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第十六話「悪意の終着点」


「ランドルを殺してほしい」


 そう言った普段ランドルといる取り巻きの名前はダンテとクルトというらしい。

 ダンテの方は茶髪で見るからに悪党顔で、体付きも俺よりいいように見える。

 大してクルトは白髪の細身で、あまり覇気を感じさせない雰囲気だった。


 今まで気にしてなかったが、よく見ると俺が昔恐喝された時ランドルの横にいた子供に似ている気がする。

 

 最初は俺に報復するための罠かと思ったが。

 彼らがランドルを語るその瞳は憎しみが篭っていた。

 俺はこいつらがランドルを慕っているのだと思っていたが。

 二人の話によると、どうやら全然違うらしい。


 少しでも逆らったら拳が飛んでくる。

 毎月給金をもらえば一部持っていかれる。

 仕事で魔物から守ってやってるんだから当然だと。

 昔からの悪行もランドルが率先して率いて逆らえなかったとか言っているが。

 それは本当か分からない。

 こいつらが俺を追いかけていた時の顔は今でも覚えている。

 その顔は嫌々やっているようには見えなかった。


 まぁ、仕事で魔物と戦う上でランドルといる安心感を捨ててでも殺してほしいと言うぐらいだから恨みは溜まっているのだろう。


 俺に簡単に倒されるランドルを見て、俺だったら奴を殺せると思ったとのこと。

 ダンテとクルトは昔俺とセリアがここで稽古しているのを見たことがあったらしく、仕事が始まる前にランドルから見つからないようここに来たらしい。


「こう思ってるのは俺らだけじゃねえんだよ、守備隊の連中もそうだし。

 他の仕事してる奴らもランドルには死んでほしいと思ってる」


 相当な数に恨まれているようだ。

 それだけの数がいても自分達では倒せないと思っているのだから、相当な恐怖心と実力差があるのだろう。


「なぁ頼むよ、上手くあんたには迷惑かかんないようにするからさ。

 あんたはランドルを殺ってくれるだけでいい。

 ランドルが死んだら俺達はあんたに従うよ」


 そう言って俺に媚びるように手を合わせるその姿は、俺には気持ち悪かった。

 要するに、ランドルがいなくなっても俺の下についたら魔物から守ってもらえると思っているんだろう。


 何だ、短絡的かと思ったら自分の保身ことはしっかり考えているんだな。

 こんな奴らが俺にくっついてくるのを想像したら、吐き気がする。

 大体、エルの前でこんな物騒な話してんじゃねえよ。


「嫌です、帰ってください」


 そう言いきる。

 俺がそんな簡単に人を殺すとでも思っているんだろうか?

 この世界では殺人が当たり前なんだろうか。

 どんな悪人でも人殺しには抵抗があるし、何より人なんて斬りたくない。


「そう言わないで頼むよ、頼れるのはあんたしかいないんだ。

 もし聞いてくれないなら……」


 そう言いながら俺の背中に隠れて顔だけだし、成り行きを見守るエルを見る。

 エルは見られている視線に気付くと、完全に俺の背中に隠れた。


 俺は昨日に続きキレた。

 今、俺の顔はきっと人を殺しそうな形相をしているだろう。

 威圧的に闘気を爆発させる。

 俺の体から燃え上がる赤い闘気に驚くと、俺の威圧に二人の脚がたじろいだ。


「もし僕の妹に手を出したら」


 腰に掛かっている剣に手をやる。

 もしそんなことが起きればその時は。


 殺してやる。


 口で言わなくても伝わっただろう。

 闘気を抑えると、二人は恐怖から解放されて慌てて口を開いた。


「分かった! 分かったよ!」


 そう言う二人に告げた。


「帰ってください」


 俺が言うと、二人は少し怯えた足取りでゆっくりと歩き去って行った。

 二人の姿が見えなくなると俺も振り向いて、エルと向き合った。


「ごめんねエル、怖かったでしょ?」


 できるだけ微笑みを作り、エルの髪を優しく撫でた。

 エルは今までのことを特に気にしてないようで撫でられてることに喜んでいた。


「今日は僕を待ってたら駄目だよ。

 仕事が終わったら母さんと一緒に家に帰るんだ」

 

 少し強い口調でそう言う俺に、エルは素直に小さく頷いた。

 



