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魔法の領域

《火の魔素よ。破壊を司る精霊よ》

《風の魔素よ。変化を司る精霊よ》


 睨み合う少女と男の声。そして、走り回るソウの機動だけがその世界の動きだった。


 魔法陣の魔法は、大きく分けて二種類があるようだ。

 一つは任意発動。バランが解放の魔力を送り込んで発動するもの。

 一つは自動発動。外敵が踏み込むなど、条件によって発動するものだ。

 どうやら、攻撃は任意で、迎撃や防御は自動で発動するように組み込まれている。

 そして厄介なことに、隙がない。


「ちっ」


 バランの斜め後方からの接近を試みたソウは、迎撃の魔法に阻まれて回避行動を取る。

 ソウにほとんど意識を割くこともなく、バランがまた杖を突いた。

 放たれてきた氷の刃へ、ソウは銃を向けた。


「【スクリュードライバー】!」


 ソウの銃は、持ち主の宣言に応え、水球の爆発を引き起こした。

 その勢いは氷の刃を絡めとり、叩き落とす。



《白煙を纏いし、怨嗟の焰。流れ落ち、呑み込め、罪深き煉獄の贄》


《蒼穹の担い手、虚空来たりて。其を穿て、烈塵の嵐、覇道を裂きし翼》



 これで完成ではない。

 互いの小節数はすでに三まで伸びている。

 その詠唱の最中であるにも関わらず、バランのソウに対する攻撃も止むことはない。

 ソウはその一つ一つを避け、打ち消し、いなしつつ再び射程から離れる。



《枷を受けし咎人、焼け爛れし大地、此は招かれざる万客の墓場なり》


《祝福は音に響き、目覚めるは空の夢、かの者全てを貫く烈風の刃たれ》



 次の瞬間にはティストルの詠唱と、バランの詠唱が完成した。



「《ヘルクライム・ラグナ》」


「《ストームヘンジ・ボルト》」



 巻き起こる現象は、すでに小競り合いを超えている。

 バランから放たれるのは、【ダイキリ】を粘着質にしたような、溶岩の手だ。

 速度は速く、ようやく距離を取ったソウを捉えようと、幾本も伸びてくる。

 その一つ一つが、軽く体を蒸発させそうな熱量を秘めているのだ。

 対するティストルからは、それらを穿つ強烈な風の砲が放たれる。それらは狙いを一つとして外すことなく、的確に溶岩を穿ち、その動きを縫い止めた。


 戦闘が始まってからこれまで、二人は休むことなく強力な魔法を放ち続けている。

 ソウの目から見て、その威力は『シェイク』や『ステア』の攻性カクテルに匹敵する。

 いや、すでに並のバーテンダーでは比肩するのも難しいだろう。

 バランもティストルも、多少息を荒くしてはいるようだが、それでもまだまだ限界にはほど遠い。


「いい加減、諦めたらどうかね? この魔法陣は君ごときでは到底削り切れるものではないよ」


 バランのうんざりとした声。

 ここ十分くらいの戦闘で、魔法陣のストックは減っている。

 それでも半分を割らない程度だ。

 対するソウの残弾数は、半分程度。計算が正しければ、もう少しは生身で魔法を削る必要があるということだ。


「生憎とケチなもんで。金がかかった依頼を降りる気はないんだ」

「……下劣なバーテンダーめ」


 少しだけ、バランの動きが和らいだ。ティストルを警戒しつつ、クールダウンとでも言うつもりのようだ。

 ソウはティスタに視線を送る。警戒しつつ、しばらく休めと。

 いくら才能があるとは言っても、実戦経験の乏しい少女だ。これまでよくぞバランの猛攻に食らいついてきたと言ってもいい。


 だが、ソウは止まるわけにはいかない。ティストルへの攻撃は、彼女を戦闘不能にする程度の柔なものであるが、ソウに対して向かってくるのは必殺の嵐なのだ。

