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間話「あの時の少女は今」


 カルバジア大陸の北に位置するセルビア王国の都市の一つ。


 ルカルドの町。


 別名冒険者の町とも呼ばれるところから北に三十分ほど歩く。

 短い森を抜け、荒れた地面が広がる空間を抜けた先には崖があった。


 その崖の先、常人が落ちてしまったら簡単に命を落とす空間。


 そこで剣を振る少女の姿があった。

 一振りする度に長く伸ばした金髪が揺れ、背中に打ちかかる。

 前髪は眉で切り揃えられ、綺麗な顔立ちがはっきりと見える。

 そのエメラルドグリーンの瞳は、朝日に反射して輝いていた。

 滴る汗が飛沫になって舞う、それすらも彼女を彩っているようだった。


 少女の名前はセリア・フロストル。


 少女がカロラスの町を出てから三年が経過していた。

 少女はもう少しで、十五歳になる。






 ひたすら剣を振っていた。

 誰にも邪魔されない空間で。


 何も考えずに集中している時は大丈夫だった。

 ただ一振りする度に強さが積み重なっていくのが分かった。


 だが、いつも邪魔をするのは自分の心だった。


 アルは、今どうしているのだろう。

 一度そう考え出すと、再び集中して剣を振れた試しはなかった。


 彼は幸せに暮らしているだろうか。

 ちゃんと剣術を続けて強くなっているだろうか。

 今、どんな暮らしをしているんだろうか。


 ひどい別れ方をした私を恨んでいるだろうか。

 それとも、こんな私のことなんかもう忘れてしまっただろうか。

 もしかしたら、私が今でも想っているように。

 彼も私のことを考えていてくれているだろうか。


 私は自分勝手だ。

 私は、彼の幸せを願って旅に出たのに。

 私のことなんか忘れて幸せになってほしいと思ったはずなのに。


 何度も想像したことがある。

 アルが私を忘れて、私じゃない誰かと過ごしている光景を。

 彼は強く、その強さより大きい優しさを持っている。

 私のように惹かれてしまう女はいるだろう。


 アルが幸せならそれでいいと思っていたはずなのに。

 その光景を想像すると、心臓が締め付けられた。


 矛盾だ。


「ふぅっ……」


 まだいつもの半分も剣を振っていない。

 でも私は振っていた剣を鞘に収めた。

 銘も分からないが、父が残してくれた剣だ。

 

 アルのことを考え出したらもうその日の素振りには意味がない。

 それは経験で分かっている、この数年何度も繰り返した事だ。

 最初は街の周りで剣を振っていたが。

 私を見る視線や絡んでくる冒険者が邪魔だった。

 誰にも邪魔されない場所を見つけたと思ったら、次に邪魔をするのは自分自身。

 いつか、こんな気持ちにならずに毎日剣を思う存分振れる日は来るんだろうか。

 

 こんな女々しい自分じゃ無理だ。

 

 昇る朝日を一瞬見ると、こんな自分を振り払うかのように乱暴に頭を振った。

 流れていた汗が飛んでいく様は自分の鬱憤が離れた気がして、少し気持ちが軽くなった。


 私は長くなった髪を揺らしながら町に向かってゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 泊まっている宿で朝食を取ると、冒険者ギルドへ向かった。

 

 特に依頼の張り紙を見る訳でもなければ誰かと会話する訳でもない。

 数あるテーブルを囲んでいる椅子の中から人が少ない場所を探して座った。


「『斬首』だ、誘うか?」

「やめとけ、殴られるだけだ」


 離れた席に座っている男達のパーティが汚い声で何か言っている。

 顔を向けることさえしないが、気分の悪い視線は背中ごしにも感じてしまう。


 今、私の冒険者のランクはAランクになっていた。


 固定のパーティに入ってない私は助っ人として行動することが多かった。

 助っ人は分け前はもらえてもランクが上昇しない。

 しかし個人でAランクになっているので受けれない依頼はないし問題ない。

 元よりランクなんて、肩書きなんてどうでもいい。


 私はただ強くなれればいい。

 

 最初の頃は大変だった。

 Aランクだと言ってもこの幼い見た目から舐められることが多かった。

 同じ年頃の少年達に誘われたこともあったが、実力が違いすぎた。

 

