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第五話「懐かしの冒険者」


 基本的には走ったり歩いたり、それだけである。

 無口な娘とは違いよく喋る父、イゴルさんはある種病み上がりなのに一番元気だ。

 昔とは打って変わり俺が質問攻めを受ける事が多い。

 話の種は無限にある。

 

「お兄ちゃん、海竜絶滅させたの。ふふ」


 とエルが妖艶な笑みを見せて俺達を戦慄させたり。

 少年期に繰り広げてきた旅の昔話に花を咲かせたりもする。


「アルがルクスの迷宮を攻略したのか!?」


 と、昔は冒険者だった師匠が驚いたり。

 周囲から見れば偉業なのかもしれないが、俺としてはいささか複雑だったりする。

 それが正しい行いだったかといえば微妙だからだ。

 まぁ、師匠から感心されて悪い気はしない。

 つい「へへへ」とイゴルさんの前では胸を張ってしまっていた。

 

 どれほど強くなったか見せてみろとか言われて剣を向けられたらどうしようとヒヤヒヤしていたが。

 意外とイゴルさんはそっち方面では大人しかった。

 俺とランドルも日課の稽古は旅を始めてからしていない。

 とにかく、早く帰る方針にイゴルさんも心から同意しているようだ。

 

 しかしそんな急ぎの旅に申し訳ないが、少し遠回りながらも俺の足はデュランに向かっていた。

 一直線にドラゴ大陸を横断するべきなのだろうが、俺はクリストと歩んだ旅の道しか知らないのだ。

 大体の当たりをつけて最短距離を進んでもいいのだが、どうせなら知ってる道で帰り、心配を掛けた人達に顔を見せる方がいいだろう。


 エルを背負ってしまえば、足の速い俺達はすぐにデュランへ到着していた。

 日も落ち始めているし、今日はここらで一泊するのもいいかもしれない。

 

 全員で町へ入ると、俺は思いだす。


「金……ないな……」


 町に滞在するとなれば死活問題である。

 呟くと、イゴルさんは首を傾げながら問いかけてくる。


「ドラゴ大陸でも金を払わないとダメなのか?」

「そりゃダメですよ。魔族の前でそんな事言ったら怒られますよ。――いや、そういえばバーンさんに金払ったことないな……」


 腰に掛かった白桜に視線を落とす。

 更には鳴神の鞘にも。

 金を払えと言われたこともなければ、払おうとしたこともない。

 問題かもしれない。

 しかしないものはないしな。

 というか、宿代すらない。


「お兄ちゃん、ドラゴ大陸にも冒険者ギルドあるんでしょ? 稼ぐ?」

「あー……ありかも。さすがに一年近くも無一文で旅をするのは不安だしなぁ」


 一応皆の顔を見回すと、承諾するように頷いた。

 道中襲い掛かってきた魔物は全部焼いてしまったし、ギルドでちゃちゃっと依頼をこなすのがいいだろう。

 俺達は足早に四人でデュランの冒険者ギルドに足を運んだ。



 中に入ると、人種が四人もいるからか、ぎょっと視線が集中する。

 物怖じしない我らが旅の仲間達は「へえ」と魔族達を眺める余裕すらある。

 一番慣れているはずの俺だけが「う」と顔をしかめていて情けない。

 

 しかしつま先は壁に掛かっている依頼の紙へいく。

 俺も魔族語はできても字にはあまり自信はない。

 一つだけ、認識できる字があった。


 竜……か。


 一匹狩れば一年程の旅なら余裕だろう。

 問題は場所だな。遠すぎたら別の依頼に変えたほうがいい。

 とにかく、今は仲間に何も言わず、カウンターへ依頼紙を渡して訊いた。


「これの詳細を教えてもらっていいですか?」


 どこへ行っても共通、美人受付嬢が「はーい」と暢気な声を上げる。

 

