第十九話「旅立ちと別れ」
ドールが酒を一気にあおり、エールを飲み干すと昔の話を始めた。
「B級冒険者だった話はしたよな。
ある日、パーティで難易度の高い依頼に挑戦しようって話になったんだ」
ドールは語り始めた。
順調に依頼をこなし、冒険者としてのランクが上がり始めた頃。
パーティ全体が増長し始め、もっと高難易度の依頼でもこなせると思ってた頃。
あるパーティがAランク迷宮のボス部屋に辿り着いた。
相手は首が八本ある蛇、ヒュドラ。
ヒュドラ自体の討伐難易度はS級だったが、幸運なことにボス部屋は広かった。
多くの冒険者で行けばなんとかなると、A級として討伐依頼がかけられた。
S級パーティが一つ、A級パーティが四つの合計、二十人程の人数が集まった。
それ以上は参加者が集まらなかった。
後一パーティくらい入る隙間があるということで、Bランクだったがドールのパーティが滑り込んだ。
自分達ならできると、ボス討伐の分け前も魅力的だった。
「まぁ、思いあがってたんだな」
そうして多くの猛者達とボス部屋に向かい、ボスに挑んだ。
ヒュドラはドールが想定していたよりも恐ろしく、強かった。
S級パーティが支える中、多くの犠牲者が出た。
ドールのパーティは足が竦み戦えなかった。
そんな中、ヒュドラの首の一本がカーラを標的にした。
なんとか振り下ろされる首の初撃を避けたが。
砕かれた地面から飛び散った岩がカーラの足を襲った。
動けなくなったカーラに再びヒュドラの首が襲いかかる。
「俺は、その光景を見て動けなかった」
言いたいことは伝わった。
それを後悔していて、想いを受け入れることができないのか。
自分にカーラに寄り添う権利がないと思っている。
でもおかしいことがある。
「でもカーラさんは生きてるじゃないですか」
どうやって助かったんだろう。
そう思っているとドールが再び口を開いた。
「そこからなんだが……」
カーラが潰されるのを想像した瞬間、それは訪れなかった。
振り下ろされたヒュドラの首が飛んだ。
カーラの前に立って首を飛ばした剣士は少女だった。
自分達より遥かに若い。
激闘の末、その少女は一人でヒュドラの首を六本落としたという。
ドールはその少女を見て思った。
まだ小さい少女が勇敢に立ち向かい仲間を守っているのに、自分はどうだ。
剣術も心も、自分の限界を知った。
「俺は冒険者を辞めて、この町へ来た。後は二人も知る通りだ」
話し終わったドールは少し寂しそうな顔をしていた。
「カーラさんはその話を知っているんですか?」
俺がそう言うと、ドールは頷いた。
「話したさ、本人はそんなの関係ないって言ってるけどね」
自分が納得いっていないだけなのか。
カーラがいいって言ってるならそれでいいと思うのだが。
ドールは誠実な男なのだろう。
そういうところにカーラが惹かれているんだろうな。
少ししんみりとした空気が気まずかったので、俺は話しを少し逸らした。
「それにしてもすごいですね、その少女」
純粋にそう思った。
やはりセリアのような天才は他にもいるのだろう。
世界は広い。
「あぁ、あの光景は忘れられないな……って、あーーー!!!」
ドンッと机を叩きながらドールは立ち上がった。
何事!? と驚く俺の顔をじーっと見ている。
「な、なんですか?」
「そうだ! アルの剣術を見た時、見たことあると思ったんだ!
