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くれぐれも、頼む


 時間はすこし戻る。

 ソウがリナリアと話があると言って離れて行った直後。

 ツヅリは二人の様子が気になってソワソワとしていた。



(いったい、何の話を? そういえばお師匠、リナリアさんとやけに親しげだったし、もしかしてリナリアさんを狙って……いや、さすがにお師匠でも仕事中にそんな)


「あの、ツヅリさん?」


(でもでも、お師匠のことだから、今日で任務は終わりだからこの後どこかで、なんて話をしている可能性も。だからティスタを私に押し付けて自分は……いやいやまさか)


「ツヅリさん。その」


「もう気になる! というかあの人はいったいなんなの!? お師匠とどういう関係なんですかもう!」


「ひゃっ」


 知らず知らずのうちに上がっていたツヅリの叫び声に、ティストルが驚いて悲鳴を上げた。ツヅリはハッとして、自分の口を押さえる。


「い、今のはなんでも無いからね? 別に私はお師匠のことなんてどうでもいいから」

「今更その誤摩化しは流石にどうかと」


 ティスタの指摘に、ツヅリは頬を染める。


「ソウさんとリナリア先生の関係が気になるんですか?」

「うー、まあね。お師匠って女性にだらしないし、あんな綺麗な人にあったらもうデレデレのダラダラになってもおかしくないし」


 ツヅリがソウの悪口を漏らすが、それを聞いたティストルは苦笑いでソウを擁護する。


「そうですか? ソウさんは、芯の方はとてもしっかりしてると思いますが」

「はい?」

「もちろん女性が嫌いということはなさそうですが、色んな方への接し方を見ていると、節度はしっかりと守っているように見えます」

「それはありえないよ!」


 ティストルの師への好意的な意見を聞いて、ツヅリは反射的に否定した。


「初対面の人間でもとりあえず口説いたりセクハラしたりするし。というか初対面じゃなくてもするし。デリカシー皆無だし、だらしないし、酒好きだし。意地悪だし、ずぼらだし、言葉足らずだし。真人間とは正反対のダメ人間街道まっしぐらだよ」


