第十話「一人前」
着替え終わるといつもと違う姿の自分がいた。
普段の格好は剣術の稽古がしやすいように、動きやすいシンプルな服装だった。
この変化は昨晩の誕生日のプレゼントだった。
エリシアが贈ってくれたプレゼントは立派な剣士の服だった。
上半身は赤よりの茶色の服に白い装飾が入っている、シンプルな灰色のズボンの裾を革のブーツに押し入れると、幼いながらも立派な剣士の姿になっていた。
自分で言うのもなんだが、俺の茶色の髪に違和感なく溶け込んで似合ってる。
エリシアはセンスがいい。
壁に立掛けていた、今日から長く俺の相棒になるであろう剣。
白桜を剣帯に掛けると勢いよく部屋から飛び出した。
朝食を載せた机を囲んでいた俺の三人の家族は俺を見た。
俺はどう? 似合ってる? とセリアをイメージして自信満々に立ってみた。
「きゃーーアルよく似合ってるわー」
エリシアが真っ先に声を上げてきゃーきゃーと喜んでいた。
その横でエルがわぁ、と俺を見ている。
「お兄ちゃん、かっこいいね」
普段大人しいエルがはっきりと言っていた。
そういえばエルに格好良いなんて言われるの初めてじゃないか?
今思えば恐ろしいまでのブラコンなのに意外だ。
そのエルはというと、俺と同じように魔術師のローブをもらっていたのだが。
そのローブは着ていなかった。
キラキラとした素材で綺麗な白に薄い紫を織り込んだローブはきっとエルに似合うだろうと思ったのだが。
残念なことにまだ少し大きすぎたらしい。
今着れないのは残念だろうけど、成長期だしその方がいいだろうな。
俺も成長期だし、この服は頻繁に直さないとすぐに着れなくなってしまう。
へへへとだらしなく笑いながら席に着くと、ルルもよく似合ってますねと言ってくれた。
俺はずっと締まらない顔をしたまま食事を取った。
朝食が終わるとエルと歩きながらセリアの家に向かった。
家に着くと、家の前で待っていた二人がすぐ俺達に気付いた。
「お、いいな、似合ってるな」
そう言ってイゴルさんは俺の肩をいつも通り強く叩いていた。
セリアの反応はどうだろうと思って見てみると、少し赤い顔をしていた。
何も言わないで俺を見ているセリアに俺は自ら聞いてみた。
「ど、どうかな」
見せたかったはずなのにセリアを前にすると少し恥ずかしかった。
なんか彼氏に買ってきた服を見せる彼女みたいな感じだなこれ。
少ししてセリアは顔を赤くしたまま声を出した。
「とっても似合ってるわ……」
セリアにしては小さい声だったが照れている顔を見ると反応は悪くないようだ。
「ありがとう!」
元気よく返事すると嬉しさで気合いが入ってきた。
数日も剣術サボっちゃったし、いつも以上に頑張らないとな。
きっとイゴルさんにも鈍ってるなとスパルタにされることだろう。
稽古はいつも通り素振りから始まった。
今日から俺が素振りする剣は真剣だった。
前にもセリアから剣を貸してもらってちょっと振ってみたこともあったが、やはり自分の剣だと思うと気持ちよさが全然違った。
俺が嬉しそうに剣を振っていると、いつもより強く風が吹いた気がした。
素振りが終わると白桜は置いて、木刀を持ってイゴルさんと打ち合った。
分かっていたが、稽古は普段より激しかった。
容赦なく急所ばっかり狙ってくるし。
いつもは俺に教えるように剣を振ってくれるのだが。
今日はまるで俺を叩きのめそうとしているようだった。
俺は攻める余裕は全くない。
イゴルさんの闘気の動きをトレースして必死に木刀を受けていた。
必死に捌き続けたが、最終的には追い込まれる。
力技で下段から俺の木刀を腕ごと跳ね上げさせると。
俺の腹に蹴りを打ち込んだ。
えっ、と思う暇もなく凄まじい勢いで俺の体は数メートル飛んだ。
焦って背中に闘気を集中させると、近くの樹に背中から激突した。
凄まじい衝撃音がすると、樹が揺れて頭上から緑の葉がかなりの数舞った。
ぐえっと鳥が締められたような声を出してしまった。
さすがに腹も背中も痛すぎる……多分肋骨が何本か折れてる。
樹に激突した衝撃音を聞いて、セリアもエルもさすがに驚いたのか。
痛みに苦しんでいる俺に駆け寄ってきた。
当の本人のイゴルさんは、悪びれもせずに俺を稽古中と同じ顔で見ていた。
いつもは寸止めしてくれるのになんでだ。
稽古をサボったことを怒っているのだろうか……。
駆け寄ってきたセリアが大丈夫!? と俺の背中を支えるように腕を回した。
その横でエルが泣き出しそうな顔で俺に中級の治癒魔法を掛けてくれる。
治癒魔法が効いていって、破損した体が修復されていく。
すると、すっと痛みが消えていった。
エルがいてくれて助かった。
「ありがとう、助かったよ」
治療が終わりエルに苦笑いしながら言うと、未だに真面目な表情を崩さないイゴルさんがゆっくり歩いてきた。
それを見てセリアは怒りながらイゴルさんに詰め寄った。
「ちょっと! やりすぎよ!」
そう言って真横で怒鳴るセリアを気にした様子もなく、イゴルさんは言った。
「アル、立て」
悪い悪いつい力が入っちまったよ!
