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第三話「転移」


「美味い……美味いぞ」

「ほら、やっぱり私がいて良かったでしょ」

「あぁ……思い出してしまうともう野蛮食には戻れない……」


 国を出てすぐ、一日目にしてエルのありがたみを実感するのだった。

 魔物の丸焼きに慣れすぎているだけであって、舌が馬鹿になっているわけではないのだ。

 美味いものを食えば感動もする。

 昔の旅はこの調理された魔物の肉や野菜が当たり前のように並んでいたわけだが、いつから狂い始めたのだろうか。

 昔からエルについてくるなと言いながら、居なかったらやばかったなと思い直す事の繰り返しだ。

 

 焚き火の傍で眠っているイゴルさんに味あわせてあげられないのが残念だ。

 ともあれ、ルクスの迷宮で転移させてもらえれば、このペースなら遅くても二ヵ月後には鬼族の村に降り立っているだろう。


「そういえば、イーデン港って船出てるの? ルカルドはまだ廃墟みたいになってるんじゃないの。お兄ちゃんは海でも走れるけど」


 エルがランドルに目をやるが、「俺も今は走れる」と一言。

 いつの間に練習したのか知らないが、水上の闘気の扱いを心得ているらしい。

 もし転移できなければ三人を強引に背負って走るつもりだったが、その心配はなさそうだ。

 というか、まだ言ってなかったな。


「レイラの話だと、もしかしたらルクスの迷宮のボス部屋で転移させてもらえるかもしれないんだ。ダメだったら無駄足になるけど、まずは迷宮に寄るかな」

「そうなんだ……」


 う……とかなり嫌そうに眉尻を下げるエルの心境は分かりやすい。

 嫌な思い出しかないのだろう。

 俺は二度もボス部屋に足を踏み入れているが、特にいい思い出があるわけではないし似たような気持ちだ。

 ランドルだけは「へぇ」と一貫した態度を取っているが。

 そして、皆で行くとなると悩みどころもある。帰りの話なのだが。


「近道するか悩むな……」


 二人の助けが有難いのも事実だが、一人でイゴルさんを背負っているだけなら通過しやすい場所もある。

 雷竜の巣を抜ける危険と恐怖を二人に体験させる必要もないか……。

 命懸けで時間を短縮しないといけない状況ではない。

 帰りにイゴルさんの意識があるとすれば、余裕で潜れるかもしれない。災厄の影響で凄まじく強くなっているのではないだろうか、実際の所は見てみないと分からないが。


「近道って何だよ」


 怪訝そうに俺に視線をやるランドルの肉体美を眺めながら、ぼーっと問う。


「ちょっとね。ランドルってもう竜ぐらい狩れるの?」

「あほか。竜ぐらいなんて言える奴はお前ぐらいだろ。いや、お前らか……」


 セリアやクリストの話だろうか。

 ランドルにとって割といい機会かもしれない。


「ドラゴ大陸は唐突に竜が襲ってくるし、チャレンジしてみたら? 俺は初めての竜討伐が群れだったからデンジャラスだったけど、何かこう……一皮剥ける感じがするよ」

「……何で生きるか死ぬかの話になってんだよ」


 男らしい目力は消え、げっそりと食事を運ぶ手を止めてしまう。

 そんなランドルを馬鹿にするように、悪戯っぽく笑みを浮かべる我が妹。


「ランドルは死ぬ死ぬ詐欺が得意でしょ。そろそろ本当に死んでみたら?」

「お前が治すから生きてんだろ」


 い、いきなり何言うの! なんて取り乱してくれるのを期待するのは世界で俺一人。

 何でもかんでも恋に直結させてしまう俺とは違い、二人にとってはただの減らず口。

 小悪魔な妹は、ふんと鼻先で片付ける。


 何でかな、前だったら仲良くしてくれよなんて口に出ていたのだろうが、微笑ましくすらある。

 ただただ痛めつけ合っていた昔とは違い、痴話喧嘩ぐらいにしか見えないな。

