第十八話「新たな出会いときっかけ」
ランドルと酒を飲み交わした次の日。
普段とは違い自分では起きれなくて、ルルに起こされるところから始まった。
体を起こすと頭がガンガンと殴られたように痛む。
これが二日酔いか……初めての経験だ。
今日は動くのが大変そうだなと思っていたのだが。
「アル大丈夫ー?」
エリシアは痛みに苦しんでいる俺の頭に手を触れると、短く詠唱を唱えた。
手から少し舞った綺麗な光を見ていると気付けば頭痛は消えていた。
驚く俺の前でエリシアは微笑んでいた。
混乱する俺にエリシアは説明してくれた。
この世界では初級の治癒魔術で酔いも消えてしまうらしい。
こんな歳でも酒を飲むことを許されるのはこういう一面もあるのだろう。
何にしろ、助かった。
朝の剣の稽古はしっかりやりたいのだ。
相変わらず純粋に強くなる為の剣は振れていないが。
理由がどうあれ、イゴルさんから習った剣術。
セリアとの唯一の繋がりは真剣に取り組みたいのだ。
剣術の稽古を終えると、仕事に向かった。
待機所の中に入ると、少しだけいつもの風景と違った。
いつもはランドルが一人で仕事している所に合流しているのだが。
今日は机を囲んでいる椅子の一つにランドルが腰掛けていた。
そして驚きなのは、その両隣に二人の男女がランドルを挟んで座っていた。
相変わらずランドルは無表情だが、ランドルの左右にいる男女は楽しそうにランドルに話しかけている。
普段孤立しているランドルに人が寄っているのも珍しいのになんだあの風景は。
まるであのランドルがリア充のように見えるぞ。
というかあの男女は誰だ、一年この仕事やっているが初めてみる顔だ。
俺が恐る恐る近付くと、ランドルは俺に気付いたようで俺を見た。
俺は軽く手を上げると、椅子に腰掛けることなく三人の前で止まった。
「やあランドル、昨日は迷惑かけたね」
「あぁ、もうお前とは飲まねえ」
そんな酷いこと言わなくても……。
あんまり覚えてないけど昨日の俺は楽しんでいたと思うのに。
俺達の会話を聞くと、二人の男女が振り返って俺を見た。
そして気さくそうな男が爽やかな口調で口を開いた。
「どーも! 今日から守備隊に入ったドールだ! それでこっちが――」
ドールと名乗った男は、一目で剣士だと分かる。
歳は二十歳半ばくらいだろうか。
肩まで伸ばされた赤髪は男なのに綺麗だ、そしてイケメンだった。
細身に見えるが薄い鎧の隙間から見える筋肉はよく鍛えられている。
腰にはなかなか上等に見える剣が掛けられている。
「カーラだよ! よろしくねー」
カーラと名乗った女は、戦士ではなかった。
二十歳くらいに見える女性は、黒いローブで全身を覆っている。
そして机には長い杖が立てられていた。
魔術師だ。
紫の長い髪には艶があって綺麗だし、なかなかの美人だ。
というかなんだ、恋人同士仲良く入社しました!って感じか?
なんて羨ましい……。
俺もセリアと…なんて想像をしていたら挨拶を返すことも忘れていた。
そんな俺を気にすることなく二人は会話を続けた。
「アルベルさんって人を待ってるんだ!
