第一話「違う世界と初めての家族」
目が覚めると、俺の記憶に無い木造の天井が見えた。
少しすると俺と天井の間に見慣れない顔が挟み込まれる。
艶のある綺麗な赤みがかった茶色の髪をふわりと俺の顔に垂れた。
そこには俺を覗き込む女性の顔がどアップであった。
透き通るような白い肌に、薄い赤い瞳はクリクリとしている。
鼻はツンと高く、小さい唇。
その女性の第一印象は癒し系の顔でとても整っていた。
こんな美女、今までの俺の人生で見たことがあっただろうか。
というか……誰だ?
我に返り、誰?と声を掛けてみると
「アァァァウアアァァ」
自分の想像とかけ離れた声が出た。
焦り体を動かそうとするが。
動かない……?
指先や足の感覚はあるのに自由に操れなかった。
これは一体どうなっているんだろうか。
目が覚める前のことを思い出すが、何もしていなかった。
俺は眠っていただけだ。
もしかして寝ぼけて外に出て事故にでもあったのか。
もしそうだとしたら……地獄だ。
喋ることも食べることも動くこともできない。
自分で死ぬことも。
人生の終わりを感じていると、さっきの茶髪美女が微笑みを浮かべながら赤ん坊を抱っこしていた。
「――……――……」
何を言っているかよく聞き取れない。
美女は幸せそうな顔でその赤ん坊を俺に近づけてきた。
「……――……――」
その赤ん坊を見てゾッとした。
何故、今の俺とサイズが同じように感じられるのだろうか。
そしてよく見ると美女はまるで巨人のようではないだろうか。
美女はニコニコと俺を軽く抱き上げた。
耳元で話される声は聞き取れないが、嬉しそうに何か言っている。
美女の豊かな胸の中で俺の視線が高くなると天井以外のものが視界に映った。
すると、美女の隣にいるメイド服を着たロリ娘も視界に入った。
まさか、こんな事がありえるのだろうか――
俺は生まれ変わっていた。
ついでに言うと一年が経っていた。
俺はアルベルと名づけられ、新しい生を授かっている。
最初は中世ヨーロッパのような木造建築の家を眺め思い耽ていた。
そしてえらく古い時代に生まれ変わったなぁとか思っていた。
しかし俺の耳がしっかり喋る母親の声を認識できるようになって混乱した。
聞いたこともない言語だったのだ。ここは知らない国なんだろうか。
しかし、母親と使用人の会話を聞いてると段々と理解できるようになっていた。
今度の俺の体は物覚えがいいのかもしれない、子供だからかもしれないが。
そして一年の間に色々と分かったことがある。
この家で暮らすのは母親のエリシア。
歳は十代後半くらいだろうか。
腰まである艶々とした長い茶色の髪をふわふわとさせている。
まるでパーマでも当てているようだ。
透き通る真っ白な肌に薄く赤い優しげな目をしている。
すらっとしていて豊かな胸は破壊的だ、どこの誰が見ても美女と言うだろう。
俺も母譲りの赤みがかった茶髪だ。
同じ血が流れているということは将来は美少年になれるんだろうか……。
エリシアはことあるごとに俺を抱っこして
「アルちゃん可愛いぃ……」
と蕩けた顔をしながら頬ずりしてくる。
美人に可愛がられるのは正直かなり嬉しい。
そしてなんと驚くことに、この家にはメイドがいるのだ。
一見三人くらいまでしか暮らせそうにない平凡の家なのに。
そのメイドの名前はルルと呼ばれている。
桃色の髪を胸の辺りまで伸ばし、小さい顔はまるで小動物のようだ。
そう、小さいのだ、顔だけじゃなく体全てが。
どこから見ても十二歳くらいにしか見えない子供だ。
一体この国の労働基準法はどうなっているんだ。
母のエリシアが働きに出ているらしく、家のことは基本的にルルがやっている。
もちろん俺達の世話も。
そう、俺達である。
俺には双子の妹がいるのだ。
双子なのでどっちが上とかも何もありはしないのだが。
妹より俺のほうが成長が早かったのでエリシアが俺をお兄ちゃんと呼び始めた。
まだ短いが銀色の髪で母譲りの赤い目をしている。
父親は銀髪だったんだろうか。
いつもハイハイで家の中を動きまわる俺にノロノロとついてくるのだ。
離れてしまうとすぐに泣いてしまうが。
泣いてばかりの妹だが、俺に懐いているのが分かって可愛かった。
将来はエリシアに似るといいなとか思ってしまう。
そしてどうやら父親はいないらしい、この一年で一度も姿も見ていない。
出稼ぎに行っているのだろうか、それとも死んでいるのだろうか。
子供を作るだけ作って無責任に丸投げする男を想像もした。
しかし、エリシアのような性格も穏やかで完璧美女と言ってもいい女をほったらかすことなんてないだろうと勝手に自己完結した。