 会話の内容はそこまで変わってないのだが、不思議だ。

 軽く笑って見せると、二人して同時にむっと俺を見据えてくるが、笑いを溢しながら「ごめんごめん」と言い置いて。


「二人は仲良くなったよね」


「「なってない」」


 同時に即答し、声が揃ったことに腹が立ったのかエルが白い歯を剥き出しにランドルを睨みつけるが、可愛い睨みをもらった男は沈黙を決め込んでいた。




 二ヶ月ほど歩いた頃、ルカルドに寄ることはなく迷宮に直行していた。


 大した事件もなく、予定通りに旅を進めれたと思う。

 エルとランドルが居て良かった。旅の途中、寂しい思いをすることは一切なく、賑やかなものだった。

 たまにエルが以前のようについ腕にしがみついてくる事もあったが、すぐに制御し距離を取っていた。

 ランドルの言う通り、甘えたがりな部分が消えたわけではなく我慢していたのだろう。今はフィオレもいないしな。

 まぁ、それはともかく。

 その可愛い妹のおかげで数ヶ月前歩いた暗闇の迷宮は照らされていた。

 ランドルはイゴルさんを抱えているし、戦闘要員は俺一人だけだが、何も問題はない。


 レイラの力を借りて精闘気を纏う必要すらない。

 それにしても帰還の旅路でクリストと剣を交えることはなかったが、自分の腕前に違和感を感じる。

 振れば振るほど剣筋は鋭くなり、未経験の感覚が俺を襲う。

 この成長は強さを積み重ねているというより、積み重ねた努力を思い出すような……そんな気分だ。

 闘気を纏う感覚もおかしく、限界があるのだろうかと錯覚してしまう。

 さすがに試しに全開にしてみることはしないが、落ち着いたらまた試行してみる必要があるだろう。

 精霊王がこの現象について教えてくれるかは……多分期待できない、レイラが教えてくれないから。

 

 飛び掛ってくる魔物を捌きながら、悠長に思考できるほどに足は深層へ進む。

 最初は警戒していた仲間の二人も俺があっさり魔物を斬り伏せるのを見て、迷宮内だというのに普段の街道を歩くように、軽い足取りで歩みを進めていった。



 白い輝きを帯びている転移陣を目の当たりにすると、うげーっと声には出さないもののげんなりする妹の姿。

 

「入ったら拍子抜けするよ。静かなもんだから」

「転移したらドラゴ大陸の最北って、なんか実感湧かないかも」

「転移できたら、ね」


 ぽんと軽くエルの頭に手を置くと、先にランドルが広い背中を見せ、迷いなく進んでいった。


「ほら、行くぞ」


 あっさりとボス部屋に入っていく力強い姿。

 それを見てはっぱをかけられたように、ランドルに対しては負けず嫌いなエルも続いていった。

 ……俺が取り残されるという。いや、いいんだけど。

 しばらく入らないで二人だけにしてしまえば、それはもう怒りを向けられるのだろう。

 すぐに俺も転移陣に踏み乗った。


 視界が変わると、少し距離を取っている二人の間に入り込む。


「お兄ちゃんだけ転移したら、シャレにならないよ」


 その通り、まじで笑えない。

 さすがに迷宮から出れなくなって帰れなくなる二人ではないだろうが。

 俺は意味なく鬼族の村へ飛び、二人はとぼとぼとセルビア王国に帰還することになるだろう。

 一応レイラに確認はとっている。

 ちゃんとお願いしたら強引に一人飛ばされることはないと聞いた。

「大丈夫だよ」と自分も納得させながらエルに微笑みかけると、その気丈な態度とは裏腹に心の中で土下座し、念仏のように唱える。


(全員鬼族の所に飛ばしてもらえませんかね……まじで、俺だけならいいです……この前は失礼な態度取ってすみませんね……ちゃんと直接謝罪しにいくんで……お願いしますお願いします――)


 気付けば両手を合わせ拝み倒し、お願いしますを三度復唱する前に、俺達は全員守護者のいないボス部屋から消えていたのだった。



 

