フレアバーテンダー
「おまえ……まさか、『フレア』……なのか?」
ソウが男の武装を解除させ、手足を縛って拘束した後。
わざわざ意識を残しておいたほうの男が、壁にもたれた状態でソウに尋ねた。
「あー? かもな」
フレアバーテンダー。
この世界にごく少数存在する、動きながらカクテルを作れるバーテンダーのことだ。
バーテンダーの中でも、『戦闘』に特化した存在であり、同時に他のバーテンダーからは忌避される存在でもあった。曰く、
『戦闘で選べる選択肢を増やす代わりに、カクテルの完成度を追求するのをやめた』
『バーテンダーを目指すものは、その真理へ至るべく努力をすべきだ』
それもまたバーテンダーの一般的な見識であり、故に、フレアバーテンダーはその戦闘力と比較して、非常に肩身の狭い思いをする。
それが魔術と体術、両方の恵まれた才能を必要とするものだとしても。
「……そうか。だから俺たちが負けたのか」
男は純粋にソウの力を認めた。負け惜しみもなく、力が及ばなかったと。
自身の負けを認めた、潔い瞬間。
とは、ソウは欠片も思わなかった。
「ふん!」
「ぐぁ!」
その発言にイラっときたソウは、思わず相手の脳天をゲンコツでぶち抜いていた。
「てめぇ! なにしやがる!」
暗殺者の怒声をそよ風のように受け流し、ソウは言い聞かせるように話す。
「オタクらの【スクリュードライバー】──ありゃなんだ? ゴミみたいな完成度だったぞ? 犬も飲まねえレベルのな」
「なんだと?」
ソウの侮蔑に男は気分を害すが、それをソウはただ冷めた目で見ていた。
「おまえ、『詠唱』を相手に何を使うのか悟らせないための技術とでも思ってんだろ?」
「当たり前だ。いちいちレシピを『宣言』して相手に準備をさせる暗殺者など──」
「だからクソなんだよ」
口にするのもアホらしいと言わんばかりに、吐き捨てる。
「まず一つ。魔力の活性化がおざなりにもほどがある。発動ギリギリレベルだった。あんなもん、不意打ちじゃなきゃ負けるアホはいない」
言い切った後に、ソウは反論を待たずに続ける。
「二つ。オレンジのカートリッジを長時間、外に出し過ぎだ。ポーチから外に出してる時間が長いほど、活性化が鈍るのは常識だろ」
通常、バーテンダーの使うポーチは、弾丸やカートリッジの保存に適した特別製だ。そこから外に出している時間が長いほど、魔力の反応がどんどん鈍くなっていく。
もっとも、今回のそれは半分ソウが狙ってやっていたことだ。戦闘の前、眼の前の男二人がこれ見よがしに銃を取り出したので、わざと会話を長引かせたのだ。
「三つ。『詠唱』が雑すぎる。そもそも『二人』が同じ詠唱を、なんてアホだろ? 二人で同調するために言葉は単調。オレンジのカートリッジぶっ差して《水獣の唄》なんて出だしじゃ【スクリュードライバー】ですって宣言するようなもんだろうが」
始めから『水』を暗示する詠い出し。オレンジのカートリッジ。
水──すなわちウォッタ属性で、オレンジアップを行うカクテル。
なおかつ、暗殺用に発動の早い『ビルド』となれば、ほとんど確定したも同然だ。
普通なら『詠唱』とは、完成に至ったと感じたカクテルを『自分の言葉』で表現するためのものだ。
相手がどう対策をしても打ち破るという、確固たるカクテルへの信頼と完成を要する。
確かに『詠唱』には、相手に自身の用いるカクテルを悟らせないという利点もある。
しかし、その利点だけを見て下手に『詠唱』を行うと、相手に対策の隙を与え、完成度が落ちるという欠点が浮き彫りになるのだ。
「そして四つ。この俺に誘い込まれたことすら気付かずに、カクテルで勝負を挑んだのがそもそもの間違いだ」
「誘い……こまれた……!」
言われてから初めて、男はこの路地の妙に気付いた。
適度な視界。格闘に必要な道幅。しかし囲まれない狭さ。あまりにも少ない人通り。
最初から、ソウがここで自分たちを迎え撃つつもりだったのだと、気付かされた。
「お前等が俺に発見されてる段階で、もう勝負はついてんだよ」