確か、闘神流だったか!」
そう言うドールは少し興奮していた。
俺も最後の言葉を聞いた瞬間、心臓の鼓動が早くなるのが分かった。
めちゃくちゃ強い少女に闘神流。
そんなの一人しかいない。
何故話を聞いていて気付けなかったのだろうか。
「セ、セリア……?」
俺が小さくそう言うと、満足そうにドールは頷いた。
「そうだよ! セリアだ! やっぱり知ってるのか?」
「一緒に剣術を習ってました……」
そう言う俺の言葉には力がなかった。
ランドルは何も口を挟まないで酒を飲んでいる。
分かっていたことだが。
彼女はやはり俺なんかとはレベルが違う高みに登っていた。
考えたくなかったセリアとの差が、目に見えて広がった。
その差は、もうセリアの背が見えないほどだった。
ドールは下を向いてしまった俺を見ると。
立ち上がってた体を収め、再び椅子に座った。
「あ……悪い。話したくないこともあるよな」
「すいません」
俺が最後にそう言うと、俺たちは無言になってしまった。
誰も口を開かない。
店が騒がしければまだマシだが、客は俺たちだけ。
俺は自ら作ったこの空気に耐え切れず、口を開いた。
「セリアのこと教えてもらってもいいですか?」
話を聞いても自分が情けなくなると分かっていても、気になった。
彼女はどんな生活を送っているのだろう。
「いいぜ、といっても俺も数回話しただけで詳しいことは知らないけどな」
ドールが話してくれるセリアの話は、この数年で一番集中して聞き入っていたと思う。
ヒュドラ討伐が一年半前。
俺がもうすぐ十四歳になるので、当時のセリアは十四歳だろうか。
セリアが拠点にしていた場所は最北にあるルカルドの町。
カルバジア大陸で一番冒険者が集まる町だ。
迷宮や高ランクの魔物が多く、依頼がなくなることはないという。
当時セリアはA級冒険者で、固定のパーティには入ってなかった。
ソロか交流のあるパーティに混ざって仕事をしていたらしい。
その若さに見合わない剣術の腕前で、セリアは町では有名だったらしい。
もちろん美少女だとも評判だったらしいが。
同じ年頃の冒険者ではセリアと釣り合いがとれなかった。
それでもいい寄る男にはセリアの鉄拳がお見舞いされたらしい。
その話には少し安心してしまった。
俺にそんな資格はないのだが。
「今セリアはどうしているんですか?」
「今は分からないなぁ、俺がルカルドの町を出たのが一年くらい前だ。
最後に見た時はヒュドラ討伐から五ヵ月後くらいかな」
「そうですか……」
この世界の連絡手段なんて限られている。
手紙くらいだが、セリアから手紙が届いたことは一度もない。
セリアの中では俺はもう過去なのだろうか。
少し寂しい気分になっていると、ドールが口を開いた。
「最後にセリアを見た時は、何か思い詰めた表情をしていたな……最後に話そうと思ったんだけど、近寄れなくてそのまま町を出ちゃったよ」
驚いた。
今までの話を聞いていると、セリアは順調に前へ進んでいるようだったが。
セリアなりにやはり悩みもあるのだろうか。
思えばセリアは凛々しく強かったけど、歳相応に子供の部分も多かった。
何でだろう、自分の愚かな考え方に今気付いた。
セリアがいない時間が過ぎる度に、俺はセリアを神格化していた。
悩みも迷いも何もない、真っ直ぐに自分の道を進める人間だと思っていた。
彼女はたった一人の家族を失ってまだ十二歳で旅に出たのだ。
悩みも苦しみも寂しさも、あるに決まっている。
最低だな、俺は。
自分勝手な考えでセリアの苦しみなんて考えていなかった。
もし俺が横に居たらセリアは楽になっていたのだろうか。
そんな表情をしないで済んだのだろうか。
分からない。
しんみりとした空気が漂い、ドールが雰囲気を変えようと口を開いた。
「飲もうぜ! 楽しまないとな」
