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第十五話「職場での対立」


 俺が守備隊で仕事をするようになってから一週間ほど経った。


 普段通り昼まで剣を振り続けるとエルと別れ、俺は守備兵の待機所に向かう。

 大通りの南にある、割と大きい木造建築。

 二十人くらい入っても問題がなさそうな建物だ。

 最初は緊張したが一週間もすれば慣れた。

 開けっ放しの扉を通ると、何人か俺に気付いて声を掛けてきた。


「よう、今日も頼むな」

「こんにちは。了解です」


 会話なんてこんなもんだ。

 今建物の中にいるのは数人だろうか。基本的に戦士は外に出ているので、この大きい建物に大人数が集まることはまだ見たことがない。

 壁には平凡な武器や防具が並べられている。

 ほとんどの戦士がここで用意された借り物の装備だ。

 仕事前に装備し、仕事が終わるとここに置いて普段着で帰っていく。

 そして今ここにいる人は交代で休憩してる人達だ。


 町の中を見回る人が十人ほど、外を見回るのが二十人ほどだ。

 休みは交代で、大体十日に一回ぐらいらしい。

 夜勤もあるが、俺は夜勤からは外してもらっている。

 もちろん俺の担当は外の見回りだ。

 

 ここで一番偉い人が俺を勧誘したダストさんだ。

 基本的に皆ダストさんの指示で動く。

 働いてる人達の年齢はバラバラで特に役職もない。

 ダストさんが四十歳くらいなら、俺と同じ十代半ばぐらいのも六人いた。

 厳しい規律もなく、正直割と適当な組織に見える。

 まぁ、その方が俺も気楽だ。


 同じ年頃の者を見かけた時、友達になれるかなと少し浮付いた。

 セリアがいなくなってから友達なんて存在はいなかったし。

 男友達もできたことがない。

 しかし、俺の期待はすぐに裏切られることになったのだが。


 そう、俺は同じ年頃の少年達にはぶられていた。

 職場でこんなことが許されるのか……と思ったが。

 大人達は俺がはぶられていることに気付いてないのか、気にした様子はなかった。

 もちろん、ダストさんを含めた成人の戦士からはよくしてもらっている。

 仕事のことを聞いたら気さくに詳しく教えてくれるし、たまに食べ物をご馳走になったりする。


 子供だけだ。

 最初は何故だろうと考え、へこんだのだが原因はすぐに分かった。


 ランドルだった。

 同じぐらいの年頃の人間は全てランドルに支配されているらしい。

 そして俺はランドルに何故かかなり嫌われていた。

 普通嫌うのは俺のほうだろう、俺は恐喝を受け、セリアに助けられただけだ。


 それが分かったら気にならなくなった。

 俺もあんな奴と仲良くしたくないし、ランドルを慕う奴らなんかもお断りだ。


 

 町の外に出て、指示された担当の区域に向かう。

 基本的に数人で自分の担当の場所を見回り、町に近付く魔物がいれば倒す。

 このくらいの単純な作業だ。


 初日で思ったことは、魔物が出ない限りこの仕事は結構暇である。

 魔物も頻繁に縄張りから出ることもない。

 問題は群れごと縄張りから離れ、町に近付いた時だ。

 俺は問題ないが、やはり他の人達は苦戦するらしい。


 Eランクのヘルハウンドが群れで現れた時は負傷者が出る。

 ひどい時は死人も出るそうだ。


 普通は数人で見回るが、俺は一人だった。

 子供にはぶられていることが分かった俺は、その輪に入れられる可能性を考えると一人がいいと懇願した。

 我儘だったかもしれないが、俺の腕前を知ってるダストさんは簡単に許可した。


 

 そして区域に着いて交代を伝えようとするのはいいのだが。

 

