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好きな子追いかけてたら英雄になってた  作者: エコー
第一章 幼少期

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第九話「悲しみの中、気付いた気持ち」


 アスライさんの死を告げられて、エルは大泣きした。


 エルはアスライさんに懐いていた。

 最近ではエルが泣くことはほとんどなくなっていたが。

 エルが泣いた時に慰めるのは俺の役割だった。


 それを、俺は初めて放棄した。


 そのことにエリシアとルルは何も言わなかった。

 俺も涙を流して静かに泣いていた。

 俺がこの世界に来てから涙を流すのは初めてだった。


 俺の中でアスライさんの存在はとても大きなものになっていた。

 最後に家に遊びにいったのはいつだっただろうか。

 丁度最近顔を出してないから、そろそろ治療もかねてエルとセリアを連れて遊びにいこうと思っていた所だった。


 死因は何だったんだろうか。

 治癒魔術では病気は治せないが、もしエルを連れて家に行っていれば。

 もう少しだけでも話せただろうか。


 今までアスライさんにどれだけ救われてきただろうか。

 アスライさんがいなければ、俺は考えることを放棄してかもしれない。

 全て投げ出していたかもしれなかった。

 いつか自分の意思で選択していけるようになった時はお礼を言いに行こうと決意していた。


 もうあの時のお礼も、今までのお礼もできない。

 成長した俺の気持ちを伝えれる相手とはもう話せないのだ。




 俺は塞ぎ込んだ。

 誰かと話すのも誰かの顔を見るのも嫌だった俺は、何も考えずルルの部屋に逃げ込んだ。

 ルルは何も言わなかった。




 寝れないまま朝はやってきて、俺は初めて剣術の稽古をさぼった。

 

 この時間にベッドの上で過ごしているのが違和感だった。

 五年間休みなく続けて目指していたものを放棄した気分になった。

 心が負けた自分の体に申し訳なくなって、更に落ち込んだ。


 こんな俺をイゴルさんとセリアが見たらどう思うだろうか。

 呆れるだろうか、情けないと思うだろうか、怒るだろうか。

 それとも慰めてくれるだろうか。

 分かっていたことだが、二人は初めて稽古に来なかった俺を心配した。

 何があったのかと焦ってすぐに二人は家まで来てくれた。


 申し訳ないと思いながらも、誰にも会いたくないとルルに言った。

 ルルは事情を説明してくれたようで二人は帰っていった。

 セリアさんが心配してましたよ、というルルの声にまた自分が情けなくなった。


 食事を取らないまま、また一日が過ぎその日も稽古には行かなかった。


 落ち着いたのか、エルが部屋に入ってきた。

 俺がしばらく一人にしてほしいと言うと、いつもより聞き分けよく寂しげな顔をしながらも部屋から出て行った。

 エルが俺より先に立ち直っていたことに自分がまた情けなかった。

 時間が癒してくれるという訳はなかった。

 俺は時間が経つにつれて深く落ち込んでいった。




 二日経った。


 水しか飲まないで食事をとらない俺にエリシアがさすがに部屋に入ってきた。

 下を向いているばかりの俺の頭を撫でると、ご飯は食べなさいと言って無理やり俺の口に食事を運んだ。

 俺は食欲がないままエリシアの差し出してくれた食事をゆっくりと食べた。

 しばらく俺の頭を撫でるとエリシアは部屋から出て行った。



 

 三日目は俺とエルの十歳の誕生日だった。


 この日になっても俺は部屋から出ないで過ごしていた。

 エルは誕生日なのに出てこない俺のせいで傷付いているだろうか。

 心の中で謝りながらも、賑やかに誕生日を祝う気持ちになれなかった。

 俺は変わらずずっと部屋にいた。



 夜になってベッドでうつ伏せになっていると。


 ガチャと扉が開いた。

 ルルは絶対にノックするしエリシアかエルだろうか。

 そう思って重々しく首を動かすと予想外の人が立っていた。


「アル?」


 少し心配そうに声を掛ける少女はセリアだった。

 正直、セリアにこんな姿見られたくなかった。

 彼女には情けない姿を見せたくなかった。


「セリア……」


 上半身を起こすと、彼女の顔を一瞬みてすぐに横に逸らした。

 きっと俺はひどい顔をしているだろうから。


「今日はアルの十歳の誕生日でしょ、私の時みたいにお祝いしないと」


 そう言うセリアはきっと優しい顔をしていた。

 そんな気遣ってくれるセリアに向かって。


「ごめん、しばらく放っといてくれないか」


 そう言い放ってしまった。

 俺は最低だな、と思っていると。

 セリアは少し怒った顔をして。


「嫌よ」


 セリアは少し大きな声で言った。

 

