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七人目

「それで、ソウ様はいったい何が気がかりなのでしょう?」


 もはや形骸化したといっても過言ではない組み合わせ。かかる筈のない得物を狙っての班分けをしながら、四人は街を歩いている。

 自由に動く前方の二人。ツヅリとティストルを横目に、フィアールカはソウに尋ねた。


「……未だにすっきりしないことがある」


 フィアールカと同じように気配を消しつつ、ソウはこの事件が起こってからずっとわだかまっている一つの疑問を呈した。


「あの日俺たちが捕まえた人間は六人。だが、フィア。お前が感じた反応は……七人だったよな?」

「……確かに、その通りです」


 疑念というほどのものでもない。いわばちいさなしこりだ。

 ツヅリとティストルが追いつめられていたその瞬間。ソウとフィアールカはその場にギリギリで滑り込んだ。

 だから、あの瞬間の状況を隅々まで把握していたとは言えない。それでもソウの肌の感覚は告げていた。

 その場にはもう一人いて、そのもう一人は、ソウ達が現れたと同時に離れて行ったということを。


「……その逃げた七人目。そいつはまだ、捕まってはいないんだよな?」

「それ以前の問題として、捕まった彼らは自分たちが『六人組』だと言っているみたい」

「最初から、七人目なんて居なかったって言いたいわけか」


 それは言い換えれば、その七人目だけは彼らがなんとかして守り通そうとしている『秘密』なのではないか。ソウはそんな気がしてしまう。

 もちろん、考え過ぎというのも否めない。いずれ捕まった彼らが口を割り、あっさりともう一人が見つかる可能性の方が高い。

 それなのに、ソウにはそこが引っかかって仕方ないのだった。


「それと、あいつらが『ティストル・グレイスノア』を名指しで狙っていたのが気にかかる。俺は知らなかったが、どうにもティスタは魔術師界隈ではほんの少し名が知れた存在らしいな。一部では『風の巫女』なんて呼ばれてるらしいぜ」