みたいな感じで軽く謝ってくるのかと一瞬思ったが、違うらしい。
まだ叩きのめされるのだろうか。
それを聞いてセリアはちょっと! とまた怒鳴っていた。
俺は恐る恐る立ち上がる、イゴルさんは真面目な顔で笑ってるような気がした。
「今日からお前は一人前の剣士だ」
そう言って俺の髪をグシャと雑に撫でるその顔は柔らかく微笑んでいた。
その言葉を聞くとセリアは驚いた顔をすると俺を見て怒りを抑えた。
認められたのか、俺は。
あの敵を倒すような動きは試験だったんだろうか。
俺はひたすら剣を受けながら逃げ回ってただけだったが。
俺からすると内容はひどかったが。
イゴルさんがそれで認めてくれたのならそれでいい。
普段はふざけているが、剣術に至っては大真面目な男だ。
俺はイゴルさんの目を見ると、嬉しさを隠せない顔で、大きく息を吸い込んだ。
「はい!」
そう言うとセリアもよかったねと言いたげに俺を見て微笑んでいた。
エルはまだ心配そうに俺の顔を覗いていた。
稽古が終わると、イゴルさんは俺とセリアに約束した。
「次は実戦だ、魔物を狩りにいこう」
セリアはやった! と喜んでいた。
さすがセリア、怖いものなんてなさそうだ。
というかセリアも初めて狩るのかな。
セリアだったらもっと前に行ってよかったんじゃないか。
俺は少し不安だったが、イゴルさんとセリアがいれば俺が震えて何かやらかしても問題ないだろう。
「ま、ここらへんで出る魔物は強くてEランクぐらいだし。
二人は拍子抜けすると思うけどな」
そう言って笑っていた。
前にBランクに囲まれても何とかなるって言ってたし。
実際そのランク差を考えると余裕なのか。
「今日から二、三日留守にするから、帰ってきてからな」
最後にそんなことを言っていた。
珍しいな、イゴルさんが早朝に居なかったことこれまでになかったし。
俺の横でセリアがえ? そうなの? と聞いていた、娘に何も伝えてなかったのか。
「町から離れるんですか?」
「あぁ、近隣の村の依頼でこの町の守備隊と一緒にな。
俺は保険みたいなもんだ」
これでも結構頼りにされてるんだぞーと言って笑っていた。
それもそうだろう、この町でイゴルさんより強い人なんていないだろうし。
「そうですか、気をつけてくださいね」
「おう、それでセリアをしばらく頼んでいいか?」
それはしばらく家で預かってくれということだろう。
エリシアに確認をとるまでもなく問題ないだろう。
セリア一人にしたら何食べるんだろうとか心配だしな……。
その本人は別に一人で大丈夫よ、と言っているが。
「もちろん大丈夫です」
「悪いな、稽古は二人でちゃんとするんだぞ」
「はい!」
そう言うと家から普段イゴルさんが持っている剣とは違う剣を持って出てきた。
確か…風鬼だったか、どうしたんだろう。
そのままセリアに寄ると、その剣をセリアに手渡した。
そりゃそうか、家宝の剣を数日無人の家に置いて行ける訳がない。
セリアも当たり前のように受け取ってるし、特に会話もない。
剣を渡すと俺達に背を向けて顔だけこちらを振り向きながら。
「じゃ、行ってくるわ、セリア、あんまり迷惑かけないようにな」
「私お父さんより行儀良いから、いってらっしゃい」
確かに、とイゴルさんは笑いながら手を上げてぶらぶらさせると姿勢のいい格好で歩いて行った。
夜になると、俺の隣にセリアが座り、夕食を食べていた。
普段からよくある風景だし違和感もない。
すると突然エリシアが切り出した。
「そういえばーセリアちゃんはどこで寝てもらおうかしらー」
そんなことを言い出した。
「私のベッドを使ってもらえばいいでしょう」
ルルもそんなことを言っている。
「いいの、私別にどこでも寝れるから」
セリアはそんなことを言っていた。
ルルは客が床で寝て自分がベッドで寝るなんて許さないだろう。
俺が床で寝るよと言っても同じだろうし。
最近ルルに床で寝させていることが多くて申し訳ない。
うーんと考えていると。
「そうだー子供達は三人で寝てぇ、私はルルと寝るわぁ」
「そんな、いけませんエリシア様」
「もうっ! いいじゃないー、私も一人は寂しいしー」
さすがにエリシアもルルを頻繁に床で寝させるのは嫌なんだろう。
俺が部屋を占領してた時もエリシアは誘ったのだろうな。