 この日、もはや世界で三度目になる光景が空に浮かんだ。

 天まで昇る転移陣が現れると、しばらくして光りは散会し、舞うように散った。

 事情を知らない者達は一体何が起こっているのだと、世界が震撼する中。

 

 セルビアのとある屋敷。

 暇だと欠伸をしながら庭でエルフ娘の剣術を見守りながらも、昼寝に勤しもうとしていた長身の男がぱっと目を見開いた。

 

「……は? アルベルの奴、何やってんだ?」


 転移できるのは資格を持つ一人の男だけ、というのは現場に居合わせて話を直接聞いた男の知るところ。

 四人で旅に出たと思ったら、何故か転移の力を行使している。

 危険などない旅だと思っていたが、何かがあったのかもしれない。

 本当に大丈夫なのか……と、だらけきるつもりだった赤髪の男は、少しだけ己に喝を入れたのだった。





 転移が終わると、懐かしい牧場を思い起こす香りが鼻を通っていく。

 既視感はあるものの、違うのはしっかりと両足で立っていることだろうか。

 薄ら瞳を開くと、不気味な迷宮から一転、目に入るのは緑ばかり、綺麗なものだ。

 危惧していた一人で転移状態に陥ることはなかったようで、横を見るとエルが「わぁ」と周りを見渡し楽しげにしていて、ランドルも「へえ」


と興味深く辺りを眺めている。


「お兄ちゃん、ここに飛んだんだ。想像してたより良い所だね」

「鬼族って名前の改名を希望してるくらいだからね。皆いい人達だよ」

「うん、すごい見られてるけど」


 悠長に話している俺達とは温度差が異なり、何事だと騒ぎになっている。

 いきなり何もない空間から現れればそうなるだろう。

 昔来た時と違い俺も成長しているし、クリストがいないと敵だと思われても仕方ないかもしれない。

 俺のこと、忘れられてるだろうか……心配だ。


 しかしこんなにも視線が集まろうと、ランドルはうろたえない。


「魔物飼ってんのか? 馬みてえに見えるが」

「甲馬だよ。ああ見えて可愛いもんさ」


 俺と旅を共にしてくれた甲馬はさすがにここには居ないだろうなと寂しくなる。

 こちらを警戒する甲馬に熱烈な眼差しを送ってみるも「グルル!」と威嚇される。


「馬の鳴き声じゃねえな……」

「あれはフィオレも恐がるよ」


 エルはフィオレから聞いて知っていたようだ。

 二人共俺が抱いている気持ちと共感できることはなかったらしい。

 俺も最初は馬じゃなくて魔物だろ……とビビっていたので同じといえば同じなのだが。


 そして、いきなり現れた俺達に戸惑う鬼族達と同様に、俺も困っていた。

 距離を取って警戒する鬼族達をかき分け、族長の家に踏み込むわけにもいかない。

 俺と面識がある人といえば、ここには一人しかいないのだ。

 どうしようかと悩んでいると、意を決したように一人踏み込んでくる男がいた。

 背丈は俺と同じぐらい。筋肉質で手には槍を構えている。いきなり振り回してくる事はなく、敵意を露に眉間に皺を寄せ、口を開いた。


「見たところ人種のようだが……こんな所に何の用だ」

「いきなり申し訳ありません。少々お願いしたい事がありまして……」

「む、魔族語を話せるのか。若い人間が珍しいな」


 敵意はないと判断してくれたのか、いつでも振りかざせるようにしていた槍は収めてくれた。

 クリストの名前を出したらてっとり早いだろう。

 口に出そうとした瞬間、男の背から小さな人影が現れる。


「どうしたのですか?」

「母さん、以前のように転移陣が空に浮かんだと思えば、今度は四人も人間が……」


 色々と言いたいことはあったが、懐かしい顔が見えて歓喜する。

 長い茶髪に少女のような容姿。

 しかし彼女は族長、村で一番偉く、俺の命の恩人だ。

 一歩踏み出し、息子らしい戦士に再び警戒されるも、彼女の名前を呼ぶ。


「バニラさん!」

「あら、どなた?」


 ずけっと転びそうになるが、持ち直す。