 依頼は炎竜がなんと三匹。

 珍しく群れているのか、と思えばそういうわけではなく、どうも三匹が喧嘩しているらしい。

 放っとけばその内二匹死んで楽になるのでは、と思ったのだが、その山は魔族がよく赴く地であり、早々に解決する必要があるということ。

 場所は近所だ。本気で走り、早々に問題を解決すれば朝方には帰ってこれるだろう。


 冒険者カードを提出すると、依頼は受理される。

 皆に向き合う。


「ささっと俺一人で行ってくるよ。一晩は掛かりそうだし今夜は宿に泊まれそうにないけど、ごめんね」

「なんの依頼なの?」

「炎竜が近くにいるんだってさ」


 竜、と聞くと三人がピクっと反応する。

 俺はもう見飽きているが、俺が竜とよく絡んでた頃は皆居なかったからな……。

 するとランドルが淡々と進言する。


「俺も行くか。待っててもすることねえしな」

「なら俺も行こう。鈍ってるだろうし、自分の体のことは確かめときたいからな」


 イゴルさんが拳を弄ぶようにゴキゴキと鳴らした。

 まぁ、俺もイゴルさんの身体能力がどうなったか気になるところではある。

 あの闘気の奔流を見る限り、竜に遅れはとらないだろう。

 しかしそうなると、エルが……。

 

 妹に視線を向けると、エルはきょとんと小首を傾げる。


「お兄ちゃん? どうしたの?」


 この可愛らしい妹を一人にするのはまずいだろう。

「うーん」と悩んでいると、イゴルさんが「は?」と。


「エルって大人しく待ってるような子になったのか?」

「なってないよ」


 エルが即答する。

 うん、もう飽き飽きしているやり取りだ。

 時間の無駄だな。


「行きましょうか」


 ひたすら苦笑いを浮かべると、俺達は冒険者ギルドに続きデュランを後にした。




 数時間程進み、すっかり月が照らすだけになった山道へ辿りつくと俺は振り向いて今更ながら説明する。


「実は、竜は三匹居るので、山を走り回らないといけません」

「早く言えよ……」


 ランドルは目を細めて嘆息するようにぼやいた。

 しかしイゴルさんは、むしろ面白がるように「ほぉ」と口角を吊り上げた。


「なら別れようぜ。どーせアルが全部やっちまうんだろうなぁってちょっと退屈だったんだ」

「いえ、それは危険ですので……いいですか、竜というのは獰猛で……」


 説くように言うと、俺の頭にイゴルさんから拳骨が落ちてきた。

 軽くだ。

 怒っているわけではないようだが……。


「俺も竜を狩ったことがないわけじゃない。自暴自棄に言ってるわけじゃないさ」


 ……師匠にそう言われたら止めるのは憚れる。

 というか、最初に静止したのも弟子として生意気だ。

 少し反省し、頷きで返すとイゴルさんはニッと笑った。


「じゃ、ランドル。行こうぜ」

「あぁ」


 へ?

