第十三話「セリアの気持ち」
物心ついた時、母親はいなかった。
しかし私はそんなことは全く気にならなかった。
父が注いでくれる愛情は私を寂しくさせることはなかった。
ある日、父が剣を振っている姿を見た。
私はそれに興味を持った。
私は父に聞いた、なんで剣を振っているの、と。
父は笑いながら答えた。
「セリアを守るためだよ」
そう言って私を撫でて微笑むその姿は温かく、とても綺麗なものに見えた。
その日から父が剣を振っている姿を見ると、それがとても眩しいものに見えるようになった。
最初はそのキラキラと輝く眩しい世界に自分も入りたいと思った。
父に私もやりたいとお願いした。
父は渋りながらも剣術を教えてくれた。
剣を振るのは楽しかった、私もあの輝く父のように見えるんだろうかと考えると、言われた通り振り続けた。
父は驚いた顔をしていた、才能があると言われ、また嬉しくなって本格的に教えてくれるように頼んだ。
でも、父は何も言わなかったがあまり嬉しそうに見えなかった。
それが少し寂しかった。
何でだろう? 私は振る剣は父のように輝いていないのだろうか?
何故私は駄目で、父は眩しいのだろうか。
私が眩しく見えた父の剣は、私を守る為の剣だった。
私も何かを守る為に剣を振ると輝けるんだろうか。
しかし私の世界には父しかいなかった。
私が守れるほど弱く、守りたいと思えるほど大事に思えるものはなかった。
ある日、父は闘神流について教えてくれた。
廃れた流派だと父は言ったが私はそれが嬉しかった。
私にもできることがあった、もう強い父は守れなくても、父が振る、私が大好きな父の剣術を守れると思った。
私はより一層剣術にのめり込んだ。
自分でも強くなっていく感覚が気持ちよかった。私も少しずつ光始めた気がした。
私が強くなると、父は時折仕事に行くようになった。
ずっと父とべったりだった私には一人の時間が寂しかった。
最初は寂しさを紛らわすように父がいない間も剣を振った。
寂しさはあまり、埋まらなかった。
集中して剣が振れない自分が嫌で、意味もなく町を歩き回るようになった。
すると、そこには悪の姿があった。
弱者が虐げられる世界を見た。
父が私を守るように、私も自慢の剣術で誰かを守るのだ。
初めて人を殴った、父との稽古とは違い相手は簡単に吹き飛び苦しんだ。
私は悪を倒したんだ。
苦しんでいるのが悪党だと思うと、私は人を傷つけたことには何も気にならなかった。
私が守った子は、父に守られる私のように嬉しい顔をしているだろうか。
得意気に近付いていくと、守った子が見る私は恐ろしいモノを見るかのように怯えた。
何故? と不思議に思っていると、私から逃げるように去っていった。
私には理解できなかった。
家に帰ると、父にその日の出来事を話した。
なんでだろう? と聞くと、父は答えた。
強すぎる力を怖がる人もいるんだよ、と言った。
力で全てを解決しようとしてはいけないと。
私は初めて父の言葉に納得できなかった。
私は剣術しかできなかった。
自分にできることで人を助けるのは当然だと思った。
私は町を歩き、何度も同じことを繰り返した。
しかし、守った者から見られる目はいつも同じ目だった。
それでも正しいことをしていると信じて繰り返した。
しばらくすると、私を見ると逃げ出すように離れていく人間が多くなった。
私が倒した悪はいいが、何故助けた者も私から離れていくのだ。
寂しさより怒りが私を支配した。
同じ年頃の子供を見ると近付かないように遠目で見るようになった。
遠目から見える子供達は横に並んで歩いて楽しそうに笑い、話していた。
それは父の振る剣術のように眩しく見え、温かそうだった。
あまり考えたことがなかった、友達という存在。
剣術以外に初めて興味を持った。
しかし輪に入ろうとしても、私を怖がる子供達はすぐに逃げ出していった。
私はどうしたらいいのだろうか。
不器用で、剣術以外何もできない私には何も分からなかった。
ある日、助けてという声が聞こえて飛び出した。
いつもと同じ、慣れた光景。
私はいつものように悪を倒した。
その先も分かっていた、いつものように守った者は私から去っていくだろう。
しかし、その日は違った。
私が守った者が私を見る目は、まるで私が父を見るかのような目をしていた。
やはり私は間違っていなかったのだ、そう思った。
私を褒め、感謝する少年の姿に私は今までの寂しさや怒りが消え去るかのように満たされた。
お礼をする、なんでもするよという少年に、そんなつもりで助けた訳じゃないと断っても押された。
私は思った。この少年となら、あの子供達のように笑い合えるだろうか。
