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解消される依頼と関係

 誘拐犯達の襲撃から、数日が経過した。


 襲ってきた誘拐犯達は、全員仲良く捕らえられた。ソウはそこから先をティストルに委ね、ティストルは自分でそれ以上事件に踏み込むのを止めることにした。


「良いのか? こいつらから黒幕の情報を聞き出さなくて?」


 ソウが尋ねると、少し迷いはありそうだが、それでも静かに首を振った。


「はい。実行犯を捕らえたのであれば、もう直接的な被害は出ないはずです。そこから先のことに私個人が踏み込むのは、その、少しだけ余計と言いますか……他の人にお願いしても良いかと思ったので」


 そのティストルの決断にソウは異を唱えることはなかった。

 そして、誘拐犯たちの身柄は国から派遣されていた調査隊に預けられた。


 まだ、そこから先の黒幕へとは繋がっていないようだが、着々と調査は進んでいるらしい。その先は時間の問題だろう、とソウはリナリアから聞いた。

 それからもティストルとソウ達は見回りを続けていたが一切の異常はなかった。当然、シャルト魔道院から誘拐の被害者も現れていない。

 まだ気は早いかもしれないが、事件はほぼ解決したと見て良さそうだった。



 それはつまり、ティストルにとって、ソウ達との別れが近いという意味でもあった。




「……それでさ、ティスタ。聞いてもいい?」


 ティストルは手芸作業の最中にひそひそと話しかけてきた学友へと顔を向けた。現在地はシャルト魔道院の作業室。

 魔石を編み込んだ糸を用いて、魔術師が扱うような衣服や小物を作成する『奉仕活動』に使われる部屋である。

 そして今は、刺繍の為に針と糸をあくせくと動かして、目の前の豪華な布を魔法具へと生まれ変わらせる作業の真っ最中だ。


「えっと、なに?」


 ティストルは作業の手を止めることなく笑顔を向けた。

 話しかけてきた黒髪の少女──ミルラは、周りの女子たちと頷き合ってから、意を決して尋ねる。


「……ティスタはあの、いつも門の前で待ってる人と、どこまで行ったの?」


 ミルラの言葉に、ティストルは考え込む。

 調査の経過報告なら、魔道院を通してある程度は伝わっているはずだ。そして、その結果、実行犯達が捕まったということもである。


 だが、確かに友人達にとってこの問題は由々しき事態でもあった。少しでも進展を望んでいるのは間違いない。

 ティストルは少し悩みつつ、正直に答えた。


「えっと、そうですね。誘拐の実行犯は捕まりましたし、もうすぐ自由に動け──」

「違う違う! もう、そんなのはどうでもいいから!」

「はい?」


 ティストルの答えに、ミルラは呆れた顔で否定を返した。彼女の声が少々うるさかったようで、教師の鋭い視線が飛んでくる。

 ミルラとティストルはぺこりと頭を下げてから、向き合う。


「えっと、事件の話ではないの?」

「……だからさ、ティスタはあの男の人と、どこまでいったのって」

「……それは、ですから」


「男と女の関係の話で」


「…………へ?」


 付け足された言葉に、ティストルの頭は一瞬思考を放棄した。

 少女が固まってしまったのを見て、補足するようにミルラが追撃する。



「だって、ティスタってあの男の人のこと、好きなんでしょ? 違うの?」


「…………な」



 ティストルは、やはり彼女の言葉の意味が上手く呑み込めない。

 にも関わらず、ティストルの頬は尋常でなく火照り始めた。思考は空転しつづけて、自分の意志が迷子になり、ふいに浮かぶのはソウに不満をぶちまけたあの日のことだ。


 初めて胸の内を明かしたあの日以来、ティストルは心にソウの言葉を残している。

 誰かの為に生きるべきという思いは消えてはいない。だが、強迫観念のように染み付いていた頃ほどではない。


 普段は意地悪く、やる気もなく、ひょうひょうとしているのに。

 ティストルの迷いを真っ正面から斬り捨て、その後に進むべき道を示してくれた。

 不意に、ソウにポンポンと元気づけられた頭が、もどかしく熱くなった。