「……だが、俺たちに気付いたのはここに入ってからでは……」
「お前本当にバーテンダーか?」
あまりにも視野の狭い発言にソウの声には多分の呆れが混じる。
これでは、まだツヅリの方が二倍──いや、十倍はマシではないか。
「昨日の夜、あんなに堂々と後を付けてきたんだ。今日は警戒するに決まってんだろ?」
「……まさか、バレていたのか?」
ソウは昨日の夜、酒場に入る前あたりからずっと同じ気配を感じていた。
だからこそ警戒し、昨日はわざと、道に迷ったように真っ直ぐ帰らなかった。そして今日は、ツヅリを家に置いて、単独行動を取っていたのだ。
「ま、俺の実力を読めずに挑んだのがそもそもの間違いってこったな」
ソウはわざとらしくまとめに入った。
「こういう細かいことがカクテルの良し悪しを決めるんだ。分かったかツヅ──」
そして、無意識に弟子の名を呼ぼうとしていた。
「……ツヅ?」
呆気に取られた男の顔。先ほどまで緊迫していた場に、不自然な沈黙が入り込む。
「言い間違いだ。忘れろ」
ソウは手に持った銃を相手の額に突きつけた。男は無言で頷く。
(くそっ。あのアホが居ないのに何を説明してたんだ俺は……)
さっきのやり取りの無駄を認めてから、ソウはさっさと本題に移ることにした。
「それで一応聞いておくが、情報を話すつもりはあるか?」
「……あるわけないだろうが」
「だろうな」
ソウは想定通りの返答に頷き、相手の足を思い切り蹴りつけた。
「ぐぅおぉおお!」
ビギと嫌な音が響き、男が呻く。
「……な、何を?」
「お前さあ、俺を殺しに来たんだろ?」
説明を求めた男に、嗜虐的な表情を見せるソウ。
「それなのに、なんで自分は殺されるわけない、みたいな態度なんだ? 普通は殺される覚悟を持って来るもんだろ? 舐めてんのか? なぁ?」
言葉と同時に、次は足を踏み抜いた。先ほどよりも鈍く大きな音を立てて。
「ぎぃいい!」
くぐもった悲鳴をあげる男に、再び尋ねるソウ。
「報酬安いんだろ? 雇われのお前等が命かけて守るような情報か? 知ってること話したら大人しく捕まるだけで良いんだぜ?」
「し、知らない! 知らないんだ! 俺たちはお前等を妨害するようにしか頼まれてない! 依頼主の素性も、顔も、目的も知らない!」
「嘘はいけないなぁ」
酷薄な笑みを浮かべながら、ソウは手に持った銃を男の額に突きつけ、宣言する。
「基本属性『ジーニ45ml』、付加属性『ライム1/6』『アイス』、系統『ビルド』、マテリアル『トニック』アップ」
低い声で宣言がなされると、銃は無慈悲に準備を終えたことを音で示す。
「もう一回聞くぞ? 知ってることを話せ。さもなくば、殺す」
突きつけた銃の引き金に指を添え、温度を持たない声でソウが尋ねる。
その響きは、仕事に慣れている筈の相手を半狂乱にさせる圧力を秘めていた。
「ま、待ってくれぇ!! ほ、本当に──本当に何も知らないんだ!?」
「五秒待ってやる」
相手の言う事を欠片も信じず、ソウが告げる。その指を引き金にかけたまま。
「五、四、三」
「本当に分からないんだ!? 嘘じゃない! 本当に!」
「二、一」
「そうだぁ! これは推測だが相手について一つ分かることがある!!」
ソウはピクリと眉を動かし、銃を離して続きを待った。
男はカウントが止まったのを確認し、少し息を整えてから話す。
「お、俺たちを雇ったのは同じバーテンダーだ!」
「……根拠は? 依頼主の顔も知らないんだろ?」
「に、匂いだ! 依頼の手紙から微かに『ガリアーノ』の匂いがしたんだ!」
「『ガリアーノ』……か」
ガリアーノとは、この世界に生息している植物──魔草の名前だ。
その花はバニラに華やかな香草を足したような甘い香りで、一部の愛好家には親しまれている。花束の近くででも手紙を書けば、匂いが移ることもあるだろう。
しかし、バーテンダーにとってガリアーノはただの花ではない。