 少しでも動きを止めれば、蜂の巣にされかねない。



「君は、グレイスノア君がどれほどの存在なのか知っているのかね?」



 バランが唐突に、ソウへと話しかけてきた。


「【風の巫女】だったか? お前等の中じゃ持て囃されてるみたいな」


 ソウは軽く答えた。

 だが、その返事はバランの気に召さないようであった。


「ふん。所詮はその程度か。貴様はグレイスノア君を欠片も理解していないようだ」

「お前は理解してるってのか」

「当然だ。彼女は、次世代を担うに相応しい存在だ。孤高であり、決して迷わず、誰よりも強くある可能性を秘めている。恵まれた才はそのためにあるのだ」


 一種陶酔したかのようにバランは言った。


「馬鹿か。才能なんてどう使うか選ぶのは本人だろうが。お前にティスタのこれからを決める権利なんてないっての」

「ふん。彼女の素晴らしさを理解できない、貴様は所詮その程度の凡愚ということだ」


 その物言いには、少しだけカチンとくるソウ。


「てめえいい加減にしろよ。お前こそティスタの何を知ってるんだ?」

「全てだよ。彼女の母親まで知っている。彼女は生まれながら恵まれた才を──」

「そうじゃねぇよ。ティスタの好きなものとか知ってるのかよ」

「なに?」


 ソウはバランの興味が向いたのを実感し、言い募る。

 挑発を重ねるのなら、今だと。


「好きな食べ物は? 興味のあることは? 趣味は? 性格は? 長所と短所は? 友人関係は? 身長体重にスリーサイズは? 性癖は? 何を知ってる?」

「……そんなものを知ってどうなる」

「はっ」


 馬鹿にしたような笑いを向けるソウ。


「そんなだから、振られるんだよ、ロリコンのおっさん」

「なっ」


 ピキリ、ソウの耳にはバランの青筋が切れた音が聞こえた気さえした。

 ソウはそれをはっきりと意識して、叫んだ。



「良いか! ティスタはドMだ!」



「えっ!?」


 突然の大声にバランではなく、遠くにいて会話を聞いていなかったティストルが戸惑いの声を上げる。

 だが、ソウは止まるつもりはない。



「あいつは気づいていないが、最近デコピンされると嬉しそうだ! 否定されると泣きそうになるが、スルーされるより嬉しがる! 撫でてやるときはちょっと痛いくらいが丁度良いみたいだ! 他にもあるぞ! ティスタは本当に隙だらけだからな!」


「ソ、ソウさん!?」



 ティストルの涙声が聞こえるが、ソウは止まらない。



「あいつはおっちょこちょいだ! 勘違いで魔法をぶっ放したりする! 考え無しだ! 勝てない相手に好んで突っ込んだりする! 知りたがりだ! 興味のあることを一々尋ねやがる! そんで、人付き合いが下手だ! 友達になってくださいって言わないと、友達になれないとか思ってるタイプだ!」


「……やめろ」


「まだまだあるぞ! 実は結構アホだし、とろいし、無自覚にエロい。天然だし、クソ真面目だし、騙されやすい。それで異性に免疫ないから多分ちょろい」


「やめろ、やめろ」


「そんな未熟なガキに、何期待してんだよ。てめえのオナニーの道具にティスタを使うんじゃねぇよおっさん」


「やめろやめろやめろぉぉおおおおおおおおお!」



 バランは雄叫びを上げる。

 そして血走った目でソウを睨みつけ、犬歯をむき出しにして怒鳴る。


「貴様ぁ! 彼女を侮辱する気か!? ティストル様は貴様が思うような存在ではないのだ! 彼女はじきに世界を塗り替える希望なのだ! 貴様の下劣な思想に染まってはいけない存在なのだ!」

