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最終話「好きな子追いかけてたら英雄になってた」

7/6 三話目の更新です。

 

 あれから、数年が経過していた。


 心地良い日差しが庭の草木を照らす昼下がり。


 セルビアにある自宅の庭で、俺は剣を振っていた。

 一振りする度に、風を切り、轟音が鳴り響く。

 握っている剣は『白桜』その名前に似合わない、黒い刀身になっているが。

 鳴神はもうない、俺を助け、役目を終えてくれた相棒は雷鳴流の道場へ返した。


 そして俺は――

 

 異常なくらい、強くなっていた。


 自分でも理解が及ばない。

 体は覚えていない、言い換えるなら、魂が覚えている。


 千年間、闘神流の剣術を鍛え続けてきたクリストより、強くなっていた。

 ルクスの迷宮に入る前にも言われたが、それ以上に。


 クリスト本人も俺の剣を見て、どうなってんだと困惑してたほどだ。


 そして今、俺の周りには誰もいない。

 ちょっと落ち着かなかったので一人剣を振っていたのだ。

 今日は大事な日だからな。そして俺は主役だ。

 緊張する、剣を振ってる場合じゃないんだろうが。


 俺は昔、アスライさんが言ってくれた言葉を思い返していた。


『その時後悔しても違う道のりで幸せになるかもしれない、後悔したおかげで幸せが深まるかもしれない』


 今なら、その通りだったと思える。

 俺が弱く、セリアに甘えたせいで後悔したことは数え切れない。


 でも、それで良かったと思えることが、たくさんあったのだ。

 一つでも違えば、後悔したままだったかもしれない。

 

 俺は剣を収めると、頭上のレイラに思いふけるように語りかけた。


「ねぇレイラ、やっぱり何があったか教えてくれないの?」

『うん、今こうしてるんだからそれでいいでしょ』


 これなのだ。

 レイラがここに存在している理由は聞いた。

 そこから何となくは想像しているのだが。


 精霊はそもそも力を失っても死ぬという概念がなく、時間の経過で復活するらしい。

 『私も知らなかった』とレイラも言っていた。

 じゃあ上級魔術使い放題だね、とか軽口を叩いたら怒られた。

 そりゃ怒られるわ、と深く反省したのも記憶に新しい。


 レイラは何も教えてくれないが、軽く推測してしまうことはある。

 俺の異常な剣術の上達も相まってだ。

 それに闘気も、どれだけの量を身に纏っても負荷を感じない。

 クリストが千年の時で魂を育てたように、もしかすると。

 

 俺は、かなり長い時間をどこかで彷徨っていたのではないだろうか。

 何も覚えていない、今ここで生きているのは精霊王の力らしいが、どんな心境の変化なのだろうか。

 あれから精霊の森へ再び赴いたこともあったが、教えてもらえなかった。


 俺とセリアは間違いなく、一度死んだのだ。


 さすがに生き返るなんて常軌を逸している。

 レイラが教えてくれたのは、一つだけ。


 『あの空間は世界の理から外れてるから』


 闇の精霊が作り出した空間で息絶えてなかったら、今の日常は戻ってなかったらしい。

 考えるとぞっとするが。

 あの場では体に時間の概念がないことは分かっていたが、その説明だけでは不可解に感じる部分も多い。

 深く踏み込もうとすると、レイラは怒る。

 怒られる反面、レイラの感情表現が豊かになったなと結構嬉しい気持ちもある。

 まぁ、結局のところ世界の真理を俺が考えても仕方ないんだけど。


 そして、災厄は死んだわけではない。

 またいつ現れるか分からないというのは聞いたが。

 レイラがいるから魂を乗っ取られることもないし、俺が生きている間はないだろうとの結論に達していた。

 それに俺はもう何があっても迷わない、もし災厄が再び現れても、絶対に大切なものは守りぬく。


 まぁとはいえ、俺は世界中で持ち上げられていた。

 その内容は災厄の件より、実は海竜騒ぎのせいだったりする。

 海竜を絶滅させてしまったことに俺は歯痒い思いを感じていたのだが、世界の反応はそうではなかった。

 そもそもこの広い世界に港が二つしかないのは、海竜の縄張りに船を出せなかったからだ。

 今じゃ、各地で港の建設に取り掛かっているらしい。

 