 俺が仕事に向かうと、その日は平和だった。

 もしかしたら何か仕掛けてくるかも、と警戒していたのだが。

 遠目でランドル達の姿を見ることはあったが、顔を合わせるほどの近い距離にはならなくて安心した。


 しかし、遠目で見るランドルの姿は、腹を気遣っているように見えた。

 もしかして治療していないのだろうか。

 加減はしたが昨日の俺はランドルの闘気を簡単に貫く拳を放った。

 この世界の治癒魔術は凄いし、町にも医療施設はいくつかあるから問題ないと思っていたのだが。


 ランドルの険しい顔を見ていると、内臓を傷付けているどころか破壊してしまったかもしれない。

 なぜ治療を受けないのか、奴の変なプライドだろうか。

 腹を殴ったぐらいで死ぬなんて考えすぎだろうか。

 いや、あの時の俺の拳はランドルの腹筋を潰し、相当深くめり込んでいた。

 もしそのまま放っておいて死にでもしてしまったら……。

 まぁダンテとクルトは喜ぶだろうが。


 正直、俺は苦しんでしまうだろう。

 原因は俺だ、許せない相手だがやはり死んでしまっては背負い込んでしまう。


 なんとかエリシアかエルに見てもらう方法はないだろうか。

 本人に言っても無駄だろう。キレられて余計意地を張るのはなんとなく分かる。


 うーんとしばらく考え込んでいると、妙案が浮かんだ。

 少々手荒だが、俺の為にも本人の為にも我慢してもらおう。




 頭の中で計画を考えているとすぐに陽が落ち、仕事が終わった。


 仕事が終わると、とりあえず門の前にエルがいないことに安堵した。

 エルのことだしもしかしたら来てしまうかもと心の隅で思っていた。

 今からすることを考えるとエルがいたら問題だしな。

 少々帰りは遅くなるが、仕事が長引いたと思ってくれるだろう。


 そしてそんな俺は、気配を消しストーキングしていた。

 もちろん、ランドルである。その横にはダンテとクルトがいる。

 全員仕事が終わると装備を外して普段着で歩いている。


 計画にはダンテとクルトが邪魔だ。

 こいつらがどこで暮らしているかは知らないが、一緒の家でないことを祈る。


 俺の考えていることはこうだ。

 簡単だ、ランドルが一人になったら奇襲する。

 どこかしら殴って気絶させたら俺の家まで担いでエリシアかエルに治癒魔術を掛けてもらえばいい。

 俺が無理やり治療したと分かるとまた遺恨が生まれそうなので傷が癒えたら少し乱暴だがどこかに放って置こう。

 目が覚めた時は何故か傷が治っている。そんな感じだ。


 やはり殴るならみぞ落ちだろうか。

 腹を怪我しているランドルには悪いとは思うが、

 他にどこを攻撃すれば気絶するかわからない。

 漫画のように格好良く手刀で気絶させたいところだが加減が分からない。

 首が折れて死んでしまったなんてまずいだろう。


 そんなことを考えていると、前方から微かに三人の話し声が聞こえる。


「なぁランドル、いつもの酒場行こうぜ」

「いや……今日は、いい」

「そんなこと言うなよ、奢るからよ」

「今日は随分機嫌がいいじゃねえか……いいっつってんだろ」

「なんだよ。もしかしてあの坊ちゃんに殴られた傷が痛えのか?」

「お前ぶっ殺すぞ、そんなわけねえだろ……」

「じゃあ行こうぜ。俺ちょっと用があるから後で合流するわ」


 そう言ってクルトが二人から離れて行った。

 

 不味いな、夕食を摂るのか。

 あまり遅くなり過ぎると家族に心配されるし困ったな。

 後一時間ぐらいだったらギリギリ粘れるだろうか……。

 それでも一人にならなかったら今日は諦めよう。


 というかこいつらこの歳で酒場って、まさか酒飲むのか?

