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そういう距離感

すみません、突発的な諸事情があって更新が遅れに遅れました。

今後こういうことがないように気をつけます……

 ソウはシャルト魔道院の門前に立ち、考え事をしていた。

 表向きは『学徒行方不明事件』は解決へと向かっている。実行犯と思しき者達は捕らえられ、彼らの所属している組織の裏も取れた。バレずに誘拐を行っていた手口も割れた。


 誘拐犯達はソウの想像通りの相手を狙っていた。

 即ち、魔力向上の噂を聞いて『シャルトリューズ』を求めて彷徨っていた学徒を狙っていたのだ。


 シャルトリューズの果実には魔力増強の効果がある。という噂を聞いた彼ら彼女らは、街の薬草屋、魔草屋で果実を探す。

 その最中に誘拐犯の一人が『果実ならある』と言葉巧みに誘い出し、人気の無い所で誘拐を決行する。

 誘拐された学徒は研究施設に連れて行かれて、実験の燃料にされた後に解放される。


 と、一連の流れはこのようになっていたらしい。


「お師匠? なに難しい顔してるんですか? せっかく事件も解決したのに」


 ソウが考え込んでいるのを気にしてツヅリが声をかけた。

 しかし、その表情は決して浮かれたものではなく、警戒の色が滲んでいる。


「……もしかして、報酬を当てにして、返せないほどの借金を?」

「違うわ。おめーは俺をなんだと思ってんだアホ」


 ソウの返答にツヅリは少し安堵した。


「よ、よかった。もしかしてバカ高い店で、またアホみたいに飲んだのかと……」

「安心しろ。充分報酬で賄える程度だ」

「やっぱりアホじゃないですか!」


 ツヅリはじとっとソウを睨む。

 だが、ソウはその問答よりも、更に大きな疑念に思考の大部分を当てていた。


「なぁツヅリ」

「はい?」

「この事件。本当に解決したと思うか?」


 ツヅリは最初、それが師の冗談か何かだと思って笑って返そうとした。だが、ツヅリの目を覗き込むソウの顔があまりにも真剣だったので、口をつぐむ。

 そして、恐る恐る持論を述べる。


「……実行犯は捕まったんですよね? だったらそこから先も時間の問題。ほとんど解決済みでいいと思いますけど」


 ツヅリの優等生的な返答に、ソウは一応頷いた。


「……そりゃ、そうなんだがな」

「気になることが?」

「……やはり、どうにもティスタを狙ってきたときの行動が気になる」


 ソウは実際に誘拐犯達と戦うことになったその日の状況を思い出す。

 相手の手口を考えれば、連中は『一人になった学徒に、声をかけて』誘拐するはずだ。

 だが、その日は全く状況が異なる。その上、聞いたところだと『ティストル・グレイスノア』を名指しで探していたというのだ。


「それまでの無差別的な誘拐と、今回の件は大きく食い違いがある。ということは、今回捕らえた連中とは別に、誘拐に関わっている奴が居る可能性がある」

「……つまり、お師匠はこの件はまだ未解決だと?」

「……いや、そこまでは言えない。捕まった奴らの手口を考えても、あいつらが犯人なのは間違いないだろうし……まだ、なにか……」


 見落としている、もしくは隠れている何かがあるのではないか。

 そこまでは思うのだが、それを具体的に表すには、材料が足りない。


「仮にそうだとしても、聞き取りが進めば自然に割れるんじゃないですか?」


 ツヅリの楽観的な返答に、ソウは少し押し黙る。


「まぁ、確かにな。どっちにしろ、事件がはっきりと解決するまでは一人で出歩かなきゃいいだけの話か」


 ソウも考えすぎな自分を振り払って、ティストルを待つことにした。



 会話もそこそこにしばらく待っていると、ツヅリがぱっと表情を改めた。ソウの視界の端にも、こちらへ小走りに向かってくるティストルの姿が見えた。

 本人の速度とは裏腹に、体の動きはダイナミックである。


「……しかし、相変わらずだな」


 思わず感想を漏らすと、隣のツヅリから冷たい声が出る。


「セクハラやめてくださいお師匠」

「お前には何も言ってねえよ貧乳」

「今言いましたよねっ!?」


 ツヅリがソウへとまた無駄な攻撃をしかける前に「お待たせしました!」とティストルが滑りこんできた。


「別に気にすんな。そういうのも含めて任務だからな」

「……そう、ですよね」


 ソウが気にするなと言ってみれば、ティストルは露骨にそこで顔を俯かせた。

 何か気に障るようなことを言ったらしい。

 少し悩んでから、ソウはあえて逆方向に行ってみることにした。