「頼むよ、こんな暗い僕なんていても水差すだけだし。

 僕のことは気にせずエルを祝ってあげてよ」


 情けない声を出しながら言った。

 するとセリアは部屋の空気を吸い尽くすかのように大きく息を吸い込む。

 そして、吐き出した。


「い!や! だっていってるの!! ちゃんと私の顔をみなさい!」


 家が揺れたんじゃないかと思うぐらいの大声だった。

 耳がキーンと鳴っているが、それでも俺はセリアの顔を見れなかった。

 俺は久しぶりにベッドから降りて立ち上がる。

 そのまま下を向いたまま部屋から出ようとした。

 すると小さい扉の前でセリアが腕を組んで入り口を塞いでいた。


「どこいくのよ」


 そう言うセリアの言葉に相変わらず俺は下を向いたまま。


「部屋から出るんだよ」

「部屋から出てどこいくのよ」

「皆の所だよ、おかしいかよ」

「何で嘘つくのよ」


 苛立ってきた俺は外に飛び出すつもりだったが。

 セリアは俺を通す気はなさそうだ。

 相変わらず腕を組んで仁王立ちしている。

 このままじゃ埒があかない。


「ほっといてくれよ!」


 強い口調でそう叫ぶと俺は後ろを向いて走り出した。

 そして窓から家を飛び出した。


「待ちなさい!」


 後ろから怒るかのようにセリアの大声が聞こえる。

 俺は裸足の足に闘気を集中させて全力疾走した。

 今まで俺は逃げるために体を鍛えていたんだろうか、悲しくなった。



 当たり前のようにセリアも窓から飛び出して追いかけてきた。

 スタートダッシュに差があったからまだ距離は開いているが、少しずつ縮まってきた。

 足の速さには自信があったのだが、しっかり食事もしてないからだろうか。

 いきなり体を動かしたからだろうか。


 いつも背中を押してくれていた風は今日は吹いていなかった。


 後ろを見るとセリアは怒った顔を隠そうともせずに距離を縮めてきていた。

 この時になると俺は一人になりたいというより、捕まったらここまで怒らせたセリアに半殺しにされるんじゃないかと怯えていた。

 彼女がここまで怒っているのは初めてだった。


 走り続けると俺は立ち止まった。

 剣術を始める前とは比べ物にならない速さで走れるようになった俺は町の壁にぶち当たってしまった。

 やばい、と思った瞬間、振り向くと浅く飛びながら俺に向かって飛びかかってくるセリアがいた。


 セリアの全力は凄まじく、俺は一メートル程飛んで、壁に背中から激突した。

 背中に闘気を回す余裕もなく、背中にひどい痛みが走った。

 うっと軽く打った頭をクラクラさせていると、俺の体に両腕を回してぎゅうっと腕に力を入れるセリアがいた。

 常人だったら体を握り潰されて死んでしまう腕力。

 痛てえ……と呟くとセリアが唸っていた。


「捕まえた……絶対離さないわよ……」


 俺の胸に顔を押し込んで抱き締めてくる。

 何で放っておいてくれないんだよ。


「なんで……!」


 俺がそう言って力強く声を上げると、セリアは顔を上げた。

 鼻先がくっついてしまいそうな近い距離。

 何より驚いたのは、セリアの美しいエメラルドグリーンの瞳は涙こそ流していなかったが、今にも溢れてしまいそうなほどに涙が溜まっていた。


「セリア、なんで……」


 俺は観念したかのように体の力を抜いた。

 しかしセリアは相変わらず強く抱きしめて離さなかった。


「なんでって言いたいのはこっちよ! お願いだから、私からは逃げないで」


 最初は強い口調だったが、後半につれて弱々しい声になった。

 こんなセリアを見るのはあの夜以来だろうか。

 弱ったセリアの言葉に俺は純粋に心に浮かび上がった言葉を伝えた。


「ごめん……」


 そう言うと、セリアは相変わらず強い力ではあったが少しだけ腕の力を抜いた。


「ねぇ、私だってアスライさん好きだったし悲しかったわよ。アルはもっと好きだったからもっと悲しいのだってわかるもの。でもなんで一人で抱え込むのよ」


 そう言って俺の胸の中に頭を埋めた。

 