 大幅に見る目が変わったのはヒュドラ討伐からだろうか。

 変な呼び名がついてしまったが、呼び名なんてどうでもいい。


 私の目標は。

 有名になって闘神流が強いということを分からせること。


 そして、父を殺した仇を探し出して―――殺す。


 この二つを成し遂げる。

 思わず拳を握り締め、殺気を込めてしまう。

 しかし、そんな私に何も気付かないように声を掛けてくる男がいた。


「やあセリア」


 振り向いた先で微笑んでいる男はロークだ、B級の冒険者。

 明るめの茶色の髪をまるで女のように長く伸ばしている。

 名前なんて覚えたくもないが。

 毎日繰り返し声を掛けられると嫌でも覚えてしまう。

 私より少し年上のその男は、私に執着していた。

 ロークは周囲からは美形だともてはやされているようだが。

 私にはその感覚が分からなかった。

 こんな奴より、アルのほうが全然素敵だと思う。

 剣の腕もアルとは比べ物にならない。

 アルは、こんな気味の悪い視線で私を見なかった。


「今は機嫌が悪いの、消えて」


 ぶっきらぼうにそう言うが、いつもの通りこの男は何も気にしていなかった。


「機嫌が悪いのはいつもじゃないか、今日は僕のパーティにおいでよ。

 ちょっと人手がいる依頼だけど、セリアなら一人いれば十分だからさ」


「知らないわよ、先約があるの」


 実際、先約があるのは本当だ。

 今もここで相手が来るのを待っている最中だ。


「そう言わないで、僕とセリアの仲じゃないか。

 やっぱり……いつ見ても綺麗な長い髪だね」


 そう言って私の髪に手を伸ばそうとする。

 私はロークの手が届く前に強く叩いて振り払う。

 

「私は、あんたなんかに喜ばれる為に髪を伸ばしてるんじゃない」


 私は苛立ちを隠さず、乱暴に椅子を蹴りながら立ち上がった。

 前は少し殴って黙らせたが、それくらいじゃこの男は懲りないようだ。

 もう少し分からしてやったほうがいい。


 拳に闘気を集中させ、どこを殴ってやるか考える。

 ロークの自慢らしい顔を潰してやろうか。

 治癒魔術ですぐに治ってしまうだろうが、少しの間でも後悔するといい。


 そう思い一歩前に出ると、後ろから来た男にロークは肩を掴まれた。

 

「アスト」


 見慣れた顔に、私が声を掛けると、よう!と元気よく返事を返してきた。

 ロークは振り向きながら掴まれた手を振りほどこうと身を振るが、その手は離れない。


「何するんだよ! 離せよ!」


 ロークが暴れていると、アストの後ろから四人の男女が現れ、ロークを囲んだ。


「まーたあんたはセリアにちょっかいかけてんの? 懲りないねぇ」


 そうアストの肩に腕を置いてロークを呆れた目で見ている女はアデリー。

 二十代後半の妖艶な雰囲気を隠そうともしない。

 長い紫の髪を垂らしながら、その豊富な胸をアストの肩に押し付けている。

 アストも慣れた様子で表情一つ変えていない。


「何でいつも邪魔するんだよ!

 そんなに僕とセリアが仲良くなるのが気に食わないのか!」


 そう訳のわからないことを言って怒鳴り声を上げるローク。

 アストはそれを聞いて、肩を握る手に力を入れて笑っていた。


「邪魔って? はっはっは、俺はお前を助けてやってるだけだって、まじで」

「何も助かってないっての!」


「今度は前みたいに骨を折られるくらいじゃ済みそうになかったからなー。大体お前、初めてセリアとパーティ組んだ時、戦闘のほとんどをセリアに押し付けたらしいじゃん、報酬も助っ人代だけ。それで気に入った女が自分になびかないとムキになってる。顔だけじゃ惹かれない女もいるってそろそろ学ばないとな」


