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第一話「決戦からの帰還」

アルベルの輪廻が終わった直後から始まる話です。

七話構成です。



 セリアと、レイラを頭上に迷宮付近の小屋から出てすぐの話だった。


 セルビア王国に帰還するのを念頭に置き、ルカルドで旅の準備を整えるつもりだった。

 人っ子一人いないルカルドだが、置き去りにされている道具は色々とある。

 どうせセルビア王国までの道筋にある町も同じだ。

 拝借する場所が変わるだけ。

 また復興したら金を払いにこればいいだろう。

 これからは時間はいくらでもあるのだから。


 と、思っていたのだが。


「……へ?」


 素っ頓狂な声が自然と喉から出る。

 思えば、そこに居るのは当然といえるだろう。

 俺が停滞していたルカルドの酒場前で、俺と入れ替わったように座り込んでいる男がいた。

 自分以外の存在をいち早く察知した男は、俺達に視線を配り、何度も目を瞬かせた。


「アルベル、セリア……。幻……か?」


 決戦の前に喝を入れてくれた男らしい立ち振る舞いから一転、言葉は止まりがちで、のっそり立ち上がる。

 さっそく仲間に会えた嬉しさからにっこり微笑むと、立ちすくんでいる男まで歩を進めた。


「クリスト、待っててくれてたんだね」


 クリストの感覚だと二日程になるのだろうか。

 まだ俺達の存在が信じがたいようで、瞬きの度に眉がぴくぴくと跳ねている。

 あれほど死の覚悟を固めて去っていったのだから、分からないでもないが。

 

 いや、待てよ。

 なんか、ちょっと違和感を感じるぞ。

 クリストの顔立ちに一切変わりはない。

 しかし、毎日一緒にいると敏感になる部分はある。


「あれ……ちょっと髪伸びた?」


 二日前に見た時よりもクリストの赤髪が伸びている気がする。

 セルビアで見たのが最後だったセリアは変化がわからないのか、きょとんとしているが。

 

 そして現実っぽい言葉の投げかけにクリストはようやく我に返ったのか、唇を震わせながら声をひねりだした。


「生きてる……本当に……」


 俺の全身を乱暴に手をあてて確認しながら、セリアにも手を移す。

 セリアの金髪を掴むと「ちょ、ちょっと!」と拒否反応ではないだろうが、居心地は悪そうに身をよじる。

 感動の再会だというのに少々セリアが眉を寄せると、「本物だ……」と一歩身を引いた。


「ごめんね、二日とはいえ心配掛けたよね」


 とてつもない心労だっただろう。

 しかし、クリストは強く首を横に振った。


「馬鹿やろう。二日目ぐらいまでは気丈に待ってたっての……」

「……ん?」

「もうお前が迷宮に入ってから三ヶ月以上経ってるんじゃないか。エル達はそろそろ国へ着く頃だろうな」


 は? 

