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フラッシュ

「いつつ……あれ?」


 アカシアが痛みに頭を押さえながら目を覚ますと、そこはまだ薄暗いバーの中だった。

 耳には、洗い物の静かな音だけが聞こえてくる。

 カウンター席ではなく、いつの間にかテーブル席に移動していて、更にそこの椅子を使って横たえられていたようだった。

 ぼんやりとする頭を必死に回転させても、カウンター席から移動したような記憶が見当たらない。

 キョロキョロとあたりを見回してみるが、自分以外に客の姿は無いように見えた。


「大丈夫ですか?」


 アカシアが目覚めたのを察して、洗い物をしていたらしいラバテラが声をかけた。


「え? あ、す、すみません」

「ははは。本当ですよ」

「……すみません」


 ラバテラの笑顔の中に、本当に嗜める色を感じてアカシアは二度、深く反省した。


「まぁ、そこまで酔わせてしまった自分にも責任があるので……こちらこそすみません」


 ラバテラもその反省を見て、少しばつが悪そうに言った。


「そんな。その、無理に付き合わせちゃいました、よね?」

「まぁ、それも仕事です」


 その会話ののち、アカシアはうっすらと覚醒してきた意識にしたがって現状の確認をはじめる。

 時計を見ると、時刻は午前二時前。一応、この店の営業時間内である。バッグを確認してみるがなくなったものは無さそうだ。カメラもちゃんと手元にある。

 そのあたりで、あっ、と思ってアカシアはカメラの画像を確認した。現像には特別な『機械』を必要としているが、画像の確認だけならその場で行える。

 そして、自分は酔うとシャッター魔になると、知人に聞かされていた。


「……うわぁ」


 一枚見て、すぐに確認を止めた。

 適当に選んだ一枚目で、撮影者の手が隣に座っている男性──ソウの上着を脱がそうとしているところだったからだ。


「はい、お水です。飲んだら気を付けておかえりくださいね」

「どうも、です」


 洗い物を小休止し、水を運んできたラバテラに礼を言うアカシア。

 そのあと、あっと思い出して尋ねた。


「あの……お会計は……?」

「それならもう済んでますよ」

「え? でも?」


 アカシアは不思議に思った。覚えていないがあれだけ飲んだのであれば、相当な額に達しているはず。

 しかし、先程荷物を確認したとき、財布の中身は減っているように思えなかった。


「親切な男性が、立て替えてくれましたよ」

「……その方の、お名前とかは?」


 恐る恐るアカシアが尋ねると、ラバテラは芝居がかった口調で言った。


「伝言です。『今日はぱぱっと飲んで、『ソウヤ・クガイ』のことなんて酒と一緒に流しちまえ、出しゃばり女』とのことです」

「…………はぁ」


 度重なる失態にアカシアは、まだズキズキと痛む頭をさらにぎゅっと押さえつけた。

 一番借りを作りたくないようなタイプに、恥とか借りとか諸々とかをまとめてセットでプレゼントしてしまった、と。


「大丈夫です。これからきっと良い事ありますよ」

「……そうですか、ねぇ?」


 それなりに大金が入ってウハウハしているラバテラの軽い笑みに、アカシアは曖昧な返事しかできなかった。





「うぅ。なんで、こんなことを……」


 帰り道でアカシアは、今一度カメラの画像を確認して歩いていた。この時間になると出歩いている人間もさほどおらず、人にぶつかる心配はあまりない。

 もし大勢の人間が歩いてきても、大通りには街灯が並んでいて、夜であっても薄暗い程度の明るさである。お互いにぶつかる前に気付けるだろう。

 とはいえ、大通りを少し外れてしまうと、そこは途端に街灯もない暗い夜道。女性の一人歩きで入ることは、とてもじゃないが推奨されない。

 しかし、防犯にあまり意識を向けることもなく、アカシアは、カメラの画像にいちいちダメージを負いながら歩いていた。


「……これは、改めて何か謝罪をしないと。えっと、確か『ソウ・ユウギリ』だっけ。総合協会で所属を調べて……面白そうな協会だったら、ついでに何かネタでも手に入れ……ってだから。謝罪なのになに考えてるの私」