ドールはそう言って酒をあおったが、俺は飲めなかった。
コップの中のエールから映る俺の顔は、泣いている気がした。
酒が進まないまま飲みの席も終わり、重い足取りで家に帰った。
結構長い間喋っていたのだろうか、家に着くと中は真っ暗だった。
家族は寝ているようだ。
俺は毛布を敷いて寝ようとは思えず、暗闇の中椅子に座った。
腰からセリアの剣を机の上に置くと、ただ眺めた。
しばらくすると視界が歪んだ。
瞳から何かが溢れるように頬を伝った。
「うっ……」
俺は小さく声を上げて泣いていた。
誰もいない空間でただ泣いた。
涙が流れる理由は考え切れないほどある。
今まで押さえてきた自分が決壊してしまった。
セリアは遠いところにいた。
それでもセリアは子供だった。
何も考えないようにしようと日々を過ごしていた自分が情けなかった。
あの日置いてしまった後悔を拾いたかった。
いつまで経っても涙は止まらなかった。
止まるキッカケは、急に訪れた。
「アル……?」
静かに寝室の扉が開くと、寝巻き姿のエリシアが立っていた。
見られてしまった。
俺の泣き顔を見て、心配そうにゆっくりと近付いてくる。
俺は焦って涙を拭った。
「ごめんなさい、起こしちゃったかな。何でもないから気にしないで」
そう言う俺の目の前まできたエリシア。
いつものように俺を抱きしめるのだろうか。
そう思っていると、その瞬間はいつまで経っても訪れなかった。
エリシアは俺の前で少し迷うと、俺の横の椅子に座った。
その顔は泣き出しそうな顔をしていた。
心配させてしまった。
どうしようか、と悩んでいるとエリシアは小さく口を開いた。
「アル。私ね、後悔してることがあるの」
いつもの語尾が伸びる心地良い声は、聞こえなかった。
「後悔……?」
俺の声はまだ少し涙声だった。
「私の後悔は、貴方に後悔させてしまったこと」
そう言うエリシアの声は自分を責めるように、語りだした。
「私は、私の大事なアルを自分の手から離したくなかった。
あの時アルはまだ十歳だったの、強くて賢くてもまだ子供。
最初は無理やりでも止めるのが当たり前だと思ったわ。
何かあったらって想像するだけで怖かった。
だから止まってくれたアルを見て安心したの。
でも、後から間違いだって気付いたの。
何かこの町で新しい楽しいことを見つけて過ごしてくれたらって考えてた。
でも何をやっても、アルの心はずっと別のところにあった。
ずっと貴方は、自分を責めてた。」
長く語るエリシアは、今にも泣き出しそうだった。
綺麗な赤い瞳で俺を覗き込むと、言った。
「ねぇアル、あの時貴方はどうしたかったの?」
その言葉に、今まで押さえつけていた自分の感情が決壊した。
再び大量の涙が俺を濡らした。
「僕は……あの日、セリアを追いかけたかった……」
そう泣きじゃくる俺を見ると、エリシアは立ち上がった。
そして、華奢な腕で俺を抱きしめた。
「貴方に後悔させてしまってごめんね。
あの時、止めてしまってごめんね。
傷付けてしまってごめんなさい。
もう、貴方の好きに生きてほしい」
そう言ってエリシアは少し腕を緩めると俺の顔を覗きこんだ。
その表情は涙目で微笑んでいた。
「それって……」
「行っておいで。アルの幸せが、私の幸せだから」
もうエリシアの瞳は涙ぐんでなかった。
ただ、俺を包み込むかのように優しい目をしていた。
でも、俺は心配だった。
「でも、俺が行ったら母さんが……」
「私は大丈夫よ、支えてくれる人がいっぱいいるから」
「エルは……」
「エルは貴方が思ってるほど弱い子じゃないのよ、大丈夫」
そう言われても、エルが心配なのは変わらなかった。
俺が町を出るなんて言ったらどうなるか想像もつかない。
でも、そのことを考えるより、俺の背中を押してくれたエリシアの言葉に答えたかった。