 俺の行った先で見回りをしているのは、体の大きさと同じぐらいの大斧を肩に乗せているランドルと、平凡な剣を腰掛けている取り巻きの二人だった。

 今まではこんなことなかったのでこんな可能性考えてなかった。

 嫌だな……と思いながら、まぁ、一言言って代わるだけだ。

 後ろから近付いていくと、俺の足音に気付いて三人が振り返って俺を見た。

 

 俺の顔を見るとランドルはチッと舌打ちする。

 その横にいる二人も俺を威圧的に睨んでいる。

 これはひどすぎないか。

 はぁ……と溜息を吐きたいのを我慢して口を開く。


「交代です」


 そう言うと俺は三人の横を通り過ぎようとした。

 すると、後ろから声がかかった。


「坊ちゃんが調子乗りやがって」


 そんなことを言われる。

 俺は平民だ、確かにエリシアの稼ぎはいいが坊ちゃんは言いすぎだろう。

 まぁこの程度は予想の範囲内だ、気にもならない。

 後ろを振り向くこともなく無視する。


「無視かよ、相変わらず根性なしだな。そんなんだからセリアに捨てられんだ」


 そう言って三人で笑っていた。

 眉間に皺がより、頭の中で血管がブチッと千切れるような感覚が俺を襲う。

 こいつらは、何を言っているんだ。

 俺とセリアのことを、その想いを知らずに。


 俺は振り返る。


「取り消せよ」


 自分でも恐ろしいほど低い声が出たと思う。

 俺のそんな言葉を聞いても、ふん、と上から威圧的に見下ろすランドル。


「あぁ? 図星か? いつもセリアに守ってもらってたのになぁ? 

 女に守られる男なんて、そりゃ愛想も尽かされるぜ」


 強く歯を噛み締める。

 この世界で人に対してキレるのは初めてだった。


「気にくわねえんだよ、お前がよ。

 いい服着て上等な剣持っていかにも恵まれてますって顔してるお前がな」


「お前に関係ないだろ」


「関係? あるぜ、俺がお前を気にくわねえって思ってることがな」


「だったらかかってこいよ。

 昔はすぐに手を出そうとしたのになんでだ? もしかして――」


 俺が恐いんじゃないか。

 そう言おうとするとランドルは怒りをあらわにし、悪魔のような形相で口を挟んだ。


「上等だ」


 そう言って担いでいた斧を後ろに放り出した。

 いきなり斧を振ってくるほど頭が狂っている訳じゃなさそうだ。

 何十キロあるかわからない鉄の塊が簡単に宙に飛ぶと、草原にガシャンと金属音を鳴らして落ちる。

 これは……腕力だけじゃないな。

 目に闘気を集中させるとやはりランドルは闘気を纏っていた。

 独学だろうに大したもんだが、俺が驚くほどの大きさでもない。

 俺はランドルより一回り大きい闘気を身に纏う。

 睨み合っていると、取り巻きから声が上がった。


「な、なぁランドル。でもよ、こいつグリフォンを一人で倒したって」


 心配そうにランドルに声をかける取り巻きに、ランドルは余裕そうに答えた。


「本当かどうかもわかんねえさ。俺だって足手まといがいなけりゃ倒せてたさ」


 そんなこと言って取り巻きを一瞬睨むランドルだが、俺は冷静に分析する。

 斧で戦う実力は知らないが、まぁ、これだけの闘気を纏えればいい勝負はできるかもしれない。

 

 俺は腕を伸ばし、かかってこいよといわんばかりに手をクイッと動かした。

 俺のその行動を見たランドルは一歩踏み込みながら拳を振り上げた。

 なるほど、確かにこの年齢でこの速さで豪腕を振る男に、そこらへんの人間じゃ勝てないだろう。

 しかし、やはりセリアとは比べ物にならない。

 