ここで一番強くて一人でグリフォン瞬殺したとか!」
「こんな辺境の町でそんな人いるなんて驚きねー。
ランドルも若いのに強そうだし! 私たち必要あるのかな」
そうして二人でハハハと笑いあっている。
なんだか楽しそうだ。
まぁ……お似合いに見えるけど。
というか、俺が待たせてたのか、それは悪いことをした。
挨拶をしようと一歩前に出ると、先にランドルが口を開いた。
「そいつだ」
そう言うと二人は、えぇ!? と俺の全身を舐めるように見始めた。
なんか既視感。
この視線は苦手だ。
「はい、アルベルと言います。よろしくお願いしますね」
話を変えようと自己紹介して頭を下げるが、解放されなかった。
「あなた、確かに剣士みたいな格好してるけど……歳いくつ?」
「十三歳です」
「「えぇー!」」
二人はそう言いながら顔を見合わせて驚いていた。
何々だろうか。
というかこの状況は何だ。
何で俺が待たれているんだ。
俺の疑問を解決するかのように、ランドルが言った。
「隊長から今日一日まかされた。
見学みたいなもんだ」
「あー……なるほど」
一番強いグループが俺とランドルだ。
そこでまずは安全に仕事内容を見てもらうって感じか。
初めての後輩。
とは思えないな、年上すぎるし……。
正直別に俺とランドルと一緒じゃなくても大丈夫だっただろう。
このへらへらしてる男、ドールは多分強い。
さり気ない身のこなしがそこら辺の戦士とは全然違う。
守備隊にいる戦士の中で、俺とランドルを抜けばダントツで一番になれるだろう。
「いくぞ」
俺の考える隙を与えないかのようにランドルは俺達を率いて歩き出した。
それにしてもこいつは年上に対する敬意とかないのだろうか……。
二人は寛大なのか何も考えてないのか、全然気にしてないようだけど。
いつもの平原に着くと、いつも通りの魔物が出ない限り穏やかな風景だった。
今日も暇だな……と思わないのは、新人二人がおしゃべりだからだろう。
色々とこれまでの話を聞かせてくれた。
ドールとカーラは元Bランク冒険者。
ドールは流水流の使い手らしい。
カーラは魔術師で、闇属性以外の初級魔術を全て使えるとのこと。
エルと比べると見劣りするが、これは凄いことなのだ。
二人は詳しくは語らなかったが。
ドールが冒険者としての限界を感じて冒険者を引退したらしい。
そしてドールに惚れているカーラが一緒に着いてきたとのこと。
驚くべきことに、二人は恋人でもなんでもなかったのだ。
何でだろう? お似合いに見えるしカーラも美人なのに。
気になるが、深くは詮索しないことにしよう。
俺とセリアのように何かがあるのかもしれない。
そしてめんどくさそうにしているランドルに変わって俺が仕事の説明をする。
「ぶっちゃけ魔物が出ない限り暇です。
そして魔物は頻繁に出ません」
俺がそう言うと二人はラッキー! と二人で手を合わせて喜んでいた。
確かに魔物なんて出ないほうがいいが……。
思えば俺とランドルに会話がなさすぎて暇なだけなのかな。
他のグループは楽しく談笑しているのだろうか。
そう思うと少し悲しくなった。
「なぁ、アルベルはどこの流派なんだ?」
ドールがそんなことを言い出した。
闘神流ですと答えようと思ったが、少し考えてしまう。
セリアが名誉復興の為に頑張っているのに、こんな所で俺が簡単に名乗ってしまっていいのだろうか。
今の自分は情けない。
そんな自分が闘神流だと周りに風潮することは許されない気がした。
セリアの足は引っ張りたくない。
俺が悩んでいると、ドールは察したように俺の肩を優しく叩いた。
「悪い悪い、別に言いにくい事情があるなら気にしないでくれよ」
「すいません……三大流派ではないです」
そっかそっかーと言ってくれるドール。
うん……良い奴だな。
カーラが追っかけてしまう気持ちが分かる。
口の悪いランドルとは大違いだな。
何も言わないランドルを放置して、しばらく三人で楽しく喋っていた。
すると、森の中からガサガサという音と共に茂みが揺れた。
ゴブリンかヘルハウンドだろう。
ここら辺で縄張りから出て動き回るのは大体この二つだ。
俺達四人はすぐに気付いて剣を抜かないまでも視線の先に集中する。
しばらくすると、茂みから黒い毛に覆われた犬の姿が見えた。
やはりヘルハウンドだ。
いつもより大きい固体だった。
そのヘルハウンドが俺達を睨みつけると雄たけびを上げた。
すると更に八匹ほどのヘルハウンドが姿を見せた。