「母さん、行ってくるね」
ただ、そう答えた。
もう俺の涙は止まっていた。
エリシアは何も言わず、再び腕に力を入れて俺を抱きしめた。
その日は、久しぶりに一緒のベッドで寝た。
次の日、いつも通り早朝に剣を振っていた。
俺の剣は、光っていた。
その剣筋からは迷いがなかった。
これからは、セリアの力になる為に剣を振るのだ。
今まで止まっていた俺の足は、少しでもセリアの背中に近付こうと駆けていた。
稽古が終わると、エルがいつもと違う顔をしていた。
エルにはまだ何も言えていなかった。
どうやって伝えればいいか分からなかった。
「お兄ちゃん、変わったね」
「ん? どうしたの?」
エルの小さい呟きは聞こえなかった。
エルは何でもないと言うと、俺にくっついて歩き出した。
待機所に着いて中に入ると、丁度いい所にダストさんがいた。
俺が町を出ることを伝えると、驚いていたがすぐに納得していた。
元々俺のような剣士がずっとこの町にいるとは思っていなかったらしい。
新しく入ったドールとカーラは頼りになる。
俺がいなくなっても大丈夫だろうと言っていた。
ランドルもいるしこの町が魔物の脅威にかかることはないだろう。
正直、止められなくて助かった。
皆には感謝だ。
ランドルと合流すると、何気なく言った。
「ランドル、俺この町から出てくわ」
いつものように礼儀正しい言い方はこの男には何故かしたくなかった。
それを聞いたランドルは無表情で淡々と言った。
「そうか」
あっさりとしていた。
もう少し、何かないんだろうか。
一年以上一緒に仕事をしている仲なのに……。
まぁ、こんなところもランドルらしいか。
そう思うと自然に笑ってしまっていた。
ランドルは勝手に一人笑う俺を不気味そうに見ていた。
仕事中にすれ違った時に、ドールとカーラがいたので話した。
「そうか……いつ出るんだ?」
「明日です」
「また急だね」
一日でも早く遅れを取り戻したかったのだ。
少し寂しがりながらも、二人は応援してくれた。
俺はどうしても言っておきたいことがあった。
「ドールさん、ありがとうございました。
話を聞いてなかったら僕はまだ止まっていたかもしれません」
そう言う俺に、カーラは横から何のこと?とドールを見ていたが。
ドールは何も気にした様子はなく言った。
「俺は何もしてないさ、決めたのはアルベルだろ。
アルベルの腕ならすぐに一角の冒険者になるだろう」
ドールは旅の基本や、ここからまずどこに向かえばいいとか色々教えてくれた。
正直北に向かうことしか考えてなかったので助かった。
冒険者の町、ルカルドには依頼をこなしながらでも順調に行けば一年程で着くだろうと。
話が終わった後、お節介かもしれないが言った。
「ドールさん、僕は昔した後悔をやり直せるように旅に出ます。
子供が何言ってるんだと思うかもしれませんが、その、ドールさんも」
最後まで言えなかったが、ドールにはしっかり伝わったらしい。
横にいるカーラにも。
ドールは深く頷くと、俺に微笑みを向けた。
「あぁ、ありがとな。俺も少し前を見てみるよ」
ドールがそう言うと、カーラは驚いてドールを見て言った。
「それって……」
これ以上は俺はお邪魔だろう。
俺は頬が自然と綻ぶと、何も言わず背を向けて歩き出した。
幸せになってくれたらと純粋に思った。
家に帰ると、皆普段通りだった。
豪勢な料理が出てくる訳でも、家族の別れに涙する訳でもない。
俺に心配させないように気遣っているように見えた。
そしてエルにはまだ何と言えばいいか分からないでいた。
本当に、どう言えば納得してくれるのだろうか。
一生帰ってこない訳じゃないからなんとかなるだろうか……。
長く住んだこの家の最後の夜は、エルのことをずっと考えて眠りについた。