 セリアと顔を見合わせ、二人して目を丸くする。

 すぐにセリアの腹に視線を落とすが、お腹の子が成長して膨らんでいることもない。

 エルに切ってもらった髪にさっと手をやるも、伸びている感覚もない。

 理解できない時間の経過がある。

 まぁ、数年経ってるとか言われなくて良かったとも思う。

 三ヶ月程度なら俺達を取り巻く環境に変化はないだろう。


 心配かけた皆には悪いと……いや、それどころじゃないな。

 クリストは三ヶ月間も待っていたのではなく、ただ悲しい思いに身を包んでいたのか。

 誰もこない、静かな場所で。


 ごめん、と謝罪を口にしようとする前に、ぎゅっと強く抱擁される。

 鼻先に揺れるセリアの髪と、俺達を包み込む男の体温。


「良かった……」


 多くは語らず、静かに呟いたクリストからは親愛がありありと伝ってきた。

 俺とセリアは、大きい胸の中に顔を埋め続けていた。





 再会の熱が冷める間も待たず、状況説明をした。

 といっても、ここにずっと居たクリストが新たに得た情報なんてなければ、俺とセリアの身に起こった出来事について説明できる事は一つもなかった。

 レイラに問いかけるも『教えないし、二度と聞いてこないで』と冷たく聞こえる声色で断言された。

 結局のところ、共有できたのは一つだけ。


 皆生きてて、一緒に帰れる。


 今はそれだけで十分に思えた。


 クリストが旅の荷物を持っていてくれたので、ルカルドの店から拝借するという罪悪感に苛まれることもなく、旅が始まった。

 身篭っているセリアの身を案じ、ゆっくり旅をした方がいいとも進言したが、セリアは断固反対した。

 早く皆を安心させるべきだと、自分の足取りが速いうちに国へ戻りたいようだった。

 セリアの具合が悪い時は俺が背負い、相も変わらず急ぎの旅だった。

 



 そして、二ヶ月が経つ頃。


 俺達は帰ってきた。

 家族と仲間が待つ、セルビア王国へ。


 真っ先に自宅の屋敷へ赴く。

 到着した時刻は夜で、人通りが少ないおかげで悪目立ちすることはなかった。

 

 屋敷の前へ着くと、前と同じ手入れされた庭先から緑の香りが鼻に通る。

 ここからでも分かる、懐かしく、俺の大好きな気配がする。

 皆、ちゃんといる。


 三人で玄関先で佇むと、同じ気持ちなのか皆でふっと笑みを浮かべた。

 こんな時間にいきなり入ったら泥棒と勘違いされてもおかしくないので、自宅だが玄関をノックしようとすると。


「おいおい、普通に顔出すのか?」

「普通以外に何があるんだよ。壁をぶち破れとでも?」

「そっちの方がいい。あいつら驚くぜ」

「帰ってきただけで驚くわよ……」


 クリストはもう以前と同様、陽気で馬鹿らしい男に戻っていた。

 ルカルドで意気消沈していたしおらしい面影は消え去っている。

 きっと皆あの時のクリストと同じ気持ちでいてくれるのだろう。

 いや、期間的にはクリストよりも長い……お茶目な登場シーンを考えるなんて寒すぎる。


 がやがやとクリストと足を止めて言い争っていると、騒ぎを聞きつけたのか、中からガチャリと扉が開く。

 ぴたっと三人で緊張から硬直してしまうと、扉を開いた主が姿を現した。


 いつ見ても綺麗な銀髪がさらっと揺れ、暗闇を照らすように薄赤い瞳が灯っている。

 少し眠そうに目蓋を垂らしている我が妹は、相変わらず天使のようだ。

 俺と目が合い、眠気が覚めたのか目をぱちっとしばたくと、可愛らしい唇が動く。


「あ、お兄ちゃん。おかえりなさい」


 もちろん、嬉しそうだ。

 しかし妙だ……おかしくないか。というか、「あ」ってなんだ。

 微妙な温度差を感じ、俺達はあんぐり口を開き、まるで妹の美貌に酔いしれるように呆けていた。

 

 あぁ、眠そうだったし夢だと思っているのか。

 これは現実だと、実感させてあげないとな。


「エル、おいで」


 にっこり微笑みを浮かべ、両腕を大きく開く。

 どういう方法かは分からないが、君が治してくれた左腕だ。

 両腕で熱い抱擁をしようじゃないか。

 

 しかし、いつまで経っても胸の中に妹が飛び込んでくることはなかった。

 ……ん、まだ夢心地なのかな?