 アストが子供を諭すように言うと、ロークは黙り込んだ。

 アストが手を離すと何も言わずに背を向けて去って行った。

 私は長身のアストを見上げて一応言う。


「助かったわ」


 私がそう言うと、アストは少し長い黒髪を掻きながら言った。


「まじでロークを助けただけだって。お前の拳の闘気、

 ちょっと殴ってやろうって感じじゃなかったぞ」


 そう言って笑うアストを見た。

 二十歳半ばぐらいでかなりの長身で、私はアストの腹ぐらいの背丈しかない。

 顔は特別整っている訳ではないが、凛々しさを感じながらも顔立ちは穏やかだ。

 彼の率いるパーティ名はライトニング、Aランクだが。

 自らSランクに上がらないだけで数人はSランクの実力を持っている。

 冒険者のランク付けはめんどうなものもあり、自分のランクの一つ上か一つ下までの依頼しか受けられない。


 アストのパーティは割と来るもの拒まずだ。

 まだ腕に自信がない冒険者も普通にパーティに入れる。

 新人の育成も兼ねて、Bランクの依頼を受けれるようにしているのだ。

 Bランクの依頼は割と近場で済んで手ごろだし、金を蓄えながら生活できる報酬は手に入る。


 そして彼のパーティは、私が有名になる前からよく私を誘ってくれる。

 私を子供扱いしないし、私の剣術の腕を認めてくれて、平等に扱ってくれる。


 私にとってもアストのパーティは居心地が良かった。

 だからこそ、何度か固定パーティに誘われたが、断り続けた。

 私には居心地の良い空間で止まっている時間などない。

 彼らもしつこく誘うことはせず、助っ人としてパーティに入れてくれている。


「ま、行こうぜ」

 

 アストがそう言うと、パーティの面々はおーうと言いながらアストに続く。

 私もその背中を追って歩き出す。


 ヒュドラ討伐から間もない頃から始まった冒険。

 私たちは新しい迷宮の攻略に挑んでいる。

 

 難易度は世界一位、ルクスの迷宮だった。





 ルカルドから北東に丸一日歩くと、迷宮の入り口が見えた。

 今日は迷宮の近くの小屋で休息を取り、朝になったら迷宮に挑む。


 この迷宮に挑み始めてから、もうすぐ五ヶ月が経とうとしていた。

 

 この迷宮は千年前から誰にも攻略されていない。

 世界には数多くの迷宮があり、有名な迷宮にはランク付けされている。

 そして、古い順番で順位が高い。

 この迷宮を踏破すれば、世界中に攻略者の名前が轟くだろう。


 この迷宮が有名なところは最深部で待つボスの存在だ。

 千年の時の中で、ボス部屋まで辿り着く者はいるみたいだが。

 何故か誰もボス部屋を覗かないで帰ってくるという。

 勇敢な冒険者がボス部屋に入っても、生きて帰ってきた者はいないそうだ。

 ライトニングがなんとか情報を仕入れようとしていたが。

 しばらく挑戦者がいないらしく、実際にボス部屋まで辿り着いた冒険者から話を聞くことは叶わなかった。

 そしてこの迷宮には不思議な言い伝えがあった。


 ボスを倒した者は望んだ場所に転移できる。

 本来、迷宮にはそんな報酬は存在しない。


 しかし、嘘か本当かは誰にも分からないが、私はその報酬に惹かれた。

 何も手がかりのない、父の仇がいる場所に転移ができるかもしれない。


 もう私はきっとあの頃の父より強い。

 もしかしたら、父を破った敵に勝てるかもしれない。

 いや、勝てなくても、剣を抜くのだ。



 