 当惑した俺を無視し、自然に二人で歩いていく。

 二人は振り返ることもなく、山の中へ消えていった。




 ----------


 イゴルとランドルは無言で山を歩いていた。

 背後にアルベル達の気配を感じなくなると、イゴルがランドルを横目に口を開いた。


「なぁ、なんか俺に言いたいことがあるのか?」

「別にねえよ」


 イゴルが訊くも、ランドルは淡々としていた。

 金髪を掻き、「んー」と苦笑いを浮かべる男にも、ランドルは屈強な面構えを崩さない。

 話を切り替えるように、イゴルは訊いた。


「ランドルって、カロラスで昔セリアと揉めてた奴だろ?」

「あぁ。知ってたのか?」

「争ってるところは見たことない。たまに顔を腫らしてるお前を見かけて、セリアがやったんだろうなぁって思ってた」

「へえ」


 驚いた表情も見せないランドルに、イゴルはまた空笑いを浮かべた。

 会話を繋げながらさりげなく訊こうとするも、無口な男はイゴルの言葉を受け止めるだけで投げ返してはこなかった。

 イゴルは単刀直入に訊く。


「セリアのこと嫌ってたりするのか? 俺の娘は謝ることなんて知らないだろ」

「嫌ってねえし、あいつは俺に謝らないとならない行動なんて一つもとっちゃいねえ」

「お前の器はでかいんだろうな」

「でかくねえよ。むしろセリアには感謝してるくらいだ」

「殴られてただけなのに?」


 ランドルは少し頷いた。


「止められて、良かったと思うこともある。多分、あの時奪ってたら、さすがに……」


 珍しく、ランドルにしては歯切れ悪く、自らに囁くようだった。

 追求しようとイゴルが口を開こうとした瞬間――。


 ジャリッと石が地に跳ねる音。

 それは何かが動いた際に生じた異音だと察すれば、二人は押し黙った。

 しかしその方向へ直進する。

 目的は、その獰猛な生物の討伐なのだ。


 遠くで発した音で、それが魔物という確信はなかったが、近付く程に二人の足取りは慎重なものとなった。

 雄雄しい生命力を目に映す前から感じる。

 木々を抜けると、削られた岩の上に――居た。


 眠っている、炎竜。

 その姿から、先ほどの音は尾を動かしたものだと二人は推測する。


 普通ならば、眠っている隙に仕留め、楽に一体を葬ることができる状況。

 竜が察知できないほどに、二人の気配消しは完璧なものだった。

 

 しかし、イゴルはランドルの胸筋を軽く押しのけ、一歩前に立つ。


「悪いな。試していいか?」

「好きにしろ」


 先ほど自暴自棄ではないとアルベルに述べたというのに、イゴルは剣を抜く。

 ランドルの承諾を得ると、イゴルは闘気を解放させた。


 蒼炎の闘気が周囲を焼き尽くすように威を示し、竜は瞳をぱちっと開き、二本足で立ち上がる。

 イゴルは更に闘気を放出する。

 負荷がない、と理解できるほどにはイゴルは己の体について冷静に判断を下していた。

 底なしに感じるが、底まで乗せても大丈夫だと。

 イゴルが全ての闘気を乗せて竜を圧する。

 鼓膜を引き裂くような咆哮をかき消すようにも感じられる闘気。


 炎竜のブレスが集束すると、イゴルは駈けた。

 一瞬で竜の間合いに入り、懐の中。

 地に刺せば折れるような平凡な剣で、イゴルは炎竜の強靭な鱗に包まれた両足を切断する。

 姿勢を崩し、翼を羽ばたかせ逃走する行動を見せる炎竜。

 その首に、イゴルは疾走した。

 

 刀身の二倍はある太い首も、薙ぎ払うと剣圧と共に飛んでいく。

 あっさりと、竜は力尽きた。


 強大な敵を討ったと誰もが歓喜する状況。

 しかしイゴルは剣を収め、闘気を魂にしまいこむと自らの両腕を広げ、確かめるように拳を握る。

 あれほどの闘気を乗せたのに負荷は一切ない。

 それなのに、イゴルの面持ちからは哀愁が漂っていた。


 結果は分かっていたのか、ランドルは毅然とイゴルに歩み寄る。

 少し俯くようなイゴルに、ランドルは腕を組み、口を開く。


「嬉しくなさそうだな。お前、目を覚ましてからずっとだ」


 それは間違いだと、イゴルは首を振った。


「嬉しいさ。生きて娘の元へ帰れることも、皆が俺の為にここまでしてくれた事も、全部な」


 しかしランドルも首を振る。

 そういう意味じゃねえと言いたげにあごをしゃくった。


「寝てる間に勝手に強くなったんだ。人生の一部を奪われた見返りとでも思っておけばいいだろう。俺はお前が羨ましいくらいだ」

「なんか……自分が人間の枠から外れたような感じがしてな」


 肩を落とし、軽く腹を擦ったイゴルを察し、ランドルが鋭い眼光を寄せた。


「やっぱり腹、おかしいんだろ」

「あぁ、何か言いたげだったのはやっぱりそれか」


 得心がいったと、イゴルは苦笑いを浮かべる。

 

「腹が減らねえし、食っても満腹にもならないし、排泄もいらない。味覚も、そのせいで狂ったのかは知らんが、最近はあんまり味がしないなぁ。闘気を乗せても負荷もないし、化物にでもなった気分だ」


 打ち明けるイゴルに、ランドルは「ふん」と鼻で笑うようだった。


「降って湧いた力でアルベルやセリアより強くなったとでも思って、妙な罪悪感でも感じてんのか?」

「まぁ……」


 それは当たってるなと、イゴルは後ろ髪を掻いた。

 しかしランドルは屈強な面持ちのまま、口を開く。


「セリアは分からないが、アルベルに限っては断言してやるよ」

「ん?」


 ランドルは軽く瞳を閉じ、薄めを開けるとイゴルを見据えた。


「アルベルはお前より強い。化物なんて呼び方はあいつに使うのが正しい」


 今現在、己の力を認識したイゴルには信じられなかった。

 もちろん、アルベルが強くなったことは道中の魔物を斬り捨てる剣筋で把握していた。

 しかし闘気というものは、時として全てを覆す力になる。

 闘気のコントロールを極め続けてきたイゴルは、自分の力をはっきりと認識していた。

 