 普段の行いから色々と不満がたまっているツヅリがぶちまける。

 だが、ティストルは薄く微笑んで言い返した。


「でも、嫌いじゃないんですよね?」

「……まぁ、うん」


 ぐっと言葉を詰まらせ、ツヅリは答える。

 口ではどう言ったところで、ツヅリはソウを嫌いになれないところである。

 普段は不満も多いのに、肝心なところではしっかり締める。その一種のメリハリのようなものは確かにある。

 それに、ツヅリがどうしても困ったとき、ソウが助けてくれなかった記憶もない。


「だけど、嫌なものは嫌なんだよぉ……」


 ティストルの前で、しかも今日でお別れだというのに、ツヅリは子供のように口を尖らせた。


「もう少しで良いから、きっちりして欲しいというか」

「自分の師匠がかっこ良くないと、不満なんですね?」

「それは! ……そうなのかもね」


 ツヅリは否定できずに頷いた。

 ティストルはそのツヅリの態度に、ふふっと自然に笑みを漏らしてしまった。


「なんで笑うのさ」

「だって。ツヅリさんってソウさんのことが絡むと、途端に子供になるんです」

「なっ……それ……あ……」


 それこそツヅリは咄嗟に否定しようと口を開いた。

 だが、自分の今までの行動を思い返してみると、なんと言って良いのかが分からない。

 その無駄に冷静な部分が、皆にからかわれる要因になっていることにも気づかない。

 だからではないが、ツヅリはあえて否定はせずに、反撃することを選んだ。


「うーん。そういうティスタも、なんか、引っかかるんだよね」

「私ですか?」

「……ちょっと前から、ちょいちょいお師匠のこと、目で追ってるよね」


 ツヅリが鋭い目でティストルを睨むと、次に怯むのは彼女の番になった。


「っな、それは」

「はっきり言って、あれだよね。ちょっと免疫なかったからって、あっさりとお師匠に騙されるなんて、ちょろいよね?」


「ツヅリさんに言われたくありません!」

「何ぉぅ!」


 ティストルが顔を真っ赤にしながら怒鳴ると、反射的にツヅリも構える。

 といっても、お互いが得物を取り出したわけでもなく、ただ手を構えただけだが。



「……君達。いい加減にしないか」



 そして、その二人の不可思議な争いを止めに入ったのは、再びバランであった。

 バランは硬質な顔を、さらに硬くさせながら、ツヅリをじろりと睨む。


「目障りなあの男がいないと思えば、弟子も所詮はバーテンダーか」

「……すいませんね。お師匠の教育が良いもので」


 最初は穏便に返そうと思っていたツヅリだが、自分以外に師を悪く言われて頭に来たのだった。

 ツヅリに噛み付かれてバランは一瞬たじろぐが、すぐに目を鋭く戻した。


「ふん。まあいい。グレイスノア君。別れは充分だろう。早く入りたまえ」

「は、はい。すいませんツヅリさん。ソウさんにはまた今度と」


 バランに声をかけられ、ティストルは慌てて魔道院の門をくぐろうとした。



 それを、ツヅリは腕を掴んで引き止めた。



「え?」


 ティストルはツヅリの力の強さに動揺し、思わず声をあげる。


「どういうつもりかね。バーテンダー君」


 バランもまた、ツヅリの突然の行動に目を丸くしていた。

 それくらい、ツヅリは必死に、全力でティストルを引き止めたのだ。


「あ、えっと、えへへ」


 ツヅリははっとしてから、誤摩化すようにへへと笑うが、二人の追求の目は変わらなかった。

 ツヅリは観念し、まずティストルへと告げる。


「ティスタ、ごめん。お師匠が戻ってくるまでは、ここに居てくれないかな」

「え? それは、はい。良いですが」


 ツヅリの力強い言葉。ティストルも無理にここを離れなければいけないわけでもないので、あっさりと了承する。

 それに納得がいかなかったのは、バランのほうである。


「何度言えば分かる? グレイスノア君は貴様らバーテンダー風情とは違う。彼女は君達と関わっている時間があるなら、より能力を高めなければならないのだよ。なぜあんな男を待つ必要があるというのだ」


 相変わらずの見下した発言だと、ツヅリは思う。

 だが、ここでバランに何を言われようと、ツヅリには従う理由はない。

 何故なら。



「すいません。私はお師匠に『くれぐれも……頼む』って言われてるんです」



 ツヅリははっきりと、それを告げた。


「……それがどうしたのかね?」

「だから、お師匠が戻ってくるまで『勝手な行動』を取るわけにはいかないんです」

「勝手な行動、だと?」


 その言葉の意味を探るようにバランが目を覗き込むが、ツヅリは隠すこともなく言った。



「いくら教師の言葉だろうと、お師匠の言葉に優先して従うわけにはいきません。だから私はお師匠が来るまで、ティスタを帰すわけにはいきません」



 ツヅリの発言に、バランは青筋を立てる。

 だが、そこで噴火することもなく、その目をティストルへと向けた。


「グレイスノア君。君はどう思うのかね? まさか、この馬鹿げた小娘の言うことに従うつもりかね?」

「…………」


 ティストルは少し考え、それから言った。


「はい。あの人がツヅリさんにそう託したと言うのなら、何か意味があるはずです。ですから、私はあの人をお待ちすることにします」


「……馬鹿な」


 ティストルがはっきりと告げると、バランは驚愕に目を開き、数歩後ずさった。

 その大袈裟なリアクションに少女達が訝しんでいると、小さく、口ずさむ。


「……馬鹿な、ありえない。あの男がなんだ。馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な……」


 そしてバランは、はぁはぁと苦しそうに息を吐き、頭を押さえて呻く。


「何故だ、グレイスノア君。君はそうではないはずだ」


 その見るからに狼狽えた様子に、二人の少女は思わず得物へと手を伸ばした。

 だが、バランは傷を負った獣のように、ティストルへと苦しい声で吠える。


「君は、君は何故変わった! これまでの君はそうでは無かった筈だ! 孤高であった! 誰にも頼らず、自分のみを信じていた! それこそが君に相応しい態度だった! なぜ弱くなってしまった?」

