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追跡魔法


 ティストルはまどろみの中で昔を思い出していた。

 彼女の記憶に父はいない。

 浮かぶのは、常に愛情を注いでくれた母の姿だけだ。


 過保護ではあった。

 ティストルが何をするにも、それは危ないだの、それは難しいだのと目を光らせた。

 だが、ティストルはそんな母が嬉しかった。


 物心ついた頃には、母を喜ばせることが、自分にとっての喜びであった。

 読めもしない難しい本を開くのも、それをすると母が嬉しそうだから。

 あまり外に遊びに行かないのも、母を心配させないため。

 全ての行動原理は、母を中心に回っていた。


 ある時、母が病にかかった。


 母が昔は王国に雇われた魔術師だったのは知っていたが、今の母が何をしているのかは知らなかった。

 しかし、母がティストルを育てるために、相当の無茶をしていたのは感じていた。

 その無理が祟ったのだろう。母の病状はみるみるうちに悪化していった。


 それをティストルは見ていられなかった。

 まだ十一だった彼女は考えた。

 病というのは、薬があれば治るらしい。そして、薬というものは家の外にしかない。


 ティストルは、母が眠りに付いたのを見計らって、ほとんど経験のない家の外へと飛び出した。

 だが、ティストルにはそこから先をどうにかする力はなかった。

 母の病のことも良く知らず、ましてや金なども持っていなかった。


 ティストルは、一人、街の真ん中で途方にくれるしかなかった。

 そんなティストルを、母が迎えにきた。

 病に伏せていたはずの母は、気丈に振る舞ってティストルを叱った。

 そして、その後に優しく撫でた。


『あなたは人のために行動できる優しい子』


 そう言って、ティストルのことを褒めてくれた。

 ティストルは、その母の優しげな笑顔に、しがみついて泣いた。



 ──────



「……お母さん……ごめん……なさい」

「悪いが、俺はお前の母ちゃんじゃないぞ」

「……え?」


 ソウが返事をすると、呻いていたティストルの目が開いた。

 ティストルは、自分がソウに抱きついて泣いていることに気づき、すぐに距離をとって謝った。


「も、申し訳ありません!」

「別にいい。いいもん味合わせて貰ったしな」


 ソウはにやりと唇を歪め、ツンツンと自分の胸を指差す。

 ティストルも釣られて自分の胸を見て、そこからかっと頬を赤く染めた。


「なっ……あっ……ち、ちが」

「くくっ。さて、目が醒めたんならこれからの話をするか」


 ティストルの慌てぶりを楽しんでから、ソウは冷静な顔に戻って言った。

 言われティストルも、自分の周囲を見渡した。


「ここは?」

「どこかの地下通路って感じだな」


 じめりとした空気が、そこには漂っていた。

 石造りの通路は、大人が三人も横になれば塞がる幅だ。高さも二メートル程しかなく、等間隔に光を放つ鉱石が明かりとして埋め込まれている。

 風はなく、出口も定かではない。どうにも具合が悪かった。


「恐らく、バランの野郎が使った転移魔法に強引に割り込んだから、変なとこに飛ばされたんだろうな」

「……そうです! なんであんな無茶を!」


 ソウの言葉を聞いて、ティストルはこの直前の光景を思い出した。

 バランが唱えていたのは、対象範囲の物をまとめて特定の基準点へと転移する魔法ポイントポートだった。


 しかしその魔法は、相当に高度な魔法だ。

 それをあんな短時間で唱え終わることはティストルにはとてもできない。

 なにより、この魔法は極度の集中を擁する。

 途中で邪魔なんてした場合、何が起こるのかも分からないものなのだ。


「悪いな。助けるのがギリギリ間に合わなかった。ま、石の中にいる、なんてことにならずに済んで良かったぜ」

「…………もう」


 ソウは簡単に言うが、ティストルの胸中は穏やかではなかった。


「それでだ。俺の推測なんだが、ここは恐らく『シャルト魔道院』の地下だと思う」

「魔道院の地下、ですか?」

「ああ。この石造りの通路、よく見れば相当に高度な魔法が組み込まれている。自動修復とかそっち系だな。そんな高度な魔法が使われて、しかも大昔からある建造物なんて、魔道院くらいしかないだろ」


