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第七話「旅の終わり」


 小一時間ほどイゴルさんとセリアを二人にし、俺は待機していた。

 二人が俺を邪険にするはずもないが、だからこそ空気を読むのだ。

 母さんやルル、クリストとフィオレにも事情を説明する必要があるし。


 母さんなどは、「早く元気な顔が見たいわぁ~」と口にしながらイゴルさんの復帰を心から喜んでいるみたいだった。

 二人は親同士、仲が良かったからな。

 イゴルさんは真っ先にセリアの部屋へ飛び込んでいったので、俺よりよっぽど空気が読める母さんは俺と同様に静観していた。

 

 セリアの容態についても話をしてくれた。

 明日にでも産まれるかもしれないと結構前から口にしていたのに、セリアは産気づかなかったらしい。


「お父さんを待ってたのかもねぇー」


 と笑っていた。

 お父さん、というのはイゴルさんのことではなく、俺のことだ。

 他の者に見られれば気味が悪いかもしれないが、ニヤニヤしてしまう。


 子供の事を考え出すと、我慢も限界になっていた。


 だって、俺もセリアと熱い抱擁をかましたかったのだ。

 一家の大黒柱としてもっとどっしり構えていないと、とも思うが……。



 結局、俺はイゴルさんが降りてくるのを待たず、リビングを抜け出していた。


 セリアと共用の自室をコンコンとノックするも、返事はなかった。

 ん……? と怪訝な目をして扉を開く。

 すると、ベッドの上ではセリアが眉を寄せていた。


「アル? 何で自分の部屋をノックするの? というか、どこ行ってたのよ」


 ちょっと、怒ってるか……?

 いや、ちょっとどころではないか……?

 

「セリア、俺は空気を読んだんだ」

「それなら空気なんて読まなくていいわよ。早くこっちに来て」

「は、はい……」


 長い艶々の金髪が揺れただけで威圧を感じてしまい、縮こまってしまう。

 そんな俺達のやり取りに、イゴルさんは「はは」と笑った。

 少し目が赤く滲んでいる気がする。


「相変わらず尻に敷かれてるのか?」

「セリアは敷いてる自覚もないでしょうけど」

「はは、邪魔して悪かったな。よし、交代だ。俺もエリシア達に顔見せないとな」


 イゴルさんはベッド際の椅子から立ち上がると、俺の肩を強く叩いて部屋を後にした。

 入れ替わるように、俺がその椅子に座る。

 するとセリアはようやく可愛らしい微笑みを浮かべた。


「アル、ありがとね。大変だったでしょう?」

「ううん、楽なもんだったよ。それより……大きくなったね」


 セリアのお腹へ視線を移す。

 セリアは普段見慣れない白いワンピースを着ていた。

 お腹を圧迫しないように余裕のある衣服だが、それでも主張している。

 ベッドで大人しくしていることから、剣など握ってすらいないだろう。

 彼女は「ふふ」と笑うと、期待するように問いかけてきた。


「ねえ、この子の名前決まった?」

「……」


 口をつぐんだのは、決まってないからである。

 もちろん、旅の道中もずっと考えていた。

 皆の意見も参考にした。

 決めてないと言えば聞こえが悪いが、決められなかったのだ。

 

 苦笑いを浮かべると、セリアの眉がピクッと動いた。

 言い逃れできない。一発殴られるのもやむなしだが、赤ん坊が生まれるまでは大人しくしてほしい。

 しかしセリアは拳を握ることはせず、「うーん」と考えるように尖った顎先を上に向けた。

 

「じゃあ、女の子の名前をアルが考えて、男の子だったら私の考えた名前にする?」

「え? セリアも考えてたの?」

「当たり前じゃない」

「いや、そうなんだけど……もう決まってるの?」


 訊くと、セリアはコクリと頷いた。

 マジか。セリアのことなら、「アルが帰ってくると思ってたから考えてないわ!」とか言い出すと思っていた。

 セリアは以前より膨らんだ胸を張り、口を開いた。


「アルみたいに賢くて強くなって欲しいから、アルから取ってアルルにしようと思うの」


 アルベルの息子が、アルル。

 

「……待って。セリアの考えた名前に文句があるわけじゃないけど、絶対ややこしくなるぞ……名前を呼ばれたら子供と一緒に振り向く未来がまざまざと目に浮かぶっていうか……」


