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シャルトリューズ・スライム

 思い違いをしていた。それをソウはようやく実感した。

 リナリアのことがあって、そちらに警戒を置きすぎていた。

『ティストル・グレイスノア』を狙っているのはあくまで『バーテンダー側』であって、バランは個人的に執着しているものだと思っていた。


『ティストル・グレイスノア』をバラン自身が指定して、実験の為に欲しているという可能性を考慮していなかったのだ。



「あ、あ、あぁあ」


 魔法陣が光を放った直後、ティストルは胸を押さえて膝を突いた。

 その光景は、ティストルの胸に宿るものが、抜け落ちて行くようだった。


 いや事実、そうなのだ。


 ソウの目の前で置きている変化は一つ。

 花だったシャルトリューズ草が、急速に実を付けはじめている。


「ティスタ!」


 ソウは全力で足を動かす。魔法で強化されているはずの身体能力なのに、もどかしい。

 一秒、二秒とそれだけで、シャルトリューズはどんどんと成長していく。


「今助ける!」


 ようやく魔法陣の前まできたソウは、地面の魔法陣へと銃を向ける。

 先程の結界と違ってこちらには迎撃魔法は仕込まれていない様子。ならば、直接魔法陣を破壊できるはずだ。



「『ジーニ』!」



 零距離で放たれた風の魔力が、地面を穿ち、中の魔法陣の一部を掻き消す。

 もしかしたら修復機能があるかもしれないので、ソウは効果が切れたと見たら急いでティストルを抱え出す。

 そのまま距離を取り、魔法陣を睨んだ。

 だが、それ以上何かが起こる気配がなかった。


「……ティスタ。大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です。ちょっと魔力が吸われただけのようで」


 ティストルは気丈に言ってみせるが、顔色は悪い。今すぐ命に別状はないが、安静にする必要はあるだろう。

 何かがあっても、魔法を使わせるわけにはいかない。


「しかし、なぜこんなことを」


 ソウは警戒しつつ、地面に倒れ臥しているバランを睨んだ。

 くくくく、とくぐもったバランの笑い声が、響いた。


「……やはり。やはりそうなのだ。私の読み通りだった」

「何を言って……?」


 力ない声で笑い出したバランを訝しむソウ。

 だがバランは倒れ込んだまま、その手をシャルトリューズへと、伸ばした。


「見ろ、やはり重要なのは、魔力を与えることではない。魔力を絞ることだったんだ」

「……そうか、実か」


 ソウの目も、ようやく成長したシャルトリューズ草へと向けられた。

 実っている。

 地下の花壇で育てられたシャルトリューズが、たわわな緑の実を付けている。

 それは、ソウの知っているシャルトリューズの実ではない。種子しかないシャルトリューズの実は、もっと小さくて黒いものだった。



「そうなのだ。だからダメだったのだ。実は生存本能の結果だ。豊富な魔力は成長に不可欠。だが魔力が豊富な土地ではシャルトリューズは種子を広げる必要を見出さない。そう。必要なのは不足だ。『風の魔力』しかないような土地であれば、そこは不毛の土地。だからこそ、シャルトリューズは実を何かに運んで貰う必要が出る。だからだ、実を付けさせるには『風の魔力』だけを与えれば良かったのだ。そうなのだ」