「うるせえ陰険ハゲロリコン。だったらなんだよ?」


 ソウはにやりと笑った後に、馬鹿にするように、わざと立ち止まった。


「気に入らないなら、俺をどうする?」

「殺してやる! 一片の肉片も残さずに消し飛ばしてやる!」


 直後、バランはその身から先程とは比較にならないほどの魔力を弾き出した。

 ティストルも突然の事態に慌てて対応しようとするが、間に合わない。

 だが、ソウは別だ。これを狙っていたと、咄嗟に弾丸を込め、銃を構える。


「『テイラ』『シロップ1』『オレンジアップ』」


 そして、そのままバランへ向かって一直線に進む。



「馬鹿がぁ! 塵になれ!」


「【アンバサダー】」



 直後、二人の魔法が発動する。

 バランの魔法は、本気の本気だ。一度に起動できる数を一斉に動かし、総勢二十を超える色とりどりの魔法がソウへと襲い掛かる。

 逃げる隙など、与えないと言うように。


 だが、ソウは待っていた。

 そう仕向けた。


 リキャストがかかる程の硬直を生み出せば、バランへと迫れると踏んでいた。


「なっ!」

「その反応は見飽きた!」


 ソウはその言葉と共に、魔法が届かない高さへと舞い上がった。

【アンバサダー】──テイラ属性のカクテル。効果は光弾が被弾した地面から岩の柱を勢い良く伸ばすというもの。

 だが、ソウは類い稀な身体能力とバランス感覚でもって、この『攻撃魔法』を『移動魔法』として扱った。

 ソウは魔法陣から放たれた魔法全てを避け、上空からバランを睨む。やがて跳び上がった体は天井まで達し、空の壁を蹴る。場所は丁度、バランの頭上だ。


「真上からなら!」


 ソウの叫びにバランがぐぐもった呻きを上げた。

 バランの敷いた魔法陣は三百六十度隙がなかった。

 だが魔法陣は地面に書かれているものだ。


 バランを魔力源としているのなら、その魔法陣の距離が恐らく迎撃の発動可能領域。

 であるならば、それよりも遥かに高い位置なら、迎撃をやり過ごすことができると考えた。

 そして、いくら自動迎撃が優れていようと、魔法陣のない場所は必ず一カ所ある。

 バランの真上だ。

 そこならば、範囲内に入っても自動迎撃は発動しない。


 だが、自動迎撃をやり過ごせても、任意に迎撃されては意味がない。

 だからバランを挑発し、反動の時間を作った。あれほど逆上してくれるとは、バランにとって『ティストル・グレイスノア』はよっぽどの聖域のようだった。


 だが、それもここまでだ。

 ソウは腰からもう一本ナイフを抜き出し、構えながらバランに迫る。

 バランの顔が青ざめている。咄嗟に魔法を放とうとするが遅い。力を散々放ったバランは、すぐに魔力を練ることができない。

 だが、バランはそこで、咄嗟に杖を真下に突き、叫ぶ。



「壊!」



 その言葉の直後、地面に描かれた魔法陣が、突如崩壊した。

 魔法陣は練り込まれた魔力を全て解放し、衝撃波となって広がった。


「ぐっ!」

「ぐぁああああああ!」


 その余波に飲まれ、ソウとバランは同時に弾きとばされる。

 だが、影響はバランの方が大きい。空中にあり、爆心地から距離のあったソウに比べて、バランはまさにその中心に居たのだ。

 大きな悲鳴を上げながら、バランはティストルの立つ扉あたりまで吹き飛ばされた。


「きゃっ」


 バランを避けようと、ティストルが軽く声を上げながら横にスライドした。

 その結果、バランは閉じた扉に叩き付けられて、鈍く呻き、うつ伏せに落ちた。


「……自爆した?」


 ソウは崩した態勢をなんとか整え、着地する。

 今の行動を捉えると、それしか言葉が出ない。

 いくらソウが迫ってきていたとはいえ、余りにも愚策だ。あれほどのダメージを受けたのだ。意識はあっても、もうまともに魔法などは使えまい。

 この時点で、バランに勝ち目などあるはずがない。


 そう思ったソウの目に、地にうつ伏せに倒れるバランのにやりとした口が映った。


「ティスタ! 走れ!」


 ソウは直感でそう叫ぶ。


「え?」

「そこから離れろ!」


 ソウが叫ぶと同時、ティスタの足が動くその刹那。

 バランの指が地面を突く。



 そして、花壇を中心に、今まで見えなかった魔法陣が浮かびあがる。



 それは、地面の中にあったのだ。

 ソウは急いで走るが、距離がありすぎて間に合わない。

 ティストルは咄嗟のことで、挙動が遅い。



 そして、ティストルを中心に添えたまま、その魔法陣が光を放った。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


本日五回更新予定の一回目です。

三時間おきに更新予定です。


次の更新は十五時になります。


※0126 誤字修正しました。

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