 俺は左手でランドルの拳を受け止め、握り潰すかのように力を入れる。


「グッ……」


 少し痛みを堪える声を上げる、必死に力を入れて拳を引こうとするが。

 俺は拳に闘気を乗せて離さない。

 左手で拳を握ったまま一歩踏み込む、

 そして右手でがら空きの腹に本気で拳を打ち込んだ。

 ランドルの腹と背中がくっついてしまいそうな勢いで俺の拳はめり込んだ。


 俺はようやく手を離すと一歩下がる。

 ランドルは苦しみの表情を隠せないまま膝をつき、両手で腹を抱えた。

 低くなったランドル、隙だらけのその姿を見て、顔に右足で蹴りを放つ。

 俺のブーツはランドルの鼻面で止まった。

 寸止めの風圧で風が起こり、ランドルの黒髪が吹き上がった。


 俺は足をどかすと、わかったかと言わんばかりに上から見下ろした。

 ランドルは苦しみの表情で悔しそうに、それでも俺の顔を下から睨んでくる。

 

「取り消せよ」


 俺は低い声でそう言った。

 ランドルは何も言わない、もういい、もう何をやっても無駄だろう。


「行けよ」


 そう言って三人に背を向けて歩き出す。

 振り向く際、視界の端に映った取り巻き達の表情は、動けないランドルを横から支えはしているものの悲壮な顔はしてなかった。

 俺には心配そうにしているフリをしながら、悪い顔でニヤリと笑っていた気がした。

 気持ち悪い、そう思った。

 しかし、あいつらのことなんかどうでもいい。


 俺の拳に残る感触も気持ち悪かった。

 初めて怒りを理由に人を殴った。

 こんなところ、家族に見せるわけにはいかないな。


 俺は何をしているんだろうか。

 セリアはきっと今も剣術の腕を磨こうと剣を振っているだろうか。

 生死を掛けるような激戦を繰り広げているだろうか。

 彼女が今何をしているか分からないが、きっとそうだと思った。


 それに比べて俺は、こんな所で自分より弱い相手を感情任せに殴っている。

 立ち止まっている俺の前を走り去っていくセリア、その背中はどんどん見えなくなっていた。

 そんな絵が頭に浮かんだ俺の心は締め付けられた。


 本当に、俺はここで何をやっているんだ。



 夕陽が昇り、草原が黄金色の風景になると後ろから声が掛かった。


「交代だ、帰っていいぞ」

「はい、お疲れ様です」


 そう告げる男に一言返すと、俺は帰路についた。

 町の門に着くと、いつもの顔がそこに合った。


「お兄ちゃん、お帰りなさい」


 そう言って笑う少女はエルだった。

 正直、自宅は南側にあるしここからあまり離れていない。

 家で待っていていいんだよと言っても毎日エルは門の前で待っていた。

 しかし今日はエルの顔を見て安心し、顔が綻ぶ俺がいた。


「ただいま、帰ろうか」


 俺がそう言うと微笑み、手を握ってくる。

 俺も気にせず握り返すが、傍から見ればまるで兄弟というより恋人だ。

 何せ、髪の色も違えば顔も全然似ていない。


 この歳になってまでこんなブラコンで大丈夫かなと毎日心配になる。

 妹は本当に可愛くなった。将来はエリシアのようになるだろう。

 絶対モテると思うが、俺にべったりでちゃんと恋愛できるんだろうか。


 少し兄離れしたほうがいいと、そんなことも理由の一つに仕事を始めたが。

 エルにとっては逆効果だったかもしれない。

 エルは俺が離れた分の時間を取り戻そうとするように前よりくっついてくる。

 最近ではなかなか手を握ることもなかったのだが、また復活してしまった。

 別に嫌ではない。妹は可愛い、でも心配なのだ。



 十日前、仕事を始めると言った俺に対して同じ所で働くと言ったエル。

 もちろん俺とエリシアが許す訳もない。

 エルは優秀な魔術師だ。

 実際俺と一緒に働いても頼りになるだけで邪魔になることもないだろう。

 しかし、可愛い妹を魔物と戦わせるのは嫌だった。