 それに、どっちかっていうとアルルは女の子っぽい。

 

「だって、どうしてもアルに寄せちゃうんだもん」


 唇を尖らせ、ぱっちり開いた瞳で俺を覗き込む嫁は可愛すぎる。

 このギャップを味わえるのは俺だけだ。

 しまらない顔で「そっか、そっかー」と納得してしまう俺。

 うむ、ならばと。

 その理論でいえば俺も女の子だったらセリアみたいな子になって欲しいし、セリアに寄せようかなと。


「じゃあ、女の子だったらリリアがいいな」


 旅でいくつも考えた、候補の一つだった名前でもある。


「アルの考えた名前ならいいけど、ややこしくない?」

「アルルよりかは分かりやすいと思うよ……」

「そう? なら決まりね」


 二人で笑みを浮かべると、セリアはお腹を少し撫でた。

 お腹の子を気遣い、抱き合ったりはしなかったが、充分だった。





 足取りの重いセリアを支えながら二人で階段を降りると、リビングへ顔を出した。

 温かく家族と仲間に迎えられると、席につく。

 テーブルを囲んでいる一席についているイゴルさんに自然と視線がいく。

 何でかって、頬に平手を放たれたような跡があるから。


「イゴルさん、どうしたんですか? その頬」

「い、いやぁ……はは……」


 空笑いばかりのイゴルさんを横目に、エルが呆れるように口を開いた。


「お母さんのこと、老けたってげらげら笑ったから。さすがにお母さんも怒るよ。心配してただけに」


 同じ席に座っている母に視線を移すと、我らの母エリシアは氷点下の微笑を浮かべた。

 その笑顔にイゴルさんは凍りつく。しかし……よくこの美貌を保っている母に老けたなどと抜かせるものだ。

 逆に感心すらする。


「お父さん……相変わらずデリカシーがないのね」


 しかしキッと睨みつける娘には、イゴルさんは髪を掻いて居心地悪そうにするだけで、表立った反応を示さない。

 他人事とはいえ、俺は慄いてしまうというのに。

 セリアの暴力を受けたことがないゆえに、だろうか。

 いや、単純に父親とはそういうものなのかな……。

 

 ようやく全員が揃った一家で、俺達は楽しく過ごした。

 イゴルさんはクリストやフィオレともすぐに溶け込んでいた。

 旅の途中で二人の説明を何度もしたし、逆に仲間も同様である。

 すぐさま、初対面とは思えない間柄になっていた。

 

 俺がカロラスを出てからの、

 長く続いた旅の終わりを感じたのはその夜のことである。

 まるで俺を待っていたかのように、セリアのお腹にいた子が動き出した。




 前もって準備をしていたのか、女性陣の動きはてきぱきとしていた。

 男達はセリアを部屋に運ぶと放り出され、待機を余儀なくされた。


 俺は落ち着きなく廊下を歩き回り、時には走り出し、部屋から飛び出してきたエルから「うるさい!」と珍しく怒鳴られることもあった。

 壁に耳を当てる俺をランドルが引き剥がしたり。

 とにかく時間の経過が永遠にも感じられ、俺の服は汗でびっしょりになっていた。

 落ち着けと、ほとんどの時間をイゴルさんとクリストに押さえつけられながら過ごしていた。



 二人が篭めた腕の力を抜くのは、廊下まで響いてきた声と同時だった。

 オギャァと、元気の良い声が耳に通っていく。

 体が解放されたというのに、頭の芯が痺れたように、俺は硬直していた。

 

 もう、入っていいか……?


 そう思うまでにどれ程の時間を費やしただろうか。

 しかし思考に意味はなかった。

 向こう側から扉が開いた。


 エルが少し汗を流しながら、ニコッと笑みを浮かべた。

 体は動き出し、俺はまろび出るように部屋に入り込んだ。


 道を空けられるままにベッドへにじり寄ると、汗によって艶を増した髪を揺らし、白布に包まれた泣き喚く赤子を抱くセリアの姿。

 俺を見ると笑い、少し疲れた様子で口元を動かした。


「アル、女の子だって」

「あ、うん……リリア……」


 呆然としていて頭が働かない俺。

 セリアは、「ほら」と差し伸べるように、俺を赤子に導いた。

 手渡されると、落としたらまずい、とようやく意識が覚醒する。

 薄ら生えている髪は、赤茶だ。

 くしゃくしゃになった目元から薄ら見えるのは、セリアと同じ色。

 俺達の子だ。

 