 そして今私は交代で見張りをしていた。

 他のパーティに混ざった時は、子供は寝てろとか言われたが、ここじゃ平等だ。

 そういう気を遣われないところも気に入っている。


 私が座りながら森を警戒していると、後ろから足音が聞こえた。

 しばらくパーティを組んでいると足音で誰かがわかる。

 振り向くと、アデリーがいた。

 当たり前のように私の横に座ってくる。


「どうしたのよ」


 私は少し棘がある言い方で言ってしまう。

 しかしアデリーは何も気にしてないように言った。


「なーに、たまには女同士で仲良く喋ろうとおもってさ」


 アデリーは私をよく構ってくれるが、私はこんな性格だ。

 会話が弾んだことなんてない。


「私と話しても楽しくないと思うけど?」

「いーや、そんなことないさ」

「ふーん……」


 それで会話が終わる。

 ほら、やっぱり続かない。

 アルと話している時は、私の短い言葉で全て伝わったように思えた。

 何故か、彼はこんな不器用な私の言葉を理解していた。

 しばらくアルのことを考えて黙っていると、アデリーがニヤけた顔で言った。


「前から思ってたけどさー、セリア、好きな男いるだろ」


 ニヤニヤとそんなことを言い始めた。

 私は突然の質問に慌ててしまった。


「い、いきなり何を言い出すのよ!」


 どんどん私の顔が熱っぽくなっていくのを感じる。

 きっと今私の顔は情けなく赤く染まっているだろう。

 そんな私の様子を見てか、アデリーは笑っていた。


「へぇーやっぱりマジだったかぁ、で、誰よ? お姉さんに教えてみなよ」


 何なんだろうか。

 別にアデリーのことは嫌いじゃないが、そんなことを言うつもりも必要もない。


「なんで言わないといけないのよ! 知ってどうするっていうの」


 教えてアデリーがアルに危害を加えるとは思わないが。

 言えないのは単純に私が恥ずかしいだけだが。


「いやー別に? セリアが惚れる男なんてどんな奴か気になるだけさ」


 そう言って豊富な胸を押し付けてくる。

 視線を下に降ろして自分の胸を見る。

 確かに、昔よりは育ったが。

 アデリーと比べると貧相だ、これは私に限らないと思うが。

 アルは……。


「アルは……大きいほうが好きなのかな」


 しまった、と思った時にはもう遅い。

 自然と口に出てしまった言葉に、アデリーは突っついてきた。


「アルってゆーんだ。どんな男? ルカルドにいんの?」


 ニヤニヤと笑いながら質問攻めしてくる。

 これは、終わりそうにない。

 エリシアさんの説教を思い出してしまい、私は観念したかのように少し話した。


「強くて優しいの。私の故郷にいるわ」

「へぇー、振られたの?」


 少しカチンと来た。

 しかし、考えれば振ったのは私のほうになるのだろうか。

 あまり考えたくなかった。


「分かんないわよ」

「まぁいいか。強いってどれぐらい強いのさ」

「故郷を出る時に本気で戦ったけど負けたわ」

「え!? まじで?」


 そう言うと普段あまり動じないアデリーが驚いていた。

 少し考え込む仕草を見せると、アデリーは口を開いた。


「もしかしてセリアって、親父趣味?」

「なんでそうなるのよ……」


 何故いきなりこんなことを言われないといけないのか。


「だってSランクの実力があるアストだって、

 セリアと戦ったら負けるって言ってるのに。

 あんた倒せる奴なんてどんだけ年上なのさ」


 アストにそれだけ評価されていることは知らなかった。

 強いと言われて悪い気もしない。


「アルは私より年下よ」

「えぇー!? 凄いねぇ!」


 どんだけだよーとアルを褒めるアデリーに、悪い気はしなかった。

 少し、アルを語る自分が楽しい気持ちでいることにも気付いてしまった。


「アルは強くて優しくて賢いの。文字もアルから教えてもらったんだから」


 少し自慢気に言ってしまった。

 実際、文字が読み書きできるおかげで助かったことは多い。

 ライトニングのメンバーも文字をなんとか読める人が一人いるだけだ。

 私は孤立するように動いていたので、きっとアルに教えてもらわなければ困っていた。

 嫌がる私に無理やり文字を教えたアルの判断は正しかったのだ。

 やっぱり凄いと思う。


「へぇー、確かにあんたが文字読めるの知った時、

 皆があんたをどっかのお嬢様だと思ったくらいだしね。

 お嬢様にしては色々おかしくてすぐにみんな考え直したけど」


 そう言って笑っていた。

 褒められているのか馬鹿にされているのか分からない。


「ま、話を聞いたら分かったよ。

 そんな男がいれば、セリアじゃなくとも誰でも惚れるわ」


「え?」


