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待ち合わせ

「あら、いらっしゃい」


 カランと来客を知らせる鐘がなり、金髪の女性──ギリアは笑顔で挨拶をした。

 入り口から入ってきた男性は、彼女にとってお得意様であり、特に警戒が必要な相手とは思えなかった。

 しかし、その男性は張り付けたような笑みを浮かべたまま、無言でツカツカとギリアに歩み寄る。そして、何も言わないまま、彼女の額に銃を突きつけた。


「……あの、ソウ?」

「ようギリア。元気そうじゃねえか」


 端整な顔立ちに、似合わない無精ひげ。男──ソウ・ユウギリは張り付けた笑みを浮かべたままだ。

 それに対するギリアも、冷や汗をかきつつ静かに、自分が座っているカウンターの下に手を伸ばそうとする。

 だが、その動きを察知したソウは、コツンと額に軽く銃口をぶつけて、その動きを止めた。


「別に抵抗しなきゃ、撃ったりしねぇよ」

「そ、そう。それは安心ね」


 お互いに爽やかな作り笑顔を浮かべつつ、しばし硬直した。


「そ、それでそのユウギリさんってば、急にこんな情熱的なアプローチしかけてきてどうしたのかしら?」


 ギリアの疑問に、ソウはニコニコしたまま抑揚のない声で答えた。


「随分と、俺の個人情報を安く扱ってくれたみたいじゃねえか? ええ? フィアールカ・サフィーナって銀髪のお嬢ちゃんのことだよ。心当たりあるだろ?」


 ソウの言葉に、ギリアの中の危険信号がお祭り騒ぎになっていた。


「ちょ、ちょっと。確かに少しだけアナタの情報を教えたけれど──」

「少し? お前の少しってのは、俺の行きつけのバーを二つ使えなくする程度のことを言うのか?」

「……え? 何があったの?」


 ソウの剣幕もさるものだが、それ以上にその事実がギリアには引っかかった。

 この期に及んでも好奇心を優先させるギリアにソウは苛立つが、唇の端をヒクヒクさせながら答える。


「どうもこうもねえさ。俺が普段行くバーのうち、二つの店にあの小娘がおしかけてきてなぁ。俺の安息の時間がぶち壊されたってだけだ」

「……具体的には?」

「仮にてめえだったら。ちょっと良いなって思ってた相手と話してるときに、好きでもなんでもねえ子供がまとわりついてきたらどう思う?」

「……いやー」


 律義に想像したギリアは、その場面にひと言だけ感想を漏らす。


「……はは、ないわー」

「それがお前のしたことだ」


 すっぱりとした断言に、ギリアは少しだけ乾いた笑いを漏らした。その声を聞いたソウは、こちらも笑顔を浮かべてコツンと銃を当てる。


「で、言いたいことは?」

「悪かったわよ。金貨数枚であなたのこと売って」


 自分の情報が金貨数枚に化けたことに、ソウは複雑な思いで顔をしかめる。

 だが、そこに突っ込むことはせず、ソウは相手が非を認めたことを取ってさらに言葉を重ねた。


「で、悪いと思ってんなら、誠意ってもんがあるはずだよな」

「……何が目的かしら?」


 降参するように手を上げるギリア。ソウはそれを確認して一枚のメモを差し出した。


「実は、レストランの予約が取れそうなんだ」

「……レストラン」


 呟きつつギリアが見てみると、そこには高級レストランの場所と日時などが書かれていた。


「……えっと?」

「誘ってんだよ。良い『酒』が入ったって噂があってな」


 ソウは誘うように笑みを浮かべていた。構えていた銃はすでに下ろしている。

 ギリアはもう一度、そのメモを良く見る。指定されたレストランは中々に人気の店だ。コース料理の評判も良いし、何より酒が美味いという。

 ギリアはやや呆れた顔で、ソウを見上げた。


「私で良いの? あなた、かなり頭に来てたんじゃないの?」

「なぁに。頭に来てても、お前以上の女を俺は知らねえからな」

「嘘ばっかり」


 ギリアはくすっと笑みを浮かべたあと、ソウへと顔を近づけて囁いた。


「分かったわ。乗って上げる」


 その声を受けて、ソウもまたニヤリと笑みを浮かべた。


「チケットが無駄にならなくて済みそうだ」

「おめかしの時間、間に合うかしら」

「一週間はある。頼むぜ」


 静かに声をひそめながら、ソウとギリアは会話を続けていた。


「でも、急な話ねぇ。いったいどんな良い酒が手に入ったんだか」

「……『オリジン』って聞いたことあるか?」