 俺も過保護すぎなんだろうか。


 次第に不機嫌になるエルに、エリシアが診療所で一緒に働きましょーと半ば強引に話を進めた。

 外の世界をもっと知らないとねーとか言っていた。

 住み慣れた診療所で世界が広がるかは分からないが。

 エルには俺のいない世界を知っておくのは必要なことだ。


 そんなエルは今しているように毎日、今日は診療所で何があっただとか誰が来ただとか楽しそうに俺に話している。

 俺もそっかそっかと優しく微笑みながら家までの道を歩く。

 普段の会話の何気ない一言、俺は特に何も考えずに言った。


「エルは僕が結婚とかしちゃったらどうするんだ」


 楽しそうに話す妹を見て、笑いながら言う。

 こんなべったりで将来大丈夫かな、なんて軽い気持ちで言ったのだが。

 エルは別に表情も変えず、可愛い顔で俺の顔を見て当たり前のように言った。


「私、お兄ちゃんと結婚してもいいよ?」


 もう十二歳なのに何を言っているんだ我が妹は。

 エルも深く考えて言った言葉じゃないだろう。

 結婚するという意味も多分よく分かってなさそうだ。

 エルが俺を慕う感情に恋愛感情がないのはこれだけくっついていたら分かる。

 家族の愛情は感じるが、俺とセリアの間にあったような熱はエルにはない。

 もちろんエルは可愛い妹だし、俺もエルに対してそんな感情は持っていない。


「僕とエルは兄弟だから結婚できないよ」


 俺は優しい顔を作ってそう言うが。

 エルは、んー? とやはりよく分かっていないようだった。

 歩きながらも、しばらく考え込む表情を作るエルは少しして口を開いた。


「じゃあ」

「ん?」


 少し間を置いて、エルは淡々と言った。


「セリアお姉ちゃんだったら、いい」

 

 そう言うエルに、俺の足は凍り付いて、立ち止まってしまった。


「お兄ちゃん?」


 急に立ち止まり強張った表情をしている俺を、どうしたの? と覗き込んでいた。

 何を言っているんだ。

 あの日俺を止めたのはエリシアと、何よりエルじゃないか。

 それなのに、何でそんなことを言うんだよ。


「セリアとは、もう会えないんだよ」


 険しい表情を変えずに言う俺を見るエルの顔を、俺は初めて見た。

 そこには普段の幼い顔立ちがなくなっていた気がした。


「そんなことないよ」


 初めて聞く少し大人びた声でそれだけ言うと、エルは帰ろう? といつもの幼く可愛らしい顔に戻り、俺の手を引きながら微笑んだ。


 初めて見たエルの顔に驚いて、それまで考えていたことが頭からすっぽり抜け落ちた。

 俺は何も言えないまま、俺の手を引くエルに連れられるように家に帰った。

 エルのことは何でも知ってると思っていたが俺の知らない面もあるのだろうか。

 俺は深く考えないようにした。



 次の日の早朝、剣を振り初めたばかりの頃。

 いつもの俺とエルだけの空間に割り込んできた奴らがいた。

 よく知っている顔が二つ、こちらに向かってきている。

 昨日のランドルの取り巻きだ。

 いつもと決定的に違うのは、普段中心にいるランドルがいない。


 近付いてくる二人に驚いたエルは俺の方に駈けてきて、俺の背中に隠れた。

 何が始まるんだろうか、俺はエルを守るように前に出る。

 もし妹に危害を加えようとするなら争いは嫌だが力を振るわないといけない。


「何ですか?」


 少し威圧的に二人を見回して言うと、取り巻きの一人が一歩前に出た。

 昨日のランドルのことでの報復か? そんなことを考え警戒していると、予想外のことが起こった。


「頼みがある」


 そう言って頭を下げた。

 俺は驚き、毒気が抜かれると少し混乱しながらも話を聞いた。



 話の内容はエルに聞かせたくない話だった。

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