 その言葉に私は凍りついた。


 でも、そうか。

 もちろん惹かれる女はいるとは思っていたけど。

 誰でも惚れるくらいの魅力があるのか。

 私はアルが色んな女に囲まれているのを想像してしまい、下を向いてしまった。


「なんだ、そんなことも考えてなかったの? いい男なんて取り合いでしょ」


 当たり前のように言うアデリー。

 私はうろたえてしまった。


「そう……なの……。でも、

 私はアルの幸せを願って町を出たんだから何も言う権利は――」


「甘い! 何言ってんの。つーかお互い想いあってたの?」


 私の声を遮って大声を上げるアデリーに少しビクと体が跳ねた。


「キス……したけど……」


 頬に熱を帯びてしまい、下を向いて言う私にアデリーはつまらなさそうに言った。


「じゃあなんで今一緒にいないんだよ、幸せを願ってとか言ってるけど。

 あんたの自分勝手な考えなんじゃない?」


 少し、イラついた。

 私の死ぬほど悩んで出した答えに、何を言うのだ。

 それこそ、アデリーに言われる筋合いはない。


「私がアルのことを考えて出した答えに何の文句があるのよ」


 きつい口調で責めるように言った。

 しかし、そんな私の口調にアデリーは何も感じていない。


「別に私は文句ないよ。でもね、

 人の幸せを勝手に自分で決めるもんじゃないさ。

 あんたは好きな男に危ないからついてくるなって言われて幸せなのかい?」


 その言葉に、私は動揺してしまった。

 もし私が逆の立場だったら、そんなこと言われたら傷付くだろう。

 キレて無理やり着いていくだろうか。

 でもそもそも、アルと私では立場が違うのだ。

 一人になった私と違ってアルには守るものがある。


 こんなこと、考えても仕方がない。

 そう思っていると、アデリーが続けた。


「ま、それでも本当にセリアが好きなら追いかけてくるか。私の考えすぎかもな」


 そう言ったアデリーの言葉に心当たりがあった。

 私はアルが私を追いかけてこれない理由を知っていた。

 もしかしたらアルなら私を追いかけてしまうかと思って。


 私は町を出る前に、エルと会って、言ったのだ。

 アルが町を出そうになったら、止めてほしいと。

 エルならきっと、アルが追いかけると言ったら一緒に行くと言うと思ったから。

 町に引き止めてほしい、そうお願いした。


 あの時のエルの顔は納得がいってなさそうな顔だったのを覚えている。

 でも、最後には頷いてくれた。


 そのことを思い出すと、また下を向いてしまった。

 私の選択は間違っていたんだろうか。

 アルの幸せを願ったのに、アルの幸せを踏みにじったのだろうか。

 下を向いている私をアデリーは見ながら言った。


「ふーん……なんか事情がありそうだね。

 ま、いつかまた会えるかもよ」


「会えたら……どうすればいいのよ……」


 そう言う私の声には力が無かった。

 そんな私を見てアデリーは笑いながら言った。


「好き! 一緒にきて! って駄々こねればいいんじゃない?

 あんた見てくれはいいんだからね。

 再会した時くらいちゃんと女して甘えてみな」


「そんなの……」


 私にそんなことできるだろうか。

 する権利があるのだろうか。

 相変わらず考え込んで深みにはまっているとアデリーが立ち上がった。


「ま、終わってみれば楽しい話になったねえ? 私はだけど。あははは」


 それだけ言うとアデリーは笑いながら去って行った。


 私は考え込んでしまい魔物の警戒を放棄してしまった。

 結局、交代と言われ肩を叩かれるまで放心していた。



 

 少し仮眠を取ると、全員が配置に着いて迷宮探索が始まった。


 前衛はアストとアデリー。

 私と魔術師は中衛で臨機応変に戦う。

 後衛に剣士が一人と、後ろを警戒するしんがりの剣士がまた一人。

 

 この迷宮は通路が大きく、平気でA級やB級の魔物が飛び出してくる。

 故郷の私の家なんかより遥かに大きい魔物達が襲い掛かってくる。

 このパーティならB級程度は何とでもなるが、A級が束で掛かってきた時は苦戦もする。


 もちろん怪我人も出るが、パーティに一人中級の治癒魔術を使える男がいる。

 しかし、魔力にも限界があり何度も使える訳じゃない。

 初めて魔力切れを見た時は驚いた。

 私の基準はエリシアさんやエルだったから。

 彼女たちが魔力切れを起こした所を見たことがなかった。


 しかし、これぐらいが普通なのだと分かると被弾にはより一層気をつけるようになった。

 昔は少々ダメージを負いながらでも敵を速く倒すことを優先していたが。

 今は速く倒すことよりも、硬く戦う。

 これはこの数年で私が成長したことの一つだろう。

 