 未来の心配事も色々あるが、俺はフィオレの存在が鍵になると思い込んでいる。

 きっとフィオレは未来を守る剣士になるのでは、なんて安易すぎるかもしれないが。

 まぁ俺は師として、フィオレに俺の持ちうる限りの技術を叩き込むだけだ。

 いや、フィオレに限った話ではないかな。


「ふぅ……」


 思考を止めるように息を吐くと、背後からがちゃりと屋敷の扉が開いた。


 ばたばたと駈ける音。

 歩幅は小さいが、元気いっぱいだ。


「パパ!」


 俺の髪を受け継いだ赤茶の長い髪を揺らし、勢いよく俺の胸に飛び込んでくる。

 「よっと」と優しく抱きかかえると、顔のラインまで持ち上げた。


「リリア、どうしたんだい?」


 妻と同じ色の瞳をぱちくりと瞬かせる。

 顔立ちはセリアとよく似てて、将来は絶対に美人になる我が娘だ。


「ママが字の勉強しなさいってうるさいの! 私は剣術したいのに……」

「あぁ……なるほどね……」


 リリアと名づけた俺の娘はまだ四歳だが、セリアに似て血気盛んなところがある。

 そしてセリアは教育ママに変貌していた。

 昔とは入れ替わり、勉強を嫌がる娘を俺が庇い「まぁいいじゃん」とか言うことが増えた。

 その度に怒りの矛先が俺に向き、たまに鉄拳をもらうのだが。

 

 セリアの気持ちとしては、もし冒険者になったら一人の時困るからという親心らしい。

 俺は娘と離れるつもりはないから、そんな心境の違いかもしれない。

 本当に冒険者になるとか言い出したら、まぁ意思は尊重するつもりだ。


 もちろん俺もついていくけどな、後ろからこっそりと。


「よし、じゃあパパと稽古するか」

「うん!」


 健やかな娘の笑顔を見ていると、だらしなく頬が緩む。

 木刀を取ってくるか、そう思いリリアを抱いたまま歩き始めたのだが。


 リリアが開けっ放しにしていた扉から、長く伸びた金髪を優雅に揺らしながら、登場した女の子がいた。

 美しい俺の嫁は、娘を見て微笑むことはなく、怒りの形相だった。


「リリア! いい加減にしなさい!」

「いい加減にするのはママでしょ! 嫌なものは嫌なの!」


 嫁が唐突に怒鳴り、娘が反論して腕の中で身をよじる。

 腕をじたばた振り回し、何度も俺のあごに小さな拳が激突する。

 「ハハハ……」と苦笑いしかできない。


「まぁセリア、いいじゃん。嫌がることを無理やりやらしてもさ……」

「アルは甘やかしすぎよ。そんなんだから最近リリアが全然言うこと聞かないのよ」

「こんなに可愛かったら大丈夫だって、文字くらい読めなくてもいいよ」

「リリアは私に似てるから……私はアルがいたから良かったけど、このままじゃ一生独り身よ」


 まだ四歳の娘だぞ……どれだけ先を見据えているんだ。

 というか、セリアは自覚がないだけでモテるだろう。

 多少荒っぽいところも、魅力の一つだ。

 それに、正直……。


「我儘に育って、嫁の貰い手がないぐらいのほうがいいな……」


 リリアはいい子だ。セリアに似て、正義感に溢れ真っ直ぐな心を持っている。

 多少雑で乱暴な部分もあるが、俺としてはセリアに似てて嬉しいだけだ。


 しかし、セリアは俺の言葉に苛立ったのか、拳を青いオーラで纏った。

 ぞくりと、反射的に背筋が凍りつく。


「リリア、ママの言う事は聞きなさい。読み書きは大事だ」

「えー!! 結局パパって最後はそう言うじゃない! たまには言い返してよ!」


 情けなくなり、父親の威厳を示そうとセリアに目を見張るが。

 セリアと目があった途端、俺は縮こまった。


「リリア、覚えておきなさい。パパはママに絶対勝てないんだ。本能的に……いや、夫婦とは、そういうものなんだ」

「何回も聞いたし! もう知らないっ!」


 リリアが暴れ、強引に俺の腕から抜け出していく。

 あぁ……いつも次に顔を見せた時には機嫌が直っているが、この瞬間はいつも悲しい。

 走り去っていく娘の背を眺め、膝を抱えたくなる。

 

「待ちなさい!」


 そして俺の嫁も、娘の背中を追いかけていく。

 強引に首根っこを掴まない辺り、その表情ほど怒ってはいない。

 さすがのセリアといえども、娘には口で言い聞かせるのだ。

 まぁ、セリアに似た我が娘には言葉がなかなか刺さらないのだが。


 リリアが開けっ放しの扉に再び入っていこうとした瞬間、その小さい体がふわっと抱きかかえられた。

 「わぁっ」とリリアが驚きの声を上げるも、顔を上げるとすぐに微笑みを浮かべる。


 俺と代わりリリアを抱き、美形の男が現れる。

 昔と同じ、短く刈られた金髪。

 大きな娘がいるとは思えないほど若く感じる爽やかな顔立ち。

 実際、実年齢は三十代なのだが。

 