「言えばいいじゃない、辛い、悲しいって。なんで皆から、私から逃げるのよ。アルにとって皆は、私は、その程度の人なの?」


 途切れ途切れにセリアは話した。

 セリアはいつも短い言葉しか話さなかった。

 こんなに長く一人で話している彼女を見るのは初めてだった。


「皆も、セリアも俺の大切な人だよ。でもどうにもいかなくてそっとしてほしいこともあるだろ」


 さっきまで涙声だったセリアは、急に少し怒った声を出した。


「もう十分そっとしておいたでしょ! それでも結局誰にも話さないまま部屋から出てこないじゃない! だからこうやって無理やりやってるのよ」


 そう言ってセリアは少し緩めていた腕にまた力を入れた。

 俺は何も言葉が出なかった、セリアの言葉の通りだったから。


「ねぇ、前にも聞いたけどアルはなんで剣術を始めたの」


 俺は髪しか見えないセリアから目を離し、何もない正面を向いて言った。


「大切な人を、守りたくて……」


 自分でもか細い情けない声だと思う。

 そんな俺の細い声を掻き消すようにセリアは言った。


「一人大切な人がいなくなったら、他の人は守るのをやめるの? アルが今まで頑張ってきた剣術はどうしてしまうのよ」


「違う! 俺は」


 言い終わる前にセリアは言葉を重ねた。


「知ってる、知ってるわよ。アルの一生懸命を私は毎日見てたもの。

 アルは途中で投げ出すような人じゃない」


 そう言うとセリアは涙目で顔を上げた。

 少し動けば唇が合わさってしまいそうな近い距離。

 さっきまでセリアの顔があった俺の胸は少し濡れている気がした。

 顔にかかるセリアの吐息が心地よかった。


「そんなアルだから、私は、アルのことが」


 その先の言葉が紡がれることはなかった。

 俺は途中でセリアを抱き締めた。


「セリア……ごめん、ごめん……」


 俺はセリアの髪に顔を押し付けると謝りながら泣いた。

 その先は俺が言わなければいけない。

 いつもセリアに言わせてばかりだ。

 もっと俺が強くなれたら、その時は。


 セリアは俺の胸の中で。


「いいのよ」


 それだけ言うと俺を強く抱きしめた。

 痛いくらいの抱擁が、今はとても心地よかった。


 俺はセリアが好きだ。





 その時間は何秒だろうか、何分だろうか、もしくは一時間だろうか。

 時間の感覚がなくなるほど濃い時間を過ごしていた。


 俺の涙が枯れると、セリアは腕の力を抜いて、俺から離れて立ち上がった。

 セリアの暖かい肌が離れると、とても寒く感じて寂しかった。


「帰ろう? みんな待ってる」


 そう言って座り込んでいる俺に手を差し伸ばした。

 セリアの目は少し赤くなって腫れていたが。

 満面の笑みを浮かべるセリアは美しかった。

 俺は何も言わずにセリアの手を取ると、自然に頬が綻んだ。

 

 俺とセリアはその手を離さないまま無言で家までゆっくり歩いた。




 家に着くと、エリシアは落ち着かない様子で机の周りをぐるぐる回っていた。

 俺達に気付いていないんだろうか。

 その場にはイゴルさんもいた。

 イゴルさんは俺達の気配に気付いていたようで。

 いち早くこっちに顔をやると、へぇ~とニヤニヤ笑っていた。


 その視線の先にあったのは俺とセリアの未だ繋がれたままの手だった。

 俺は急に恥ずかしくなり、焦ってぱっと手を離すと横からセリアが一瞬不機嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。