 バランは低い声で、独り言のように呟いていた。

 それはまとまりがなく、散らばった言葉だ。決して理解しやすいとは言えない。

 だからソウは、それを気にするのはやめた。バランに近づき、声をかける。


「どうでもいい。拘束するぞ。お前には出口を吐いてもらう」

「ははは。完成だ。完璧だ。これだ。これさえできれば」


 ソウの言葉はバランには届いていないようだった。

 バランはもいだ一つのシャルトリューズの実を、腹に隠すようにうずくまる。

 その姿は、誰にも成果を渡さないようにしている子供に見えた。



「おいバラン。いい加減に──」



 ソウはバランの髪の毛を掴み、その顔を上向かせた。

 だが、そこに浮かんでいた笑みに、ソウは戦慄が走った。

 あまりにも、邪な笑みだった。

 そしてその目は、まだ『勝ち』を諦めてはいなかった。



「核は手に入った! 後は、起動させれば!」



 ソウがバランを気絶させようと打ち込む手よりも少し早く、バランは握った実を自分の腹へと打ち込んだ。ソウの目が、バランの腹に魔法陣が浮かび上がるのを捉えた。

 その直後、ソウの手刀がバランの首に走る。

 だが、帰ってきた感触は、ぐにゃりとした不気味なものだった。


 見ると、ソウの手刀を緑色の粘膜のようなものが覆っていた。

 それはソウの手を包み込むように少しずつ広がっていき、ソウは即座に手を離す。

 うずくまるバランへと蹴りを叩き込もうとするが、再び緑色の粘膜に阻まれる。

 それどころか、広がった粘膜はソウの足を絡めとり、強い力で引き込もうとする。


「ちっ」


 ソウは強引に足を粘膜から引き抜き、距離を取る。

 邪魔が入らなくなったと見てか、粘膜はどんどんと広がって行き、遂には顔の部分を除いてバランの全身を覆った。

 それからも粘膜は増殖を続け、その体長をみるみる伸ばして行く。全長はゆうに四メートルを越していた。


「『ジーニ』『カットライム』『トニックアップ』」


 ソウは理解が追いつかぬ内に、その銃へと弾丸を込め、宣言した。

 迷わず照準をバランに合わせ、引き金を引く。


「【ジン・トニック】」


 放たれた風の渦は、一直線にバランへと向かう。

 だが、到達するか否かという所で、驚くほどの早さでバランの体が動いた。

 いや、動いたというよりは、中心へと呑み込まれたといった感じだ。

 風の刃はその場に残っていた緑の粘膜だけを綺麗に吹き飛ばす。だが、それだけだ。

 すぐに周りの粘膜が穴を覆い、元通りになってしまった。


「……スライム」


 ソウの頭の中に、洞窟でもっとも会いたくない魔物の名前が浮かんでいた。


『スライム』


 粘膜状の体を持つ、物理攻撃を無効化し、魔法攻撃もあまり効果を発揮しない魔物。

 魔法耐性が高いわけではなく、その体質によって、ただただ攻撃が効きにくいという厄介なタイプだ。


 その撃退方法は二つ。

 一つは核を破壊する。だが、これは少し分が悪い。核は動き回るし、核を露出させるには、飽和攻撃で粘膜を弾き飛ばす必要がある。

 何より、今の核は恐らく『バラン』である。

 核を破壊──つまり殺すことは、この場からの脱出が困難になるのを指す。


 もう一つは、弱点となる反対の属性魔法をぶつけて、再生以上のダメージを与えること。

 だが、それは、スライムの種類によって弱点属性が変わることを意味する。

 単純に四大属性であれば、簡単だ。火と水、風と土が対になっているので、労することはない。


 しかし、極稀に出現する『オルド』や『無属性』のスライムの場合、弱点が無いことがある。その場合は飽和攻撃か、核を上手く狙わない限り勝ち目がない。

 そしてこのスライム。

 ソウの想像が正しければ、その属性は──


「……『シャルトリューズ・ヴェール』」


 高級なポーションである『シャルトリューズ』。

 その緑色。『ヴェール』を基本属性ベースとするスライム。

 それはつまり、有効打を与えるには対になる属性。

 黄色の『シャルトリューズ・ジョーヌ』をぶつけるしかない。

 弱点がないとまでは言わないが、有効打を持っていないなら無いのと同じだ。



「ふふふふ、はははははは! どうだねバーテンダー君? 仮にも魔法使いならば、このスライムがどれだけ厄介な相手か分かるだろう?」



 核となっているバランが再び顔を出したかと思うと、高笑いと共に言った。

 ソウは歯を見せて軽く答えてみせる。


「さあてな。珍しい色だから、見世物にしたら儲かるだろうぜ」

「くくく、残念だがその見世物を君が見ることはできない。世にも珍しい『バーテンダーの血祭りショー』だからね」

「そいつは傑作だ。最後は逆転するっていう王道展開を期待しとくぜ」

「ならばやってみせろ!」


 言ってから、スライムの動きは早かった。

