくればそれは皆気になる。
問題はどこにいるかだが、今もルカルドにいるかは分からないらしい。
それだけ強い冒険者だったらまだルカルドにいるんじゃないかとは言っていた。
どうやらこの大陸で高ランクの冒険者の行き着く場所はルカルドらしい。
難易度の高い迷宮が近くに山ほどあるからだ。
カルバジア大陸は迷宮が多く迷宮探索が盛んだ。
対してコンラット大陸は生息してる魔物が強いらしい。
こっちの大陸に竜種はなかなか姿を現さないが。
コンラット大陸は竜討伐の依頼も多いそうな。
ドラゴ大陸と繋がっていることに関係があるのだろうと言っていた。
ドラゴ大陸には竜の巣が多くあるらしく、人種の大陸に現れる竜ははぐれた個体だけだ。
そんな所に住んでいる魔族の強さは検討もつかない。
とにかく、セリアが大陸を渡っていないことを祈るしかないだろう。
となれば急いでルカルドに向かおうと思ったのだが。
ここからが問題で、北に行けば行くほど高ランクの魔物が増える。
そして低ランクの魔物が生息できなくなり、必然的に低ランクの魔物が少ない。
となれば低ランクの依頼が少なくなり、低ランクの冒険者は仕事がしにくい。
この町でランクを上げてから旅立つほうがいいと警告してくれたのがこの男だ。
正直助かった。
俺達は三人パーティだし一人より金が掛かる。
受けれる依頼がなくて金欠になっていたら困っていただろうし。
そういう訳で俺達はランク上げに勤しんでいた。
しかしそろそろいいだろうと三人でもう話し合っている。
Dランクになったのはいいが、ここら辺ではCランクの依頼があまりないのだ。
フォレストエイプ討伐の依頼で初めて見たくらいだ。
もう次の町へ進む頃だろう。
そんなことを思っていると、ブルーノがニヤけた顔で言った。
「じゃあ最後に礼ぐらいしてくれよ、結構稼いだんだろ?」
そんなことを言ってきた。
確かにかなりの情報をもらったしよく分からない依頼内容も教えてくれた。
今まで無償だったのがおかしいくらいだ。
それとも今この時俺達から毟り取る為に親切にしてくれたのだろうか。
そんな奴じゃないと思うが…。
さすがに大金は無理だが、少しならいいだろう。
エルとランドルの顔を見ると、二人とも世話になった自覚はあるらしい。
まぁ仕方ないかといった表情をしている。
「えーっと……どれぐらいですかね……」
少しためらいながら聞いてみる。
心配そうな俺の顔を見ると、ブルーノは少し苛立っていた。
「なんだよ、まさか俺が有り金全部毟るとでも思ってんのか?」
心外だ、と言いたそうに。
「いや、そんなことは思ってませんよ……多分」
最後は聞こえない程度に小さく呟くと、ブルーノは立ち上がった。
そして俺の肩を叩いた。
「最後に酒くらい奢れよ。それぐらいいいだろ」
そう言って呆れていた。
警戒してしまった自分が恥ずかしい。
ここら辺の酒なんて高いもんじゃないし、いくら飲まれても大丈夫だろう。
「ええ、もちろん。好きなだけ飲んでください」
俺がそう言うと、よし! と言いながら振り向いた。
そしてパーティの顔を見ると言った。
「よっしゃ! 今日はアルベル達の奢りだ! 死ぬほど飲もうぜ!」
その言葉にブルーノの仲間は立ち上がり、よっしゃー! と喜んでいる。
え、全員?