 ごめん、という間もなく、やっと気付いたエリシアが俺の所に飛び込んできて抱きしめた。

 豊かな胸に顔が包まれて何も見えなくなる。


「アルー! 心配したんだからぁ、裸足で出て行っちゃってドロドロじゃないー」


 そう言われて自分の体を見てみると、確かに汚れていた。

 床は俺の足跡がついているし、服も泥だらけだし。

 胸元はセリアによってくしゃくしゃにされていた。

 いくら闘気があってもこればっかりはどうしようもない。

 しかしそんな汚れた服を気にすることなく、遅れてエルが抱きついてきた。

 汚れるよ、と言おうとしたが、エルの安心した顔を見ると俺は優しく微笑みその綺麗な銀髪を撫でた。


「みんな、心配掛けてごめんなさい」


 謝りながら俺は微笑んでしまっていた。

 そんな俺を見てエリシアは安堵した表情で。


「いいのよー、ほらー。

 ルルがお湯張ってくれてるから足綺麗にして着替えなさいー」


 そう言われ、俺は指差された寝室に向かった。

 後ろから、セリアちゃん本当にありがとねーとエリシアの声が聞こえてきた。

 セリアがいなければまだ部屋で引きこもっていただろうな。


 扉を開けるとルルが待っていた。


「おかえりなさいませ、怪我はありませんか?」


 ただいま、大丈夫だよと言うと。


「ルルの部屋、占領しちゃってごめんね」


 申し訳なくそう言った。

 一体俺のせいでどこで寝ていたんだろう……。

 エリシアだったら一緒にベッドに誘っていそうだが。

 しかるルルの性格を考えるとルルは遠慮しそうだし……。

 考えると罪悪感だ。


「いいんですよ。

 アルベル様が大きくなったらあの部屋はアルベル様の部屋になりますし」


 え? そうなの?

 確かにいつまでもエリシアとエルと一緒のベッドでは眠れないだろう。


「じゃあルルはどこで寝るのさ」

「寝る場所なんて欲張らなければどこでもありますよ」


 つまり床で寝ていたのだろうか……やっぱ悪いことをした。

 この問題は俺の体が大きくなるまでに解決しないとなぁ。

 そう思いながら、そっか、と返事を返しておく。


 ルルが先に部屋を出て、ささっと足を綺麗にして小奇麗な服に着替えると皆の元に戻った。


 冷えていたであろう料理は湯気が立っており、温かそうだった。

 エリシアが魔術で暖めてくれたのだろう。

 俺が席に座ると。


「「アル、エル、誕生日おめでとう!」」


 皆からお祝いの言葉に体が温かくなった。

 ありがとう! と言い、料理を食べようとすると、

 エリシアがちょっと待ってーと俺を制止した。

 周りを見渡すと真っ先に料理にがっついていそうなイゴルさんも大人しい。


 何だろう?


 エリシアが少し離れた所に置いてあった。

 赤い布に包まれた物を二つ持ってきた。

 両方とも棒のような形状で長かった。

 一つはエルに、もう一つは俺に手渡された。

 ずしりと重い……エルは軽々と持っているので同じ物ではないだろう。

 エルの方は先が太い形状をしてるし。

 先にエルが布を剥がして中身を出すと、それは杖だった。

 エルの背丈ほどはありそうな立派な杖だ。

 その先端は大きくて丸い宝石のような赤い石が輝いている。

 多分、あれが前にルルが言っていた魔石か。

 魔術師じゃない俺は杖のことは分からないが上品な物に見える。


「わぁ」

 

 エルは嬉しそうな可愛い声を出すと何かに手を伸ばす仕草を見せた。

 一緒に布に包まれていた紙を見ると文字が書いてあるのか、黙々と読んでる。

 手紙か?なんで?


 不思議に思いながらも自分の手にある物を見ると、もう想像がついていた。

 俺は勢いよく布を開くと、手の中にある物を見つめた。


 それは上品な金の装飾を施された黒い鞘に入った剣だった。


 剣術の稽古を始めてから、セリアと一緒に武器店に足を運んで剣を見ていたりすることがあったが。

 そこらへんの店では置いてない代物だ、これは。

 俺は恐る恐る鞘から剣を引き抜くと。

 白く輝く刀身が現れた。


 横で見ていたセリアは凄い……と剣を見つめていて、イゴルさんもほぉと興味深く覗き込んでいた。

 刀身から鏡のように反射して見える自分の顔を見ていると、はっと我に返った。

 これ……一体いくらしたんだ?

 家はそこそこ稼ぎがあると言ってもこんな高価な物を買える余裕があるのか?

 この剣を見る限りエルの杖も相当高いのでは。


 俺はそっとエリシアの顔を見ると、彼女は目を瞑ると優しい顔で、首を振った。

 どういうことだ?

 じゃあ誰が……と思った瞬間に思い至った。

 勢いよく鞘に剣を戻すと、剣に目を奪われて視界に入ってなかった紙が見えた。

 俺は慌ててそれを読む。




 剣の銘は『白桜』


 君がいつか自分の道を進むことを信じてこれを贈ります

                   

                      アスライ



 短い文章だが、その中には以前話した時のアスライさんの想いが詰まっていた。

 もう枯れたと想っていたが、俺の目から自然と頬に涙が滴った。





 その日は大切な物を守るかのように剣を抱きしめて眠った。


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