 この元気よく泣いてくれている子は俺が弱かったせいで、生を受けれなかったかもしれないのだ。

 涙が溢れそうになるが、ぐっと堪えた。

 早速、弱くなってしまったら意味がないじゃないか。


 ずっと、この子に言いたかった事があったのだ。

 俺は旅の終わりに、昔の弱かった自分と決別するように。

 胸の中のリリアに、囁いた。


「ごめんな……」


 これからは、リリアとリリアの母さんを守れるように頑張るから。


 リリアは俺の気持ちを知ってか、それとも耳元に掛かった息が煩わしかったのか、一際大きく泣き始めた。


 優しく娘の頬を撫でると、長かった俺の旅は終わった。





 それから――二ヶ月後。


 セリアはすっかり以前と同じように剣を振るようになった。

 そこにはイゴルさんの姿もあり、いつものように見に徹しているエルは、いつの間にかクリストが作ったらしいベンチに腰を下ろし、リリアを抱いている。

 

 帰ってからイグノーツと話し合い、闘神流の道場について話を煮詰めた。

 現段階でかなりの数の入門希望者がいて、気が早い者などは屋敷を訪ねてきたりするのだが、本格的に動き出すのは明日からだ。

 明日から、俺達が積み重ねてきた剣術を世に知らしめることになる。

 俺達の流派は闘気を存分に使うということで道場は広く、セルビア王国の中にあるとはいえ隅のほうにある。

 

 俺達としては誰がトップになるか、などは気にしたことはないのだが。

 自分でも理解できないほどの上達を見せる俺の腕前や、大半の入門者は俺の噂を聞いてのことだというので、俺でいいだろうと話は決着していた。

 しかし、俺は気になっていた。

 レイラの力を借りず自らの闘気だけで戦えば、一番強いのはイゴルさんではないかと。


 事の発端は、俺がそんな事を口にしたことからだった。

 イゴルさんは一瞬、何を言い出すのだと俺に訝しい眼差しを向けるも、すぐにニッと笑った。


「なら、やろうぜ。今思えばセリアが欲しければ俺を倒していけ、とか言ってたよな俺」


 確かに言っていたが、今の発言はとってつけたような物言いであった。

 というか既にセリアはもらっているし、イゴルさんも目覚めた時に祝福してくれた。


 逃げるように視線を彷徨わせると、セリアは笑っていた。

 クリストは「ん、どこでやるんだ」と腕を組んでいた。

 フィオレは「わぁ」と瞳を輝かせている。

 エルはどうでもいいのか、リリアを撫でて頬を綻ばせている。

 ランドルだけが凄まじい目力を俺に送り、ぽつりと言った。


「やってこい」


 有無を言わさない圧力を感じ、俺は「うん」と頷いてしまっていた。

「よし!」とイゴルさんが俺の背中を押すと、俺達は歩き出した。

  


 しかし、二人だけだった。

 イゴルさんが俺と二人だけがいいと進言すると、元々行く気のなかったランドル以外は「本人が言うなら仕方ないか……」と納得した。

 娘のセリアは俺とイゴルさんが立ち合うと聞いたら黙ってないだろう……と思っていたのだが、意外にも大人しく屋敷に留まった。


 二人で雑談しながら歩いていると、飄々としているイゴルさんからは重苦しい雰囲気を感じない。

 誰にも介入されない場所ならどこでもいいだろうと、俺の足は自然と道場へ向かっていた。


 中に入ると、明日から仕事場になるんだなぁ、と感慨深く全体を見回す。

 イゴルさんは中央へ向かうと、振り向いて剣を抜いた。

 セリアが大事に持っていたイゴルさんの剣だ。

 俺も腰から白桜を抜く。

 鳴神は役目を終えてくれたので、雷鳴流に返す日まで部屋でゆっくりしてもらっている。

 

