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『シャルトリューズ』の噂

 それから数日は、動きがなかった。

 フィアールカとティストルの予定が合わずに、ふいになった日もある。

 しかし、それ以上に天候の影響が大きかった。ソウは雨の日には無理に動こうとはせずに、ティストルの情報収集に力を入れてもらうことにした。


 そして調査が始まってから一週間。

 三回目の実地調査のその日だった。

 資料を整理していたソウは、一つだけ気になるものを見つけた。

 それはシャルト魔道院内に広まっている噂の類だ。欠片も信憑性がなく、言ってしまえば眉唾ものの、単なる噂。


『シャルトリューズの果実を食べると、魔力増強の効果があるらしい』


 誘拐事件の調査をしているだけだったら、いくらでも読み飛ばしてしまいそうな記述だ。

 だが、ソウは一つだけ気になることがあった。

 被害者の共通点として、最近魔法の成績が伸び悩んでいたというのがあった。

 その二つを繋いで考えることは、はたしてそれほど突飛なことだろうか。


「調査のときに、ティスタに詳しいことを聞くか」


 ソウは言って、最近はとみに調査に積極的になっている少女を思い浮かべた。




「シャルトリューズの噂ですか?」

「ああ、それを誰から聞いたとか、分かるか?」

「えっと、ちょっと待ってください」


 シャルト魔道院の門前でティストルに尋ねると、ティストルはうんうんと唸り出す。

 あの日から、彼女は何かが変わったのだろうか。

 正直に言えば、ソウはそれまでの彼女を知らないのではっきりとは言えない。だが、教育の成果かデコピンをする回数は減ったように思う。


「そうですね。割と七不思議のように認知度が高い噂だったようで、誰からとははっきり言えません」

「そうか」


 ティストルは多少申し訳なさそうだが、ここで無意味に謝ることもなくなった。

 対してソウは、もう少しだけその話を詰めてみたいと思った。


「それじゃあ、実際にそんなことはありうると思うか? 眉唾じゃなくて、本当にシャルトリューズの果実を食べたら何かあるとかは」

「……それは、なんとも言えないと思います」


 今度もティストルは言葉を濁らせる。簡単に否定されるかと思ったが、そうではないようだ。

 ティストルは考え込みつつ、自身の考えをぽつぽつと言葉に変えていく。


「そもそも、シャルトリューズの果実が、果実の姿で出回る事がありませんから。そして、その果汁がなぜ『黄色』と『緑』の二種類の色を取るのかも、分かりません。もしかしたら、そこに魔術的な秘密があるのかもしれませんし、謎の効果があるのかも──」