ガリアーノの果汁は、様々なカクテルの原料になるのだ。比較的高価であるために流通も少ないが、ソウも扱ったことは何度となくあった。
花はなくても果汁が近くにあれば、匂いが移ることも考えられる。
転じて、依頼の手紙を出した人間は、バーテンダーの可能性が高いということだ。
「……他には?」
「他は本当にわからない! 本当だ!」
「……そうか。ご苦労」
そう呟いて、ソウは離していた銃を再び男の額に突きつけた。
男は血の気の引いた顔で、呻く。
「な、なんで!? 話した! 知ってることはもう話したじゃないか!」
「ああ。だからお前は用済みってことだろ?」
「は、話が違う!」
突然の事態に慌てふためく男。
ソウはそれをつまらなそうな目で見て、吐き捨てた。
「そんなうまい話が、本当にあると思ったのか?」
「なっ! ぁああああ!」
死神すら一目惚れしそうな薄い笑みを浮かべて、ソウは小さく、宣する。
「あばよ……【ジントニック】」
そしてその引き金を引いた。
放たれた魔力が、銃口から抜け出して魔法の形を取る。
これまでもソウは『ジーニ弾』を、相手を吹き飛ばすのに使ってきた。
【ジントニック】はそれの強化改良版のような、風属性の汎用魔法だ。
ジーニ弾の有効射程が二メートルならば【ジントニック】はそれが十メートル以上に伸びる。更にかまいたちのような風の刃も発生し、狙ったものを切り裂く効果もある。
至近距離で撃てば、人体を小間切れにするのは訳も無い。
零距離で放たれれば、確実に命はないのだ。
「あ、あああああああああ……ああ?」
男は悲鳴をあげ、風の暴力にさらされた。
ただし、途中から違和感を感じながら。
その違和感の正体に、男はすぐに気付いた。銃口から解放され、破壊の力と化した魔法は、男の頭の上でとても小規模な破壊を撒き散らしていた。
魔法は覆面と、その下に覆われていた髪の毛を根こそぎ刈り取って消えたのだ。
「だぁっはっはっはっはああああ!! ハゲだ! ハゲがおる! ぎゃっはっはっは!」
その場には、頭に妙な涼しさを感じて呆然とする男と。
眼の前に突如現れた、いや、自分で作り出した坊主に大笑いするソウがいた。
「な、なにが……」
「ん? なにがおかしいって? そりゃつるっぱげが悲鳴上げながら泣いてたら面白いだろ! 目の前にキョトンとしたつるっぱげがいたら面白いだろ!」
ヒーヒーと呼吸困難になるほど笑い、体を折り曲げているソウ。
男は憮然とした表情で、それが収まるのを待つ。
しばらくして、笑いすぎて涙目になったソウが、銃から薬莢を排出した。
「それは、ポーションで作った練習弾だ。誰が好き好んで手を汚すかっての。だいたい今は『ジーニ』切らしてんだよ。そんな無駄なことに使うか、勿体無い」
ソウはそこまで言って男の顔を見ると、また笑いそうになるのを堪える。
「くく。俺の弟子に感謝しとけよ? その出来の悪い弾を作ったのはあのアホだからな。俺が自分で作ってたら、頭だけじゃ収まらん。全裸だな」
結局、ソウに殺すつもりは最初からなかった。それに気付いたとき、男は先ほどまでソウから感じていた死神の雰囲気が、作り物だったことを知った。
しかし、それと同時に逆のことにも気付いていた。
あれほどの雰囲気を作れるということは、あれほどの雰囲気を『纏っていた』時期があるのだということに。
「ま、これに懲りたら暗殺家業なんかからは足を洗うんだな」
ソウは男を見ないように気を付けながら軽口を叩いた後、もう一つ付け足した。
「それと、仲間を犠牲にするようなやり方は……忘れることだ」
「…………」
その言葉に、冗談の気配を欠片も感じられず男は押し黙る。
何かの過去を、感じずにはいられない背中があった。
言いたい事を言うと、ソウはニヒルに笑いながら振り向き、
「……ぶ。くくく! あーははっは! やっぱり無理! その頭で真顔止めて! 腹が!」
そしてまた盛大に笑ったのだった。
その後、気絶していたもう一人もソウの手で丸刈りにされ、路地には二人分の男の笑い声が響いた。