 謝罪しゃざい取材しゅざいがごちゃごちゃと混ざった。

 酔っているときに考えるのは止めようと、アカシアはその思考を打ち切る。しかしそれでも、画像に残っている自分の失態だけは、今の段階で確認する。

 完全に酔いが覚めてしまったら、怖くて確認など出来そうもないからだ。


「……ん?」


 そう思っていたところで、アカシアの目に気になる人影が映った。三十前半くらいの、痩せっぽちの男だ。

 この時間であっても、出歩いている人間がおかしいわけではない。だが、大通りから、すっと路地に入っていったその男は、少し怪しい。


「……こんな時間に、貴族の人間が下町でなにを?」


 少し変装していたが、アカシアは彼に気付いた。名前はパフィオ・ペディルム。パフィオは五年前の『事件』で、クーデター側に協力していた有力貴族『ペディルム家』の次男だった。

『事件』で、当時クーデター側に付いた貴族は、投獄された。

 だがそれは当主の話だ。

『事件』直後は国中の混乱もあって統治者の数が圧倒的に足らなかった。よって、クーデターに加担した家でも、条件付きでその息子などが土地を引き継ぐこともあった。

 パフィオもまた、その条件付きの一人で、私生活にも多少の制限があるはず。国の監視の目が付いているのに、こんな時間に自由に外出できるとは思えなかった。


「……ちょ、ちょっとだけ、良いよね?」


 誰に確認するでもなく、アカシアはコソコソと、バレないようにパフィオが入っていった路地に足を踏み込んだ。




 暗闇の路地で何度か迷いそうになりつつ、アカシアはついにその現場に辿り着いた。

 明かりが少なく、薄暗い場所にある倉庫の前。

 パフィオは、がっしりとした体格の男と何やら話し合っているようだった。

 物陰に隠れつつ、アカシアは周囲を観察する。

 パフィオの方は、一人。がっしりした男の方は、その男を含めて四人。四人全員が、何らかの武装をしている。特に『銃』を持っている人間が、二人。

 パフィオは武装しておらず、代わりに硬貨が詰まった袋を懐から取り出した。


(……つまり、そういうこと、で良いのよね?)


 酔っていて重い頭であるが、アカシアはスッキリと一つの答えを導いていた。

 心臓がドクンドクンと跳ねていて、カメラを握る手が震えている。



 これは……クーデター側が再び国に反旗を翻そうとしている、一場面だ。



 パフィオは恐らく、外道バーテンダーと繋がって、何かのやり取りをしている。資金援助が一番推測しやすい答えだろう。

 その規模の大きさまでは分からないが、今はまだ大きな波にはなっていまい。

 それでも、放っておいたら、いずれ五年前のような混乱が起きないとも限らない。


(静かに……カメラを……)


