表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/167

思惑と別の顔


 空気はひどく穏やかでありながら、その実、張り詰めている。

 いわば激流が完全に制御されている川のようなもの。

 そこに大きな一石を投じれば、たちまちに荒れ狂った流れに呑み込まれる。

 それが分かっていながら、ソウは躊躇う事無く言葉を投げ込んだ。


「実を言うと、ここでお前に会ったときから、引っかかりはあったんだ」

「なんですか。人を最初から疑うなんて嫌な人ですね」

「いきなり通報しようとした奴に言われたくねぇよ」


 内心がまったく軽くない軽口を言い合いながら、ソウはそれを告げる。


「お前、最初に会ったとき言ってたよな?『我が院の生徒を助けてくださったみたいで感謝します』って」

「……そうでしたか?」


 ここでとぼけたという時点で、それはリナリアにも分かったのだろう。

 自分がここでどんなミスをし、それによって疑われているのかを。



「戦闘があったことを知らない筈の人間が『助けた』って言うのはおかしいだろ」



 そもそも、あそこの段階ではリナリアはソウがなぜあの場に居たのか分からない筈だ。

 それであって、調査の手伝いをしたと思ったと仮定すると、出てくる言葉は『お世話になった』とか『手伝った』とかが相応しいはずだ。

 そう考えたとき、出てくる結論は一つ。


「つまりお前は、戦闘があったことを知っていた。違うか?」

「……仮に、知っていたとしたらどうなんですか?」

「それを知っているのは、その場に居合わせつつ、直接は戦ってない七人目ってわけだ」


 戦闘があったあの場でソウが目撃した人間は六人。

 だが、隠れて潜んでいた七人目が居たとすれば、その人物はティストルが襲われ、それをソウが助けたという事実を知っていることになる。

 それ故に、ぽろりと『失言』してしまうことも考えられるわけだ。


「そう考えれば、お前の行動一つ一つに、色々な疑いが湧いてくる」


 リナリアのこれまでの行動。


 ティストルの調査の応援をして、ソウを護衛に付けた。

 ソウに依頼をしてティストルに外の魅力を教え、同時に『誘拐事件』と『シャルトリューズ』を結びつけるための情報を与えた。


 大まかに言えばこの二つ。

 だが、それだけでなんとなく見えてくるものがある。



「お前は『誘拐事件』をティスタに調べさせるのを、つまり間接的に俺に調べさせるのを後押しした。それは何故か? お前は自分を使って俺に都合の良い情報を流すことができるからだ。例えば『誘拐された学徒は、みな魔力が伸び悩んでいた』とかな」


「それのどこが、都合の良い情報なんです?」


「調査、って観点から見れば確かになんの不思議もない。俺が欲しがっている情報をお前が与えたってだけの形だ。だが、違う視点から見たら別だ。もしお前が七人目なら、あの時点で、犯人に通じるものをすでに持っていた筈だからな。わざわざ回りくどい情報を与えたってことになる」


「でもそれっておかしくないですか」



 ソウの疑問を遮るようにリナリアが発言した。



「仮に私が七人目だとしたら、なぜ『誘拐事件』の調査を手助けするような情報を渡すんです? 調査の妨害をするつもりなら、まったく関係のない情報を流すと思いますが」


「それは、お前の目的が実際には『誘拐犯』たちと異なるからだ。更に言えば、お前は『誘拐犯』を利用していただけで『仲間』ですらなかったんだ」



 ソウは捕まった六人の誘拐犯が言っていたという発言を思い出す。

 自分たちは『六人組』であり、『七人目』などは存在しない。

 フィアールカの発言を聞くまで、ソウはそれが単なるごまかしだと思っていた。


 だが七人目が『魔術師』だという情報を得て、考えを改めた。


 誘拐犯は『七人組』ではなく、『六人』と『一人』に分けられるのではと。

 そして『六人』は、まったく知らないところで『一人』に利用されていたのではないか。


 例えば『誘拐犯』に『学徒の情報を意図的に流し』て、姿を見せずに彼らを操っていたのではないだろうか。

 そして『一人』は本命を襲う段階になって漁夫の利を狙っていたのではないか。

 だとすれば、おかしなことはない。



「捕まった『六人組』の目的が『実験のための誘拐』だとしよう。だが、七人目だけはそうじゃない。『六人組』が『誰でもいい』のだとしたら、七人目──お前は最初から『ティストル・グレイスノア』だけを狙っていたんだ。そうなると、最も狙いやすいタイミングは『誘拐事件』が解決して油断が生まれるタイミング──つまり今ってことになる」