 イゴルが煮え切らない表情を浮かべるも、ランドルは意見を曲げなかった。

 

「行くぞ。竜なんてエルが居ないと燃やせないしな」


 傍から見ればランドルが年上のようで、イゴルは少し肩を落とした。

 もはや振り向きもせず、帰ろうとするランドルの背を、イゴルは重い足取りで追いかけた。




 -----アルベル-----


 結果から言うと、俺とエルの竜討伐はあっさりと終わった。

 遠くから感じたイゴルさんの闘気を見るに、竜の一匹など瞬殺だっただろう。


 こっちは多分、もっと楽だった。


 山頂のほうへ行くと、既に二匹の竜が争っていたのだ。

 隙をつくというか、侵入者に気付きさえもしない竜達に闘波斬を打つと一撃で亡骸になった。

 魔石の回収すらせずエルが竜を燃やして、もう帰路である。


「ドラゴ大陸の貨幣価値は知らないけど、向こうの大陸じゃこの一晩だけで何年分も稼げるって思うと、お兄ちゃんは凄いね」

「俺じゃなくてもあっさり竜を倒せる人は俺が知ってるだけで結構いるし、そう思うと俺の稼ぎ方はセコイかもね……」


 剣術に真摯に取り組み、派手に稼ぐことはせず道場の運営でやりくりしているのだ。

 俺の貯蓄など、大半が竜討伐から得た報酬である。

 まぁ、全て降りかかった災いを払っている内に稼いだ金なのだが……。


 いやいや、と。

 首を振ってこれからの事を考える。

 結構な大家族になってるし、貯金はあったほうがいい。

 それにこれからは俺も己の剣を磨き、誰かに教示することで生活していくのだ。

 俺も仲間入りだ。うん。


 しかし、金がないほうがいいかもしれないとも思う。

 子供が生まれたら、きっと俺は親馬鹿になる。

「パパ、あれ買って」とか言われたら何でも買ってしまう自信があるぞ。

 金が尽きるまで。

 相当我儘な子になるに間違いない。

 

 いや、セリアは厳しいかもしれないし、俺は甘やかしていいだろう。

 よし、溺愛しちゃうぞ。とか甘えを正当化していると、この世界で嗅いだことのない匂いが漂う。

 硫黄の香り……?


「お兄ちゃん?」


 ふらふらと道なき道を行く俺にエルから声が掛かるが、お構いなしに突き進む。

 

 草を掻き分けながら歩を進めると、あった。

 闇夜に湯気がたちこめている。

 その空間は整えられており、人の手が入っていることを物語っていた。


 これは――温泉か。

 そういえばクリストが言っていた。

 ドラゴ大陸には、あるのだと。

 あぁ……魔族がよく赴く山だから問題になっているというのは、温泉のことか。


 俺の背に続いてきたエルも「わぁ」と口を開けて湯気に視線を向けた。

 

「エル。俺は今から裸になる。後ろを向いててくれ」

「ん、いいけど……」


 グレーのコートを脱ぎ捨てると、途端に我に返る。

 エルも銭湯好きだったし、これは俺、酷くないか?

 妹より先に入ろうとしている。

 兄として、あんまりではないか。


「いや……やっぱりエルが先に入る?」

「入らないよ。また見られたら……嫌だし……」


 げっそりとエルは下を向いた。

 嫌な記憶を呼び起こしてしまったのか。

 また、というなら相手はランドルしかいないだろう。

 そっちの気があるんじゃないのと思うくらい、ランドルはエルに興味を示さないのだが。

 妹の美貌にびくともしないなんて、男として欠陥があるに決まっている。

 ……ランドルの趣向は一先ず置いておくとして。


「入りたいなら見張っとくよ? 俺も昔と違って敏感になったから、誰かが近付いたらすぐ分かるし」

「本当? なら、いいかな……」


 言いながら、エルは急にローブを脱ぎだした。

 ミルク色の太ももが露になった途端、俺はすぐさま目を背けた。

 相変わらずだ。

 見られたくないというなら、もう少し気をつけてもらいたいものだ。

 布が擦れる音に、なんとも微妙な心境で俺は地面に腰を下ろした。



「きもちい……」


 エルのうっとりとした声が静寂に響く。

 肌が艶々になるらしいぜ、とか知識を振りかざしたいところだが、エルは元々だ。

 俺は押し黙り、瞳を閉ざして侵入者にだけ注意を向けていた。

 

