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第二話「決断」


 まるで永遠の眠りについたようなイゴルさんを前に、何もできずに立ちすくむ。

 俺の抱いている感情はいささか複雑なものだった。

 実はイゴルさんが目覚めない現実を突きつけられると同時に、解決策も知れたのだ。

 今は物知りのレイラが俺に助言をしてくれる。

 

「本当にまだ問題ないんだよね? いきなり死んじゃったりとか……」

『大丈夫だよ』


 イゴルさんはセルビアで開放された約二年前から食事も一切摂ってない。意識がないし摂りようもないのだが。

 信じがたいことにそれでも痩せ細ることすらなく、健康的で厚い肌を維持している。

 それでも心配になるのが弟子であり、一応義理の息子なのだが、レイラは大丈夫と断言していた。


 この問題を解消する手段も知っているのに、動けないのは数日前の話に遡る。



 

 目覚めないイゴルさんにあてがわれた部屋。

 国に、自宅に帰還した俺達は現状確認をした後、すぐさまイゴルさんの元へ顔を出した。

 皆がこの現象を理解できないと首を振る中、レイラがあっけらかんと言った。


『長い期間魂に自我がなかったから、まだ眠ってる。ううん、仮死状態かな』

「それってやばいんじゃ……元通りになるのか?」


 ぞくりと嫌な想像が頭を駆け巡る間も、レイラは淡々としていた。


『放っとけばそのうち起きるよ』


 安堵するのも束の間で、レイラは続けた。


『後数年もすれば』


 その発言に喜びと同時に微妙な心境になったのを覚えている。

 イゴルさんはセリアがまだ幼い少女の頃から、『生きていた』とは到底言えない状況なのだ。

 眠りについているだけで歳を取ってしまっていたなんて、切ないしもったいないだろう。

 レイラの言う数年が二、三年か、はたまた九年近くなのかは追及しても分かんないと言っていたが、もし後者ならイゴルさんの体感ではセリアとあまり変わらない歳になってしまう。

 現在は災厄の空間にいるわけではないし、老化はするのだ。


 俺がしかめっ面でレイラの言葉をみんなに伝えていると、とりあえず目が覚めるということに皆が安堵していて、セリアに注目が集まった。

 セリアはどんな心境なのだろうと恐る恐る視線を向けると、セリアは微笑を浮かべていた。


「良かった……なら大丈夫ね」


 元々死んだと思っていて、殺さないといけなかった父親が時間の経過で目覚めるのだ。

 セリアからすれば覆った結末に大満足で、数年の年月など些細なものだったのかもしれない。

 もちろん俺も同じ気持ちだが、何とか方法はないかなとレイラに尋ねると、簡単に解決方法を提示した。


『鬼族の力なら治るよ』


 今思えば、それはごく当然のことだった。

 俺が死ななくて済んだのも、鬼族の元で『魂の修復』という人知の及ばない力を受けたからだ。

 イゴルさんの眠りに魂が関係しているなら、治せるのかもしれない。

 いや、レイラが言うのだから間違いなく治るのだろう。

 

