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第十四話「十二歳、グリフォン討伐」

 カロラスの町の端、南西にある小さい木造建築の家の前。


 その少し広い空間で、ひたすらに剣を振る少年の姿があった。

 剣を振り下ろす度に空気を裂く鋭い音が響き渡る。

 早朝から休みなく剣を振る少年の体は汗に塗れていた。

 一振り振り降ろす度に飛沫が舞っていた。


 何も知らない者が見れば。

 その姿は凄腕の剣士が神経と研ぎ澄まし、素振りしているように見えるだろう。

 ただ無心に強くなることを考えて。

 しかし、その少年は違った。


「くそっ」


 少年は無心ではなかった。

 ただ、苛立ちを消すかのように剣を振っていただけだった。

 何も考えずにいられるよう、剣術に頼っていた。


 少年は振っていた剣を鞘に戻すと、両手を広げて背中から地面に倒れ込んだ。

 体力を使い果たし、激しく息を吸い、吐く。

 

 そんな少年を見ると、離れた所で見守っていた少女が心配気に少年に近付いた。

 少年は上半身を起こし少女の頭を撫でる。

 すると、先程までの苛立ちが少し収まったように軽く微笑んだ。


 少年の名前はアルベル。

 少年が立ち止まってしまったあの日。



 あの日から既に二年が経過していた。




 今日も体力がなくなるまで剣を振り終わった。

 俺の日課だった、一日も欠かしたことはない。


 少し休むと、エルと一緒にセリアの家を軽く掃除した。

 これは日課ではないがたまにするようにしている。

 もしかしたらいつか戻ってくるかもしれない、そんなことを考えていた。


 女々しいな俺は。


 自分のそんな考えに嫌気が差す。

 あの日セリアを追いかけなかった俺に。

 万が一セリアが帰ってきた時、寄り添う資格なんてあるのだろうか。

 そんなことを考えると、また悲しくなった。


「お兄ちゃん、帰ろう?」

「あぁ、そうだね」


 俺が歩き出すとエルも横に並んで歩き出した。

 あの日以降、エルは前より俺にくっついて動くようになった。

 まるで俺から目を離すと、俺があの日のセリアのように消えてしまうんじゃないかと思っているようだった。


 エルは成長していた。

 俺はよく分からないが、魔術の腕は順調に上がっているらしい。

 

 背も伸びた、髪は相変わらず綺麗な銀髪を腰まで伸ばしている。

 エリシアの血を引いているだけあって、顔もどんどんエリシアにそっくりになってきている。

 胸も同じ年頃の少女より発達が早い、将来はモテまくるんだろうな。


 もちろん、俺も体は成長していた。

 背も伸びたし、毎日剣を振っているだけあって筋肉もはっきりとしてきた。

 顔はやはり父親に似ているらしく、エリシアの俺を見る目は幸せそうだ。


 成長した気にならないところは剣術だ。

 もちろん二年間ぶっ倒れるまで剣を振りまくっているので、全く成長していないことはないだろう。

 しかし、教えてくれる人もいなければ稽古相手もいない。

 何より、俺の剣は苛立ちをぶつける為のものになっていた。


 自分が情けなかった。

 あの日以来、セリアのことを考えなかった日は一日たりともない。

 時間が経てば経つほど、俺の中のセリアは大きくなっていった。


 今セリアはどうしているんだろうか。

 俺と違い実戦で剣を振ってるだろう彼女はとてつもなく強くなってるだろうか。

 それとも強敵と戦い、死んでしまっただろうか。

 その想像はしたくなかったが、イゴルさんの死からこの世界は広いと実感した。

 世界にはイゴルさんより強い剣士も、

 セリアより天才の剣士も存在するのだろう。

 心配だった。

 いや、俺に心配する資格なんてないかもな。



 相変わらずネガティブな思考をしながら診療所に顔を出すと。


 そこは戦場だった。


 血の匂いが充満している。

 床にも血が流れていて、重症の患者が代わる代わるベッドに運び込まれる。

 エリシアが治癒魔術を掛け、傷が塞がるとすぐさま動き出して他の患者を運ぶ手伝いをしている。

 エリシアは俺とエルに気付くといつもと違い大声を上げた。


「エル! 手伝って!」


 エルは驚きながらもエリシアの元へ駈けていった。

 俺も怪我人を運ぶ手伝いをする。

 エルはこんな光景を見て大丈夫なんだろうかと心配したが、血を見て倒れるなんてベタなことはないようだった。

 