「バ、バラン先生?」


 不容易にティストルが近づく。

 ツヅリが慌てて引き止めるが、それよりも早くバランがティストルの肩を掴んだ。

 あまりにも強い力で掴まれ、ティストルが怯む。

 手に持った杖が落ちて、カランと音を立てた。


「なぜ、なぜ人と繋がろうとする? なぜ過去を忘れてしまった? 君は『母親を失ったとき』に誓ったのではないのか! 誰にも頼らずに生きていくのだと!」

「なっ、なんでそれを!?」

「自分のせいで母親を亡くしたのだから! 君はその黒い想いをただ温めておれば良かったのに! なぜ変わってしまった!」


「ティスタ! 首を下げて!」


 ツヅリの声が響き、慌ててティスタはその通りに動く。



「『ジーニ』!」



 直後、ツヅリの構えた銃から衝撃波が放たれ、バランの上半身を打ち抜いた。

 彼は後方に吹っ飛び、すぐにツヅリはティストルを庇う。


「なんなの? 急にどうしたのあの人」

「…………」

「ティスタ!」

「……あ、はい」


 ツヅリに肩を揺さぶられてティストルが正気に戻る。だが、それでもどこかぼーっとしていて、何か考え込んでいる様子だった。

 ツヅリの意識が完全にティストルへ向いていたとき、想定外の声が掛かった。



「……痛いじゃないか。バーテンダー君」


「っ!?」



 ツヅリは慌てて声の方角を向く。

 そこには『ジーニ』の直撃を食らったはずのバランが、気絶せずに立っていた。


「嘘……なんで」

「君らはどうか知らないが、我々魔術師は魔力が高くてね。その程度の魔力では、抵抗の方が勝るのだよ」

「……っ」


 ツヅリは少し前のことを思い出し、息を呑んだ。

 魔石が埋まっていることで、魔力耐性が強化されている『魔獣』。

 生まれながら強大な魔力を有し、極限の魔法耐性を持つ『ドラゴン』。

 程度の差はあれ、それらの存在を思えば。

 魔力の高い人間に魔法の効き目が悪いのも頷ける話だ。

 だが、ツヅリの理解が追いついたところで、バランは決して待ってはくれない。



《火の魔素よ。破壊を司る精霊よ》



 バランの声。詠唱がツヅリの耳に静かに届いた。


「ちっ!」


 ツヅリはまずティストルの顔を見る。だが彼女は未だ呆けていて、その動きに期待ができない。杖も手元に無いのだ。

 ツヅリは急いで迎撃の準備をしようと考えて、手が止まった。

 相手の魔法が分からない。迎撃に何を撃てばいいのか分からない。

 下手な魔法では、相手の魔法の威力を増長する結果になるかもしれない。だが、何もしないと無抵抗に敗北してしまう。


 分かっているのは火。ならば相殺には、火か水が常道。

 そこまで分かっているのに、どれを選べばいいのか、選択が追いつかない。

 カクテルの『選択肢』が多すぎる。



《求めるは爆発。散らせ、炎王の息吹》


「っつ! 略式! 『ウォッタ』『オレンジア──』」



 ツヅリの詠唱。略式でのそれが終わるのも待たず、バランは口を開いた。


「《フレア・ブラスト》」


 ツヅリの目の前に、火球が姿を表した。

 それは、カクテル【ソル・クバーノ】に似た魔法だった。

 間に合わなかった正解を見せられて、頭の中で舌打ちする。


 だが、もはや何もかもが遅い。

【スクリュードライバー】を放とうとしていた魔力を打ち切って、テイラの魔石へと力を送っても間に合わない。

 ティストルに被害が及ばないよう、せめて壁になろうとツヅリは立ち上がり──



「【ソル・クバーノ】」



 背後から、少年の声が聞こえた。

 突如飛来した火球が、目の前のそれとぶつかり、相殺しながらも爆発を引き起こす。

 ツヅリの体を耐えがたい熱風が舐めていき、思わず顔を庇う。

 それが落ち着いたあと、恐る恐るツヅリは前を向く。

 そこには、怒りを顔に滲ませるバランの姿。


 では、後方には?



「はっ、また会ったな。女」



 いつか見たことのある、赤毛の少年が不敵な笑みを浮かべていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


ちょっと最近、遅くなるのがデフォルトで申し訳ありません。

ここから、ずっと戦闘ないしシリアスな展開が続くと思われます。

三章の終わりは見えてきましたので、お付き合いいただけると幸いです。

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