「じゃあ──『よくも待たせやがって、この借りはきっちり返してもらうからな』って言ったほうが良かったか?」

「え? えっと、別にそういうわけでは……」

「『そうだな、まずはじっくりとその体で払って貰おうか、ぐへへへ』」


 ソウがわざとらしく下種な笑みを浮かべて言ってみると、先程までの萎み気味の顔が一転、突如として羞恥で真っ赤な顔へと変わった。


「変態師匠!」


 直後。ツヅリは怒気を隠す事もなく、ソウの脇腹をつねりあげた。


「いでてっ、冗談だって」


 普段ならなんなく避けるソウだが、今回はわざと食らって大袈裟に痛がってみせる。その頭には、馬鹿をやって少しティストルを元気づけようという狙いがあった。


「言って良い冗談を考えてください。こんな純情な子にお師匠の下劣な本性は刺激が強すぎます」

「おい、本性ってなんだおい」


 だが、その真意を解していないツヅリは、飾り気のない怒気でソウへと言い募る。

 結果的に、途中で言い争いへと発展していった。


「だからそのいやらしい目つきです。露骨に胸を見てるじゃないですか」

「見てねえよ。自分が見てるからって俺も同じだと思うなよ、十歳平均サイズ」

「そっ、そこまで小さくないですもん!」


 ツヅリは少し涙目になりながらソウを睨んだ。だがソウはわざとらしく、それでいて心底楽しそうにツヅリをからかう。


「そこまで言うなら、直接確かめてやろうじゃねぇか」

「なっ!?」


 わざとらしく手のひらをわしゃわしゃと動かしながら、ソウはツヅリに近づく。


「大人しく差し出してみろ。大丈夫、痛くしねえから」

「け、ケダモノ師匠!」


 ツヅリはその胸を腕で庇うようにしながら後ずさる。だが、胸に詰まっている魔石のゴツゴツとした感触が、腕に伝わって少しだけ寂しかった。

 しかし、そのツヅリの気持ちも知らず、ソウが少女をじりじりと追いつめ始めた頃、



「貴様らは本当に学習しないな」



 じとっとした怒りの声が二人を止めた。


「いったい何度言ったらそのような低俗な振る舞いを止めてもらえるのかね、バーテンダー君」

「どうもすいませんねぇ」


 ソウが声の方向に向き直る。そこに居たバランはあからさまな嫌悪を顔に宿していた。


「それで、犯人はもう捕まえたのだろう? 君達はいつまで我が院に付きまとってくるのだね?」

「生憎と、契約満了が確認できるまでは護衛しないとなんですよ」

「ふん、その見回りがもう不要だと言っているのだがね」


 バランは吐き捨てた後、じっと様子を窺っていたティストルへと視線を移す。


「グレイスノア君も、はっきりと言ったほうがいい。いつまでもバーテンダーなんぞに付きまとわれるのは迷惑だとね」


 その明らかにバーテンダーを見下した発言にティストルはショックを受けた顔をした。


「そ、そんな! 私は決してそんなことは思っていません! ソウさんもツヅリさんも、私のことを考えてしっかりと依頼をこなしてくださって──」

「そうかね? 聞いたところによると、この男が身勝手な行動を取ったせいで君が危険に晒されたと報告を受けているが」


 鋭く細められた目が一瞬だけソウへと向く。


「……それは、違います」

「ほう。では、霧で視界が悪くなったときに、護衛対象を置いて女の元に走るのは、身勝手な行動ではないと」

「っ……それは……」


 ちくちくと痛い所を突くような物言い。ティストルも擁護しようと口を何度も開くのだが、続く言葉が出てこない。


「はいはい。おっさんも言いたいことがあるなら俺にはっきり言ってくれませんかねぇ」


 その陰険なやり取りに嫌気が差して、ソウはティストルを庇うように間に入った。


「あんたが、バーテンダーを嫌いだってことも、ティスタをやけに気にかけてるのも分かりましたよ」

「そうかね。それが分かっているなら、君は彼女を即座に解放すべきだと思わんかね。護衛任務も満足にこなせない無能バーテンダー君」


 なおも鋭い視線をソウへと向けるバラン。だがソウはその視線を受け流して、気にする風でもない。


「なるほど、確かにあんたが俺たちを毛嫌いする理由は分かった」


 うんうん、と相手の言い分に理解を示すように頷いたあと、ソウはバランにびしりと指を突きつけて言った。


「だが、過程はどうあれ結果としてティスタは守った。俺たちは結果が全てだ。任務の途中でティスタが攫われようが、俺がナンパしてようが、弟子が漏らそうが、最終的にティスタが無事なら依頼は達成だ。だからあんたに指図されるいわれはない」