 完全に忘れられているようで、切ない気持ちばかりが渦巻く。

 可愛らしく小首を傾げて思い出そうとしてくれているようだが、出てこないらしい。


「あの、昔ここに飛んできた時に助けてもらって……クリストと旅立った者ですけど」


 戦士が「あぁ、あの時の」とようやく納得する中、バニラも得心がいったようでぱっと顔を上げた。


「まぁ! こんな端っこにある村なのに、頻繁に来てくれるのねぇ。この短期間で大きくなって……人の子は凄いわね」


 以前は魔族語ができなかったからわからなかったが、こういう人だったんだなと嬉しい気持ちになる。

 そして成長した顔が一致しなかっただけでちゃんと覚えてくれていたらしい。

 再会を懐かしむ時間も取りたいが、まずは本題だ。


「その節は本当にありがとうございました。今日はお願いがあって来たんですが」

「そちらの方?」


 ランドルの背にいるイゴルさんを見てくれる辺り、話が早そうだ。

 どうでもよさそうなランドルはともかく、常に魔族語で話しているのでエルは会話が理解できなくてむすっとしているが。


「はい、精霊が鬼族さんの力を借りれば目が覚めると」

「あら、魂の関係かしら。ならとりあえず家にいらっしゃい」


 力を貸すことが前提で、迷いがない。

 やはり素晴らしい、よく出来た人だ。

 バニラが俺達を率いて歩き出すと、クリストの知り合いだと理解してくれた他の鬼族の民は安心したらしく、散っていった。



 ライニールとの死闘の末に目覚めた懐かしい家に入ると、何も変わっていなかった。

 イゴルさんを寝かす部屋に案内してくれる最中、状況を理解できていないエルとランドルから質問攻めにあう。


「この女が治してくれるのか?」

「この女って……この人が族長で一番偉い人だよ」

「ほんと、魔族って年齢が分からない……」

「さっきの戦士の人は息子さんみたいだし、バニラさんとクリストは歳が変わらないって言ってたよ」

「マジかよ」


 明らかに自分より年下に見える少女が千年を軽く生きていることにランドルですら驚愕しているようだ。

 魔族の年齢関連は慣れた俺でも驚いてしまうから、当然の反応だろうな。

「私も魔族語習ったら良かった」と後悔を口にしているエルだが、特殊な状況でもなければ必要ないものだし仕方ないと思う。

 望むなら、帰りにゆっくり教えてあげようかな。

 妹を見て和んでいると家の一室へ辿り着く。

 族長の家とはいえセルビアの屋敷のように大きなものではないので、あまり歩いてはないが。


 部屋に入り、イゴルさんをベッドに下ろすとバニラがすぐに診察してくれる。

 左胸に当てた彼女の手が光る。

 瞳を閉じて集中するバニラに、固唾を呑んで見守る。


「そう、眠ってしまってるのね。もう起きても大丈夫だから……」


 病人に語りかけるようで、優しい口元が綻ぶ。

 俺は何故か、治療は当たり前のように数日掛かりになると思っていたのだ。

 ここまで長く眠っていた師があっさり目覚めることはないだろうと。


 だからこそ、目の前の現実に心臓が割れそうなほど飛び跳ねた。

 まだ転移してから十分ほどしか経ってない……しかし。


 優しい声掛けと零れる光りに呼応したのか、悠久の眠りについていた男の表情が動く。

 端整な容姿の一部である眉がぴくっと反応する。

 目蓋が薄らと開かれていくのを見て、感極まって泣きたくなる。

 でも、堪える。

 師に最初に見せる表情は、泣き顔ではなく成長した男の顔でありたい。


「ん……」


 軽く身をよじりながら、少し喉を鳴らす剣士。

 最愛の妻と同じ瞳が開かれ、つい覗き込む。

 そこに俺が映っていると分かると、長い眠りから覚め、まだ寝ぼけているだろう師に精一杯微笑みかけた。


「イゴルさん、お久しぶりです」


 やっと、全てが元通りになった。

 

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