 言いながら、ソウは持っていたナイフで軽く通路の石を抉ってみせた。

 少し経つと、通路はゆっくりと傷を塞いでいき、すぐに元通りになった。


「魔道院に地下通路なんて。そんな話、聞いたこともありません」

「ま、俺も風の噂でって奴さ。なんでも、有事の際に王族なんかを匿うためとかな」

「王族ですか……」


 ソウの聞いた噂では、王国にいくつかある魔道院は、転移魔法陣と地下通路で全てが繋がっているという。

 だが、それも相当に裏側での噂なので、一般人の耳に入ることはないだろう。


「どうやらバランはこの地下通路内の転移陣に飛ぶつもりだったみたいだな。だから、中途半端に成功した魔法は俺たちを地下通路に運んだんだろう」


 推測に推測を重ねるが、今はそれくらいしか出せる結論がない。

 そしてその結論は、あまり良い未来を想像させてはくれない。


「それでだ。この通路が仮に王族の通路だとすると、恐らく待っていても救助はこない。しかし歩き回るにしても、目印がつけられないという厄介さだ」

「……じゃあ、どうするんですか?」

「どうすっかな」


 悲壮感を漂わせているティストルへ、ソウはあっけらかんと答えてみせた。


「進むも戻るもない状況だが、一つだけ出口に繋がる方法はある」

「本当ですか!」

「ただし、それを知るためには会わないといけない奴がいる」


 ソウはあまり言いたくなさそうな顔で、答えを告げる。


「探知の魔法でバランの所へ辿りつけば、あいつから直接出口を聞き出せるだろう」

「……はい?」

「同じ魔法で飛んだんだから、それほど離れたところには居ないはずだ。そんで、自分で選んで飛んできてるんだから、ここに詳しくないってことも無いだろう」


 ソウの出した答えに、ティストルは複雑な気持ちになった。


「何か、他に手はないのですか?」

「さてな。どんな手でも確実にはほど遠いし、どんな手を使ってもあまり良い結果は出ないかもしれない。そんな状況だ」


 ソウの顔には余裕がある。だが、それは反対なのだとティストルはようやく気づく。

 打つ手がほとんどない状態だから、絶望しないためにそうしているのだ。

 ティストルの理解を裏付けるように、ソウは言った。


「悪かったな。もう一回こんな危険な目に合わせちまって。だが、約束はしておく」

「……何を、ですか?」

「まだ、依頼は完了してないからな。お前だけは、最後まで守り抜いてやるさ」


 そう言って、ソウはティストルの頭をポンポンと叩いた。

 三度目だ、とティストルは思った。


「これは、なんのおまじないでしたっけ?」

「リラックスするおまじない、だっただろ」

「ふふ。そうでしたよね、きっと」

「ま、頭が軽くなるだろ?」


 ソウは相変わらず適当なことを言う。だがティストルは確かにその効果を感じられた。


「さてと、それじゃバランの所に行くとするか」


 言って、ソウはポーチからいくつかの弾丸を取り出した。

 だが、そのうち最初に込めたのは二種類だけだ。


基本属性ベース『(ヴォイド)』、付加属性エンチャント『ウォーター』『アイス』、系統パターン『アイシング』」


 宣言し、ソウはクルリと二回、銃を回した。

 そして放つ。場を整えるための、透明な魔法を。


「…………すごい」


 ティストルは、その直後の場の変化に驚愕した。

 魔術師にとって、場の魔力というものは魔法を使う際に重要な要素だ。

 魔法とは自身の内から出るもの。だからと言って周りの魔力が影響しないというわけではない。

 むしろ、自分の魔力をいかに周囲へと溶け込ませ、減退を起こすことなく求める事象を引き起こせるか、ということが大事なのだ。


 だからこそ、ソウの行動に目を疑った。

 ソウが銃を撃った瞬間に、肌に感じる周囲の魔力が、理路整然と、それでいて活発に動き始めたのだ。

 そのたった一発で、ソウは周囲の魔力を支配したと言っても過言ではなかった。


 だが、ティストルの感動をよそにソウは次の銃弾を込めている。

 それは、まだツヅリには教えていない、特殊な『基本属性ベース』の銃弾であった。

 弾頭の色は『琥珀色』。そしてその扱いの難しさは、四大属性の比ではない。



基本属性ベース『オルド45ml』、付加属性エンチャント『チェリー・ブランデー15ml』、系統パターン『ステア』」



 宣言ののち、ソウは銃を器用にくるくると回し始める。

 そしてタイミングを見計ったようにぴたりとグリップを掴み、放った。



「【ハンター】」



 一閃。

 迸るような光が銃口から放たれた。


 それはすぐに空気へと溶け込み、細やかな魔力の線だけを残した。

 今にも解けそうなその魔力は、しかし、はっきりと道を示していた。


「それは?」

「第五属性追跡魔法【ハンター】だ。【シー・ブリーズ】なんかより汎用性は低いが、範囲内の指定対象は必ず見つけ出す追跡魔法……」


 尋ねられて、ついついツヅリに説明するように言っていたソウだが、ふと我に帰る。


「なんて、説明聞いて楽しいか?」

「ええ。なんだか、私もソウさんの弟子になった気分です」

「勘弁してくれよ」


 ティストルが笑むと、ソウは本当に嫌そうに言った。

 そして、その後にぼそりと付け足す。


「この属性のことは、ツヅリには内緒で頼む。時期が来たら教えるつもりだからな」

「分かりました。私とソウさんの秘密ですね?」

「……ああ」



 その言い方に少しの引っかかりを覚えるソウだが、流すことにした。

 そして、ソウとティストルは、脱出の手がかりを求めてバランへの道を辿り始めた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


そろそろ三章が終わるので、その予定について軽くご説明します。

終盤に、また連続投稿しようとおもっております。

完結は二十四日の日曜日になる予定です。


目安としては、

本日は一回更新。

二日後金曜日に二回更新。

そして日曜日に五回更新で終わりまでの予定です。


時間についてはやや変則で、

金曜日は二十一時と二十四時。

日曜日は十二時から三時間おきの予定です。


予定は未定ですが、ひとまずそのようになっておりますので、

少しでもお楽しみいただければ幸いです。


また三章後の予定については、少し間が空くと思われます。

活動報告で少しご説明させていただきましたが、

詳しくは三章完結時にもう一度お話したいと思いますのでよろしくお願い致します。

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