普段より多いな。
俺が剣を抜くとドールも剣を構え、カーラも杖を構えた。
ランドルに目をやると、俺は驚いた。
ランドルは腕を組んで地面に斧を突き刺したまま棒立ちだった。
何やってんだこいつ。
「ランドル、何してるんだよ」
「お前一人でやれ」
「は?」
「お前は見た目で舐められてるからな」
そう言ってドールとカーラを見ると、二人は困った顔をしていた。
「い、いや……舐めてるつもりはないけど、なぁ?」
「そうだよ、だって子供だもん」
二人はヘルハウンドを警戒しながらもそんな会話をしていた。
そうか、あんまり信用されてなかったのか。
そりゃそうか、見た目はただの十三歳で貫禄も何もないしな……。
全然気付かなかった、ランドルは何気によく人を見ているな。
俺としては別に舐められたままでもいいが。
しかしこの仕事をする上で信頼はあったほうがいい。
「わかったよ」
俺がそれだけ言うと剣を構えて普段より多めに闘気を纏った。
体外に見えるほど纏ってはいない。
しかし、俺の闘気の流れを見るドールはほぉ……と少し息を吐いた。
再びヘルハウンドが雄たけびを上げる。
それを合図に群れはこちらに向かって駆け込んできた。
俺も後ろの仲間にヘルハウンドが行かないように、自分から踏み込む。
闘神流風斬り。
一歩で数メートル飛び、群れの中心に飛び込んだ。
剣に闘気を移動させ、そのままの勢いで一振りすると三体を切り裂いた。
仲間が斬られようが、すぐに方向転換して俺に向かって飛びかかってくるヘルハウンドを順番に斬る。
五秒ぐらいの戦闘だっただろうか。
八対のヘルハウンドが絶命すると、様子を見ていた一番大きな固体のヘルハウンドは俺を一瞥すると森に去って行った。
ふぅ、と息を吐くと後ろから二人が駈け寄ってきた。
ランドルはのんびりと歩いてこっちに向かっている。
「驚いた! 強いなアルベル!」
「ほんとね! 子供だと思ってたらびっくりしちゃった」
二人はそう言って俺を称えてくれたが、Bランク冒険者ならヘルハウンドなんて強さの示しにならないんじゃないか。
「いやいや、相手はヘルハウンドですし」
俺がそう言うと、ドールは気分良さそうに笑っていた。
「相手が何でも剣筋と動きを見たら分かるさ」
そう言って俺の肩を楽しそうに何度も叩いていた。
褒められて悪い気はしない。
素直に受け取っておこう。
「ありがとうございます。片付けましょうか」
俺が斬った魔物を皆で一箇所に集める。
その後、カーラが火魔術で魔物を燃やしてくれた。
これはかなり便利だ、今まで燃やすのに手間が掛かっていたからな。
守備隊初の魔術師だったが、皆から重宝されることだろう。
そんなことを考えながら空に漂う炎と煙を見上げていた。
「あの剣術どっかで見た気が……うーん」
ドールの小さい呟きは、誰にも聞こえなかった。
そして、普段通りの何も変わらない日々が流れていった。
ドールとカーラが守備隊に入ってから二ヶ月程経っただろうか。
二人の関係は相変わらず発展していない。
相変わらず仲はいいが。
そして、俺とランドルだけだった空間には変化があった、
よく二人が俺達の空間に割り込んでくるようになった。
ランドルも特に気にしていないようで、俺も楽しく会話した。
これはある日のこと。
カーラが休みで、俺とランドルとドールの三人で仕事をしていた時。
三人で森を見ながら呆けている時に俺は聞いてしまった。
「ドールさんはカーラさんのことどう思ってるんですか?」
俺の言葉に一瞬驚いたドールだったが、すぐにいつもの爽やかな表情に戻った。
「そりゃー好きだよ」
「その……好きって」
俺が言いたいことが分かったのか、ドールは少し真剣な顔で、少し寂しそうに言った。
「もちろん恋愛感情さ、ちゃんと惚れてるよ」
当たり前のように言い切った。
じゃあ、なんで想いを受け入れないんだろう。
最初は色々あるんだろうと勝手に納得していたが。
傍目から見てても少々おかしいのだ。
二人は同じ家に住んでるし同じ仕事をしている。
距離は誰よりも近いはずなのに。
仲睦まじく見えるが、カーラに対してドールの張っている壁は分厚かった。
ずっと想いを受け入れてもらえないカーラを見てるのは少し不憫だった。
「じゃあ、なんで?」
俺がそう言うと、うーん……と悩みだした。
やはり話したい様なことじゃなさそうだ。
やっぱりいいです、と言おうと思った瞬間、ドールが口を開いた。
「冒険者の時の話になるんだけど……いや!