しかしルルが断固許さなかったのが想像できる。
言い合う様子を見ている限り、今回は譲る気がなさそうなエリシアが押し切って終わりそうだった。
三人か……エルはいつものことだが、セリアはやはり意識してしまう。
俺も男の子だ、幼いながらも想いを寄せている子と一緒に寝るのは緊張する。
セリアは嫌じゃないだろうか。
そんなことを考えている間にエリシアとルルの話は決着したらしく、セリアの顔をちらっと見てみると少し頬が赤かった気がした。
夜も更けて順番に服を着替えて寝巻きになると、三人でベッドに寄った。
どうしようかとセリアとお互い少し顔を赤くしていると、当たり前のようにエルが俺とセリアの間に入ってベッドの真ん中で横になった。
そんな姿を見て、はは、と少し笑うと少し安心した。
セリアもエルを見て小さく笑っていた。
暗い部屋でエルを真ん中に三人川の字で横になっていたが。
すぐにエルのすぅすぅという寝息が聞こえてきた。
脅威の寝つきの速さだ。
俺はというとエル一人分の距離があるとはいえ、セリアを意識してしまうとすぐに眠れそうにはなかった。
しばらく経った頃。
セリアはもう眠っただろうか。
天井を見つめていた顔を横にずらしてセリアを見ると、セリアは顔を俺と逆のほうに向けていて分からなかった。
「セリア、起きてる?」
エルを起こさないように小声を出す。
するとセリアはゆっくり顔を俺のほうに向けた、起きていたらしい。
綺麗な髪が揺れて目が合う。
「なあに?」
可愛いなぁと、素直に思う。
剣を持っていない素のセリアはとても可憐な少女だった。
暗くてよかった、顔が熱っぽくなっている気がする。
そして声を掛けておいて別に何の話もないことに気付いた。
何をやってるんだ俺は。
ごめんなんでもない、と言うのも変だろう。
適当に話題を探して話してみる。
「セリアも魔物狩りに行くのって初めてなの?」
単純に今日少し疑問に思ったことを聞いた。
「そうよ」
何でもないようにセリアも答える。
相変わらずセリアは会話のキャッチボールなんてする気もないようだ。
そんなところも好きなのだが。
「セリアだったらもっと前でも、
イゴルさんは連れていこうとしたんじゃないかなって」
そう思った。
俺と違ってセリアは一人前認定されたのは二年前なのだ。
「お父さんには誘われたけど、なんか嫌じゃない」
嫌?
セリアは今日魔物を狩りにいくことを喜んでたのに。
「え?なんで?」
そう言うとセリアは俺の目から少し視線を逸らすと。
「私だけ抜け駆けするみたいだし。
初めて実戦に行く時ははアルと一緒にって思ったの」
言葉足らずだが、セリアの言いたいことはなんとなく伝わった。
先に剣術を始めたのはセリアだ、歳も二歳年上だ。
俺はずっと追いかけて、追いかけたいと思ってたがセリアは違ったのだろうか。
もちろん稽古の時は俺に負けたくないと真剣に剣を振っていたが。
でも、もしかしたらセリアは。
俺と対等でいたいと思ってくれていたのかもしれない。
前世の俺だったらきっと、別に気にしなくていいのに。
なんて言ってしまうんだろうな。
人に嫌われたくなくて、相手の本当の気持ちなんて考えずに当たり障りないことを言うだろう。
どちらが正しいのかは分からないが、
俺は今の自分の考え方のほうが好きだった。
「そっか、ありがとう」
そう伝えると、セリアは俺の顔を見た。
「うん……」
一言だけ言うと、顔を逸らして反対を向いた。
今彼女はどんな顔をしているんだろうか。
幸せそうな顔だったらいいな、とセリアの顔を想像すると目を閉じた。
朝になると、セリアと二人で剣術の稽古をした。
イゴルさんがいない空間は違和感はあったが、セリアがいれば楽しかった。
四日経ったが、稽古している風景に映るのは二人だけだった。
五日経つと、残っていた町の守備隊が捜索に行った。
この時、さすがに俺は心配していた。
「お父さんは強いから大丈夫よ!」
不安な顔をしている俺にセリアは自信満々に胸を張った。
そんな姿を見て、俺もそうだよなと不安を払った。
七日経つと、捜索に行った守備隊が帰ってきた。
その中にはイゴルさんの顔があった。
イゴルさんは首だけで帰ってきた。
今日はここまでにしときます。
こんな駄文を読んでくださった方がいればそれだけで嬉しいです。