ドキドキしながら友達になって、と言うと少年は喜んでいた。
とても嬉しかった。
これがアルとの出会いだった。
私は剣術の稽古が終わると、毎日アルの元へ向かった。
アルの妹も紹介してくれた、エルといってとても可愛らしい少女だった。
友達の妹だと思うととても可愛く、私を慕って甘えてくるエルにも満たされた。
診療所にいる人達は私を受け入れてくれた。
アルのいる場所はとても優しい世界だった。
私はこの優しい世界を守る為に今まで頑張ってきたのだ、そう思った。
アルはとても賢かった。
今までのことを言うと、父よりわかりやすく私に説明してくれた。
他の人に言われたら納得してなかったかもしれないが、なぜかアルが言うと納得できた。
子供が持っている力ではないと言われ、自分の力を実感した。
でも最後にはアルはそれが凄いことだと褒めてくれた。
アルは私に文字を教えてくれた。
最初はやる気だったのだが、すぐに私には向いていない、必要ないと投げ出した。
あまり嫌がるとアルに嫌われてしまうだろうか、ぞっとする想像が頭に浮かぶと、渋々教わった。
私は家に帰ると毎日アルとエルのことを父に話した。
父は嬉しそうに私の話を聞いていて、それが嬉しくて些細なことも全部話した。
朝は剣術、昼はアル達と、夜は父と話して、私の日々は満たされていた。
ある日、外で遊びたいとつい口に出してしまった。
アルが外に出れない理由は聞いていたから、しまったと思った。
それでもアルは気にした様子もなくエリシアさんに聞いてくれた。
お許しが出て、私はとても喜んだ。
外に出たら真っ先に行きたい所があった。
私の自慢の友達を父に見せたかったのだ。
アルとエルも何も気にした様子はなく、家に来てくれた。
道中、驚いた。
アルは賢くて、私と比べると遥かに大人だった。
アルは何でもできる、そう思っていたが。
アルの体はそんなに強くないと思っていた。
しかし、驚くべき速さで私についてきた。
少しずつ足を速くしても、くらいついてきた。
私の友達は凄いのだ、父に自慢できることが増えた、そう思った。
家に入ると、アルは剣に興味を持っていた。
いつもアルの世界で遊んでいたが、私の世界に踏み込んできてくれたようで嬉しかった。
アルが剣を振ると驚いた。
闘気も纏っていないのに鋭い剣筋だった、父も驚いていた。
父はアルに剣術をやるか聞いた、私は一緒にやりたかった。
私の世界を大事な友達に知ってほしかった。
アルは頷いてくれて、私は喜んだ。
初めての稽古の日、父はアルに闘神流について話した。
私は少し不安になった。
私が守りたい父の剣をアルが嫌がったらどうしようかと思った。
しかしそんな心配は杞憂だった。
私と一緒がいいと言ってくれた、どんな言葉よりもそれが嬉しかった。
私の世界に入ってきてくれたアルを見て。
痛がりながらも必死に頑張るアルを見て。
私もアルの世界のことを頑張ろうと思った。
文字を教えてくれたら必死に覚えようと頑張った。
日々が過ぎるとアルはどんどん強くなった。
私も負けないように剣を振った、負けたくなかった。
しかし、日々強くなるアルを見て少しずつ考え方が変わってきていた。
一緒に私の大切な物を守ってほしいという気持ちが芽生えた。
いつか一緒に背中を合わせて戦えたらどんなに嬉しいだろうか。
十歳の誕生日、私は父に認められた。
とても喜び、気付くと眠ってしまっていた。
起きると同じベッドにアルがいた。
私は顔が赤くなり、心臓の鼓動が早くなった。
初めての感情に動揺したが、嫌ではなかった。
アルに聞いた、アルは何で必死に剣術をするのかと。
私の目にはアルの剣術はちゃんと輝いて見えていた。
アルは家族を守りたいと言った。
素敵なことだと思った、でも、私は自分の気持ちを抑え切れなかった。
私の守りたいものも話してアルに聞こうとした、いつか私と一緒に、と。
途中まで言うと、アルは困っていた。
私は何を言っているんだろう。
アルの気持ちを聞いたのに、それを捨てろと言おうとしたのだ。
自分勝手な自分に嫌気がさした、誤魔化した。
その日はなかなか寝付けなかった。
朝になると逃げるように家に帰った。
昨日の話を忘れてほしかった。
アルのことを考えれなかった自分勝手な私の気持ちを。
思い出してほしくなくて、普段通り振舞った。
しかし、アルの剣筋には迷いがあった。
私のせいで輝いていたアルの剣から光が失われていた。
私は取り返しのつかないことをしてしまった。
不器用な私はどうすればいいか分からなくて、普段通りにしていることしかできなかった。
しばらくすると、アルは初めて別行動をとりたがった。