横を見るとエルとランドルが溜息を吐いていた。
まぁ四人くらい……大丈夫だよな、多分。
ブルーノに引っ張られるように連れられ、着いたのは結構大きな酒場だった。
汚れていたカロラスの酒場とは大違いだ。
清潔感を感じる。
俺達は十人くらい座れそうな大きな机を囲み、全員で座った。
ランドルは適当に席に座り、俺の左右にエルとブルーノがいた。
そういえばエルは酒を飲むのは初めてじゃないだろうか。
大丈夫かな。
「エル、別に無理して飲まなくていいからね」
俺がそう言うとエルは首を振った。
「お酒飲んでみたかったから楽しみ」
そう言って笑うエルはいつものように天使だ。
そして俺も結構楽しみだ。
ランドルはこの一月の間に一人で飲みに行ってたようだが。
ランドルは俺を誘わなかった。
まぁ誘われてもエルを部屋に一人置いていくこともできないが。
そして奴は夕食の間もまるで俺が飲まないように監視しているように見えた。
でも今日ぐらいいいだろう。
俺だって世話になった冒険者仲間と酒を飲むとかやってみたかったのだ。
そしてブルーノが頼んだ人数分のエールが届くと、俺達は乾杯した。
ランドルが何も言わなくて安堵した。
俺達は会ってからのことを面白おかしく話した。
俺も一杯目で酔いが回り、二杯目を頼もうとした時。
「お前はもう駄目だ」
ランドルがまたそんなことを言い出した。
またかよこいつ。
「いいだろ、なんでいつも邪魔するんだよ」
「何回も言わせるな、暴れられたら困るんだよ」
「だから暴れたことないっての」
「ジジイの店ならまだいいさ、この店はまずい」
そう言って小奇麗な店を見る。
まぁ確かに俺が暴れて店のものを壊したら修理費は高そうだ。
というか、そもそも暴れたこともないし暴れるつもりもない。
こいつは一体何なんだ。
エルを見ると、エルは酒が強いのかおいしそうに二杯目のエールを飲んでいた。
酔っている素振りは見せてない。
いや、気付けば椅子がくっついて俺達の太ももがくっついている。
いつの間に。
「ねぇエルもランドルに言ってやってよ」
エルに救援を要請してみる。
するとエルは冷たい視線でランドルを見て言った。
「ランドル。お兄ちゃんが飲みたいって言ってるんだからいいでしょ」
そう言うエルに、ランドルも引かなかった。
両者威圧的な態度で火花を散らしている。
そこでブルーノが声を出した。
「いいじゃねえか酒くらい好きに飲んでよ。
暴れたらぶん殴って放りだせばいいだろ」
そう言って向こうの四人組みはそうだそうだーと声を上げながら笑っていた。
この勝負は勝ったな。
ランドルを見ると、溜息をついて呆れていた。
「どうなっても知らねえぞ……」
そんなランドルの小さな呟きは誰の耳にも入らなかった。
それから一時間ほど経っただろうか。
俺達は楽しく飲んでいた。
すると、エルが立ち上がって歩き始めた、トイレだろうか。
結構飲んでいるように見えるがふらついてもいない。
その様子を見て大丈夫そうだなと思って気にせず酒をあおった。
それから問題が起こった。
トイレから出てきてこちらに歩いてくるエルを引き止めた男がいた。
十代後半だろうか。
遠くて声は聞こえないが、ナンパしているように見える。
ここは、兄の出番だろう。
俺が立ち上がると、ランドルが俺の背中越しに言った。
「アルベル」
「なんだよ」
「大丈夫だ」
「だから何がだよ」
何も言わないランドルに少し苛立ち、エルのほうを再び見る。
エルは相手のことなんか見えていないように相手にしていない。
が。
男はエルの腕を掴んで無理やり引きとめた。
俺は頭からブチっと何かがキレる音がすると、駈けだそうとした。
しかしその瞬間、エルが何か小声で呟くと。
店の中に強風が吹き、男が吹き飛んで店の壁に激突して気絶していた。
他の冒険者はその光景を見て、ギャハハとよく理解もしないまま笑っていた。
エルはそのまま無表情で何事もなかったかのように歩いてきた。
俺の背後でぼそっとランドルが言った。
「あいつはお前が思ってるほどお淑やかな女じゃねえよ」