 この世界は飲酒の年齢制限はないんだろうか。

 まぁ酒場だからと言って酒を飲むとは限らないか。




 俺は足取りが重そうなランドルを見ながらそのまま尾行した。


 町の南東の隅の方まで来ただろうか。

 どんどん人気がなくなっていった。

 こんな所に店なんてあるのだろうかと思っていたが、あった。


 いや、店とは呼べないかもしれない。

 大きさこそ俺の家と同じぐらいだが、ボロボロの木造建築だ。

 木の壁には所々穴が開いている。


 この辺りは四季がない

 年中比較的暖かい気候が続くので大丈夫だろうが。

 もし寒くなる地域ならこのボロさは致命的だ。


 ランドルとダンテが店に入るのを確認する。

 俺は隠れるように店の横の隙間に入り、壁に開いた穴から中の様子を見た。


 店内は無人だった。

 カウンターがあって、あまり大きくない丸い机を囲むように椅子が三つ置かれている。

 その机が狭い店内に三つほど詰まってる、九人満席だ。

 所々埃が積もっているし、見るからに不衛生だ。

 俺ならこんな所で飯を食いたくない。

 二人が席に座ると、壁に遮られて小さいが声がなんとか聞こえた。


「あぁ? ジジイいねえじゃねえか」

「いつものことだろ、酒でも飲んでようぜ」


 そう言ってダンテは勝手にカウンターに入ると勝手に並んでる酒瓶を掴んだ。

 店主も居ないのにめちゃくちゃだ、ルールもマナーも何もない。

 ダンテは酒瓶をそのままラッパ飲みでぐいっと飲むと満足したように持っていた酒瓶をランドルの前に置いた。


「ほら、飲めよ」

「今日はいらねえ」

「なんだよ、やっぱり腹が痛えのかよ?」


 ランドルはそう言ったダンテを凄みながら睨むと、ダンテは恐怖からか、一瞬体が震えたように見えた。

 ランドルは何も言わずに酒瓶を手に取り、勢いよく喉に流し込んだ。


「チッ……」


 険しい顔で舌打ちして、酒瓶を置いた反対の手でさりげなく一瞬腹を押さえた。

 やはり……。

 確信した、俺の考えは間違っていない。

 俺の時間が許す限りは待つが、最悪はダンテの前だろうが無理やりランドルを取り押さえよう。

 今日中に治療しといたほうがいい。


「おいおい、大丈夫かよ!」


 苦渋の表情を浮かべるランドルにそんな言葉をかけるダンテの顔は、一瞬ニヤリと悪い顔をした気がした。

 

 三十分程見ていただろうか、辺りは完全に日が落ちて真っ暗だ。

 機嫌良さそうに話すダンテにただ苛々と相槌を打つランドル。

 今日憎らしそうにランドルを語ったダンテとは別人だ。

 本当に今朝、俺に殺してくれと言ってきたダンテと同一人物なのかと疑いたくなる。


 しばらくすると、店の前に大量の足音が聞こえてきた。

 俺は慌てて積まれていた木箱の裏に身を隠した。

 