 なら、今すぐ鬼族の元へ行こう! なんて話にはなりようもなかった。

 目的地は世界の果て、ここから往復することも考えると二年は確実に掛かる。

 俺は二年前にここを出てデュランまで赴き、セリアと共にやっと帰ってこれたばっかりだ。

 妊婦のセリアは連れていけないし、再び帰ってくる頃には子供は一歳以上になっているだろう。

 災厄に強襲されるかも、という心配事も、レイラが『あと数年は確実にないよ』と明言してくれているが、だからといって不安が募らないわけではない。


 出産も見届けたいし、守りたいし、何よりもうセリアと離れたくないというのは俺の甘えだろうか。

 俺が悩みに悩んでいると、簡単に言ってくれる男もいた。

 もちろんクリストだ。


「あぁ、俺が行ってきてやるよ。お前らはゆっくりしてたらいい」


 おぉぉ……と皆から感嘆の声が上がるも……俺は素直に首を縦には振れなかった。


 いきなり目覚めて、知らない男と未知の土地で二人きり。

 話を聞けば娘と俺は遠くでクリストに任せて待っているという。

 様々な事情があるとはいえ、さすがに酷すぎないだろうか。

 俺だったら仕方ないと思いながらも悲しみに包まれることは間違いない。

 葛藤した結果、クリストに伝えたのは。


「少しだけ、考える時間をくれるかな……」


 とりあえず、決断を先延ばしにするという結果に至るのだった。




 そして現在。

 帰ってきて何もせずにのんびり、というわけにもいかず、流帝とローラの所に顔を出したり、イグノーツと話し合ったりと数日ばたばたして、ようやく落ち着き始めた。


 欠かさずイゴルさんの顔は拝んでいたが、旅に出るまでは行動できなかった。

 そんな折、レイラは意外にも歯切れが悪い口調で述べた。


『もしかしたらだけど……イゴルも、精霊王が鬼族の元まで転移させてくれるかもしれない』

「は? 俺一人じゃなくて?」

『確証はないけど、そんな気がするだけ』


 あれほど俺は特別じゃないけど資格があるから仕方なく転移させる、という物言いをしていた精霊王からは想像できない。

 しかし……この生還できた状況を作り出してくれたのは精霊王なんだよな……。

 行きの問題を考慮しなくていいなら、早くて一年ほどで帰ってこれるかもしれない。

 出産には間に合わないが、一年違うのは心持ちが全然違う。

 

 というか、自分でも最終的にどんな結論を出すか分かっていたのだ。

 自ら行く気がなければ、クリストの言葉に甘えていて、託していただろう。

 もう最低限やらなければいけない事後処理は済ませている。

 

 イゴルさんについては他人に任せっきりではいけない事だ。

 それに、妻の父に伝えたいことが、山のようにある。

 

 行くか、鬼族の村に。

 

 


 腹が決まると行動は早かった。

 全員をリビングに集め、話をする。


「えーと、そういう訳でまたちょっと留守にするよ」


 ようやく帰ってきたと思ったら、数日後にはまた二年近く留守にするという。

 もしかしたら行きは早いかもしれない、とは伝えてない。

 ぬか喜びさせるより、最初から二年留守にするといって早く帰ってこれた方がいいだろう。

 

 さすがに皆が大好きなイゴルさんの件で誰も反論するはずもなく、俺がまた居なくなることに切なげな表情だけ作っていた。


「アル、ありがとね」


 少し下を向きながら言ったのはセリア。

 彼女自身、さすがに一緒にこれないことは重々承知だろう。

 災厄に乗っ取られていた関係で、ほぼ同じ年齢になったセリアの頭を軽く撫でた。

 

 鬼族の元へ赴くとなれば、次いで浮上する話は一つである。

 俺が「一人で行くよ」と遠慮しても、付いてきてくれる仲間はたくさんいるのだ。

 とはいえ妊婦のセリアと家族を置いて全員揃って家を空けるわけにはいかない。

 一人でイゴルさんを背負いながら旅をするのは辛いだろうという話にもなる。


 うーんと腕を組み考えていると、「あ」と思いついたように顔を上げ、クリストを見やった。

 すると純朴な赤い瞳を輝かせ、安心しろよ、俺がいれば旅なんて楽ちんだぜ、なんて彼の心の声が聞こえるようだ。

 イケメン面でばちりとウインクをかまし、胸を張っている。

 そんな助力するのが当たり前だと思ってくれているクリストに、言った。


「クリスト、皆を頼める?」

「おう、俺は魔術も使える万能ナイスガイだし……ん?」

「いや、残って欲しいんだけど」


 クリストがいれば、大事件が起きても何とかなるだろう。

 今この世界で、クリストより強い男はいないだろうし。

 もちろん他の皆を信頼していないわけではないが、誰にも負けない男が家にいてくれるだけで安心感は違う。


「って言ってもお前、一人で父親背負って鬼族の村まで行くのは大変だろ。お前の足についていける男手は……」


 説きながら、「あー」と気づいたように一人席につかず、常に壁を背にし、もはやここが俺の居場所だと強気で腕を組んでいる巨体の男に視線が集中する。

 確認も取ってないが、俺が頼めば二つ返事でOKしてくれる男だ。


「うん、ランドルと行くよ。いいよね?」


 一応聞いてみると、男気溢れる目力で頷いた。


「あぁ、分かった」


 二人で目を交して分かり合っていると、クリストも「なら問題ないか」と納得しながらもだらけムードになったのか頬杖をついた。

 これで皆一安心だろう。

 