 ソウの断言に、リナリアは僅かにだけ動揺を示した。

 それを取り繕う時間を与えずに、ソウは立て続けた。


「お前が俺に与えた情報は一貫して『誘拐事件』を処理するためのものだった。それは裏を返せば『それ以外』の情報を勝手に調べられないための餌ってことだ」

「…………」


「つまりお前は、俺が誘拐事件だけ気にするように誘導した。そうすることで、自分の標的である『ティストル・グレイスノア』に関することを調べられないようにした」

「……なぜ?」


「お前らが『ティストル・グレイスノア』の身柄を確保して、何らかの実験に利用しようとしているのを、俺に看破されたら困るからだろ?」


 ソウは鋭い目つきで、リナリアを睨みながら付けたした。



「なあ『賢者の意志』所属バーテンダー、リナリアスさんよ?」



 この国に三つしかない、Sランクバーテンダー協会。

 一つはフィアールカの属する『練金の泉』。

 一つは庶民から絶大な人気を誇る『翼の魔術師団』。

 そして一つは、最も古い歴史を持つと言われる『賢者の意志』だ。


 リナリアは堅く締めていた表情を、諦めたようにふっと緩めた。



「今更、違うって言ったって、信じませんよね。ソウ」

「さすがにな」



 その体からは一切の気は抜いていないが、それでもどこか肩の荷が下りたかのように清々しい顔。

 リナリアは縋るような声でソウに言う。


「……確かに、立場的には私はあなたの言う『七人目』ってことになるんでしょうね」


「ついに自白したか」

「でも!」


 ソウがいつでも銃へと腕を伸ばせる態勢になるのを見て、リナリアは慌てた声を出す。


「私は決してティスタちゃんに危害を加えようとはしてないです。私の任務は、むしろ彼女のためのものなんです」


 その必死な表情に、ソウは唇を噛んだ。


「つまり、俺にお前の行動を見逃せって言っているのか?」

「……そう」

「その任務とやら、詳細を俺に教える気はあるのか?」

「できません。ですが信じてください」


 ソウが尋ねると、リナリアはそこだけは気丈に首を振った。

 信じろと言うのにその態度では、流石にソウの頭にも血が上る。


「七人目って自白して、ティスタを狙っているのも否定しない。だが任務の詳細は話せない。そんな状態で俺に信じろって言うのか」

「……はい」


 リナリアがそっと目を伏せながら頷く。



「ふざけるな!」



 ソウは自分の感情を抑制しきることが出来ずに声を荒げていた。


「お願いだから!」

「黙れ!」


 リナリアは必死に答えるが、ソウはすでに銃を腰から抜き放っていた。


「……構えないのか?」

「…………」


 だがリナリアは、ソウに銃を向けられても、あくまで無抵抗を示そうとする。

 ソウは照準を合わせつつ、衝動的に動きそうになる腕を必死に理性で抑え付ける。

 そしてポツリと、言った。



「昔、俺に同じような事を言った奴が居た」


「……え?」



 唐突な言葉に、リナリアは素で戸惑いの声をあげた。


「ある違法行為を目撃してしまった俺は、そいつを咎めた。そしたらそいつは言ったんだよ。『見逃してくれ。これは人々のためなんだ。僕を信じてくれ』ってな」


「……それって」


「そして俺はそいつを見逃した。結果はどうなったか知ってるか?『神機簒奪事件』って下らない事件が起きて、多くの人間が死んだ。俺が引き金を引けなかったせいでな」


 衝動的な欲求と、理性がせめぎ合う。その過去を思い出して後悔が募る。

 ソウは吐き出すように、その名を告げた。


「そいつの名前は『ヘデラ・ヘリックス』。かつて『飛龍』って呼ばれてた俺の親友だ」


 ヘデラ・ヘリックス。

 ソウヤ・クガイと並び称された一人のバーテンダー。

 いや、元バーテンダー。

 なぜなら、彼はすでに死んでいる。


 ヘデラを殺したのは、ソウなのだから。



「リナ。俺にお前を殺させるな」



 普段は『素の感情』をほとんど表に出さないソウ。

 しかし、リナリアはソウの表情に動揺を隠せなかった。その顔があまりにも悲痛な決意を感じさせる、泣きそうな顔になっていたのだから。

 リナリアはぐっと拳を握り込み、静かに言った。



「ソウ。聞けばあなたは引き下がれなくなります」



 ソウは銃を握りしめたまま、低い声で答える。


「ああ」

「絶対に聞かなければ良かったと後悔することになります」

「構わない」

「……でしたら、お話します。私が、いや私達がなぜ『ティストル・グレイスノア』を──」


 リナリアがその言葉を口にしようとしたところ。

 唐突な爆発音が、門前の方から響いた。


「!?」

「まさか!?」


 戸惑うソウと、何かを感じ取ったらしいリナリア。

 浮かんだ感情は違えど、二人は同時に走り出していた。


「ソウ。話は後で、必ず」

「分かった」


 それだけで二人はそれまでの話にケリを付け、全速力で門の方へと向かったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