「おじいちゃん! パパとママがうるさいの!」


 おいおい、パパはうるさくいってないぞ。

 ママにびびってただけだ。


「おじいちゃんはやめ……いや、もういいか……よし、じゃあ式典まで俺と遊ぶか」

「うん!!」


 二人は穏やかに微笑み、楽しげな空間を作り上げている。

 目の前のこの男だけが男性陣の中で唯一、セリアの威圧をものともしないのだ。


「お父さん……貴方達が甘やかすから……!」

「そう怒るなって、すぐ老けるぞ」

「は――」


 その言葉に、セリアは怒りを露に拳を握り締めるが。

 飄々としている父の顔を見て、「はぁ……」と溜息を吐くと拳を解いた。


 俺もようやく肩の力を抜いた嫁に並び、声を掛ける。


「イゴルさん、あんまり父の特権を取らないでくださいよ」


 まぁ俺のせいなのだが、挨拶気分で他愛ない会話をしようと口を開く。

 しかしイゴルさんは、むっと少し顔をしかめた。


「お前いつになったらお義父さんって呼ぶんだよ。俺は悲しいぞ」

「え、いや、やっぱり気恥ずかしくて……」

「いいじゃない。呼び方なんて何でも」

「だめだ、ほらアル、呼んでみな」


 有無を言わさず、強要される。

 嫌なわけじゃないし、恥ずかしいだけだ。

 俺は少し髪をぽりぽりと掻きながら、口を開いた。


「お、お義父さん……」

「うんうん」


 イゴルさんが満足気に頷くと、「早くいこ!」とリリアが襟を引っ張り催促する。

 「おー」と微笑みながらリリアを抱いて俺達を通り過ぎていくと、イゴルさんとリリアが木刀を持って軽く打ち合う。

 リリアの遊びなんて、こういうものだ。

  

 俺も混ざりたいと思ったが、セリアが父と娘を眺めるように腰を下ろしたので、俺も隣に座った。


「ふふっ」


 セリアがはしゃぐ娘を眺めながら、幸せそうに笑う。

 何だかんだ、剣術をしている娘を見るのが好きなのだ。

 これから毎日続いていく日常を眺めながら、俺はぽつりと言った。


「楽しそうだね」

「えぇ……本当に良かった」


 次に、セリアは俺を横目でちらりと見ると、少しだけ唇を尖らせて言った。


「ねぇアル。もし私がカロラスから出ていかなかったら、どうなってたんだろう」

「うーん……どうなんだろうね?」


 質問に、質問を重ねてしまうが。

 そもそも、災厄が世界を滅ぼして終わっていたのではないだろうか。

 

 レイラに気づくこともない。

 イゴルさんは体が朽ち果てるまで乗っ取られていた。

 今や親友と呼んでもいいランドルとここまで深い仲になれなかった。

 エルも今ほど成長しなかったかもしれない。

 クリストとフィオレとも出会わなかった。

 もちろんドラゴ大陸で出会った人たち、ここにいるローラや流帝も同じだ。


 何より、娘に未来を与えてやれなかった。


 セリアと居れて幸せだったかもしれないが、狭い世界に住んでいただろう。

 辛いこともいっぱいあったが、そのおかげで生まれたものがたくさんあった。


 俺は純粋な気持ちを伝える。


「セリアを追いかけれて良かったよ」


 弱かった俺が強くなれたのは、全てそのおかげだ。

 当時は再会してまた弱くなってしまったが、今は違う。

 それに。


「俺は……ううん、俺達は今、幸せだから」


 口下手なセリアは何も言わず、俺の肩にちょこんと頭を乗せた。

 その大事な重みを味わうように、俺は瞳を閉ざして頬を和らげた。




 しばらくすると、家の中から皆が出てくる。


 エリシア、ルル、エル、家族は言うまでもない。

 ランドル、クリスト、フィオレも一緒だ。


 クリストから「おう」と声を投げかけられると、俺達は立ち上がった。

 もう機嫌が直ったのか、リリアも少し汗を流しながら俺の胸に飛び込んでくる。

 

「行こうぜ。今日は歴史に残る日だからな」


 俺の、皆の集大成だ。

 今日、この国には流帝アデラスは当然のことながら、雷帝ニコラス、双帝ユリアンも滞在している。

 俺達の為にだ。


 「よし!」と気合を入れると、俺達は賑やかに歩き出した。


 



 この日から、剣術の三大流派は四大流派と呼ばれるようになる。



 世界の中で最強の剣士と言われれば、真っ先に四人の名前が挙がる。


 『雷帝』ニコラス・ウルティス

 『流帝』ローラ・ベトナーシュ

 『双帝』ウォルト・フェリクス


 そして――――


 『闘神』アルベル・フロストル


 歴史上最強と語り継がれた、剣士の名前だった。


最後までお付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございます。

本編で回収しなかった伏線や設定などに関わる外伝は、近い内に活動報告にて予定を書くつもりです。

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