「ええ。どうやら彼女も、私やツヅリさんと同じく『特異体質』のようですね」


 特異体質。

 それは、ツヅリやフィアールカに備わっているある特殊な能力だ。


 彼女達は、魔石を媒体にすることで『宣言』を省略して『カクテル』を放つことができる。厳密には『カクテル』とは少し違うようだが、そこは問題ではない。

 そんなことができるほど、彼女達ははその一属性の才能がずば抜けているのだ。もちろんそれだけでは説明できない事だが、その原因は分からない。


 そして、それはティストルも同じだ。

 ソウは確かにこの目で見たことがある。彼女が『詠唱』を省略し、杖に備え付けられた『ジーニの魔石』を消費して魔法を発動させる瞬間を。


 彼女は、ツヅリやフィアと違って、その才能を正しく利用できる道へ進んだのだ。

 魔力の制御よりも、出力の方が難しいといわれる魔術師。それを育成する魔道院。彼女はそこで、その溢れる魔力を制御する術を学んでいるのだ。

 となれば、修行の時間がかかる魔術師であっても、あの若さでそれなりに出来るのもおかしくない。


「だとしたら、ティストルが狙われたのは、偶然じゃない可能性が高い」

「例えば、彼女の特異体質が実験に必要になった、とかかしら?」

「ああ。もしかしたら、これまで無差別に生徒を攫っていたことすら、最終的にティストルを狙うためのフェイクって可能性もあるわけだ」


 その可能性を考慮すれば『学徒行方不明事件』はもしかしたら『シャルトリューズ』よりもさらに大きな何かが潜んでいるのかもしれない。

 あくまで、可能性の話、だが。


「いずれにせよ、今日が終われば俺たちの契約も終わりには、変わりないがな」


 ソウはそれまでの疑念を脇において、ため息を吐いた。


「解決してないモヤモヤはあるが、実行犯は捕まった。俺たちがこれ以上首を突っ込むことでもない。という所ではあるだろうな」

「そう、そうね。それを言ったら私は更に『お手伝い』ですから。今更何を言う資格もないと思うのですけれど、一つだけ」


 ソウを慮って、フィアールカは自分の中にしまっていた一つの感覚を、言葉にする。

 それは、最初に『誘拐犯』を霧で探知したときのこと。その時は言わなかったがわずかな感覚が告げていたことだ。


「恐らく、逃げた七人目は『バーテンダー』ではなく『魔術師』だったと思います」

「なに? どういうことだ?」

「魔力量が、バーテンダーの平均よりも、かなり多く感じましたので」


 フィアールカの進言に、ソウは目を細める。

 それでは、自分の抱いていた『ひとつの答え』がより決定的なものになってしまう。

 ソウの雰囲気が途端に鋭くなったのを察して、フィアールカが不安げに眉をひそめる。


「もしかして、余計なお世話だったでしょうか?」

「いや、問題無い。教えてくれてありがとうよ」

「良かった。今の私の一番の喜びはソウ様のお役に立つことですから」

「その宣言はちょっと嬉しくないぞ、おい」


 ソウが苦笑いを浮かべるが、フィアールカは図ったように嬉しそうな顔をしていた。

 それから、しばらくは無言になる二人。

 次の会話の糸口はフィアールカが切り出した。


「話は変わりますが、私のほうも、実は一つ気がかりなことがあります」

「……なんだ?」


 ソウが何気なく問い返し、フィアールカもまた、なんでもないこととして尋ねる。



「ソウ様は、『エレメンタル』という言葉の意味を、知っていますか?」


「『エレメンタル』……?」



 唐突に出てきた単語にソウは首をかしげる。だが聞いたことがない単語ではなかった。


「たしか、おとぎ話や伝承なんかで耳にするな。『精霊の愛し子』とか『祝福を受けた者』とかそういう意味で」


 それはこの世界にそれなりに広く普及している話でもある。

 だから決して聞いた事がないとまでは言わないが、ここで尋ねられてもといった感じである。


「それがどうかしたのか?」

「実は、先日のドラゴンが、一度だけ私のことを『エレメンタル』と」

「ドラゴンが?」


 その段階で、初めてソウはフィアールカの発言が暇つぶしの類いでないと悟った。


「あいつ、そういえば俺やツヅリ、フィアを見てから激動がどうのって言ってたな」

「はい。そして『エレメンタル』という発言。気に留めるには充分ではないでしょうか」


 フィアールカの目を見て、ソウは彼女の気持ちを知る。

 気になって仕方ないのだ。

 だから彼女は調べたくて、知りたくてたまらない。

 そこに繋がる道が少しでもあるのならば、その全ての手段をこうじるのは当たり前。

 先程『ソウの役に立ちたい』と言った舌の根も乾かぬうちに、今度は『ソウを利用してでも知りたい』と思っているのだ。


「お前のそういうところ嫌いじゃないぜ」

「あら、相思相愛ですね」

「うるせえよ」


 フィアールカの嬉しそうな表情に半眼で返し、しかしソウはあえて彼女の願いに乗る。


「ま、そう言われると俺も気になるしな。ツヅリの今後にも関わってくるかもしれんし、調べておいて損は無さそうだ」

「では、何か分かったら」