 アカシアはバレないように、そっとカメラだけをその場面に向ける。

 そして、頭の中で手の震えを止めようと必死に念じる。

 大丈夫。一枚だけ撮って、そのあとすぐに逃げれば大丈夫。

 こんなスクープが撮れたら、社にとってとてつもない功績になる。


 ……もしかしたら、ボツにされた『ソウヤ・クガイ』の特集を、復活させられるかもしれない。


 頭の中のぐちゃぐちゃした感情と共に、アカシアはじっくりと、パフィオが硬貨袋を渡すその瞬間を待つ。

 そして、その、タイミングが。



 今。



「女! そこで何をしている!?」

「きゃっ!?」



 パシャリ。



 瞬間、その場にフラッシュの強烈な光が走った。

 その場にすぐ騒然とした気配が満ちる。パフィオ達は今すぐにでも、こちらに向かってくるかもしれない。

 だが、その確認もできず、アカシアは後ろを向く。

 銃を持った男が、フラッシュの光に全てを察して、アカシアを捕まえようと手を伸ばしていた。


「やっ!」

「ぐおっ!?」


 男の手が伸びたとき、アカシアは咄嗟にバッグを投げつける。

 運良くバッグは男の下顎あたりに命中し、男の足をぐらつかせる。だが、アカシアにはそのバッグを拾っている暇もない。


「ネズミだ! 捕まえろ!」

「了解!」


 パフィオ達のほうもアカシアの存在を察したらしく、暗闇に怒号が響く。

 アカシアは少し涙目になりながら、カメラだけを握りしめてその場を逃げ出した。





「待てごらぁ!」

「殺されたくなかったら止まれやぁ!」


 細い路地の闇の中を、アカシアはひたすら走る。

 ざっざっざ、とすぐ後ろから、足音が続いてくる。体力には自信があったつもりだが、それは自惚れだったのかもしれない。音は全然離れてくれない。

 本当に、いつ追いつかれてもおかしくないような気がしていた。


(なんで! なんで私はこんなことに首を突っ込んだの!)


 頭の中で怒鳴っても、答えてくれる人間など居ない。酔いどころか血の気までも引いていて、背中から迫ってくる怒気に体が固まりそうだ。


(なんとか! なんとか騎士団詰め所まで逃げ込めれば!)


 そう念じるのだが、アカシアは一つ失念していた。

 ここが自分にとって全く土地勘の無い路地で、どこに行けば逃げられるのかも分からないということ。

 頭に浮かんでくる悪い予想をなんとか振り切って、アカシアは足を動かす。

 とにかく、後ろから迫ってくる足音から逃げて、逃げて、そして──



「っ!?」



 そして、いきなり伸びてきた手に口を塞がれ、体がぐいっと引っ張られた。驚いているうちにアカシアの両手もまとめて固められ、あっという間に拘束されてしまう。


「んー! んー!」


 アカシアは必死にもがくのだが、拘束はとても巧みで、動けそうもない。

 しかし、それでも生きる為に必死の覚悟を決めたところで、アカシアを拘束した男が言った。


「動くな、出しゃばり女」

「……?」

「助けてやる。分かったら黙ってろ。良いな」

「…………ん」


 アカシアは抵抗を止めると、男はすぐに拘束を解いた。そして、その路地にあった集合住宅の一室らしき扉をがちゃりと開ける。

 アカシアをその扉の中に放り込むと、男は一度外に出た。

 アカシアの耳に、ドタドタとした物音が扉の向こうから聞こえ、続いてすぐに怒鳴り声が聞こえてきた。


「おいお前! こっちに逃げてきた女を見なかったか!?」

「み、見ました。あの、あっちっす!」

「協力感謝する!」

「ひっ、へ、へい」


 男の見事な怯え声のあと、ドタドタとした足音は次第に遠ざかっていった。

 遠ざかって、次第に小さくなって、消えて、そこでもう一度扉が開いた。

 黒っぽい服装の男が、じとりとアカシアを睨んでいる。


「な、なんであなたが?」

「それはこっちの台詞だ、出しゃばり女」


 ようやく、アカシアと男は会話をした。

 アカシアは安堵や安心感よりも、その男の突然の登場に驚きを隠せず。

 反対に男は、いかにも不機嫌そうな顔で、はっきりと嫌味を吐き出す。



「てめえ、人がせっかく気持ちよく寝ようってときに、人ん家の周りでバタバタ騒ぎやがって。ふざけんなよ」



 自分の言葉に自分でイライラするように、男──ソウ・ユウギリが吐き捨てる。

 だが、アカシアはまだぼんやりとしたまま、事態に付いていけずに尋ねていた。


「あの、この薄汚い所は?」

「ここは俺の家だ、馬鹿野郎」



 ボリボリと頭をかいて、ソウはまた面倒そうなことになった、とため息を吐いた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


書いてて思ったんですけど、また誘拐犯みたいなことしてますね……



それは置いておいて、私事ですが、カクテルの写真を張り付けていくだけのようなtwitterを細々とはじめました。

まったりと登場するカクテルなども張る予定ですので、カクテルの見た目に興味があれば探してみてください。

@score_cooktail


※0605 誤字修正しました。

※0607 誤字修正しました。

※0618 表現を少し修正しました。

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