「なら、学徒達はそれを求めて行動してもおかしくない、ってことか?」

「……はい。そうですね」


 ソウの中では、ティストルの言葉ではっきりと線が繋がったと感じた。

 おそらく、誘拐の手段と『シャルトリューズ』の噂には、関連があるのだと。


「あの、お師匠。そろそろ説明をですね。というか何回説明不足だって言ったら、私のことを気にかけてくれるようになるんですか?」


 それまでは黙っていたツヅリが、ここぞとばかりにじとっとした目でソウを睨む。


「すまんツヅリ。確証が持てるまで無駄に行動されると迷惑だから黙ってた」

「私子供じゃないんで! 動くなって言われたら動きませんから!」


 ソウの言葉に少しムキになってツヅリが反論するが、それに対するソウの目は冷ややかだった。


「……特訓」

「へ?」


 ボソリとソウが言った言葉が、ツヅリには理解できない。


「……メイド長。裏庭。モスベアー」

「……あの」


 だが続いた言葉で、次第になんのことを言っているのかを理解しはじめた。

 数ヶ月前、師の言いつけを守れずに勝手に行動して、死にかけたときのことをネチネチと責め立てられているのだと。


「……また、一週間『犬』か?」

「…………す、すいませんでした」


 結局ツヅリは何も言えなくなってしまった。しかし心の中にわだかまりは残る。


「……でも、挽回のチャンスくらいは、くれたって良いじゃないですか……」

「分かったって、また今度な」

「約束ですよ!」


 それで会話は終わりとばかりに、ソウは今一度ティストルに尋ねた。


「それで聞きたいんだが、薬草とか魔草とかについて詳しい人間ってのは誰だ?」

「詳しい、ですか?」

「ああ、さっきの噂を気にして行動を起こすとしたら、誰に相談しにいくと思う?」

「……それでしたら──」


 ティストルが一人の教師の名を挙げようとしたとき、遮るように男の声がした。



「それらは私の専門分野だが」



 その言葉と共に強引に話に割って入ってきたのは、バランだった。


「今日もまた、門前でウダウダと何かをしていると思ったが、薬草の話か」

「……あんたが、薬草や魔草の専門家だっていうんですかい?」

「いかにも」


 相変わらず、機嫌が悪そうに神経質な表情でバランは言った。

 ソウが訝しげに目を細めていると、バランは更に苛立ちを募らせた様子になる。


「なにか聞きたいことでもあるのかね? 一向に成果をあげられないバーテンダー君」


 その嫌みな言い方に幾分ソウも苛立つが、早々に質問に移る。


「……聞きたいんですが、あんたの所に『シャルトリューズ』の果実を求めた生徒が、姿を見せたりはしなかったですかね?」

「……それはいつの話だい?」

「ここ数ヶ月で」


 問われて、バランは考え込むように目を細めた。


「……特に記憶にはない。探しているのかね?」

「別に探しているわけじゃ……いや、そうだな。心当たりはありますかね?」


 ソウは注意深くバランの顔色を窺いながら、その答えを待った。


「……ふむ。いくつか心当たりはあるが、果実というよりは種子の店だ。それでも良いのなら紹介できるが」

「だったら、是非ともお願いします」


 ソウが頷くと、バランは少し待ち給えと言い残し、魔道院の中へと戻っていった。


「……ティスタ。あのバランって男はどんな奴だ?」

「え?」


 その姿が見えなくなったところで、ソウは低い声でティストルに尋ねていた。


「そうですね……バラン先生は、その、真面目すぎるところがありますが、生徒には優しく、厳格さと公正さを大切にする方です」

「へぇ。モテるのか?」

「モテっ!? た、確かに一部の生徒の中には先生を尊敬している子もいますが」

「なるほど、なるほど」


 ソウは意味有りげに数度頷いて、真剣な目つきで言った。


「あいつ、何か隠してるな。ほんの少しだけ『シャルトリューズ』の話で目が泳いだ」

「え?」

「ティスタ。あの男には少しだけ気を付けておけ」


 ティストルは目を丸くしてソウの言った言葉を受け止める。だが、その内容にいまいち納得できないでいた。


「それは、どうでしょう。確かにとっつきにくい方ですが、決して悪人では……」

「いいかティスタ。大罪人が全員悪人だと思ったら大間違いだ。むしろそうなる奴らはな、悪人じゃなくて狂人が多いんだよ。研究者とかな」


 ソウの声には、常には無いプレッシャーがあった。その重みがどこから来ているのかが、ティストルには判断がつかず、ただ無言で頷くしかなかった。

 それから間もなくバランはメモ用紙を片手に戻ってきた。


「ほら、私の行きつけの店への地図だ。失くしたら二度と帰って来れないかもしれないから、気をつけたまえ」

「どうも。それじゃ、行きますか」


 ソウはざっくばらんに礼をしたあと、早々にスタスタと歩き出した。


「お師匠!」

「あ、ソウさん! バラン先生、では」


「う、うむ」


 ツヅリとティストルは慌ててソウの後を追う。そのとき、バランがどんな顔をしているのかを三人の誰も見ていなかった。




「ふぅ。気を使ってくれているとは分かっていても、一人で待っているのは退屈ね」


 街の喫茶店の中で、フィアールカはため息を吐いて窓の外を見ていた。

 本格的な調査が始まるのはいつも街に入ってからだ。魔道院と市街を繋ぐ何もない道は、ただ長いだけなので特に調べるべき所も無い。

 その手間を考慮してか、ソウはフィアールカとの合流は常に街の中を指定していた。

 だが、フィアールカにとって、一人で待っているこの時間は退屈に過ぎる。


「……そう、そうね。こうやってソウ様を待ちわびる、という展開も、もしかしたら二人のこれからのために必要かもしれない。そういうことなのね、ソウ様?」


 片手に持ったティーカップを弄びながら、フィアールカは退屈を少々ポジティブに変換してみた。

 そうでもしていないと、ただでさえ待つのが嫌いな少女に、この時間はとても耐えられそうになかった。

 一人で意味深に笑みを浮かべていると、窓の外を二人の男が通り過ぎる。



「……ん? っ!? あれは──」



 フィアールカは思わず立ち上がり、その姿を目で追った。

 一人は褐色の肌に赤い髪をした少年だ。歳の頃はフィアールカとそう変わりはあるまい。

 そしてもう一人は、長身のスラリとした男だ。だが何よりも特徴的なのはその顔に白い仮面を付けていること。


 その二人は、フィアールカにとっても因縁浅からぬ相手。どちらもが、フィアールカの属する『練金の泉』に真っ向から喧嘩を売ったバーテンダーだった。

 彼らもまた、どのようにしてか『練金の泉』の情報網にかからず、未だに消息が掴めていない人間達である。

 少女は思わず腰の銃に手をかけ、行動に迷う。このまま一人で追うべきか、ソウ達を待って報告するべきか。


(……まだよ。まだ、いつでも捕捉できる距離。焦るな)


 フィアールカは自分に言い聞かせつつ、ゆっくりと銃から手を離す。

 しかし、このまま店の中で待つこともない。

 いつでも行動を起こせるようにさっさと会計を済ませて外に出る。

 その段階で、男達の背中は道の遠くに確認できた。


(相手は歩いている。時速六キロとしても、十分は待てる。だからソウ様、早く)


 男達の進行方向は、ソウ達が向かっている魔道院とは反対方向。ソウ達が鉢合わせすることはないだろう。ということは、ここで見逃すと次に姿を現すのはいつなのか分からないという意味でもある。



 降って湧いたリベンジの機会に胸を滾らせつつ、フィアールカは深呼吸を繰り返した。


※1230 誤字修正しました。

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