 スライムと言うと、通常は動きの遅いイメージがあるが、それは半分誤りだ。

 移動スピードは確かに遅い。しかし、それは攻撃が遅いことを意味しない。


 スライムの体から、硬化された棒状の物体が射出される。ソウは辛うじてそれを避ける。ソウの背後には、槍のようにその物体が突き刺さった。


「ちょこまかと!」

「あいにくと、それだけが取り柄でね!」


 ソウは右に左に、次々と射出される槍を避け続ける。

 通常のスライムに比べてもえらく攻撃的だ。

 通常であれば生存本能しかないスライムに、バランが核となって指示を出し続けているからであろう。

 だが、それが分かったところで、有効打が打てるわけではないのだ。ダメ元で【スクリュードライバー】でも撃ったところで、焼け石に水だろう。


「くく! いつまで逃げているつもりだね?」

「こうやって体積を減らしていけば、そのうち消えるだろ」


 それも事実。

 魔法を受けた時とは違って、体を使った攻撃の場合、その体積は減る一方だ。

 だが、ソウはそれでは勝てないと悟っている。


(【グラスホッパー】がそろそろ切れる……)


 ソウが怒濤のような攻撃を軽く凌いでいられるのは、身体能力強化の魔法がかかっているおかげでもある。

 だが、その効果時間は、十五分。

 戦闘が始まって、すでにそのくらいの時間が経とうとしていた。



「……ソウさん! 援護を!」



 背後でティストルの叫び声がした。



「その体で魔法なんて撃つな! 死ぬぞ!」



 ソウは顔も見ずに叫びを返した。

 今のティストルに、余力はほとんどない。初級魔法ならともかく、この場で必要な上級魔法なんて使ったら、それこそ命にかかわる。


 ならば、どうする。


 ソウは自問する。

 どうするまでもない。答えは出ている。

 脱出が困難? 知ったことか。

 それしか方法がないのならば、それをするだけだ。


「バラン! お前はティスタを間違っても殺さないよな!?」

「はっ、愚問だな。彼女のことは任せてさっさと死ね!」


 攻撃の当たらないソウに苛立ちを募らせたバランの声が響く。

 だが、ソウはそれで行動を決定する。


(ティスタを盾にして時間を稼ぎ【ダイキリ】を叩き込む!)


 それが、今の最善であった。

 バランは今の状態なら魔法は使えない。そしてスライムの動きを考えれば、直線的な攻撃しかできない。

 つまり、ティスタの背後に回れば『詠唱』の時間を稼ぐことができる。


「ティスタ! 魔法は撃たなくて良い! こっちに来れるか!?」

「……は、はい!」


 ソウの呼びかけに、ティスタは張り詰めた声で応える。


「貴様ぁ! ティストル様を盾にする気か!?」


 それが、再びバランの逆鱗に触れた。

 スライムからの砲撃はさらに苛烈さを増す。ソウは少しずつ後ろに下がりながら、ほとんど避けるのに手一杯の状況が続く。

 そんな状況が終わるのは唐突だった。


 ティストルの足音が、すぐそこまで来ていた。

 バランの攻撃が目の前に迫っていた。

 そんな時だった。



(……くそっ)



 体にみなぎっていた【グラスホッパー】の効果が、緩やかに消えて行くのを感じた。

 飛んで来た槍が、ソウの足をかすめる。

 命に関わる傷ではないが、決してかすり傷でもない。

 致命傷ではないが、致命的だった。


「ぐっ!」


 ソウはバランスを崩して膝を突く。見上げた先に、バランの獰猛な笑顔があった。



「さようなら。バーテンダー君」



 最後の一瞬まで、ソウは目を逸らさない。

 生き残る。一秒でも長く生き残って勝機を探す。

 避けられないなら、避けなければいい。

 命さえあれば、勝ち目は常に残る。

 だから、最後まで目を逸らすわけにはいかない。


 目の前のスライムの胴体から、棒状の槍が伸びる。

 勝ち誇ったバランの顔が、スライムの上部から飛び出している。


 バタン!


 扉が、開く音がした。

 ソウは視界の端で捉えた。

 そこに何者が、居るのかを。



「【テキーラ・トニック】!」



 少女は、その状況をどう捉えたのだろうか。

 だが一瞬の判断で、自分の胸に手を押し当て、叫んでいた。


 雪崩のような小石の渦が、スライムの胴を抉った。

 それによって態勢を崩したスライムの槍は、ソウから狙いを外して明後日の方向へと飛んで行った。



「お師匠!」



 少女、ツヅリは泣きそうな顔で、ソウを呼んだ。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


本日五回更新予定の二回目です。

三時間おきに更新予定です。


次回の更新は十八時になります。


※0126 誤字修正しました。

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