 ちゃぷんと水滴が落ちる音と共に、エルが他愛ない話を振ってきた。


「お兄ちゃんも帰ったら、お父さんだね。どんな気分?」

「正直実感ないね……カロラスを旅立ってから慌しすぎたし、どんな生活をするのかすら想像できないよ」

「そんなものなのかな……」


 どこか子供っぽいエルが、ちょっと心配になる。

 

「エルはどうするのさ。一生独り身でいるつもりだったりするの?」

「さあ……どうなるのかな。私が誰か男の人連れてきたらお兄ちゃんはどうするの?」

「そりゃ、厳格に審査するよ」

「どうやって?」

「んん、俺を倒してみろ……とか?」

「無理じゃない」


 呆れるようなエルに、うーんと腕を組む。

 そりゃ、倒さないと認めないとかそんなめちゃくちゃは言わない。

 妹を任せられるほど男気があるのか見極めたいだけだ。

 それで言えば俺はある種失格だったから、人のことはとやかく言えないのだが。

 

「エルはどんな人がいいの?」


 次はエルが「うーん」と思考する。

 そして、ぽつりと言った。


「フィオレとか、可愛いなって思うけど」

「えぇ!?」


 取り乱して振り向いてしまうと、「え?」と無垢な表情で俺と顔を合わせる妹。

 横からだが、一部露になった裸体を目にしてしまい、再び視線を逸らした。

 いけない。

 エルでなければ、問題だ。

 いや、湯に浸かってる女の子の横にいる時点で、もうあれだが。


 というか、そんな話をしている場合ではない。


「エルって……実は女の子が好きだったの?」

「別に男の子、女の子って気にしたことないし、女の子が好きってわけじゃないよ」

「そう……か……」


 どこか安心する心境でもありながら、エルとフィオレが絡み合っているのを想像してなんともいえない心持ちでもある。

 

「変な想像しないで。フィオレとそうなりたいって思って言ったわけじゃないよ」

「あ、そうなの?」

「うん。本当にどうしようかな。落ち着いたら一人旅でもしようかな……」

「えぇ!?」


 また振り向いてしまうと、訝しく「なに?」とエルは俺を横目に膝を立てて裸体を隠す。

 いかんいかんと顔を戻す。

 しかし一人旅など、何があるか分からないし……。


「何かあったらどうするつもりなんだ。もし行くにしても、百人は護衛をつけて……」

「はぁ……大丈夫だよ……」


 うんざりするような視線を背中ごしに感じるが、そう簡単に引くこともできない。

 すると、エルが続けた。


「だって、私の世界って狭すぎてなにも分かんないんだもん。どんな人がいいのかすら、分かんない」

「ふむ……」


 兄として、一緒に考えてあげるほうがいいかもしれない。

 

「逆にこういう人は嫌みたいなのってあるの?」

「ムキムキ。無口。ガサツ。黒髪、黒目」


 すらすら出るなぁ。

 結構タイプはっきりしてるんだなぁ。

 とはならない。

 今、この山にいる一人の男の特徴を述べているだけである。


 エルが「はぁ」と息を吐くと、ざぶんと水音が響いた。


「もう出るね。お兄ちゃんも入ったら」


 どこか冷たく感じる物言いだが裸であるエルのほうを見ることはできず、俺は「はい……」となぜか畏まっていた。



 