 エルは何も言わないなぁと、本当に兄離れしてしまったことを実感する。

 もうフィオレと話しているだけで、俺の話に耳を傾けているようにすら見えない……。

 そんな中、ランドルから確認される。


「いつ出るんだ?」

「うーん、明日は準備して、明後日にしようかな」

「そうか」


 はやっ! とかそんな返事が返ってくることはない。

 ランドル以上に物事の変化に動揺しない男は存在しないと思う。

 

 とまぁ、エルの反応は悲しいものがあったが、一先ずは話し合いが決着したのだった。



 

 その晩、セリアと寝室で二人の世界。

 俺が旅に出るとなると、決めなければいけないことがあった。


「うーん……二人の名前から取って、女の子だったらアリアとか……」

「うん、アルが決めた名前でいいわよ」

「いやぁ……二人で決めたほうが……」

「私は姓をあげれるもの」


 あぁ、そういえば何も考えてなかったが。

 俺は姓がないし、セリアと結婚したのだからアルベル・フロストルとか格好良い名前になっていいのだろうか。

 というかセリアはそのつもりだったらしい。うん、それが正しいな。

 しかしそう言われても、悩むぞ……。

 明後日には出ると言ったのに、子供の名前が決まらないから遅らすというのもどうなんだろうか。

 いや、それぐらい大事な事だしいいよな。無理に決めるのは良くない。

 うん、そうしようと思っていた矢先にセリアが提案する。

 