 先に何があるか分からない以上、とにかく温存するのだ。



 ルクスの迷宮のやっかいな所は、何故かAランクの魔物が群れでいることだ。

 カルバジア大陸では、Aランクの魔物が出ても数体だけで、群れは存在しない。

 コンラット大陸はドラゴ大陸に隣接してることもあってAランクの群れどころか竜種もいるらしいが。


 そして、ボス部屋がある深層まで他の迷宮と比べるとかなり長い。

 五ヶ月掛けて、少しずつ開拓していった。

 迷宮の攻略は順調に進んでいる。

 ゴールは分からないが深層までは開拓していると思う。

 一時間ほどで最短距離を進むと、初めて見る層に出た。


 そのまま未開拓の領域から三時間程戦闘を繰り返し進んだ頃、アストが言った。


「近い気がする」

「なんで?」

「勘だ」


 それだけ言うと、全員気を引き締めた。

 そこから何度か戦闘があり、前に進むと広い空間に出た。


 その広い空間の先に一つだけある白く発光している転移陣。

 ボスが存在する迷宮には部屋の前に必ず転移陣があり、ヒュドラを討伐した時も同じものに乗った。

 何か、感じる。


「間違いないな、ボス部屋だ」


 アストが言った。

 皆、返事を返さずとも分かっている。

 アストは全員を見回すと口を開いた。


「一度帰って疲れを取ってから来たほうがいいと思う。

 次に来る時は二時間もあれば抜けてこれるだろう」


 その言葉に全員頷いた。

 私もそうしたほうがいいと思う。

 帰りも考えると魔術師の魔力も限界だろう。

 そこで、仲間の一人が言った。


「ボスだけ見て行かないか?

 転移して確認した瞬間戻れば対策も取れるんじゃないか」


 一理あるが。


「一方通行の可能性は? 戻ってこれない罠があるかもしれないぞ」

「いや、それはない。ボス部屋の転移陣は絶対に往復できる」


 魔術師の男がそう言い切った。

 その言葉に、アストが決断した。


「わかった、俺が行こう。

 もし俺が帰ってこなかったら絶対に転移陣を踏まないこと。いいな?」


 何も言わず、仲間たちは深く頷いた。

 全員でボス部屋の転移陣の前まで移動する。

 少し沈黙した時間が続き、アストが意を決したように足を一歩踏み出した瞬間。


 ぞくり、という感覚が体を包んだ。

 転移陣から急に現れた何かやばい、という感覚。

 それは目に見えるものだった。

 

 闘気だ。


 転移陣から、この広い空間を覆うように紫色の闘気が爆発している。

 人が纏えばその巨大さから体が砕け散ってしまいそうな闘気。

 この闘気の前では、私の全開の闘気も吹き飛んでしまうだろう。

 それほど、恐ろしく巨大で禍々しい闘気。

 

 ボスが、魔物が闘気を纏うなんて聞いたことがない。

 だが、今それを目の前にしている。


 間違いない、この転移の先にいるボスは私達に気付いている。

 気付いていて、私達を試している。


 勝てない……。


 私は初めてそう思った。

 初めての体験に、足が竦んでしまった。


 そしてその感覚はパーティ全員が共有していた。

 アストも踏み出そうとした足を戻し、転移陣から数歩下がっている。

 数秒が何分にでも感じられそうな濃密な時間。


 転移陣から迸る闘気が収まる。

 その瞬間、全員が呼吸することを思い出したように息を吸った。

 無言の空間が生まれる、しばらくしてその空気を壊すようにアストが言った。


「帰ろう。俺達じゃ勝てない」


 もう、ここには来ないという意味も含まれているのが全員に伝わった。

 誰も反論する者もなく、私達は誰も声を発さないで逃げるように迷宮から出た。


 私は、悔しくて仕方なかった。



 町に帰ると、普段する打ち上げもする気力もなく、全員解散した。

 私は泊まっていた宿の部屋に入ると、水浴びもしないままベッドに横になった。


 何が、父の仇を討つだ。

 