 治療が終わると、やっと戦いが終わった。

 死んだ者はいないらしく、皆が安堵していた。

 エリシアとエルがいなければ手遅れになっていた者も多かっただろう。

 狭い診療所に詰まった十人くらいの人の年齢はバラバラだった。

 俺と同じ歳ぐらいの奴も三人ぐらいいた。

 その中の一人、顔立ちはまだ少し幼いが短い黒髪で、一瞬大人かと思う体の大きさをしているやつがいた。


 忘れもしない、ランドルだ。

 俺から本を奪おうとした男。

 ランドルは俺に気付くとチッと舌打ちし、苛々しながら診療所を去った。

 それを見て取り巻きらしい奴らも後を続いていった。


 残った大人達は椅子に腰掛けながら頭を抱えていた。

 俺は聞いてみた。


「何があったんですか?」


 そう言うと、愚痴を言うように語り始めた。

 どうやら町の南の森から魔物が溢れているらしい。

 高ランクの魔物が住みついてしまったとのこと。

 それを聞いてぞくっとした、確か、イゴルさんが死んだ時と同じ状況では……。

 しかし、その恐怖はすぐに払拭された。

 町の守備隊は元凶の魔物の姿を確認したらしい。

 交戦するも何人か食われ、なんとか逃げた者も大怪我を負い今に至るという。


「どんな魔物なんですか?」

「グリフォンだ」


 グリフォン、魔物の本に載ってたな。

 その中でも色々種類があったはずだが詳しく覚えていない。

 確かCランク程の魔物だったか。


「今からテクの町に依頼を出しに行っても、冒険者を連れて帰ってくる頃には十日はかかるだろうし……くそっ!」


 そう言って苛立ちながら自分の膝を殴っていた。

 テクの町って確かここから一番近い北の冒険者ギルドのある所だったか。

 というか、十日耐えれないほど切羽詰まってるのか。

 思えばイゴルさんが死んだ時も結構な数の守備隊が亡くなっていたし、人手不足なのかもしれない。

 ランドル達の歳も俺と変わらないだろう。

 戦えるなら子供でもということだろうか。


 すると、大人達の一人がぼそっと呟いた。


「イゴルが生きてさえいればな……」

「あぁ、あいつなら簡単に解決しただろうさ」

「なんであんな強い奴が……」

 

 全員でイゴルさんの話をし始めた。

 相当、慕われていたらしい。

 俺は勇気を出し、決意すると大人達の会話に割って入った。


「あのー……」


 恐る恐るその中で一番偉そうな人に声を掛ける。


「ん? なんだ?」

「良かったら僕が行きましょうか」


 そう言うと、大人達はぴたりと会話を止めた。

 いきなり無音の空間が出来上がった。

 全員に体を舐めまわすように見られる、かなり居心地が悪い……。

 その空間を壊してくれたのはエリシアだった。


「アル!?」


 話を聞いていたらしいエリシアは、「何言ってるの!?」と言いながら驚愕の顔で俺を見た。

 大丈夫だよと言うと、とりあえずは止まってくれた。


「そりゃー君、見た目は剣士に見えるけどまだ子供じゃないか」


 呆れたように俺を見ながら言う戦士。

 周りも何言ってるんだかと、肩を竦めている。

 俺と同じぐらいの子供も居たのにそりゃないだろう。


「剣はイゴルさんに教えてもらいました。多分、大丈夫だと思います」


 そう言うと、大人達の反応が変わった。

 まじか、と言いながら俺の全身を見ている。


「確かに昔、イゴルが娘とその友達に剣術を教えてるって言ってたな……君か」


 セリアを思い出す言葉に少し体がびくりと反応してしまった。

 そんな俺の様子に何も気付かないように戦士は続けた。


「それで、グリフォンに勝てるのかい?」


 品定めするように見られる視線が嫌だ。

 早く話を終わらせたい。


「大丈夫だと思います。

 イゴルさんには、二年前にBランクの魔物でも倒せると言われました」


 そう言うと、大人達はお互い顔を見合わせ頷きあった。


「頼む、力を貸してくれ」


 それだけ言うと詳しい話を始めた。

 早いほうがいいと言われ、まだ夕暮れまでに時間があったので今からでもいいと言ったらエリシアが断固拒否した。

 ずっと青ざめた顔で成り行きを見ていたエリシアは行くな、とは言わなかった。

 この惨状を見ていただけに、俺を頼る大人達の視線に、それは言えなかった。

 条件としては、自分も付いていくとのこと。

 