「いたっ!?」


 その直後に、まったく意識を向けていなかった手元の針が、ティストルの指を刺した。


「だ、大丈夫?」

「う、うん」


 ツヅリは慌てて刺した人差し指を口に含んだ。

 鉄の味が今はどうにも、バーテンダーの持つ『銃』という魔法具を思い起こさせた。


「で、で、どうなの?」


 じわりと血が滲む指先と同じように、ティストルの胸の中にもじんわりと痛む何かが生まれていた。それを自覚して、ティストルは再び頬を熱くさせる。

 だが、答えられることなど、何も無い。


「えっと、確かに私はソウさんを嫌ってなんかいません。でも、別にそういう関係ってわけじゃないです」

「え、そうなの?」

「……うん」


 ティストルが頷くと、周りで大きく二つの反応が起こった。

 一つは女子のつまらなそうな、それでいてもっとつつきたそうなため息。

 もう一つは、男子のほっと安堵したような声。

 一応はこちらを注意していたはずの教師ですらも、ティストルの気持ちにはいくらかの興味があるようで、咎めずに聞き耳を立てている。


 だがティストルはそれらに気を止めない。ソウと自分の関係。当たり前のはずのそれなのに、すこししょんぼりとしている自分にも気づいていた。

 ティストルとソウの関係は、所詮契約によって結ばれたものに過ぎない。ソウがティストルの身を案じてくれるのは、その先の報酬のためだ。


 さらに言えば、ティストルを女性として扱っていても、女性として見ていないのはなんとなく気づいている。

 それは、ティストルに対してだけではない。ツヅリや、フィアールカに対してもそうだ。もっとも、フィアールカはそれを知っていて存分に攻めている様子だが。

 そして、それが分かっているから、ティストルはそこから先を思ったりはしない。


「でもさ」


 ティストルの胸中をおもんばかってか、ミルラはじっと見つめてくる。


「聞いてるよ、今日でお別れだって。ティスタはそれで良いわけ?」

「それは……」

「私達『ティスタの恋を全力で応援してあげたい連盟』は黙ってられないよ?」

「……えっと?」


 唐突に出てきた謎の連盟にティスタは目を丸くした。

 ミルラはその様子を面白そうに見た後に、真剣な目つきで言った。


「あのさ、ここだけの話。私達、ちょっとだけこの事件に感謝してるんだ」

「……それは、なぜです?」

「だってさ、ティスタっていっつも私達のこと助けてくれるけど、自分から『助けて』って言ってくれること、無かったじゃない?」

「……うん」


 ミルラは心配するように言ってから、嬉しそうに目を細める。


「でも、今回初めて、私達のこと頼ってくれてさ。なんていうか、嬉しかったんだ。ティスタが私達のこと、認めてくれてるんだって思えて」

「そんな、認めるなんて当たり前な──」

「でも、やっぱりちょっと思ってたよ。ティスタは『天才』だから、私達なんかが手伝うことを、足手まといだと思ってるんじゃないかって」


 友人だと思っていた少女の、偽りの無い言葉を聞いてティストルの息が詰まった。

 ミルラの言葉に、周りの人間はみな、小さく同意を示している。


「初級魔法の《ウィンド・ストーム》だって、私達なら『四小節』は要る。もちろん風が扱えない人だったら『発動すらできない』。でも、ティスタは違う。本当の天才だもの。ジーニの上級魔法だって『三小節』で詠唱が終わっちゃう。そんな私達が、ティスタの友達で良いのかとか、本当はずっと悩んでたんだ」


 ミルラの言葉に、ティストルはさらに戸惑い、周りを見た。

 もちろん、ティストルがそんなことで友人達を見下したり、足手まといだなどと思ったりしたことは一度としてない。

 しかし、それはあくまでも才能を持つ者の、見方である。


 ここに居る全員は、一般人に比べて圧倒的に魔法の才能がある。

 しかし、その中でもさらに飛び抜けている存在を前にして、複雑な感情を持つのは当然だった。


「だからさ、ティスタが『お願いだから助けて』って言ってくれたとき、嬉しくてさ。柄にも無く全力で助けちゃったんだよねぇ。まぁ、男達は胸しか見てなかったかもしれないけど」


