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クーゲルパンツァー

作者: たくあん法師

キャラキャラキャラ……とか。


ドドドドドド……とか。


イメージしていた音声は全く聞こえてこない。どちらかというと、いけ好かない憲兵が乗り回しているオートバイみたいな、甲高くて喧しい爆音である。

そんな音ですっぽりと覆われた「それ」の操縦席で、操縦輪を握る一人の兵士が、苦りきった顔をしていた。


「何かの嫌がらせか……?この扱いはよぉ。」


というか、これはどんな乗り物なのだろうか。少なくとも、一度目にすれば一生涯忘れられない外見ではある。


球。銀色の球。それで大体の説明は付く。日本陸軍の戦闘車輛ならあって然るべき日の丸も、部隊番号も一切無い。逆三角形型に取り付けられた履帯と後部の補助輪が何となく哀愁を帯び、前部にボッカリと空いた穴から、一人の若者の顔とサブマシンガンの銃身が見える。


乗り心地は最悪で、地面の凹凸がいちいち、シート越しに嫌という程尻に直撃した。しかも狭い。


「……おかしいとは思った。「試験配備された輸入車輛」を、戦車兵学校を出た直後に与えられるなんてさ。喜びいさんで来てみれば、このゲテモノだ。」


ぶつぶつとぼやくが、彼の声を聞くのは広大な中国大陸の大地のみ。この珍兵器……三式球戦車ことクーゲルパンツァーは、時速二十キロそこそこで満州の荒野を疾走していた。目的は敵情……国境に兵力を集中させ始めたソビエト軍の偵察である。条約があるからまさか侵攻はして来ないだろうが、どうもキナ臭かった。


この戦車は、「偵察」という任務以外に使い所が無い。装甲は精々ピストルの弾が貫通しない程度だし、エンジンも非力。ドイツからわざわざ購入したのは、上官の気紛れとしか思えない。


「あ~あ。……でもまあ、南方に送られて飢え死によか、まだマシなのかもしれん。」


子供の頃から、彼はずっと戦車に憧れて来た。前線で敵を蹴散らす戦車部隊……それを操りたいと思うようになったのは、確か軍歌が切っ掛けだった。力強く、塹壕を物ともしない。そんな戦車兵に、なってみたかったのである。


しかし、今「球戦車」を操る彼の心には、その時の熱意は存在しない。やっと戦車に乗れると思ったら、配属されたのが偵察部隊、しかも凍てつくような気候の大地で、遥々数十キロの偵察をするハメになったのである。

肩すかしというか、何というか。彼は諦めた表情で、ソビエト軍の姿を求め続けた。




叢の中。エンジンを切り、停車した球戦車。


「いたいた……レプラ川の対岸に陣地、歩哨がうろついてやがる。」


双眼鏡から目を離し、詳細をノートに書き殴る。この球戦車に通信機器などという贅沢物は付いていないので、このメモを頼りに報告するしかない。そもそも最近は、戦闘機にすら装備されない高級品なのだ。


「こりゃ……本格的に侵攻の可能性が出てきた。明日には帰還せにゃならんが……それまでに、できるだけ正確な兵力を把握するか。」


レプラ川とその周辺は、日ソ間で非武装地帯と決められている。国境であるのに日本軍の姿が一兵たりとも見えないのはそういう事だが、ソビエト側は全く意に介さず、兵を進出させている状態だった。尤も、「可能性」どころかソビエト軍の侵攻はすでに開始されてたのだが。

しかし、長距離偵察中の彼はその事実を知らない。なので、レプラ側の向こうに居る敵部隊は増援部隊であり、急いで報告へ帰らなくては敵は本隊と合流し、手が付けられなくなるとは夢にも考えなかった。


偵察を続け数時間後。

ソビエト兵は夕食の準備を始めた。テントの方から和気藹々とした声が聞こえてくる。肉団子のスープらしい匂いがこちらまで流れ、自然と腹が鳴った。


「……飯でも食おう。」


他人の食卓を覗くようで落ち着かず、彼は座席下から弁当箱を取り出した。

無言で、整備班の作ってくれた握り飯を頬張る。海苔が「頑張れ松本!」「あと一歩だ!」などと励ましてくれるが、本土の女学生ならともかく、いい年したオジサンの所業と考えると、いたたまれない。

ソビエト陣地からは「フクースナ」とか、楽しげな声が時々聞こえて来た。


「さて、場所を移動するか。」


さっさと中身を腹に詰め込み、空箱をその辺に放る。球戦車が、車内で行われた狼藉に怒った気がした。


気取られないよう、エンジンは切ったまま、手で押して球戦車を移動させる。日が落ちつつあるし、ソビエト陣地から離れた場所で、野営せねばなるまい。


一応は戦車だし当然だが、装甲は紙な癖にいっちょ前に重く、酷く苦労する作業だった。「相棒」の甲高いエンジン音をソビエト兵に聞かれないためにも、必要な事ではあるが。


「ふんっ……!」


力自慢の彼でも、目標である遠くの雑木林まで球戦車を移動させるのには時間がかる。気付けば日もすっかり落ち、月光が辺りを照らしていた。何故明るい内にこうしなかったのかと、彼は後悔した。


ようやく、目指す場所にたどり着く。本土では先ず見られない針葉樹林の間を潜り、謎の球体と一人の戦車兵は一息ついた。

水筒の水を飲み、彼は球戦車を見上げる。月の光により、車体は青白く光っていた。


「思えば、お前も可哀そうな奴だ。」


何故そんな事を言い出したかは分からない。一人、孤独でいる事が、彼を感傷深くしたのかもしれない。彼の口は、勝手に言葉を紡いでいた。


「あぶれもの、何だよな。お前を引き渡しに来たドイツ人の士官、「せいせいした」って顔だったが……俺も同じようなモンかもしれない。同期は全員、南方で死ぬ。それは戦車兵として認められたからだ。それすらできない俺って……。」


無性に悔しくなった彼は、思いっきり石を投げた。それは木々の向こう側に消え……。


「カアンッ!」


気持ちのいい音を立てた。同時に、短い悲鳴とドサリという音。


「何だ?」


球戦車の窓からサブマシンガンを引き抜き、恐る恐る音のした方へ近付いた。


ソビエト兵。こちらの様子を窺っていたのか、手には歩兵銃が握られ、弾も装填されていた。


「そりゃそうか。あんな謎な物体がウロチョロしてれば、誰だって警戒する。」


彼はカラカラと笑ったが、ソビエト兵は彼を「日本兵」と認識し、「敵兵」への、当然の対処を行おうとしていたのである。


「俺って案外……衛生兵とか向いてるかもな。クーゲルに救急箱が積んであったはずだが。」




クーゲルパンツァーは、その後間も無くソビエト軍に鹵獲される。


その車体は無傷で、やはり銀色に輝いていたそうな。













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― 新着の感想 ―
[良い点] あんな何のためにあるのかもわからん球でほぅとなる短編が完成するとは···
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