そう言って酒を飲んでいた。
そこから一時間後――
そこには酔っ払い達が出来上がっていた。
ただ一人巨体の男を残して。
相変わらず酒の強い男が周囲を呆れたように見て淡々と飲んでいた。
その酔っ払い達の中でもとびきり美しい銀髪の少女は、
酒のせいで少し赤くなった頬を見せ、兄の腕に抱きついていた。
兄である男もそんな状況で楽しそうに飲んでいた。
そして事件は起こった。
先程少女が吹き飛ばした男が目を覚まし、怒りをあらわにして少女に詰め寄る。
少女の耳元で怒鳴り声を上げるが。
少女の耳には何も聞こえていないように無反応だった。
その様子を見て更に怒った男が、少女の肩を強く掴んだ。
「痛っ……」
少女がその声を発した瞬間、男の体は先程と比べ物にならない程激しく飛んだ。
少女の横にいた兄に顔面を殴られたのだ。
他のテーブルで飲んでいた客を巻き込みながら飛んでいた。
他のテーブルがひっくり返り料理が床に散乱する。
そのテーブルの主は飛んできた男を乱暴に投げ捨てると、
他の冒険者が怒りの形相で元凶のテーブルに近付いてきた。
そして酔いがまわってふらふらとしている男を怒鳴りつけるが。
気にした様子はなくそれでも男はへらへらとしていた。
その様子に更に苛立った冒険者達は男を殴りつけた。
当たり前のように殴られた男は、子供の体で細身であるのによろめくことすらしなかった。
その後、報復を受けることになる。
冒険者達が全員殴り飛ばされると、
その様子を笑い声を上げながら見ていた冒険者達の方にも飛んできた。
飛んできた男の体がテーブルを破壊すると料理と酒が宙を舞った。
店中の冒険者が一気に敵になる。
冒険者達は元凶の男を袋叩きにしようとするが、その男は強かった。
二十人ほどの男が一斉に挑むが、飛び掛った順番にやられていった。
次第に店はおかしい状況に突入する。
邪魔だ! と冒険者同士で目的を忘れたかのように喧嘩を始める。
店を破壊しながら、全員で暴れ始めた。
そんな様子を気にも留めず、銀髪の少女は端でエールを飲んでいた。
諦めた様子で成り行きを見ていた巨体の男だが。
呆れたように溜息を吐くと、立ち上がった。
止めに入るのかと思いきや、巨体の男は当たり前のように店から出て行った。
元凶の男と一緒に楽しく飲んでいたはずの四人組の酔いは覚めていた。
唯一止めてくれそうな男が店を出てしまい、途方に暮れていた。
乱闘騒ぎは、店の物を破壊しつくすまで続いた。
元凶の男は目が覚めるとベッドの上だった。
起き上がるとひどい頭痛が襲い、何故か着ていた服ははだけて汚れていた。
少女が男に解毒魔術を掛けると、男は昨晩のことを思い出そうとした。
しかし、何も思い出せない。
少女に聞いても楽しそうだったよと笑っていた。
何か、悪いことをした気がする。
何故か少年はそう思った。
隣の部屋にいる巨体の男に話を聞くと、店に行けば分かると言われた。
店がどこにあるのかさえ覚えていなかった。
覚えていると言った少女に手を引かれてたどり着いた店は。
もう店ではなかった。
半壊していた。
扉などなくなってしまってどこが入り口かもわからない建物の中に入ると、そこには途方に暮れた店主の姿があった。
その目に色はなく、死んでいる様に見えた。
男は覚えていなかったが、原因は自分にあるような気がしていた。
町を歩く冒険者が男を見る視線が、そう言っていた。
男は懐から有り金全てを店主の前に置くと震える口元を動かした。
「すいませんでした……」
その言葉と共に、逃げるように店を飛び出した。
途中、この町で世話になった冒険者の姿もあったが、
男を見るとそそくさと逃げて行った。
もうこの町にはいられない。
そう確信した男は、無一文のまま仲間を連れて逃げるように町を出た。
その後、冒険者の間で噂が広がった。
アルベルという冒険者が現れたら、酒を飲ませてはいけないと。
半分ネタ回でした、すいません笑
明日は二話更新するつもりです。
多分朝と夜になると思います。