 ピクリとギリアの身体が震える。


「嘘でしょう?」

「俺も風の噂でね。だから、お前を誘ってるんだ」


 ソウの真剣な瞳を見つめて、ギリアはいくらか頬が熱くなるのを感じた。


「……あなたのそんな真剣な顔、見慣れてないからときめいちゃうわ」

「存分にときめいてくれ。俺だって今回はマジで誘ってんだからよ」

「うふふ」


 そのまま、二人は静かに顔を離した。


「『オリジン』……現存する世界最古の『ウィスキー』……そんなもの本当に存在するのかしらね」

「ある。それは間違いない」


 ギリアの言葉に、ソウは強く言い切った。それは、いつもは飄々としているソウには珍しい態度であった。


「……とにかく、楽しみにしててね」

「ああ」


 その短い言葉を交わして、その話は終わりとソウは話題を変える。


「んで、もう一つ。実は少し依頼があるんだが」

「そっちは安くしないわよ」

「わあってるよ」


 物事に丁寧に決着を付けたギリアに苦笑いしつつ、ソウは目的を伝える。

 その依頼はすぐに調べが付くとギリアは了承し、その後に軽く益体もない情報を交換する。それらが済むと、ソウはギリアに背を向けて店の外へと出て行った。

 とある待ち合わせ場所に向かう予定があった。




「お師匠! 遅いですよ! もう時間過ぎてます! どこに消えてたんですか!」


 ここら一帯で最も栄えている区画の、比較的大きな広場。

 その街角にある噴水の前まで足を運べば、そこで待ち合わせの約束をしていた少女がソウに鋭い目を向けていた。

 ソウは彼女に追及されないだろう適当な言い訳をする。


「わりぃわりぃ。ちょっとウンコしてた」

「…………不潔」


 そう吐き捨てた少女は、汚物を見る目でソウを睨んでいた。

 ツヅリ・シラユリ。少しさっぱりした黒髪と、パッと見はそれなりに大きい胸元をしている可愛らしい少女であった。

 ツヅリはデリカシーのない師の言い分に思い切り顔をしかめつつ、ん、と違和感を覚える。


「……ずいぶんと、良い香りのするトイレだったんですね?」


 師の周囲から漂ってくる香りは、どう考えてもトイレのそれとは思えなかった。

 しかしソウは、それに悪びれた様子も見せずに返す。


「……だろう? 良い香を使ってるんだろうな」

「誤魔化せてると思ってます?」

「当たり前だろ。舐めてんのか」

「そ、そうですか」


 ツヅリが少したじろいだとみて、ソウはさらに強引に誤魔化そうと目論む。


「むしろ何言いがかりつけてきてんだ。ちゃんと謝れよ」


 ソウのあまりに堂々とした開き直りに、ツヅリは少し流されそうになった。


「す、すみませ……って、流されるわけないですからね! 待ち合わせに遅れてきたお師匠のほうこそ謝ってください!」

「ちっ」


 しかし途中で持ち直したツヅリに逆に攻められるソウ。

 自分の最初の思惑が外れ、軽く舌打ちした後に悪びれることなく彼は続けた。


「お前は人間の生理現象にまでケチつけるつもりか」

「それが本当だったら同情しますけど」

「師匠の言うことを信じないとか、なんて弟子だ」

「せめて信じられる善行を積んでから言ってください」


 ツヅリのあからさまに不満げな顔は、そのまま師としてのソウへの不信感を表していた。

 ツヅリから見たソウは、『カクテル』という『魔法』を扱う者──バーテンダーとしては尊敬を越えるほどの信頼がある。

 しかし、こと女性関係や私生活のだらしなさは、逆の意味で信頼があるほど酷い。

 そんな師が香水の香りを漂わせていたら、当然のことながら軽蔑の目を向けざるを得ないのであった。


「こんなにも否定しているのに疑う。まるで人の心がない」


 しかし、そんな目を向けられたソウは全く怯む様子はない。

 ツヅリはソウに対して呆れた目を向けたまま、尋ねた。


「……で、調査してきたんですか?」

「してきたに決まってんだろ」

「え? 本当に?」


 師の返しに、ツヅリは虚をつかれた気分になった。


「お前は俺の事をなんだと思ってんだ? あ?」

「いや、その、任務をほっぽり出して女性を追いかけていたのかと」

「……そこまで言うんなら、お前あれな。もし、俺より調査進んで無かったら罰ゲームな」

「なんでですか!?」


 師の唐突な提案に、ツヅリは軽い悲鳴を上げた。

 ついでに、ツヅリの中にある罰ゲームのイメージは、なかなかに苛烈である。