エリシアもそんな男に引っかかるような女じゃなさそうだし。
そして俺の一番の問題はこの旧時代の設備や食事に適応することだった。
体を洗うのは桶に湯を張って体を拭くだけだし、風呂なんてまず家にはない。
どこかに湯に体を浸けられる施設があることを願うばかりだ。
食事もまだ食べれるものも少ないが正直前世の食事と比べると格段に落ちる。
母親に抱っこされて窓から外を見たこともあるが。
うちと同じような木造建築が並んでいる町並みだった。
平凡な居住区の中の一つの家なんだろう。
この世界でも裕福な暮らしは期待できなさそうだ。
でも、まぁ。
それでも全然かまわなかった。
俺は不便な世界の中、前世と比べ物にならないぐらい満たされていた。
前世ではどうしても手に入らなかったものが全てここにあった。
俺は家族に愛されていた。
この家族を大事にしながら穏やかに生きていこうと誓った。
幸せな日々は流れて、俺は三歳になっていた。
この時になるとこの世界の異常に気付いていた。
どうやら、ここは俺の知っている世界ではないらしい。
そしてエリシアに溺愛されて育った俺はすっかりマザコンになっていた。
診療所で働いているらしいエリシアは七日に1回休みのペースで働いていた。
ホワイト企業とは言えないがこの世界では普通なんだろうか。
それともやっぱり四人の生活を賄うのが大変なんだろうか。
しっかり歩いて遅いながらも走ったりできるようになった頃。
俺は心地良い眠りから目を覚ます。
ベッドから体を起こすと、部屋で仕事の準備をしている美しい母親がいた。
俺はそのままの体勢で、お母さんおはようと声をかけた。
エリシアはすぐに振り返り、満面の微笑みでおはようーと言ってくれる。
俺はベッドから降りてとてとてとエリシアに近付いていった。
「お母さんお仕事いっちゃうの?」
つい寂しそうに言ってしまうとエリシアは困ったような悲しい顔をしていた。
「ごめんねアルー、なるべく早く帰ってくるから、
それまでルルの言うこと聞いてエルといい子にしてるのよー」
この話し方はエリシアの癖のようなものだった。
心地良い声で語尾を延ばしながら言うと、俺の頭を撫でて柔らかく微笑んだ。
「うん……」
着いていきたいと言いたい所だが、それはもう俺達は過保護に育てられていた。
この三年間で俺達の行動範囲は家の中か家の前ぐらいのものだった。
さすがにずっと家の中も飽き飽きしている。
もう少し行動範囲を広げてみたいのだが……。
うちは父親もいないし普通の家にメイドというのも不釣合いだ。
何か過保護になってしまう事情があるのかもしれない。
それに職場に小さい子供連れていくのもまずいか、さすがに。
「お兄ちゃん……? どこ……?」
エリシアに撫でられていると後ろから俺を呼ぶ声があった。
可愛らしくも、不安気な幼い声が俺を焦らせる。
「エル! おはよう!」
すぐに振り返り、ベッドから眠たそうに上半身を起こしている妹に声をかける。
俺はいつもエリシアとエルと三人川の字になって寝ているのだが。
エルは目が覚めた時に俺がいないと大変なことになる。
驚きの速度で涙目になって次第に大泣きになっていく。
俺が外に出ることを主張できないことの一つの理由はエルだった。
こっそり一人で何度も外に出ようと思ったのだが。
エルのことを考えるとなかなか踏み出せなかった。
ベッドに近付き、エルの頭をよしよしとぐりぐりしてやる。
エルは、おはよぉと可愛い声でニコッとしていた。
愛おしい妹だ。
振り返りエリシアのほうを見るとエリシアは俺達を見て微笑んでいた。
そしてベッドに近付いてくると俺とエルの頬に順番にキスをした。
「じゃあ行ってくるわねぇ、帰ったらいっぱい遊びましょうねー」
そう言うと姿勢の良い気品感じる立ち振る舞いで部屋から出て行った。
今日は何をして暇を潰そうかなぁ…と考えていると。
エリシアと入れ替わりでルルが入ってきた。
まだ三歳ほどの俺達に丁寧に頭を下げて口を開いた。
「おはようございます、顔を洗ったら今日もお勉強しましょうか」
小動物のような可愛らしい笑顔と小さい体でそう言っていた。
ルルに勉強を教えてもらうようになった頃。
ここが異世界ということに確信を持っていた。
まぁ、おかしなことは多かった。
隣に住んでるおばちゃんなんて犬耳に尻尾生えてるし。
最初はなんでこんなおばちゃんがコスプレ? なんて思ったもんだが。
エリシアも診療所で治癒魔術を使って働いているらしい
魔術には魔力量というものがあるらしく、生まれた時に決まっている。
これは訓練では増えないらしく、生まれた際の決まった魔力量と生涯付き合うことになる。