私はエルを連れてアルから離れた、私にできることはそれぐらいだった。
次の日のアルの剣には光が戻っていた。
何があったのか気になったが、私はとにかく救われた気持ちになった。
アルの誕生日の数日前、アルは稽古にこなかった。
私は心配し、取り乱し、父と焦りながらアルの家に向かった。
事情を聞いた私は心配だった。
アルの剣術の理由が一つ、失われてしまったのだ。
でも私はすぐに立て直した。
アルにはまだ守るものがしっかりと残されている。
きっと立ち上がると信じて、私は待った。
誕生日になっても、アルは部屋から出てこなかった。
私は顔を覗きにいった。
そこにあったのは、崩れ落ちたアルの顔だった。
何故、全てを放り出しそうな顔をしているのか。
アルの気持ちを知っていた私は許せなかった。
逃げるアルを追いかけた。
捕まえると、不器用ながらに想いを伝えた。
私の気持ちは伝わっただろうか。
繋いだアルの手から伝わる熱が、私の心を溶かすようだった。
しばらくすると、父が家を空けた。
アルと同じ家で生活すると思うと、少し恥ずかしかった。
同じベッドで眠るアルを意識するとなかなか眠れなかったが、悪くなかった。
父はなかなか帰ってこなかった。
アルは心配していたが、私の世界の父は誰よりも強かった。
心配なんてしてなかった。
しかし、帰ってきた父は無残な姿だった。
私の心は凍りつき、何も考えられなくなった。
燃やされる父の顔は何故か作り物のように感じられた。
理由は分からなかった。
凍った心の隣にはずっとアルがいた。
寄り添ってくれるアルの心が、私の凍てついた心を少しずつ溶かしていった。
凍っていた心が少し溶けると、私はアルを起こさないように家を出た。
意味もなく、歩き続けた。
気付けば自分の家の前についていた。
私はこれからどうすればいいんだろうか。
何も分からなくなり、自然と涙が溢れた。
しばらくするとアルが来た、私を見つけてくれた。
アルなら、これからどうすればいいか教えてくれるだろうか。
アルと話すと、ずっと一緒にいてくれると言ってくれた。
大切なものを置いてでも私といてくれると言ってくれた。
想像するだけで、もういいじゃないかと。
全てを投げ出したくなる気持ちもあった。
きっとアルと過ごす日々は幸せなものだろう。
アルと一緒ならこの町で穏やかに暮らしてもいいんじゃないか。
でも私には、父の振る私の大好きだった剣術を捨てる選択は選べなかった。
きっと、私の誕生日の日のアルはこんな気持ちだったのだろうと思った。
アルが気持ちを言う前に、我慢できず私はアルの唇を奪った。
溶けそうなほど、熱かった。
私はこんな心地良いものから離れられるんだろうか。
そんな自分を騙すように、立ち上がった。
いつもの場所にアルを呼び、剣を抜いた。
本気でぶつかり合えば、答えが出せるような気がした。
私の真剣に、アルは答えてくれた。
アルを信じて、答えを探すように剣を振った。
私は本気だった。
本気で、戦った。
最後の踏み込みで、私の剣は折れた。
折れた剣と一緒に、迷いも消えた。
アルは強くなった、もうそこには私が守らなければと思ったアルはいなかった。
アルは立派な剣士になっていた。
アルは優しく、何でもできる。
私と一緒に険しい道を歩まなくても大切な物を守り、幸せに暮らしていける。
アルは幸せにならないといけない人間だ。
私はアルを愛している。
愛しているからこそ、私の危険な旅に付き合わせることはできない。
父を殺した相手を見つければ、私は勝てないと思っても剣を抜くだろう。
父を殺せるような強敵だ。
私が剣を抜けば、アルも私を守ろうと剣を振ってくれるだろう。
アルには幸せになってほしい、ただ、純粋にそう思った。
不意をつくかのようにアルを気絶させると、私のできる限りの綺麗な文字で手紙を書いて、私の大事な剣を置いた。
ただ、アルに持っていてほしいと思った。
家の横に穴を掘り、折れた剣を埋めた。
私は父の剣と風鬼を腰に掛け、歩き出した。
起きたアルは傷付くだろうか、深く落ち込むだろうか。
でも、私の大好きなアルなら大丈夫だ。
いつか立ち直って大切なものを守る為に輝く剣を振るだろう。
最後にエルと会って、話した。
エルは納得してくれなかったが、最後は渋々頷いてくれた。
まだ唇にはアルの温もりが残っている。
アルにとっては呪いになってしまったかもしれないが、許してほしい。
きっと、この温もりは私がこれから生きる力になるだろうから。
私は自分の大切なものを守る為に。
大切な人の幸せを願って。
町を出て、果てしなく険しい道を歩き出した。