「でも母さんは今日かなり魔力使っちゃったでしょ」


 そう言っても譲らないエリシアに困った。

 もし魔力切れで倒れでもしてエリシアが重症を負うのを想像したら俺も押し切れなかった。

 そんな俺達のやり取りを見たリーダー格のダストさんは明日の早朝でいいと言い、去っていった。


 私も行くと言い出したエルだったが。

 さすがに俺とエリシアの猛反対により却下された。

 エルは不機嫌になってしまったが、今回ばかりは留守番してもらう。


 問題は……俺が魔物と戦うのが初めてだということ。

 正直怖いし、行くつもりなんてなかった。

 でもイゴルさんの名前が出ているのを聞くと、俺の体は動いてしまった。

 これは多分、自分の罪悪感を少しでも軽くしたかった自己満足だ。

 死んでしまったイゴルさんの代わりに、町を出たセリアの代わりに剣を振る。

 あの日追いかけられなかった自分を少しでも許せるように、剣を振るのだ。

 



 朝になると、俺は床に敷かれた毛布の上で目が覚めた。


 これは俺が希望したことだ。

 最初はルルが譲らなかったが、無理やり床に毛布を轢いて勝手に寝た。

 困ったのはエルが一緒に床で寝ようとして譲らなかったことだ。

 最初の内は寝付きの早いエルが眠ると、起こさないようにエリシアのベッドに運ぶのを繰り返した。

 それを繰り返してる内にエルは諦めて素直にベッドで眠るようになった。

 

 体が大きくなったこともあるが、何よりの理由はセリアだった。

 彼女は今どこで寝ているのだろう、毎日ベッドで寝れている訳はないだろう。

 俺は勝手にそう思った。

 そうするとベッドで寝ようとしてもなかなか寝付けなかった。

 少しでもセリアの気持ちに近付こうと床で寝ると、いつもより眠りに落ちるのは早かった。


 エリシアは何も言わなかった。

 あの日以降、今日のように魔物と戦うなんて話じゃなければエリシアは口を挟まなくなっていた。

 エリシアも何か思う所があるのかもしれない。


 体を起こし、顔を洗って身支度を済ましている内にエリシアが姿を現した。

 彼女は魔術師のローブを着ていた。

 白の生地に金色の刺繍が刻まれてるローブはエリシアによく似合っていた。

 かなりいい素材でできているように見える、こんなもの持っていたのか。


 初めての魔物との戦闘だと思うと、あまり食欲が沸かなかった。

 結局、食事を取らないで二人で家を出た。




 町の門に着くと、昨日の面子が揃っていた。

 人数は七人で、ランドルと取り巻きの姿は見えなかった。


 挨拶も程ほどに俺とエリシアを入れた九人で南の森へ向かった。

 思えば町を出るのも初めてだった。

 辺りを興味深くきょろきょろ見ている俺は頼りなく見えるかもしれない。

 十分ほど歩き、森が見えてくると、その前の草原に魔物の群れの姿があった。


 見た目で分かる、ゴブリンだ。

 体の大きさは俺と同じぐらいだろうか。

 Fランクの魔物だが、初めて見る魔物に一瞬ドクンと心臓が跳ねた気がした。

 俺は少し冷や汗をかきながらも剣を抜き、先頭に踊り出る。

 すると後ろから声が聞こえた。


「聖なる光の鎧 全てのものを拒絶せん 聖壁(バリア)


 エリシアが呪文を唱えると、俺の体を光が覆った。

 体が軽くなったりした訳じゃないが、光が俺を守るように舞い、綺麗だ。

 本来はもっと長い詠唱が必要だが、優秀な魔術師ほど詠唱を省けるらしい。

 エリシアの頼もしい魔術に初めての戦闘への緊張が少し和らいだ。


「低級の魔物の攻撃は防いでくれるけど、気をつけて」


 真剣な時のエリシアは語尾を延ばす癖が消える。

 俺は頷いて返すとゴブリンの群れに近付いた。


「キキッ!」


 耳障りな甲高いゴブリンの鳴き声。

 俺達に気付いて騒ぎ出すゴブリンの群れは、棍棒を手に取り大群でこっちに向かってくる。

 駆け出してくる者、飛び込んでくる者。

 敵の行動は様々だったが思ったことは一つ。


 遅い。


 闘神流中段の構えを崩さず、必要程度の闘気を纏った。

 そして最初に飛び掛ってきたゴブリンに目をやる。

 振り下ろされる棍棒からは脅威を感じない。

 俺は一瞬で剣を斬り上げ、首を跳ねた。

 仲間が死のうとお構いなしに俺に攻撃を仕掛けようとするゴブリンだが、近い順に切り刻んだ。

 首を刎ね、体を真っ二つにし、時には後ろから襲ってきたゴブリンに回し蹴りを見舞うと、体をくの字にさせて吹き飛んでいった。

 斬ったゴブリンから舞う血飛沫を避ける余裕さえもあった。


「ふぅ」


 戦闘が終わり、辺りを見回すとひどい惨状だった。

 騒ぎを聞いた魔物が森の中から出てきて様子を見ていたが。

 はぐれの魔物達はゴブリンの死体を見ると森の中へ帰っていった。

 

