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魔砲使い(バーテンダー)の『カクテルマジック』  作者: score
第三章

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たった一つの行動原理


「『ジーニ』『カットライム』『トニックアップ』──【ジン・トニック】!」


 ソウは突然現れた弟子の姿に、一切の反応を示さない。

 正しくは、その時間がない。

 超高速で宣言された【ジン・トニック】は、的確にスライムを抉る。

 今まさに、ツヅリに向かって放たれようとしていた、槍を打ち消すように。


「ツヅリ! 逃げろ!」


 だが、ツヅリの反応は鈍い。

 もともと、体術が苦手なのだから当然である。

 だが、それは今の瞬間においては致命的だった。


「邪魔をするなぁ!」


 一撃を邪魔されたが、バランはすぐに二撃目をツヅリへと向ける。

 ツヅリは固まっている。

 そんな彼女を、抱きかかえて跳ぶ影があった。


「リナ!」


 それは、ソウの見知った女教師の姿であった。

 リナリアは、抉られたスライムの胴体を抜けて、ソウのすぐ隣に着地した。

 抱きかかえていたツヅリを降ろすと、ティストルとソウを庇うように立つ。


「生きてます?」

「一応な」


 リナリアはそれだけソウに尋ねると、涼しい顔をしたままバランに言った。


「さて、バラン先生。あなた、その姿はなんですか? イメチェン?」

「これはこれは。見ての通り、実験の成果というやつですよ」


 リナリアが現れたことで、バランはそれまでの鬼のような猛攻の手を休めて、慇懃に応える。


「そう? それは良いんだけど、どうしてあなたがこんな所に居るんです?」

「それはこちらのセリフだね、ダイヤモンド君。なぜ一介の女教師風情が、この地下通路の存在を知っている?」

「噂で聞いたんですよ」


 リナリアはにこりとした笑みで、適当な返答をした。

 だが、お喋りはこれまでとでも言うように、バランもまた笑みを漏らす。


「それで、残念だがここを知られた以上は、君にも消えて貰おう」

「ひどいです。新任教師いじめ、ここに極まれり、ですねぇ」

「御託はいい!」


 バランはそこで、いい加減に進まない話に激昂する。

 直後には、スライムの胴から、凄まじい速度で槍が射出された。

 ガキン。という音がする。

 槍は、側に立っていたソウが銃で叩き落としていた。



「ソウ。動けます?」

「お前こそ、鈍ってないか?」

「まさか」



 ソウとリナリアは、それだけの言葉を交わす。

 そしてリナリアは、自身のスカートをたくし上げた。


「なに?」


 バランは目を見張る。

 そのスカートの中、白い太ももに、小型の銃と弾薬ポーチが巻き付けられていた。


「いやん。えっちぃ」


 リナリアはわざとらしく言って、しなを作ってみせる。

 その態度に、当然のようにバランは怒りを浮かべた。


「貴様ぁ! バーテンダーだったのか!?」

「だったら何です? 惚れちゃいますか?」

「殺す! 殺す殺す殺す! バーテンダーは殺す!」


 直後に、バランは先程のソウへの攻撃に比する猛攻を繰り出した。背後にいるティストルの存在を忘れているかのように、その声は理性を失っていた。

 だが、それは決してリナリアの体には触れない。

 避けるときは避け、迎撃するときは迎撃し、

 どうしても無理なものはソウが弾いた。


「二人とも下がってろ! こいつは俺たちが食い止める!」


 その攻防の最中、ソウは背後で惚けている二人の少女へと言った。

 ツヅリとティストルははっとしたようにその場を離れようとする。ここに居ては、戦いの邪魔になるのだと。

 だが、ソウの言葉には続きがあった。


「それでツヅリ! お前が撃て!」

「……え?」

「【マティーニ】だ! お前が『作れ』!」


 ツヅリの心臓が、どくんと跳ねた。


【マティーニ】


 つい先日教わったばかりの、新しいカクテルだ。

『ステア』という技法で作られる、『カクテルの王様』