 ミルラの言葉に、男子達は慌てて否定を返す。しかしその一糸乱れぬ動きは、逆にティストルの警戒を煽った。

 その結果ティストルは無意識に胸を庇ったのだが、それによって押さえ付けられた豊満な胸は、尚更に男子達の心を煽った。


「とにかく、私達の情報網によりますとですね。あんな頑なだったティスタを懐柔しちゃった『魔法使い』は、あの『バーテンダー』の男の人だって、分かったわけよ。あの頑固なティスタをどうやって変えたのか……それはもう、恋しかないじゃない?」

「ち、違う、違いますから」


「照れることないってば。私知ってるよぉ? たまにティスタが、おでこをちょっと切なそうに撫でて遠い目をしてることとか」

「っ!?」


 ティストルは言われておでこに手を当てた。

 確かに最近、その行動には心当たりがあった。魔道院で誰かと話しているときにも、癖で謝ってしまったあとに、不意にデコピンを思い出す。

 そして、あの夜にソウとした会話が思い起こされるのだ。


 だから、ティストルにとっては、それは意志の確認のようなもので、決して恋心などではない。筈だった。

 その筈なのに、どうにも否定し切ることを拒む心がもどかしかった。


「だからね。魔法では敵わなくても、恋の話だったら助言できる。そう思って私達はティスタの恋を応援すべく『ティスタのラブラブ応援団』を結成したんだよ」

「さっきと名前が違いますけど」

「細かい事は良いの。で、結論なんだけど」


 ティストルの困惑をよそに、ミルラはそっと耳打ちする。



「その豊満な胸を押し付けてやれば、たとえ大人の男だろと一発ですよ」



 その答えが、どこかで聞いたものと全く一緒で、ティストルは少し呆れる。


「…………ばか」

「いやいや! これは男子たちの総論だよ? なんだかんだいっても、男である以上その破壊力には抗えないって。あーもう、これ言うの私も恥ずかしいんだからね!」


 ティストルは少し睨みつけるように周りの人間達を見回す。

 彼ら、彼女らはそれぞれが複雑そうでありながら、どこか見守るような目でティストルを見ていた。

 特に男子達が複雑そうなのだが、ティストルには知ったことではない。

 さっきのミルラの意見は冗談として受け取っておいて、ティストルは笑みを返す。


「でも、ありがとう。うん、私もちょっと、やる気になってみます」

「おぉ?」

「任務ではお別れだけど、そうじゃないですよね? 会いたかったら会いに行っても良いかって、聞いてみます。だって、お別れしたくありませんから」


 それはある意味ではソウから教えて貰ったことだ。

 自分が別れたくないから、行動を起こす。その動機の中心は自分であり、シンプルで分りやすい行動原理なのだ。

 ミルラはうんうんと目を輝かせる。


「うん、そうだよ。嫌なら嫌って言おうよ! 恋は我がままな奪い合いってね」

「……だから、恋とかじゃなくて」

「だから、あのいっつもくっついてる犬みたいな女の子、邪魔だったら言ってね? 全力で排除しにいくから」

「やめて!」


 うっかり、初めて街を案内してくれた……友人を排除されそうになってティストルは焦った声をあげた。

 そして、それともう一つ、思った我がままを言ってみることにした。


「あと、ミルラ。もう一つお願いというか、助けて欲しいことがあるんです」

「ん? なにかな、ティスタ姫」

「……私、もっとみんなと仲良くなりたいから、みんなが街でどう遊ぶのかとか教えて欲しい、ですけど」

「お安い御用よ!」


 ティストルのおっかなびっくりの求めに、ミルラは快活に頷いた。

 その辺りで話は終わったと見たか、監督をしていた教師がパンパンと手を叩く。


「はい、無駄話はやめて作業に戻りなさい」


 皆は「はい」と答えて、黙々とした作業へと戻った。

 だが、その胸中は少しだけ幸せなものであったのは間違いなかった。



「…………」


 その様子を、一人の人間が隠れて見ていた。

 その表情には、嬉しいような悲しいような、とても一言では言い表せない複雑な思いが現れているのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

すみません、予定より遅くなりました。


だからというわけではありませんが、次回の更新から十時に更新目安時間を変更させていただきたく思います。

よろしくお願い致します。


さて、終わった感じが漂う三章ですが、もうちっとだけ続くんじゃ。

お付き合いいただけると幸いです。


※0109 誤字修正しました。

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