「私漏らしてませんけどね!」


 ソウの言い分に外野から指摘が飛んできたが、ソウもバランも気にしない。

 バランは憎々しげにソウを見た後に吐き捨てる。


「ふん、どうやら貴様には、魔法の才能だけでなく、プライドも無いようだな」

「そういうあんたは、魔法の才能に加えて嫌みの才能もあるみたいで羨ましいですなぁ」

「……減らず口を」


 ソウのニヤニヤとした顔に、挑発の不発を感じ取ってバランは引き下がる。

 これ以上の問答は無駄と見たのか、くるりと背を向けて、最後に言葉を残した。


「くれぐれも、彼女に万一のことがないように。グレイスノア君の才能はこの国の大きな財産になるのだからね」

「へいへい」


 見えないと思って、ソウはしっしと手をやりながら返事をした。

 後には、微妙に嫌な空気だけがその場に残っていた。


「その、すみません。バラン先生が大変失礼なことを──」


 その空気に責任を感じたのか、真っ先に謝罪をしたのはティストルだった。


「はいピン」

「いたっ」


 そして案の定、ティストルの額にソウのデコピンが炸裂したのだった。


「……なんでです?」

「お前が失礼なこと言ったわけじゃないし、一応はあっちのが目上だろ? 下の責任を上が取るのは義務だが、上の責任を下が取る権利はない」

「……はい」


 ソウがピシャリと持論を述べると、ティストルは静かに納得したように頷いた。

 その額を手でさする顔が、ほんの少しだけ嬉しそうに見えて、ソウは首を傾げた。

 ティストルはそこから何か考え込むように間を置いて、ソウへと尋ねた。


「あの、ソウさん。一つだけ、訊いてもいいでしょうか?」

「なんだ?」


 ソウが黙って続く言葉を待っていると、ティストルは深呼吸を二度ほどして、口にする。


「……その……この依頼が……終わって」

「終わって?」

「それから……その」


 そこで一度言葉が止まり、ティストルはパクパクと魚のように口を開いて、言った。



「……そのっ! ソウさんでも私の胸には興奮しますか!?」


「…………あ?」

「はぁっ!?」



 たっぷりと時間をかけたが、ソウにはその一連の言葉の繋がりが追えなかった。

 先程から黙って聞いていたツヅリもそれは同様だったが、より危険な香りを感じていた。

 いきなり変なことを口走ったティストルは、湯気を吹き出さんばかりに顔を真っ赤にする。混乱したかのように目をグルグルと回し「ち、ちがっ」と前置きして言い募る。


「そのっ! 違うんです! ただ、聞いたところによると、相手に気に入られてから交渉に望むのは常套手段であって、だから、ソウさんがもし私の胸が気になるなら、それを提示することで交渉の成功率が上がって、だからソウさんが──」


「落ち着けおらっ」

「いたっ」


 見るからに混乱を始めていたティストルに向かってソウは気付けに一発見舞う。

 ティストルは額を押さえ、さらに自己嫌悪もあるようでしゃがみ込んだ。


「……すいません。違うんです。私が言いたかったことは、その……」


 うじうじと思い悩むティストルに、はーと息を吐いてからソウは言った。


「あー、いい分かった。面倒そうだから後で聞いてやる。今は任務に集中しろ」


 後で、とソウに言われて、ティストルは焦って立ち上がる。


「そ、それでは決心が! ……それに、時間が……」

「ん? そんなに急ぐことなのか?」

「はい! だって、今日で──」


 ──今日で、皆さんとはお別れになってしまいます。

 ティストルがその言葉を口にしかけて、しかし喉に詰まらせた。それを言ってしまうと、それを否定するための言葉が出せなくなる気がしたのだ。

 だが、ソウはそんな彼女の葛藤に、あまりにもあっさりと終止符を打った。


「別に、落ち着いたらゆっくり聞くから。決心ができたら明日でも明後日でも良いぞ?」

「……へっ?」


 ソウが自然にこれからのことを口にしたので、ティストルは口を開けて呆ける。


「どうした? 明日や明後日じゃやっぱりだめなのか?」

「い、いえ? あの、明日以降も、良いんでしょうか?」

「ん? 別に俺たちは引っ越す予定もないし。いつでも居るとは言わないが、明日や明後日は本部に居ると思うぞ」


 ソウが不思議そうに言った言葉。

 ティストルは難しく考えていた自分を粉々に否定されて、思わず笑みを零した。


「……そう、なんですね。はい。ふふふ。私、多分馬鹿でした。勝手に、会えなくなると思って……」

「……もしかして、お前」

「……はい。その、そういう関係に慣れていなくて」


 ティストルから漏れた断片的な単語で、ソウは彼女の言いたい事をほとんど理解した。だが、ツヅリはまだそれが分からずに首を傾げている。


「えっと、つまりどういう?」


 ツヅリはティストルとソウを交互に見るが、ティストルは少し羞恥で涙目になっていてとても聞ける状態には見えない。

 そしてソウは、その状況を面白がっていてとても教えてくれそうにはなかった。




 少しして事情を聞いたツヅリは、


「え? だってフィアも一緒に遊ぶ約束だったよね? 忘れてたの?」


 と、少しだけ拗ねたような顔でティストルを責めるのだった。


※0112 誤字修正しました。

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