 俺の番になり、湯に癒されていると草陰が動く。

 近付いてくる気配には気付いていたので、警戒せずにだらけていた。


 すると、あらわになった人影達が肩を竦めた。


「アル……何やってんだ?」

「温泉に、入ってます。二人もぜひ」


 手招きすると、二人はエルが木陰に背を預けているのを確認する。

 エルは微動だにせず、静観を決め込んでいた。


 困惑しながらも二人は促されるままに鎧と服を脱ぎ、湯に足をつけた。

「おぉ」と初体験なのかイゴルさんが笑みを浮かべ、胸まで浸かると気持ちよさげに息を吐いた。


 そしておもむろにランドルの肉体に視線を移し、感嘆する。


「ランドル、逞しいな! 女の子にモテるだろ?」

「別に、そんな事ねえよ」

「イゴルさん。こう見えてランドルはなんと……まだ男になってないんです」

「……は? 女が苦手だったりするのか?」


 悪寒が走ったのか、湯の中で身をよじるイゴルさんに、ランドルは「違えよ」と眉を寄せる。

 

「ランドル、仕方ないよ。俺もちょっとそんな風に思ってるぐらいだから」

「ふざけんなよ……」

「冗談だって。まぁ……大体分かってるよ。男の子とか女の子とか気にしたことなくて、女の子が好きってわけじゃないんでしょ?」

「……お前何言ってんだ?」


 本気で意味が分からないと、ランドルは蒼然とした。

 あれ……エルと似てたから、受け売りで俺は察してるぜと温かい眼差しを向けたつもりなのだが。

 ふむ、なら……。


「逆にこういう子は嫌、みたいなのあるの?」

「銀髪、赤目、無駄に胸がでかい奴。ブラコン。魔術師――」


 エルより詳細に述べ、普段無口なくせにまだまだ止まらないランドル。

 やっぱり同じじゃないか、と思う前に、やばいとも思う。

 本人の前でこれはまずいぞ。

 エルの方向を見ると、俺は「あれ?」と素っ頓狂な声を上げる。

 エルがいないぞ。

 話に夢中になっている間に、どこへ……と思考する前に、空より降り注いだものがあった。


 火球……?


 まさか、まだ竜が――! と開きっぱなしだった口を閉じ、気配を探るも魔物はいない。

 その間に、火球は温泉に落下していた。

 ぐつぐつと煮え上がり、「うおおおっ」とイゴルさんが真っ赤になった体で温泉から這い出るように逃げ出す。

 

 俺も軽く火傷した体を冷やすように地面を転がった。

 悶える中、痛みに強いランドルだけが「チッ……」と苛立っていた。



 その後、エルは暗闇から姿を見せた。

 服を着た後、俺とイゴルさんは火球を作り出した本人から軽く治療を受けるも、ランドルは無視されていた。

 ランドルも「治せ」と口にすることはなく、どんよりとした雰囲気でイゴルさんの狩った竜を燃やし、山を降りた。




 朝方になるとデュランへ帰り、受け取った報酬で人数分の部屋を取って熟睡した。

 一日どころか半日体を休めただけで、俺達は旅を再会しようとしていた。


 皆には町の入り口で待っていてもらい、俺は工房に顔を出していた。

 中には、毎度のこと錬鉄を叩く男。

 意外にも、俺が来店するとバーンは長い髭を揺らし、俺を見据えた。


「あ? 生きてたのか」

「はい。丁度寄ったので、お世話になったお礼を――」

「そうか。俺は仕事中だ。邪魔だからもう帰りな」

「邪魔する気はないんですけど、あの、鞘やら作ってもらったのに一銭も渡してないんで……」

「いらねえよ。俺は他の魔族と違って真面目に仕事してるから結構金持ちなんだ」

「それでも――」


 俺が引き下がらないとわかると、バーンは持っていた鎚を放り投げた。

 俺の顔面に向かって。

 さすがに食らえば死んでしまうので、避ける。

 

「いらねえって言ってんだろ! さっさと帰れ!」

「は、はい……」


 お礼に来たのにキレさせてしまったと、落胆しながら背を向ける。

 扉を潜ろうとすると、背後から声だけ掛かった。


「大事に使えよ」


 恐らく、鞘と白桜、両方のことを言っているのだろう。

 バーンの恩返しはそれが一番なのかもしれない。

 俺の顔は見えていないだろうが、笑みを浮かべて一言だけ置いていく。

 

「はい」


 バーンは返事をすることもなかったが、俺は満足しながら仲間の元へ歩を進めた。


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