 その大勢が店内に足を踏み入れると、軋んだ床の音が聞こえてくる。

 俺は再び開いた壁から中を見ると、狭い店内に八人程がひしめいて座り込んでいるランドルを囲んでいる。


「クルト、早かったな」


 そう言うダンテは片手で酒瓶を持ってぶらぶらさせながらニヤニヤと嫌な顔で笑っていた。

 その言葉にクルトもニヤけ顔で返す。

 悪人の顔だ。


「おう、事情を話したら皆喜んで集まってくれたぜ」


 そう言って後ろを振り向いて仲間の顔を見るクルト。

 俺も知っている顔が何個かある、守備隊で働いてる奴らだ。

 そいつらの顔も、これから起こることに何か期待しているような顔だった。

 ランドルは自分を囲んでいる奴らを睨みつけた。


「なんだてめえら、俺は今日機嫌が悪いんだ。

 殴られたくなかったらさっさとかえ―――」


 最後までランドルの言葉が発せられることはなかった。

 ダンテは持っていた酒瓶を大振りするとランドルの腹に叩きつけた。


 不意を突かれたランドルは当たり前のように食らい、グ……と苦しみながら腹を抱える。

 ランドルの腹筋によって砕かれた瓶の破片が辺りに散らばっている。

 クルトはランドルの苦しんでいる顔を見ると、顔面に拳を叩きつけた。

 悲鳴も上げることなく、ランドルは殴られた衝撃で椅子ごと後ろに倒れこんだ。


「てめえら……殺してやる……」


 床に倒れ伏しながら恐ろしいほどに低い声でそう言うランドルに、店内の人間は一瞬体を跳ねさせる。

 しかし、のろのろと立ち上がろうとするランドルの体には力はなかった。

 それを見たダンテは我に返り、叫んだ。


「殺されるのはお前だランドル! お前ら! 腹だ! 腹を狙え!」


 狭い店内の人間がランドルに襲い掛かる。

 中には棍棒のような武器を持っている奴もいて、ランドルの腹を執拗に狙った。

 しかしランドルも大人しくやられはしない。

 闘気を身に纏い腕を振り回すと近くの数人が吹っ飛び、木の机を破壊しながら止まる。


 その様子を見ていてどうすればいいか分からず固まっている俺を叩き起こすかのように、俺が覗いている穴に向かって人が背中からぶっ飛んでくる。

 目が覚めた俺は焦って回避すると、木の壁を割って人間が外に飛び出してきた。

 その顔は鼻が潰れて血がだらだらと流れており、完全に気を失っている。

 俺は冷や汗をかきながらも大きくなった壁の穴から店内に顔を覗かせた。

 

 すると、戦いは終わっていた。

 

 ランドルは全身血に塗れて床に倒れ込んでいる。

 腕にはナイフが刺さってるし、頭も殴られたのか髪から血が滴っている。

 しかしランドルが暴れた被害も大きすぎる。

 店内の物は破壊されまくってめちゃくちゃだ。

 店内で意識がある奴は四人ほどだった。

 その中にはダンテとクルトもいる。


「くそっ痛えな! 散々暴れやがって! ここで殺るのはまずいな…クルト!」

「おう……伸びてるやつはどうする」

「放っとけ! 動ける奴は運ぶの手伝え!」

 

 そう言うと、クルトは鉄でできた手錠のような物を既に死に体のランドルの腕にはめると、その巨体を三人掛りで担いで運び出した。


 俺はただ見ているだけだった。

 どうすればいいか分からなかったのだ。

 果たしてどちらが正義なのか。


 もうこのことは忘れて帰ってしまうか……そんなことも頭に浮かんだが。

 俺はやはり後をつけてしまった。

 もうこいつらを追いかけてから結構な時間が経っている。

 家族に心配させているだろうが、俺の体は家には向かなかった。


 ダンテ達が更に町の端に移動すると、そこにはもはや家すら建ってなかった。

 ただ荒れた土地があるだけだった。


 男達は荒れた地面に、ランドルを投げるように乱暴に放った。

 ダンテが何やら小声で指示し、他の三人は鞘や棍棒で地面に穴を掘り始めた。

 土が軟らかいのか、どんどん穴は広がっていく。

 ダンテは注意深く、意識のないランドルを見張っていた。

 

 埋めるのか……。


 そう思うとゾクリとした。

 今俺の目の前にあるのは殺人現場だ。

 そして今から埋められる奴は俺の嫌いな奴で、許せないことを言った奴だ。


 普通だったら、放っておいてもいいかもしれない。

 俺が悩んでいるのはこの状況を作り出したのは元を辿れば俺だということ。

 俺がランドルに傷を負わせなければランドルは負けなかっただろう。

 そもそもダンテとクルトがこんな行動を起こすこともなかったはずだ。


 間接的に、俺が殺したようなものだ。


 どうすればいいか分からないまま、俺は男達にもう少し近付いた。

 すると、ランドルはガハッと口から血を吐いた。


「なんだよ、まだ意識があんのか。恐ろしい生命力だな」


 淡々と言うダンテの口調は冷徹だった。

 死に体でゆっくりと血に塗れた顔を上げるランドルは、まるで悪魔のような顔だった。


「これ、まで……散々守ってやった奴らに、くそったれ……」


 途切れ途切れにそう言うランドルに、あぁ?とダンテが苛々しながら言う。



「お前に守ってもらったなんて思ってねえよ。

 お前は俺達から奪っていっただけじゃねえか」

「ハッ……俺がいなけりゃ、お前なんて……もうとっくに死んでんじゃねえか」

「うるせえよ、俺は今生きてて、今から死ぬのはお前だろ」

 