 練習では、まだ一度も成功したことのない、そんなカクテル。


「……む、無理です!」

「無理じゃねぇ! 俺が言うんだから信じろ! お前ならできる!」


 その師の言葉に、肯定も否定もできず、ツヅリは距離を取った。





「なぜだ! 何故当たらない!?」


 バランの声に、苛立ちの他に焦りの色も交じり始める。

 ソウ一人なら、追いつめられていた攻撃である。そこに一人の女性が加わっただけで、欠片も当たる気配がしなくなったのだ。


「だって、こんな攻撃温いですし」

「そう言われると、俺の立つ瀬がないな」

「ソウのが鈍ってるんじゃないです?」


 二人は軽く言い合いながら、澱みのない動きで回避を続けている。

 それは、とても急ごしらえのものではない。お互いがどう動くのかを知り尽くしているが如く、お互いをカバーし、時には牽制の『カクテル』を放ち、まったくバランの攻撃を寄せ付けない。

 しかしそれでも、有効打がないことには変わりはない。


「ふ、ふふ! だが良い! どうせお前等の体力もそのうち尽きる。あんな小娘に何ができると言うのかね?」


 だからこそ、苛立ちながらもバランには余裕がある。

 だが、余裕という言葉を使うのならば、それはソウやリナリアも同じだった。


「それでソウ。あの子、本当に大丈夫なんです?」

「さぁな」

「ちょっと!」


 ソウの投げやりな言葉に、リナリアの動きが止まった。

 それをチャンスと見たバランの槍をものぐさに叩き落としながら、ソウは付け足す。


「だが、あいつは課題を出すと大体合格するもんだ」

「……全然、不安晴れないんですよねぇ」

「ま、時間稼ぎくらい付き合ってくれよ」

「もう! 昔からソウはそんなんばっかりです!」


 降りしきる必殺の雨の中。バランの存在を完全に蚊帳の外にして、二人は言い合いを続けるのだった。




「つ、ツヅリさん?」

「だ、大丈夫。大丈夫だから」


 ツヅリはティストルに守られるようにしながら、震える手をなんとか抑え付けようとしていた。

 飛び込んだときは無我夢中だった。

 ソウを助けるために必死だった。

 それが今になって、命の危険を実感して手が震え出していたのだ。


 失敗すればどうなる?

 逃げる?

 いや、それならば何故、今は逃げずに戦っているのか?

 私が足手まといで逃げられない?


 押し付けられた重責から逃げるように、ツヅリの思考が現実逃避を始めていた。

 ソウが殺されかけていたあの瞬間、感じた恐怖が、心を縛り付けていた。

 自分が失敗すれば、ソウが、いや、全員が殺されるのではないか、と。


「ツヅリさん」


 震えるツヅリの手をティストルが優しく包んだ。

 じんわりとした人肌の柔らかさが、ツヅリの手の甲に広がる。


「ティスタ……?」

「大丈夫です。あの人は、出来ないことをやれと言ったり、しますか?」

「……冗談でなら」

「じゃあ、今のあの人は冗談を言っているように見えましたか?」

「……見えない」


 ツヅリの返事に、ティストルは小さく頷く。


「そうです。ツヅリさんなら出来ると、ソウさんは言ったんです。今日、言ってたじゃないですか」

「……へ?」

「『私は……お師匠以外の言葉を聞く気はありません』って」

「…………それは、確かに、言ったけど……」

「やれって言われたんですから、やりなさい」


 そしてティストルはパンとツヅリの手を叩いた。

 その後に、ツヅリの頭をポンポンと叩く。


「頭が軽くなるおまじないです。大丈夫です。ツヅリさんならできます」


 ティストルは微笑む。血色は悪いが、それでも充分に優しい笑顔だった。

 ツヅリは一度目を閉じ、深呼吸をして、銃を抜いた。



「了解。お師匠の弟子は、やる時はやるって見せてやります」




 そして、ツヅリはポーチから弾薬を引き抜いた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


本日五回更新予定の三回目です。

三時間おきに更新予定です。


次回の更新は、二十一時ごろの予定です。

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