 具体的に言えば、一週間犬耳を付けて語尾にワンを付けさせられるとか。


「じゃ、はい決定」

「ま、待ってください。まだそれで良いとは……」


 師が性急に話を進めようとするのに、ツヅリは心の片隅で不安を感じた。

 だが、ツヅリが止めに入ったところで、ソウは唇の端を歪め、わざとらしくツヅリをおちょくるように喋る。


「つまりお前は、俺に対して香水の匂いがするとか言いがかりをつけてくる癖に、俺よりも調査が進んでいないかもしれないと不安なわけだ」

「……い、いえ! そういうわけでは……」

「じゃあ良いんだろ?」

「……は、はい」


 ソウに挑発され、ツヅリはどこか腑に落ちないまま、ソウの提案に乗せられていた。

 ツヅリはくっと唇を噛むが、すぐに気を取り直す。

 不安はあるにせよ、彼女自身は師と分かれてから、真剣に調査を行っていたのだから。


「お、おほん。では、私からです。探し人の手がかりになりそうな証言をいくつか手に入れました」

「ほう」


 言いつつツヅリは調査に使っていた写真を懐から取り出した。

 今日の二人の任務は人探しだ。

 とある名家のご令嬢が、使用人と共に姿を消したということで、その名家の当主がやっきになって探しているのである。

 ただの人探しの依頼なんてバーテンダーらしくない。

 二人の所属するバーテンダー協会『瑠璃色の空』も難色を示したが、最後にはこれも人助けの一環とついには引き受けることになった。

 提示された金額が、かなり大きかったことも当然ながら理由の一つである。

 そして、そのときたまたま手が空いていた、ソウとツヅリの師弟にお鉢が回ってきたのであった。


「どうやら、この近辺の新開発が進んでいる地区の一つで、そのご令嬢らしき人物を見かけたとか」

「ふむふむ」

「なので、これからそこに向かって情報を集めれば、すぐに見つかると思います」

「なるほどな」


 ツヅリのここ数時間の聞き込み調査の結果を、ソウは感心するように頷いて聞いていた。

 そのあまりに軽い受け答えに、ツヅリは不信感を表す。


「お師匠。ちゃんと話聞いてます?」

「聞いてる。聞いてる。お前すげーな」

「え? ほ、本当ですか?」

「ああ、本当。この短時間で良く調べたよ」


 しかし、師に褒められてツヅリはあっさりと気分を良くした。

 ツヅリにとってソウはそれなりに厳しい師である。そんな師がツヅリのことを手放しで褒めるのは稀だ。

 故にツヅリは、さっきまでやや怒っていたことも忘れて、少し鼻が高くなる。


 ソウの次の台詞を聞くまでは。


「でも、今そこに向かっても見つからないと思うぞ」


 ソウはのんびりと、しかし温度低めにそう言ってのける。

 ツヅリはきょとんとしつつ、ソウに尋ねた。


「……え? 何でですか?」

「ご令嬢も一緒に逃げた使用人も、今は家に居ないからな」

「……? なんで分かるんですか?」

「だって、そこの喫茶店で待ってて貰ってるし」

「……はい!?」


 ソウはちょんちょんと、その広場から少し行った所にある、やや小綺麗な喫茶店を指差していた。

 ツヅリは目をパチクリさせつつ、その店を見る。すると確かに、店のテラス席に写真でずっと探していた令嬢と使用人の姿がある。


「……な、どうして?」

「ま、後でな。あんまりお二方を待たしちゃ悪いし、さっさと行くぞ」


 散々ツヅリの驚愕を楽しんだあとに、ソウはツヅリに背を向けてさっさと喫茶店に向かう。

 それでもツヅリがまだ動けずにいると、ソウが言った。


「ところで、罰ゲーム何がいい?」

「……な、お師匠! わ、分かってて仕掛けるなんて卑怯ですよ!」

「くく。調子に乗ってるところで、鼻っ柱を折ってやるのもしつけって奴だからな」

「なんの話ですか!?」



 ソウのゲスい笑い声に、ツヅリは憤慨しつつも悔しそうに呻く。

 そして、ツヅリの頭の中からは、いつの間にか。

 師からしていたはずの香水の話題は抜けているのだった。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


四章に長らく取りかかれずにすみません。本編はもう少しだけ時間がかかりそうです。

その為に、中編として幕間的な話を挟みます。

気長にお付き合いいただけると幸いです。


※0618 表現を少し修正しました。

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