 そう言って三人が掘っている穴を見た。

 ランドルも気だるそうにダンテの視線を追うと、口から血を吐きながら笑った。


「ハハッ、どうせ……俺がいなけりゃお前らはすぐに、死ぬ……地獄に来たら、殺してやるよ」

「うるせえって言ってんだろ」


 そう言ってダンテはランドルの顔を蹴りつけた。

 その衝撃でランドルの顔が蹴られた方向に動くが、それだけだった。

 痛がりもせず、一切声も上げなかった。


「もっと媚びてみろよ、泣けよ、ほら」


 そう言うとランドルの顔を蹴ったり殴ったり繰り返す。

 しかし、ランドルの表情は変わらなかった。

 もはや声を出せる状態でもないのだろうか、もしくは死んでいるのだろうか。


「本当に、お前らは……強くならなかったな……。

 いつまで経っても、守られるだけだった……」


 そう言うランドルは、初めて寂しそうな顔をした。


 その顔を見て、俺は驚いた。

 ランドルは悪党だが、その顔は悪の顔ではなかった。

 仲間に裏切られて、ただ悲しんでいる顔だった。

 俺は、何か勘違いをしていたのではないか。

 仲間はランドルを憎んでいたが、ランドルはそうではなかったのではないか。


 こんな時、セリアならどうするだろうか。

 

 思った瞬間、そんなこと考える必要すらなかった。

 セリアなら、俺と違ってこんなところまで引っ張っていない。

 こんなギリギリのところまで迷ってなんかいない。

 俺の知っているセリアはこんな時、誰よりも速かった。


 あの日、誰よりも速く俺を助けてくれたように。


「もういい。生き埋めにするつもりだったが、俺が直接終わらしてやるよ」


 そう言ってダンテはランドルの腕に刺さっていたナイフを引き抜いた。

 ランドルは表情一つ変えることはなかった。

 そしてナイフはその首元に向かって振り下ろされた。

 

 しかし、そのナイフは首元を抉ることはなかった。

 ダンテの手から離れたナイフは空に向かって高く飛んだ。

 俺はナイフを蹴りあげ、ダンテの顔に拳を叩き込む。

 するとダンテは掘られていた穴に吹っ飛んだ。

 すぐに怒声があがる。

 

「ってえな! 誰だおま、え……」


 俺の顔を見ると、ダンテは驚愕の顔で固まった。

 本当に俺がここにいることが予想外だったのだろう、俺が邪魔することも。

 俺は言った。


「早くしないと手遅れになる。邪魔しないでくれ」


 そう言って剣を抜くと闘気を乗せて鉄の手錠を斬る。

 俺は動かないランドルを乱暴に背中に乗せ、立ち上がった。


「て、めえ……どういうつもりだ……」


 無理やり背中に乗せられたランドルが息も絶え絶えに苛立ち言ってくる。

 この状況でまだこんな口を叩けるなら大丈夫だろう。

 俺は返事を返すことなく男達に背を向けて歩き出すが。

 後ろから怒鳴り声が聞こえる。


「おい! ふざけてんじゃねえぞ! お前ただで済むと思って」


 そう叫ぶクルトに俺は見えるように赤い闘気を纏う。

 ジロリと顔だけ後ろに向けるとクルトの口が止まった。


「怪我したくなかったら追いかけてくるな」


 それだけ言うと、再び前を向いて歩き出した。

 ダンテ達は、追いかけてこなかった。


 ランドルを背負いながら家に向かって歩く。

 走って帰ろうかと思ったが、何故か俺の足取りは重かった。

 背中に乗ってる奴も不機嫌そうにブツブツ言ってるし大丈夫だろう。


「てめえは、ほんとに何なんだ……気にくわねえ……」


 ずっと見ていて最後の瞬間まで動かなかった俺が言えることではないが。

 こいつも相当な物だ。

 俺に助けられるくらいなら死んでいた方が良かったと言いたげだ。

 俺は吐き出すように言った。


「俺は、お前のこと嫌いだよ」

「じゃあ……何でだよ……」


 自分の為だ。

 あのままじゃ間接的に自分が殺したようなものだ、それが嫌だった。

 それと、ランドルの見せた寂しい顔だ。


 でもきっと、一番は。

 あのまま助けなかったら、セリアに嫌われるような気がした。

 俺の中のセリアは、そういう子だった。


「自己満足だよ」


 そう言うと、ランドルはもう何も言わなくなった。

 俺達は無言で歩き続けた。



 家に着いて扉を開けると、バタバタという足音と共にエリシアの声が聞こえた。


「アルー!? なかなか帰ってこないから心配したのよー、

 どうしたの……きゃーー!」


 そして玄関にいる俺とその背中の血だるまの男を見ると甲高い悲鳴を上げた。


「ちょっと! こっち運んで!」


 そう言って急に真剣な表情になると、玄関からリビングに走っていった。


 俺が床にランドルを寝かせると、エリシアは中級の治癒魔術を掛け始めた。

 その様子を見てルルも慌てながら水を用意したりしている。

 そんな中、エルだけ動かなかった。


「怪我してる場所が多すぎるわ……エル! 手伝って!」


 治癒魔術は怪我している付近に触って行う必要がある。

 頭から全身傷を負っているランドルはすぐには治らないようだった。

 そして呼ばれたエルだが……。


「やだ」


 俺の耳にはそう言ったように聞こえた。

 あれ? 俺の聞き間違い?