これ以上は酒がないと語れねえ!」
そんなことを言って悶えていた。
正直気になるな。
踏み込んでしまおう、と思っている俺の横でランドルが言った。
「冒険者の時の話は俺も気になるな」
珍しすぎる。
あのランドルが。
人の話に興味を持つなんて。
もしかして冒険者になりたいのだろうか。
確かにランドルにはこの町で守備隊やってるより冒険者家業のほうが似合ってる。
俺はこの時なんでランドルはこの町で生活しているのか、初めて疑問に思った。
そう考えると不思議だった。
それはランドルの性格からしてかなりおかしいことだった。
「よし! 今日は三人で飲みにいくか!」
ドールは俺の考えをかき消すかのように大声で言った。
仕事が終わり町の門に向かうと、エルとカーラの姿があった。
二人は壁を背にして楽しそうに話している。
魔術師同士話が合うようで、人見知りのエルがすぐに仲良くなっていた。
初対面した時、カーラがそれはもうエルを可愛いと言って可愛がった。
それは小動物を愛でるような視線だったが。
エルは自分を甘やかす人には懐くのだ。
「おかえり、お兄ちゃん」
エルは俺に気付くとすぐに俺に駆け寄ってきて微笑んだ。
俺もただいまと言いながら頭を撫でてやる。
そしてそれが終わると相変わらずランドルを嫌そうな目で見ている。
ランドルは何も気にしていない。
もはや毎日絶対行われる恒例行事だ。
しばらくして、ドールが声を上げた。
「今日は三人で飲みに行ってくる!」
その言葉に、エルとカーラはえぇーと同時に声を上げた。
「別に私も行くよ、エルも行くでしょ?」
「うん」
そんなことを言い出す女性陣。
今からカーラの想いを受け入れられない理由を聞くのだ。
さすがに本人が居たらまずいだろう。
エルだけいいよ、と言うのもカーラは気分が悪いだろう。
どうするかと困っていると、ドールはダメダメ、と言いながら言った。
「今日は男同士の話だから! 留守番はまかせた!」
そう言って押し切ろうとするドールに、女性陣は文句をつけていたが。
ドールが一歩も引かないとわかるとカーラは溜息を吐いた。
「はぁ……分かったぁ」
最後はカーラが折れた。
この状況でエルは私は行くとは言えないだろう。
エルも不機嫌そうな顔になっていたが、我慢してもらおう。
そもそもランドルがいる時点で喧嘩が発生しそうだしな…。
「ごめんねエル、母さんに伝えといてくれるかな。
カーラさん、エルを頼んでいいですか?」
「はいはい」
そう言って納得いかないと言いたげなエルの腕を引いて去って行った。
二人が去ると、ランドルが先導して俺達も歩き出した。
初めて酒を飲んだ時にランドルと行った店。
あれから酒は飲んでないのでこれが二回目だ。
酒を飲むのはなんだかんだ楽しかったと思うし、今も楽しみだ。
席に座ると、ドールはこんな所あったんだなと感心していた。
まぁ普通にこの町で暮らしていたらこの店にはまず気付かないだろうな。
「ジジイ、酒くれ」
ランドルがそう言うと、相変わらず店主の爺さんは返事を返すこともなく酒を注いで運んできた。
ドンと乱暴に机に置かれたコップをランドルとドールが掴む。
俺もコップを手に取ろうとすると不思議な現象が起こった。
ヒョイっとコップが動いて掴もうとした手が空ぶった。
は?
消えたコップの行方を追いかけると、ランドルが自分のほうに引き寄せていた。
「何するんだよ」
「お前は飲むな」
「え? 何でだよ」
「めんどくせえからだ」
「喧嘩売ってるの?」
何の嫌がらせだよ、と俺は少々苛立った。
俺とランドルが睨み合う、交わされあう視線から火花が散りそうだ。
そんな俺達の様子を見て、ドールが慌てたように声を上げる。
「どうしたんだよランドル。別に酒くらいいいじゃん」
「こいつ酒弱えんだよ、暴れられたら手がつけられねぇ」
「え? まじ?」
そう言ってドールが俺を困ったように見つめた。
いやいや待ってくれ。
俺は酒を飲んで暴れた記憶なんてないぞ。
皆が酒を飲む中一人だけ水飲むなんてテンション下がる。
「前飲んだ時も別に暴れなかったでしょ」
俺がそう言っても、ランドルは態度を変えなかった。
「暴れる気がなかったら闘気なんて纏わねえだろ。
もし暴れたらお前を止める奴がどこにいるんだよ」
え、俺酔っ払って闘気纏ってたのか?
そして、今にも暴れそうなほど悪がらみしていたのだろうか俺は。
さすがにそこまで覚えていない……。
俺はドールに助けてと視線を送るが。
「この数ヶ月でアルの強さはよく分かってるからなぁ。俺じゃ止められないな」
苦笑いでそんなことを言っている。
いやそもそも暴れたりしないって、多分。
俺が情けなく腐っているのを見ると、ドールが言った。
「まー最初の一杯くらいいいじゃん! 乾杯もできないしさ」
そう言ってランドルにとりあってくれた。
しばらくドールの説得が続くと、ランドルは諦めたように溜息を吐いた。
「一杯だけだ、それでやめとけ」
「分かった!」
俺は元気よく返事したが、内心はそんなこと思ってなかった。
飲み始めたら流れでそのまま飲んでしまえばいい。
周りも酒が入ってきたら盛り上がって許してくれるだろう。
そんなことを考える俺を他所に、三人で乾杯すると酒を飲み始めた。
その時は、どんな話か気になっていただけで何も考えてなかった。
まさか、ドールの口から彼女の名前が出てくるとは思っていなかった。
この時、ドールが語り出した昔話から俺は動き出すことになる。
明日の12:00に続きを更新します。