 二人で対面すると、俺は訊いた。


「えっと、ルールはどうしましょう。昔みたいな感じでいいですか?」


 教えるように俺の剣を受けてくれていた昔の稽古のように……なんて俺の軽い気持ちは一瞬で吹き飛んだ。

 イゴルさんは俺から目を逸らさず、闘気を解放した。

 恐らく、全ての。

 道場が燃え上がるように、青い闘気に包まれる。

 

「あ、あの……本気ですか?」


 俺を殺す気か。

 そんな事すら頭によぎってしまう。

 イゴルさんはコクリと頷いた。


 とてつもない威圧感の中、息苦しさから逃れるように俺も闘気を解放する。

 やはり、負荷を感じない。

 持ちうる限りの闘気を解放すると、蒼の闘気に俺の真紅の闘気がぶつかる。

 しかし、全力でも俺の方が小さい。

 イゴルさんは「ほう……」と息を吐いた。


「アル、負荷を感じないのか?」

「えぇ、不思議なことに」


 一体どうなっているんだろうか。

 以前なら、こんな闘気を纏えば死を覚悟していた。

 体が丈夫になっているわけではない、だとすれば、魂が強靭になっているとしか考えれない。

 しかしイゴルさんは俺の思考を遮るように、続けた。


「アル、それが全力か?」


 もちろん、そうである。

 

「はい。これが俺の全力です」

「嘘つけ。クリストさんから聞いたけど、精闘気ってのがあるんだろ?」

「ま、まあ……レイラの力を借りれば……」

「使えよ。それとも舐めてんのか?」

「そんな訳ありませんよ」


 なんか、怖いな……。

 ギラギラと燃え滾るイゴルさんの闘志に体が強張ってしまう。

 すると、イゴルさんは申し訳なさそうに少し下を向いた。


「悪いとは思ってる。これは俺の我儘なんだ」

「我儘?」

「あぁ。俺より強い息子が人間なら、俺も人間だろう」


 ……イゴルさんは俺が想定していたよりも、苦悩を抱え込んでいたのかもしれない。

 これは勝つ負けるとか、そういう類の立ち合いではない。

 強く瞳を閉ざすと、凛とした男の声が耳に通る。


「それに、全てのものがお前の力だろう。精霊に限らず、慕ってくれる仲間も、家族も、全部な」


 何も言わずとも、レイラが俺と混ざり合う。

 俺の闘気は変貌し、生まれ変わるように白光する。

 イゴルさんの巨大な闘気を押しのけ、俺は目蓋を開き、剣を構えた。

 己を上回る闘気に、イゴルさんは「はは……」と笑った後、満足気に唇を結んだ。


「ランドルが言った通りだな……」

「はい?」


 訊きかえすも返答はなく「いや」とイゴルさんも剣を構えた。

 同じ構え。寸分違わない。

 名乗りも、合図も特にない。


 お互いの闘気の流れが合図だった。

 足に闘気を同時に集束させる。

 基本であり奥義。闘神流、風斬り。


 キィンと剣が交差する。

 長く続くと予想される剣戟が鳴り響く。

 ぶつければいい。これまで積み重ねてきた、己の集大成を。

 

 何度も剣をぶつけ合い、「ははっ」とイゴルさんは力で押し負ける度に笑った。


 

 剣戟の果ては、さすがにやりすぎたのか、セリア達が道場へ駆け込んできた。

 ひたすら成長した剣を見せるようにぶつけていたが、慌しい仲間の姿に我に返ると、イゴルさんの剣を蹴り払い、俺とイゴルさんの立ち合いは終わった。


 ――と思っていたのだが。


 無惨な姿と化した道場で入門生を迎えるのが絶望的なのは誰の目から見ても明らかであった。


 最後は、明日を楽しみにしていたセリアから二人して殴られ、意識と共に立ち合いの幕は下りたのだった。


外伝、父親編はこれで終わりになります。

お付き合いくださった方、ありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったです 中弛みもなく、走り抜けるように進むストーリーに引き込まれました
[良い点] 初めてなろうで感想を書かせていただきますが、ちょっとビックリするぐらい心を撃ち抜かれてしまい、少なくとも数年は忘れられないだろう名作になりました。マジで面白かったです!感動をありがとう。
[良い点] サクサクテンポよく進むしTUEEEE系なのに不快感もないし面白かった すれ違いもソフトな感じでストレスフリーだったし読みやすかった 再会シーンもラストシーンも感動的だった [気になる点] …
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