「ああ、可能な限りは伝えることにする」


 個人的な調べ物を増やしつつ、ソウは考え事を増やす。

 こういう事柄に詳しそうな人間の心当たり。

 他に用事もあるし、コンタクトを取るのも良いだろう。


「あ、でもソウ様。一つよろしいでしょうか?」


 ソウがこれからの算段を立てているところで、フィアールカが付け足す。


「なんだ?」

「あまり、私にヤキモチを妬かせるような情報収集は、ダメですよ?」


 そう言った彼女は、子供らしさを感じさせる可愛らしい顔をしていた。



「具体的には『金髪で色白』の情報屋さんとか。あんまり美人だったので、うっかり私のモノになって頂くところでしたよ?」


「……せめてそいつが、金と引き換えに俺を売ったことを祈るよ」



 命と引き換えだったとしたら、流石に笑えない冗談になる。

 だがフィアールカの笑みからは、その答えを引き出すのは難しそうだった。





「それでは、ここまでありがとうございました」


 シャルト魔道院の門前にて、ティストルは深く腰を折ってソウとツヅリへ挨拶した。


「気にすんな。こっちこそ、色々と危ない目に合わせてすまなかったな」

「気にしていません。それよりも沢山のことを勉強させて貰いましたから」


 ソウが言うと、ティストルはやはり出会った当初よりも柔らかな笑みで言った。


「それじゃ、また今度遊ぼうね」

「ええ。是非」


 続いてツヅリが別れの挨拶には些か明るいものを投げていた。


「ま、困ったことがあったらいつでも来いよ。気が向いたらまた助けてやるから」

「お師匠。『いつでも』なのか『気が向いたら』なのかはっきりしてください」

「じゃあ、いつでもツヅリが力になるからよ」

「勝手に私に責任を押し付けないでくださいよ! さっきの話はどうしたんですか!?」


 ソウとツヅリのいまいち締まらない問答も挟まると、ティストルは更に楽しそうな笑みを浮かべるのだった。


 そのくらいのタイミングで、それまで三人のやり取りを見守っていた一人の女性が声をかけた。


「じゃれつくのも良いけれどね、そろそろご報告お願いできます?」


 今日も相変わらずティストルの帰りを待っていたリナリアが、にこやかに言った。

 珍しく今日はバランの姿はないが、出掛ける時にあれだけやりあったのだ。顔も見たくないと思われていても仕方ない。

 ソウはバランの事情を気にしつつ、笑顔のリナリアに提案した。


「今回は少し長くなりそうなんだ。ちょっと距離を取って貰っていいか?」

「はい? いいですけれど、じゃあ、この子たちはどうするんです?」


 リナリアはふとツヅリやティストルへと目を向けた。

 今まで、ソウはこの場にツヅリを連れてきてはいなかった。遅くなると送るのが面倒と言って、ツヅリとは街で別れていたからだ。

 だが今日は『最後だから』とツヅリの同行を許可した。


「任務は今日で終わりなんだから少し話をさせてやれよ。一応危険は無いんだからな」


 ソウが言うと、リナリアは少し複雑そうな顔をした後に頷いた。


「ま、良いです」


 生徒をこの状態で残しておくのは気がかりだが、最後くらいは長く話をさせてあげたい。そんな表情の変化をした風に、周りの目には見えた。


「じゃ、そういうことだからツヅリ」

「えっと、はい」


「くれぐれも……頼むぞ」


 ソウが頼むというところに力を込める。


「……はい、頼まれました」


 ツヅリも素直に頷いて、頼まれたことを強調した。




「とまぁ、報告はこんなところだ」

「ほぼ解決。あとは時間の問題ですか」

「ああ。ま、これまでほどピリピリしてる必要はないはずだ、ろうな」


 今日の出来事に加えて、ソウはある程度の考察を交えて報告した。

 それらを聞いたリナリアは、ふむと頷きつつ、感想を述べた。


「そうなると、その七人目とやらが捕まったら完全解決って感じですね」

「ああ。だがそれもすぐだと思うぜ」


 ソウは自信ありげにそう告げた。

 リナリアはその根拠が分からないと、ソウに尋ねる。


「そうなの? 捕まった誘拐犯たちの証言じゃ、まだまだ見つからなさそうですけど」


 それに対して、ソウはニヤリと笑う。


「いや。見当はついてるんだ。その七人目にはな」

「え?」


 あまりにもソウがあっさり告げる。

 そしてその全身から、はっきりとした敵意をもってリナリアへと言った。




「七人目はお前だろ。リナリア」




 ソウの宣言。

 それを受けたリナリアは慌てもせず、驚きもせずにこう答えた。



「どうしてそう思うんです?」



 その昔と変わらない態度、そして威圧感に、ソウは少しだけ汗が滲むのを感じた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


相変わらず二十二時に間に合わなくてすみません。

作中に出していたヒントに、

誰か気付いてくれていたかな、と思う今日この頃です。


※0114 誤字修正しました。

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