 いや、ルルも驚いた顔をしているぞ。

 俺の知っているエルはそんな子ではないはずだが……。


「何言ってるの! 早くしなさい!」


 エリシアは無理やりエルを呼ぶと、エルも渋々といった感じで治癒魔術を掛け始めた。

 やはり俺の聞き間違いではなかったらしい。

 治療の為にエリシアがランドルの服を捲る。

 すると、ランドルの腹はとんでもないことになっていた。

 真っ赤である。

 内側から破壊され、血が滲んでいるのが分かる。


「これが一番ひどいわ……」


 すいません、俺がやりました。

 とは口が裂けても言えない……。

 これを放置するランドルはどれだけ痛みに強いんだろうか。

 どう考えても放っておいて治るレベルではない。


 治療が進むと、ランドルの青白い顔には少しずつ血色が戻ってきた。

 それから数分ほどすると治療が終わり、ランドルはふらふらと立ち上がった。


「ちょっと! 傷は治っても流れた血は戻ってないんだから!

 急に動いたらだめよ!」


 そう言ってランドルを静止しようとするエリシアだが。

 その後ろでエルがぼそりと言った。


「治ったんだったら早く帰って」


 本当に、エルはどうしてしまったんだろうか。

 混乱する俺をよそに、エリシアがエルを叱りつけるように声を上げた。


「エル! あなたさっきからどうしたの!」


 いや、本当に俺もそう思う。

 エリシアに叱られるエルは不機嫌そうで、全く自分が悪いと思ってなさそうだ。


「その人、嫌いだから」


 あぁ、そうか。

 そういえば、セリアが昔エルにランドルを指差して何か言ってた気がする。

 俺が襲われていた事をセリアから聞いたのか。

 一人納得している俺と去ろうとするランドルを放置で、エリシアはエルに説教を開始していた。

 これは、長くなりそうだ。


 ランドルはエリシアに説教されているエルを見ると言った。


「言われなくても、帰るさ……」


 そう言ってふらつきながら玄関に向かって歩き始める。

 それを止めようとするエリシアを俺が止める、大丈夫と言って。

 えぇーアルまでーと納得いってなさそうなエリシアを置いて、俺も玄関に向かう。


「ランドル」

「何だよ」


 気だるそうに振り返って俺を見る。


「もうあいつらのことは放っとけよ、復讐とかすんなよ」


 俺がそう言うと、ランドルは俺に背を向けて扉を開けた。


「しねえよ」


 それだけ言うとランドルは去って行った。

 


 次の日、日課の剣を昼まで振り続けると、仕事へ向かった。


 すると、待機所の前でランドルが立っていた。

 まるで誰かを待っているように。

 俺は何も言わず、横を通り過ぎようとしたが。


「おい」


 呼び止められた。

 何なんだ、こいつが礼を言うような奴じゃないのは分かってる。


「何だよ」


 俺の返事も自分で刺々しいなと思う。

 だってこいつのこと嫌いだし。

 すると、次に口を開いたランドルから発せられた言葉は意外な言葉だった。


「取り消す」

「……は?」

「お前とセリアのことだ、悪かったな」


 無表情で、そう言っていた。

 一体どんな心境の変化だろうか。

 ランドルはそのまま少し混乱している俺を見ているが、表情一つ変えない。

 そして最後に言った。


「昨日のは借りだ。借りは返す」


 それだけ言うと、いつもの強気な顔で去って行った。

 俺が思っているほど、根っこからの悪党ではないのかもしれない。

 やはり、昨日助けておいて良かった。

 助けなければ、そう思うこともなかっただろうから。



 俺はしばらく去っていくランドルの背が見えなくなると。

 

 いつも通り開けっ放しの扉を通った。

各話の文字数が多いので一日一話の更新にするか悩んでいます。

うーん、難しい……。

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