 敵の能力を見る限り、Fランク程度の魔物が更に大群で遅い掛かってきても問題なさそうだ。

 後ろにいる守備隊を見ると、皆驚いた顔をして固まっていた。

 しばらくすると急に電源が入ったように動き出した。


「すごいな! イゴルを思い出したぞ!」

「これなら大丈夫そうだな!」


 そう言う守備隊の大人達は嬉しそうに俺を称えてくれた。

 イゴルさんを思い出したと言われて嬉しかった。

 エリシアは驚いた顔をしていたが、しばらくするとホッと息を吐いていた。


 森へ進むと、想像より魔物は襲ってこなかった。

 さっきのゴブリンを斬ったことが影響しているのだろうか。

 時折名前のわからない大きい蜘蛛や昆虫が襲ってきたが、何の問題はなかった。

 斬った魔物を放置していいのかと疑問を聞くと、帰りに回収してまとめて燃やすと言っていた。

 放置すると疫病などの原因になるらしく、やはり放置はまずいらしい。


 奥に進むにつれ、魔物は減っていった。




 何かこの先にいる。


 気のせいか、威圧感を感じながらも進むと、居た。

 眠っているかのように体を丸めている。

 上半身は鷲のようで、羽根が生えている。

 下半身は獅子だ、前世では架空の存在。


「ッ!」


 何より俺が驚いたのは、その大きさである。

 五メートルはあるんじゃないか……こんなの倒せるのか?

 足が竦んで、動けなかった。


 すると、閉じられていた瞳がパチリと開いた。

 俺達に気付くと、起き上がり羽を広げた。


「ガアアアアアアッッ!!!」


 物凄い威嚇、グリフォンが吼える音量は、鼓膜を破壊するかのような攻撃だ。


 起き上がり、羽を広げた姿は大きすぎる。

 一瞬後ろを見ると、全員構えたまま固まっている。

 逃げる訳にはいかない、エリシアもいる、何よりイゴルさんから教わった剣術でCランクといわれる魔物に負けることは自分が許さない。


 俺は中段で構え、加減が分からないので八割ぐらいの闘気を体に乗せる。

 俺の体を赤い闘気が包み込む、帰りのことを考え全開にはしない。


「おぉ……!」


 俺の体から漂う闘気を見たからか、後ろの守備隊の何人かが声を上げた。

 俺は前に出て、相手の出方を伺う。

 相手の戦闘力がはっきりしない以上、先手を仕掛ける度胸は俺にはなかった。


 距離を縮めると、相手の間合いに入ったからか雄叫びがあがった。


「ガアアアッ!」


 グリフォンは一瞬二本足で立ち上がり、左腕を振り上げる。

 下半身とは違う鷲の腕、その先端は鷲の鋭い爪が光っている。

 その鋭利な爪を食らえば体を切り裂かれる一撃。

 しかし、それが振り下ろされる速度は、遅かった。

 俺が毎日剣を合わせたセリアとは比べ物にならない。


 グリフォンの腕が振り下ろされる前に俺は踏み込み、自分からグリフォンの懐に入った。

 振り下ろす腕に合わせるように下段から斬りあげた。


 グリフォンの腕は宙を舞った。

 グリフォンからは俺を見失い、気付けば腕が飛んでいたように見えただろう。

 そのまま流れるように二本足で立っている左足に斬りかかる。

 俺の闘気を乗せた斬撃は、グリフォン太い筋肉を簡単に断った。

 

「キシャアアアアア!!」


 今までで一番甲高く吼える音が響く。

 左腕と左足を失い、姿勢を崩したグリフォンはその巨体を地面に倒そうとする。

 俺の体に降ってくるグリフォンを見上げると、その太い首を飛ばした。

 もう、グリフォンは動かない、断末魔を上げようにもその首は離れている。


 勝てた……。


 内容は余裕に見えたかもしれないが、服は汗でびっしょり張り付いている。

 過剰に纏いすぎた闘気を抑えると、体が軋んだ、痛すぎる。

 八割の闘気でも今の俺の体では相当負荷が掛かるようだ。

 エリシアに心配させないように何事もないように振り向くと、歓声が上がった。


「「おおおおおおお!!!」」


 すげえ! すげえな! と俺の肩を皆で力強く叩いてくる。

 痛い! 痛い! やめて! と叫びたいが、我慢した。

 エリシアを見ると、やはりホッとしていた。

 心配性なエリシアに戦ってる所を見せたことで、少しは安心させることができただろうか。


 守備隊はグリフォンの皮や爪を持てるだけ剥ぎ取り回収すると、燃やした。

 森の入り口に着くと、皆でゴブリンを一箇所に集めて燃やすと町に帰還した。

 