人によって得意属性も決まっていて。
火 水 風 土 光 闇 の中から大体一つ属性がよく伸びる。
魔術には初級、中級、上級の三つの階級があるそうだ。
どれかを中級まで使えれば王宮のお抱え魔術師になれるという。
話を聞いているとなんか簡単そうに聞こえたが。
この世界で魔術師はかなり少ないらしい。
魔力を持って生まれる子供の絶対数が少ないのだ。
魔力を持って生まれてくるのは全体の三割ぐらいらしい。
そしてそこからまた競争が始まる、魔力量だ。
人によって魔力量はピンキリらしい。
初級魔法を一回打つと魔力が枯渇して倒れてしまう人もいるそうだ。
この世界では、魔力を持って生まれただけで仕事には困らないようだ。
需要より供給が追いついていないらしい。
そしてエリシアには魔術の才能があった。
平均的な魔術師の魔力量の何倍もの魔力を持っているとのこと。
闇以外の属性の初級と、光と水の中級を使えるらしい。得意属性は光。
一日診療所で治癒魔術を使っても大丈夫だから、それなりに稼ぎはあるらしい。
俺がしていた家計の心配は杞憂だったようだ。
この説明をしている時のエリシアを持ち上げるルルは誇らしげに、嬉しそうに、無い胸を張っていた。
俺が生まれた時から一切成長していない胸。
いや、胸どころか成長期に見えるその姿は俺の誕生から何一つ変化はない。
その姿からは想像できないほど博識だし、文字の読み書きも教えてくれる。
異世界ならではの、きっと見た目通りの歳ではないのだろう。
一度聞いてみたことがある。
「ルルは何歳なの?」
彼女はフッと微笑むと
「秘密です」
シーっと言うかのように唇に指を一本立てるとすぐに家事に戻っていった。
意外とおばちゃんだったりして……いや、全然ありえる話か。
本人の話によると、ルルは小人族らしい。
背丈は伸びないし老けない種族だが、寿命は人間と一緒だ。
ルルは小人族の村の中で納得できない部分があったそうで、
嫌気が差して村を飛び出したらしい。
やはり種族によっては絶対のルールみたいなものもあるようで。
小人族は取引を破ると、どんなに小さい取引だろうが即死罪になるらしい。
執着も激しく、一時逃げようが追い詰める者もいるようだ。
ルルは小人族の中では変わっていて、そんな風習も嫌だったようだが。
しかし飛び出したはいいもののルルはそれまで小人族以外の世界を知らなかった。
外の生活に困っていたところをエリシアに助けてもらったらしい。
それ以降エリシアに仕えているとのこと。
当時を語るルルの目がキラキラしていた。
俺にとってもそれはありがたいことだ。
ルルがいなければ母親一人のこの家族は破綻していただろう。
とにかく俺も男の子。
魔法と聞いてウキウキしない訳がない。
普通は魔力を持っていないことが多いから期待値は低いみたいだが、この体は魔術師として優秀らしいエリシアの血を引いている。
きっと将来は魔術師として安定した生活を送るのだ。
横で眠そうにうとうと文字の勉強をしている可愛い妹の横顔を眺める。
俺より、エリシアの面影を感じる顔だ。
きっと美しく成長するだろう、変な男に絡まれることもあるだろう。
その時は俺が守ってあげないとな。
エリシアが帰ってきたら早速魔術を教えてもらおう。
ざっくりしたところはルルから聞いたが、細かいところは専門家に詳しく聞かないとわからないし。
夕食時になり、ルルが食器を並べていた頃
ドアがガタンと開き、見慣れた影が見えた。
パーマがかかったような髪をふわふわとさせ、僕らが母親の姿が見える。
俺は小走りでエリシアの元へ駆けていく。
その後ろからエルもちょこちょことついてくる。
「「おかえりなさい!」」
二人で仲良く声を合わせて言うと、エリシアは微笑みながら両手で俺たちの頭を撫でて言った。
「ただいま~! おりこうさんにしてたかしらー?」
「うん! エルとお勉強してたよ! それでね、魔術教えてほしいんだ!」
「わたしも、わたしも魔術したい」
エルと二人で教えて教えてとエリシアの腰にしがみつく。
エリシアは困った様子もなく、あらあらぁと言いながら。
「もちろん良いわよー、夕食を食べたら魔術のお勉強ねぇ」
バチッと可愛らしく片目を動かし俺たちにウィンクした。
そして絶望した。
食後にエリシアが二つ桶を持ってきて、俺とエルの前に置いた。
初級の水属性の詠唱を教えてもらい、魔術を放つ……が。
発動しない。
まぁまぁ、得意属性が違うのかも……。
とエリシアの知っている闇以外の初級魔術を教えてもらうが。
俺の夢みた超常現象は起こらなかった。
普通転生っていったら才能に溢れた体で俺無双するんじゃないの……?