 いまだ夢の中にいるエルは、髪が少しだけ揺れたかな? 程度に小首を傾げ、言った。


「冷えるし早くはいりなよ。セリアお姉ちゃんは妊婦なんだから」

「は、はい」


 俺が現実を実感し、つい畏まってしまい、率いられるままエルの背に続いた。

 弾むように見えるエルの足取りを後ろから見やり、また不思議な感覚に囚われ、「うーん……」と視線を泳がせた。


 

 リビングのテーブルを囲む椅子に腰を下ろすと、「皆を呼んでくるね」とエルは微笑みを見せて去っていった。

 三人だけになった空間で、俺は同意を求めるように囁いた。


「あれは本当にエルか……? 遅い反抗期の中でさえ溺愛されてる自信があったんだけど……」

「意外とお前は、小さな存在だったのかもな……」

「な、何だと……」


 ぎろっとクリストを睨みつけると、「冗談だって」とへらへらしているが。

 醜い争いを続ける俺達を他所に、セリアは「ふふ」と笑っていた。

 

「エルはとっても嬉しそうだったじゃない」

「そうかな……てっきり泣きながら抱きついてくると……」

「後でこっそりそうしてくるわよ」

「え、マジで?」

「そうよ」


 断言するセリアに説得力を感じ、哀愁漂わせていた表情が平常に戻る。


 俺が妹の気持ちを全然分かっていないのか、はたまた女の子同士で通じ合っている部分があるのか。

 後者だといいなと思っていると、ばたばたと家を駈ける音が聞こえる。

 てっきりエルと同じような扱いを受けると思っていた俺は、母の熱い抱擁でようやく帰ってこれたのだと実感するのだった。


 


 涙を流し帰宅を喜んでくれる家族。

 俺達を労わってくれるフィオレ、薄く口元を和らげ腕を組んでいるランドルや、反応は人によってそれぞれだったが。

 落ち着き始めると、他愛ない話の前に現状を色々と聞いた。


 気がかりは山のようにあり、その多くは聞く度に解消されていった。


 一瞬敵にも感じてしまった流帝は、もう怒っていない。

 これには正直かなりホッとした。

 流帝は冷静に判断し、その場においては正しい行動を取っただけなのだ。

 それなのにクリストが腹を蹴り飛ばし意識を刈り取ったし、心優しい流帝でなければ一生遺恨が残ったかもしれない。


 イグノーツも一先ずは災厄が去ったことに安堵していたようだ。

 開かれる予定だった闘神流の道場について色々あったようだが、ランドルが解決してくれたらしい。

 俺は顔も知らない双帝が場を荒らしたようだが、詳しい話はこれからゆっくりしてくれることだろう。


 エルが掛けてくれた上級の治癒魔術についても教えてもらった。

 どうやらエルにも精霊がついていたらしい。

 エルの身に色々と不可解な出来事があったそうで、父の精霊について詳しい母と話し合い、認知に至ったそうだ。

 もちろんそれだけでは上級魔術を行使することはできないので、エルがバルニエ王国で買っていた『指輪』が関係しているらしい。

 

 呆気にとられながら、ライトの存在を知っていたレイラに「言ってくれよ……」とぼやくも、「なんで?」と。

 このやり取りはもう慣れた。

 

 そして帰ってきた俺への反応が薄かったことの説明も軽く入った。


「だって、知ってたし」


 エルの言葉は俺を信じていたとかそういう精神論ではなく、きちんとした筋の情報。

 詳しくは語ってくれなかったが、ラドミラが絡んでいるようだ。

 後日、また訊いてみよう。エルが教えてくれるかは分からないが。


 とにかく、皆でまた一緒に暮らし、日常は戻ってくるのだと。

 皆で喜びを分かち合った。

 表立っての予定はセリアの出産が大きく占めていた。


 しかし、一番の気がかりは解消されなかった。


 


 数日体を休めながらも、セリア以外は毎日剣術の稽古に勤しんだ。

 日課になっている事柄は、剣術の稽古だけではない。

 稽古が終わると、屋敷内にある一室。その扉を開く。


 日差しが彼を照らし、妻と同じ金髪が輝いている。

 その健康的に見える顔色、凛々しい顔立ちとは裏腹に、ベッドに横たわり目蓋を閉ざしている。

 この目蓋が開いたことは、彼が開放されてから一度もない。

 

 イゴルさんは、まだ眠りについたままだった。


エル達のバタバタしていた空白期間は、今回は軽い説明だけにしています。

決戦前のエルとランドル視点はこの外伝が終わった後に投稿する予定です。

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