 今日私は強敵を前に、逃げ出してしまったじゃないか。

 自分が情けなかった。

 勝てないのは分かっている。

 言い訳なんていくらでもできる。

 あのまま私が飛び込んでいたら。

 きっとパーティのメンバーも一緒に追いかけてくれたと思う。

 ライトニングの面々は、そういう人達だ。

 でも、勝てない。

 私の意地のせいで仲間が死んでしまう。

 

 だがあの時私は、そんなことは考えてなかった。

 ただ、敵の闘気に、私の闘志は負けたのだ。


 戦いもせずに。


 きっと父は、勝てないと分かっていた敵に剣を振ったのだろう。

 それに比べて私はどうだろうか。

 もちろん無駄死にすることが正しいと思っている訳じゃない。

 先に勝てない敵がいて、私は挑んでもいない。


 ただ、逃げたという自分が嫌なだけだった。


 私は歯を食いしばると無理やり目を瞑った。

 嫌な気持ちから逃げようと、眠りにつくのを待った。

 しばらくは寝付けなかったが、疲れ果てていた体は気付けば眠りに落ちていた。





 目が覚めると、いつもの崖に向かい剣を振った。

 

 許せない自分を痛めつけるように。

 どれだけ疲れようが、限界を超えようが振った。

 体が限界を迎えると、自然に後ろから倒れ込んだ。

 すっかり上がってしまった朝日を見上げながら考える。


 強くなるには、どうすればいいか。

 順番を変える必要があった。

 

 まずは、あの迷宮のボスを倒せるくらい強くなる。

 そしたら、父の仇まで転移して仇を取る。

 望みの場所の転移が本当かはわからないが、違った時はその時考える。

 そのぐらい強くなれれば、きっと闘神流の再興もできるだろう。


 その道筋の為には。


 新しい世界を見よう。

 この大陸で出来ることは限られてきた。

 コンラット大陸に移れば何かがあるとは限らないが。

 知らない世界を歩かないと進めない気がした。

 前にも考えたことがあるが、その時は躊躇した。


 何より、私が違う大陸に行くのを嫌がった理由。


 アルだった。

 アルと同じ大地を踏んでいたかった。

 違う大陸にまで離れてしまうとアルと二度と会えない気がして。

 元より再び会えると思っていなかったのに矛盾した話だ。


 いや。

 

 もう、アルへの気持ちを考えないようにして生きるのはやめだ。

 私は永遠にアルが好きだ。

 それは、何があっても変わらない真実。

 

 でも、だからこそ甘えを捨ててまた旅立とう。

 アルだって、こんな女々しい女は嫌だろう。


 アルがカロラスの町で幸せに暮らしているならそれでいい、でも。

 もし、再会できる日が来るなら、強くなった私を見てほしい。

 

 そう思った。





 旅立つと決めたら早かった。

 港はこの町から近い、数日も歩けばイーデン港に着くだろう。

 大陸を渡る船賃も十分にある。


 私は一番世話になったライトニングにだけ町を出て大陸を渡ることを伝えた。

 メンバーは寂しがっていたが、最後は頑張りなと声を掛けてくれた。



 町を出る日。

 西の門の前でアストとアデリーの姿があった。

 わざわざ見送りに来てくれたらしい。


「わざわざありがとう」

「あんたが素直に言うなんて珍しいね」

「世話になった自覚はあるもの」

「そうかい」


 そう言って笑いあうと、アストが口を開いた。


「もしセリアを尋ねてきた奴がいたら、何か伝えたいことはあるか?

 俺達はまだこの町から動かないからな」


 そう言われると、言いたいことがあった。

 あの日聞いたアデリーの言葉が頭によぎっていた。


 私は、甘えてもいいんだろうか。

 ただの女になっていいのだろうか。

 

「もし、アルベルって名乗る人が私を尋ねて来たら――」


 もし、万が一。

 アルが、私を追いかけてきてくれたら。

 私といることが幸せだと選んでくれたら。

 その時は、私の気持ちを伝えよう。

 もう、離れたくないと。


「待ってるって、伝えて」


 私がそう言うと、アデリーは優しく微笑みながら私の頭に優しく手を置いた。

 初めて受けた、子供扱いだった。

 でも、嫌じゃなかった。


「分かった」


 私たちの様子を見て、アストも微笑んでいた。

 二人に礼をすると、私は再び歩き出した。


 

 見上げた空は、私の解き放った想いのように、綺麗に晴れ渡っていた。

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