「旅の途中に考えて、帰ってからつける?」

「一歳になっても名前がないのは……可哀想だと思う……」

「アルの悪いところよ。細かい事を考えすぎなのよ」

「細かい男なのは否定しないけど、セリア、これは間違いなく大きな事だよ」

「そうかしら、この子が生まれなかったかもしれない事を考えたら、全部小さく思うけど」

「そりゃあ……」


 そんなのと比べられたら、反論することもできない。

 でもゆっくり考えてあげたいのも心の底から思うことだ。


「セリアも考えてくれない?」

「もちろん考えてるけど……」


 一つ、妥協案というか。


「もし俺が、例えば一年とかで帰ってきたら俺が考えた名前をつけて、一年以上帰ってこなかったらセリアが考えた名前にしよう」

「ドラゴ大陸の最北って遠いんでしょ?」

「もしかしたらだけど、一年ちょっとで帰ってこれるかもしれないんだ。皆には秘密にしておいてほしいけど」

「え! そうなんだ!」


 枕元で少女のような微笑みを浮かべる嫁の可愛さに慣れることはなく、胸は高鳴り、頬はとろける。

 そして困ったことに、危惧していたぬか喜びをさせるかもしれないほど、セリアは一年で帰ってこれると思い込んでしまっている。

 もしかしたらだよ、なんて無粋な言葉を投げかけることはできない。


 これは……頼むぞ。精霊王様……と、セリアのすべらかなお腹を撫でながら、祈願するのだった。


 そして次の日、旅に必要なものをどうせなら新調してランドルと買出しに行こうとするも、一蹴された。


「飯なんか作れねえし、何もいらねえだろ」


 うん、確かにと思い、予定を話し合うだけに留まったのだった。




 その後日、イゴルさんが部屋のベッドで横たわっていることはなく、自宅の庭の前、ランドルの背にいた。

 ランドルは漆黒の鎧に身を包み、腰にはセリアの目利きで選ばれた剣が掛けられている。

 俺と並び、どちらが強いと思う? と百人に聞けば百人がランドルと断言するだろう。

 そしてイゴルさんは少し乱暴気味に扱われてはいるものの、穏やかな寝顔からして、眠りの妨げにはなっていないようだ。

 このぶんなら塀に頭からぶつけても問題ないだろう。


 皆に見送られる最中、違和感を感じ、気づくと「えぇ……」と胸が締め付けられる。


「エ、エルはどこに……?」


「あらぁ、どこかしらぁ」とエリシアを筆頭に笑う皆を他所に、俺の心は絶望の淵にあった。

 まさか最近の態度はともかく、あのお兄ちゃん大好きブラコン天使が見送りにすら現れないなんて、一体全体、どうなってるんだ。

 

「ランドル、嫌われすぎだろ」


 悲しくなりランドルのせいにしようと逃避してみるが、イゴルさんが小さく見えるように錯覚してしまう図体の男は、溜息をつくばかりだった。


「お前は馬鹿だな」

「馬鹿? 俺が? 最近のエルは冷たくも感じるけど、ここまできたら動揺もするだろ」

「だから馬鹿だつってんだよ。あいつは何も変わってねえよ」

「エルは変わったから大丈夫だってセルビアを出る時に言ったのはランドルだろ――って」


 イラついたのかランドルは乱暴に俺の尻を蹴り飛ばした。

「うおっ」と蹈鞴を踏みながら痛みを堪える。

 

「ほら、さっさと行くぞ」

「えぇ……ちょっと待てよランドル。おい、まじで行くのかよ」


 俺が背後から掛ける言葉虚しく、ランドルは風を切るように歩いていく。

 ちらりと後ろを振り向くと、俺の葛藤など知る由もないのか皆微笑みながら手を振ってくれる。

 

「い、行ってきます!」


 何とも情けなく手を挙げながら別れを告げると、小走りにランドルの隣に並んだ。

 ガミガミ文句を並べる俺に一切構うことはなく、ランドルは歩き続けた。



 

 セルビアを出る間際。

 外に繋がる開かれた門前へ辿り着くと、にゅっと影から姿を現した子がいた。


 最近はあまり見てなかった魔術師のローブ。

 俺が見ていたものは成長して着れなくなったのか、違う物になっていたが、白と紫のコントラストは残っており、デザインも似ている。

 首元からすっぽり膝下まで覆われた風貌だが、胸は強調されていて露出はないのに目のやり場に困ってしまう。

 その胸元に垂れるは見慣れた銀髪。


 というか――紛れもない我が妹の姿。


 背中に背負っている大きめの鞄には旅の荷物が入っているのだろうか。

 その風貌で全てを察した。

 ほっと心の傷が癒えていくも、同時にまずくないかとも思う。

 そんな俺達に投げかけられたのは、昔を思い出す言葉だった。


「何で、二人して相変わらず手ぶらなの? 十四の時からずっと旅してるくせに、どういう思考してるの」

「いや……どうせ俺達は料理もできないし、もう剣だけあれば何とでも……」

「ダメだって言ってるでしょ。男だけにしたら本当にダメになるんだから、髪はぼさぼさで髭も生えてたし……」


 ルカルドでの俺のだらしない風貌について苦言しているのだろうか、後半になるとエルは愚痴のようにぼそぼそ一人呟いていた。

 さすがに今はあんなに己の外見に無頓着になることはないだろうが、多少不衛生にはなるかもしれない。

 それにもういい歳だし、どう頑張っても髭は生えるぞ。

 そしてエルが一緒に来てくれるのは嬉しい気持ちでいっぱいなのだが……。


「エル、かなり急ぐから、一緒に行くのは厳しいかも……」


 お世辞にもエルの足は早いとはいえない。

 もちろん常人より早いのは間違いないのだが、俺とランドルのペースと比べるとかなり見劣りする。

 しかし、そんな俺の言葉は何処吹かぬ風、下唇を突き出し、数秒むっとする妹、可愛い。

 