早朝になると、今日は剣術の稽古をしなかった。
身支度を済ませて、旅の準備をした。
といってもほとんど手ぶらだ。
大した旅の知識も経験もない、料理もできない。
こんなんで本当に大丈夫なのかと自分で心配になるが。
アスライさんからもらった剣とセリアの剣を腰に掛ける。
すると、この二つがあれば十分だと思えた。
そして、エルがなかなか寝室から出てこなかった。
どうやら、俺がどうやって説得しようと考えているのを他所に、エリシアはエルにもう話していたらしい。
もしかして泣いているのだろうか……。
そう考えると不安でたまらなく、寝室に入ろうと思ったのだが。
ちゃんとお見送りに行くから町の門で待ってて! とエリシアに言われた。
もちろん勝手に行くつもりはない、エルにも直接話をするつもりだ。
ルルも微笑みながら俺に、後で私もお二人と一緒に行きますねと言ってくれた。
ありがとうと返すと俺は家から出た。
いつか必ず帰ってこようと誓った。
名残惜しそうに町並みを見ながらゆっくりと門に向かった。
町の門に着くと、見慣れた三人の姿があった。
ランドルとドールとカーラだ。
ランドルはいつも通りの仕事の装備で、ドールとカーラも普段通りだった。
一つ違うのは、二人の距離がいつもより近く見えることだろうか。
驚いたのはランドルが見送りに来てくれていること。
昨日はあっさりしていたのに可愛い奴じゃないか。
三人にまとめて挨拶すると、ランドルの前に立った。
「ランドルは見送りに来ないと思ったよ」
はははと少し嬉しさを隠せないで言った。
するとランドルは、はぁ?と言うと。
「何言ってんだ。俺も行くに決まってんだろうが」
当たり前のようにいつもの無表情で言っていた。
え? まじで?
ランドルは実はツンデレだったのだろうか。
「元々俺も冒険者になるつもりだったんだ。色々あって遅れたけどな」
「色々って何?」
「ダンテとかクルトとか、借りとかだ」
この言葉で、前に気にかかったランドルの疑問が解消された。
ダンテ達はランドルを憎んでいたが。
やはりランドルは不器用なりに守っていたのだろう。
弱い二人を強くしようとしていたのだ。
そのお守りも終わったように思えたのに。
それでも町を出なかったのは俺のせいか。
正直そこまでランドルが義理堅いと思っていなかった。
やっぱり、いい奴だな。
あの日、助けようか悩んでいた自分を殴ってやりたい。
俺は素直に気持ちを伝えることにした。
「ランドル、正直な話」
「なんだよ」
「頼りにしてる」
「気持ちわりいな」
そう言って俺の感動を投げ捨てたランドルだが、言葉には棘がなかった。
そしてそうならば気になることがある。
「ランドルその装備自分のじゃないだろ、いいの?」
そう言ってランドルの全身を見る、特にばかでかい斧。
結構高そうなんだけど。
「隊長がくれるってよ。どうせ俺以外使えねえって」
そんなことを言っていた。
まぁ、確かにそうか。
俺たちの話が終わると、見守っていた二人が声を掛けてくれた。
「頑張れよ、まずは北のテクの町だ。冒険者ギルドがあるからな。
二人の足なら街道を歩いて四日もすれば着くだろう」
「はい、ちゃんと覚えてます。色々とありがとうございました」
二人で顔を見合わせると、ドールが楽しそうに微笑んで会話が終わった。
その横でカーラが口を開いた。
「アルベルありがとね、貴方のおかげで幸せになれそう」
「僕は何もしてませんよ、お幸せに」
それだけ言うと会話が終わった。
カーラはドールにくっついて幸せそうな表情をしていた。
良かったなぁと心から思う。
すると、後ろからいくつかの足音が聞こえた。
振り向くと、俺の大好きな家族達だった。
エリシアはいつも通りの服装で、髪はパーマを当てたようにふわふわだ。
もう三十歳近いはずなのに若く見えるし癒し系の顔は整っていて綺麗だ。