これどういうこと?
そして決め手は横にいるエルだった。
「清らかなる水よ、我が手に集え 水よ!」
桶に水が溜まっていく。
キャッキャとそれはもう普段大人しいエルが楽しそうに。
あげくには水だけではなかった。
火を灯したり、風を起こしたり、土を出したり…なんだこれは。
そして色々と魔術を使っても疲れる様子もなくキャーキャーと騒いでいた。
エリシアも一緒にキャッキャしながら天才だわぁ~だなんて完全に親馬鹿になっていた。
双子で生まれた時に俺の魔力が全てエルに吸われたんじゃないだろうか……。
そんな証拠はないのだがついつい僻みたくなる。
いや、可愛い妹が喜んでいるんだ、俺も一緒に喜んであげたいが……。
やはりそう切り替えれず、俺は上手く表情が作れずムスッとしてしまった。
そんな俺の顔を見たエリシアが心配そうに焦りながら言い始めた。
「だ、大丈夫よー、アルは凄くかしこいってルルから聞いてるものー!
読み書き覚えるのもすごく早かったみたいだし!
魔術師じゃなくてもきっと将来色んなお仕事できるわよぉ。
あ! もしかしたら精霊使いなのかも!?」
「精霊使い……?」
俺は聞きなれない単語を聞き返すと、エリシアが説明してくれた。
例外で精霊使いという精霊が見え、声が聞こえる体質の人もいるらしい。
これは魔術師より更に珍しく世界に十人もいないという。
その力は、精霊と仲良くなって契約することで、加護がもらえるらしい。
火の精霊だったら火に耐性ができたりだとか。
精霊の格によっては精霊から魔力をもらって魔術を行使できたりするらしい。
俺は精霊なんて見えたことも声が聞こえたこともない。
精霊使いでは間違いなくないだろう。
「精霊なんて見たことない……」
更にへこんでいるとエリシアがおろおろとし始めた。
そして少し離れた所から見守っているルルに助けを求めるように駆け寄った。
遠目でどうしよぉどうしよーアルがぁと動揺している声が聞こえてくる。
そんな母の姿を見て今夜は枕を濡らして寝よう、と相変わらず腐っていると。
「お兄ちゃん」
僻みの元凶の妹が横から覗き込んでいた、指の先に火を灯しながら。
「お兄ちゃんは私が守ってあげるね」
指先の火を揺らしながら満面の笑みで俺に微笑んでいた。
うん……もういいじゃないか、可愛い妹がこんなに嬉しそうにしているんだから。
俺の魔力が吸われたんだとしても許そう、いや吸われた証拠などないが。
俺は頭を振り気持ちを切り替え、今の自分にできるだけの微笑みの顔を作り。
「うん……ありがとう……ハハ、ハハハ……」
やはり少しひきつっていたが、許してほしい。
だって俺だって魔法とか使ってみたかったし。
妹を守る素敵なお兄ちゃん計画は立場が逆転したが、なに、大丈夫。
ここは何が起こるかわからない異世界だ。
魔法が一つの道じゃないはずだ、違う方面で頑張っていけばいい。
俺は嬉しそうな妹の頭をぽんぽんと撫でると、まだルルに縋りおろおろしてるエリシアに駆け寄った。