 お礼に昼食を奢ると言う守備隊のリーダーのダストさんに、いいですと遠慮したのだが強引に連れられ店に入った。


「それで、報酬の話なんだが」


 席に座り料理を注文すると、ダストさんが切り出した。

 別に生活に困ってないし報酬なんていらない。

 横に座るエリシアを見ると、アルの好きにしなさいと言った。


「別にいらないですよ」


 そう言う俺に、それはさすがに…と困っていた。

 剥いできたグリフォンの素材はそれなりの値段で売れるらしい。

 元々冒険者も雇う予定だったので、かなり金が浮いたとのことだ。

 

 言われた金額は銀貨八枚。

 俺達家族が一月の生活で使っている金額は銀貨四枚だ。

 前世の感覚で言うと。


 小銅貨が百円

 銅貨が千円

 銀貨が一万円

 金貨が十万円


 こんな感じだろう。

 エリシアの給料はバラつきはあるが大体銀貨五枚ぐらいだったはず。

 この町に限って言うと、エリシアの給料は相当高い。

 

 今回はそもそも俺の自己満足の為に剣を振っただけだ。

 そこまでもらってしまう訳にはいかない。


「じゃあ、銀貨一枚だけください」


 引いてくれそうにないダストさんにそう言うと、まだ納得していなかったが。

 俺が引かないとわかると渋々頷いた。

 守備隊も今回のことで結構な被害が出たようだし。

 金に困ってない俺よりそっちに回したほうがいいだろう。


「それで、こっちが本題なんだが」


 運ばれてきた料理に手をつけようとすると、また何か始まるらしい。

 口に運ぼうとしたスプーンを置いて、話を聞くことにする。


「なんでしょうか」

「守備隊で仕事をしないか?」


 ちょっと予想外だった。

 エリシアの顔を見てみる。エリシアは許さないだろう。


「アルの好きにしなさい」


 少し心配そうにはしながらも微笑んだ。

 俺がグリフォンを倒すのを見て安心したのだろうか。

 いや、前までだったらそれでも反対したと思う。やっぱり、なんか違う。


 俺は考え込んだ。

 正直、仕事をするなら剣術に関わることにしようと思っていた。

 俺の剣はセリアとの唯一の繋がりで、誇りだから。

 剣を振らなくなる選択肢は俺の中ではない。

 この話は俺にとって悪くないような気がした。

 でも少し、我儘を言わせてもらいたい。


「朝から昼までは剣術の稽古をしたいんです。大丈夫ですか?」


 これは譲れなかった。

 それを聞いたダストさんは、何だそんなことかと言わんばかりに。


「昼からの勤務でも構わんよ。

 状況次第では呼ぶこともあるかもしれんが。後給金が少なくなる」


 それぐらいだったら問題はないだろう。

 俺の一番の心配はそんな程度のことではない。


「大丈夫です。よろしくお願いします」


 そう言うと安心したかのように皆料理を食べ始めた。

 二年前のイゴルさんと守備隊の死に次ぎ、今回のことで被害も出て人手不足がひどかったらしい。

 俺ほどの剣士がいれば安心だとダストさんは俺を褒めた。

 俺も今まで頑張ってきた剣術を頼られるのは心地よかった。


 給金は銀貨一枚。

 本来は銀貨一枚と銅貨五枚。

 半日仕事だが腕前を評価して良くしてくれた待遇らしい。

 今回のようなことがあればボーナス的なものももらえるらしい。

 俺が働いて家に余裕ができるならそれにこしたことはないだろう。

 俺は欲しい物はもう持っているので金は必要ないしな。

 本は欲しいが、金貨レベルの値段になるのでさすがに手は届かないだろう。

 

 停滞していた俺だったが、少しだけ世界が変化したような気がした。

 相変わらずセリアのことを考える日々は変わりなさそうだが。

 

 こうして守備隊の一員となった俺の心配事は一つだった。




 何と言えばエルは納得してくれるだろうか……。

 可愛い妹の顔を思い出し、そう思った。

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