その横のルルはやはり小さい。
何年か前に背は追い抜いてしまった。
俺が生まれた時から一切変化がない外見だ。
そして驚いたのが。
エルが体が大きくなってぴったりになった、
誕生日にもらった白と薄紫の綺麗なローブを着ていた。
手にはアスライさんからもらった杖を持っている。
そして背中には少し大きめな亜麻色の鞄を重そうに背負っていた。
まるで旅人だ。
いや、そういうことを言っている場合じゃなく。
エルはそのまま俺の前に立つと、ランドルを相変わらず嫌そうな顔で見た。
「まさかランドルも来るの?」
今にも、うげーと言いそうな顔で。
なんだこの状況は。
「嫌なら帰れよ」
「貴方が帰って」
「はぁ……」
ランドルが溜息を吐くと、呆れたようにエルの視線を無視した。
俺は慌てながら口を開いた。
「エ、エル? 一緒に来るような格好に見えるんだけど……」
その言葉にエルは物凄く驚いていた。
え? 何言ってるの? といわんばかりに。
「そんなの当たり前だよ」
ただそう言っていた。
俺の言葉にエリシアも驚いていた。
「アルー、まさかエルが待ってるとでも思ってたのかしらぁ……」
そう言って呆れていた。
いやまぁそうだけど、エルのような可愛い子を連れて行って大丈夫なのか……。
何かあったらと思うと背筋が凍りついた。
そんな俺の心配をかき消すかのようにエリシアは言った。
「エルはアルが思ってるほど弱い子じゃないわよー。
お兄ちゃん子になったのは私のせいもあるしねぇ」
そう言うと横でふふとルルが笑っていた。
確かにブラコンになったのはエリシアのせいもあるかもしれない。
愛情は平等に注いでいたが、どちらかというと父に似てる俺を構ってたと思う。
もう俺も腹を決めるか……そう思っているとエルが言った。
「お兄ちゃんもランドルも何、その格好。
手ぶらでどうやって旅なんてするつもりなの」
そう言って俺とランドルの格好を見た。
まぁ確かに、俺とランドルの格好は旅を舐めまくっている。
そして何気に初めてエルに怒られた気がした。
「脳筋パーティじゃだめだよ、魔術師もちゃんといないと。
それに、料理もできないのに何食べるつもりなの」
エルの口から脳筋なんて言葉が出るなんて……。
そして悲しいことに、エルの言葉は全て俺とランドルに刺さっていた。
俺は何も言わずにエルの鞄を下ろしてやり、自分の背に担いだ。
「分かったエルも一緒に行こう」
俺がそう言うと、エルはやっと微笑んでいつも通り俺にくっついてきた。
もういつもの可愛い妹だ。
「アルーはい、無駄使いしちゃだめよー」
そう言いながら俺に小さい布袋を手渡した。
中を覗いてみると、結構な数の銀貨と銅貨が入っていた。
これは……。
「ほとんどアルのお給料だけどねー」
そう言って申し訳なさそうに笑っていた。
毎月給金をもらったら家に渡していたが、使ってなかったのか。
そして明らかに俺の渡した金より多い。
これから金はいくらでも必要になるだろうし、ありがたく受け取ろう。
「ありがとう母さん!」
俺はそう言うと懐に大事に閉まった。
さぁ、そろそろ行くか。
「じゃあ、行くね!」
俺がそう言うと、エリシアは微笑んでいた。
きっとすごく辛い気持ちだろうに、笑顔でいてくれた。
「えぇ、行きなさい」
俺達は三人で横並びになって歩き出した。
しばらくして後ろを見ると、小さくなったエリシアとルル、
ドールとカーラがまだ門でこっちを見ていた。
もう見えないだろうが、俺は手を挙げて一振りすると前を向いて歩き出した。
やっと、進めた。
あの日の後悔を、やり直すのだ。
21:00頃にもう一話更新して二章は終わりになります。
旅立ちまで長かった…ここまで見てくださった皆様、ありがとうございます。
ようやく旅が始まります。