「遅くなりそうだったらおんぶしてくれたらいいよ」

「おんぶって……エルも恥ずかしいでしょ」


 もう、子供じゃないのだ……と口にするも、エルはにっこり笑みを浮かべた。


「全然、これっぽっちも恥ずかしくないよ」


 可愛いはずなのに、怖いと思ってしまう表情。

 脅迫されているようにすら感じてしまう。

 びくんっと体が跳ねたまま硬直している俺に呆れ口調で言ったのはランドル。


「アルベル、諦めろ。こいつもお前が居ない間だらけてたわけじゃねえし、大丈夫だろう」


 ランドルが珍しくエルを庇うような口ぶりだが、エルは片眉を跳ね上げて。


「ランドルに口添えしてもらわなくても問題ないから。というか何様なの――」

「そうかよ」


 ランドルが切り捨てるとエルも追撃するのはやめて、喧嘩……にはならない。

 以前のような険悪な雰囲気にはならない。

 言葉だけで殺し合おうしていた昔が懐かしいくらいだ。

 

 俺とランドルが旅をするのに、エルだけダメだというのも、野暮だし言ってはいけなかったな。

 この三人の関係は複雑でありながらも、パーティという関係性を築いてきたんだから。


 もう口には出さず、エルの荷物を受け取ってやると、杖だけになって身軽になったエルは嬉しそうに少し俺に接近した。

 昔のように密着してくることはないが、この肩がぶつかりそうな位置が正しい兄妹の距離感なのかもしれない。

 少し笑ってやると、エルは意外にも神妙な面持ちで返してきた。


「ねぇ、お兄ちゃんはドラゴ大陸で精霊が見えるようになったんだよね?」


 それは確認と共に、意思も感じた。

 多分俺達を心配する以外にもそういう気持ちがあったのだろう。

 何が言いたいかは歴然であった。


「ライトの事だよね?」

「うん、加護って私ももらえるの? 時間が掛かるならさすがに今回はいいんだけど……」


 精霊の森は行きも帰りも道筋にあるし、寄っても一日の遅れになることすらないだろう。

 それに元々精霊王の所には顔を出すつもりだった。

 感謝から始まり、訊きたいことでいっぱいだ。


「寄るつもりだったし時間も掛からないよ。俺はレイラが望んでくれたから加護をもらえたけど……」


 遠まわしだが、尋ねるように頭上を見上げると、レイラが燐光を溢し舞った。

 ライトは察して何か言っていたのか、レイラが『うん』と相槌を打っていた。


『ライトも話せるようになりたいって言ってるよ』

「そりゃそうだよね。俺と同じ状況だし、エルももらえるかな」


 レイラとの会話で察したようで、エルは嬉しそうに笑っていた。

 しかし、妹の豊かな胸のせいで思い出してしまった。

 忘れがちだが、加護をもらった際に俺の左胸に彫られた跡があるのだ。


「エル、加護をもらうと胸に刺青のようなものが……」

「お兄ちゃんと同じやつ? 別にいいよ」

「うーん……とはいっても……」

「何でお兄ちゃんが私の胸の事なんか気にするの」


 いや、そりゃ言葉にされたらおかしな話なのだが。

 可愛がっている妹の綺麗な肌に……うん、馬鹿か俺は。

 エルでなければドン引きされるのかもしれない。

 

 ぶんぶんと仕切り直すように首を強く振ると、ランドルの顔、その背中のイゴルさん、エルを見回し、薄く笑った。


「よし、行こうか」


 眠っているイゴルさんがいるものの、懐かしい面子での旅が始まる。

 少し歩いた所で、ランドルが話しを振ってくる。


「慌しい奴だよな、お前は。カロラスを出てから一つの場所に長い間滞在したことねえだろ」

「私とも離れてる時間の方が長かった気がする……」


 いや、本当に。

 何ヶ月も同じ場所にいたのなんてルカルドで必死に迷宮攻略に勤しんでいた時くらいだ、異常だな。

 でも、その言葉で実感することもある。

 

「これが、最後の旅だよ」


 きっとこれが、慌しい旅の終止符になるだろう。

 言葉通りの気持ちを胸に、俺達の最後になる、パーティの旅が始まった。

 

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