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情報と対価


 ソウとティストルが魔道院の前まで着くと、何か言い争いをしている二人の男女の姿が見えた。

 門灯に照らされた顔には、両方見覚えがある。バランとリナリアだった。

 二人はお互いに睨み合いながら顔を付き合わせていたが、ソウ達の姿に気づくとそのなりを収めた。


「こんばんは、リナリア先生、バラン先生。どうしたんですか?」


「こんばんはティスタちゃん。いいえなんでもないのよ」

「こんばんはグレイスノア君。特に問題はない」


 二人は揃ってティストルに挨拶をし、その後にまた盛大に顔をしかめた。


「ダイヤモンド君。君は教師という立場を分かっているのかね? 学徒を愛称でちゃん付けなど」

「女同士なんだから良いじゃないですか」


 バランの忠言に、リナリアは知らん顔だ。


「あ、あの。それでお二人は?」


 二人を嗜めるようにティストルが口を挟むと、リナリアが柔らかい表情で言う。


「うん。ちょっとティスタちゃんの帰りを待とうと思ったら、いきなり院の中からバラン先生もしゃしゃり出てきてねぇ」

「嫌な言い方をするな。だいたい、君のほうはどうして門の外から現れたのだ?」

「畑のお手伝いをしてました。いつもお世話になってますし」

「で、伝統あるシャルト魔道院の教師が……農夫に混じって土いじりだと……?」


 バランの顔がみるみるうちに引き攣っていく。

 その様子を見てあわあわと慌て出すティストルが気の毒になり、ソウは助け船を出すことにした。


「そんなことより、とっととティスタを入れてあげてくださいよ。調査で疲れてます」

「貴様は……ふん、まあいい。その通りだな」


 軽薄なソウの物言いにも怒り出しそうなバランだったが、ティストルを見て気を持ち直した様子だった。


「今日の報告はこっちのリナリア先生にするんで、バラン先生は彼女を案内してやってください」

「……言われるまでもない。ダイヤモンド君、くれぐれもよろしく頼むぞ」


 そう言い残しバランは道を空けてスタスタと歩き去ろうとする。ティストルは慌ててソウに振り返った。


「あ、じゃあソウさん。今日はお疲れ様でした。また明日よろしくお願いします」

「ああ、さっきの話忘れるなよ」

「が、頑張ります」


 一礼をして、ティストルもバランの後に付いていった。


「それじゃあバーテンダーさん、報告お願いできます?」

「了解ですよ魔導士さん。ただ、ここじゃちょっと場所が悪い」

「奢りですか?」

「割り勘に決まってんだろ。安月給甘くみんな」

「ちぇっ」


 ソウはそう言ってリナリアを連れ、再び街へと戻った。




 高級で静かな店を避け、大衆的な酒場に訪れた二人は、軽い注文をしたあとに向き合った。

 一杯目のエールが運ばれてきて、お互いに一口飲んだあと、リナリアが切り出す。


「それじゃ聞きましょう」

「……お前の依頼どおり、ティスタにはそれなりに年頃の楽しみを教えてやれたと思う」

「それは重畳です」


 うんうん、と嬉しそうに頷くリナリアに、ソウは疲れた笑みを見せた。

 ソウが彼女からの依頼を受けたのは今朝のことだった。眠たい目をこすりながら、フリージアと一緒にクフェアの散歩に付き合っていると、唐突にクフェアが吠え出したのだ。

 いつもは大人しいクフェアが最近は良く吠えるなと思い流そうとしたソウだったが、その方向を良く見てみると、ソウ宛の手紙が落ちていた。

 差出人は書いていなかったが、それが誰からなのかはすぐに分かった。


「今時、暗号で手紙を送ってくるやつがいるとはな」

「ほら、乙女的に内容が読まれたら恥ずかしいじゃないですか」

「暗号で手紙を出す乙女のが恥ずかしいだろ」


 その内容は、要約するとこうだった。


『今日一日、ティストルを楽しませてあげて欲しい。その代わり、ある情報を教える』


 ソウは訝しみながらも、もともとその予定でもあったので、記憶の片隅に留めておくことにしたのだった。


「しかし、どうやったらあんなに凝り固まった年頃の女子が出来るんだ? 形の無い責任感の亡霊に取り憑かれてるみたいだぞ」


 ティストルの根拠のない頑なな姿勢を思い出し、ソウは思わず零した。


「いろいろあるんですよねぇ。彼女……天涯孤独の身の上ですから」

「……そうなのか」

「そうです。自分よりも、他人のために動いた方が、気楽なのは確かでしょう」


 ソウの目には、リナリアがまだ何か知っているように見えたが、追求してもきっと答えないだろうことは分かった。


「……それでだ。お互いに初対面って設定を捨てて接触してきたんだ。良い情報だろうな」

「質はともかく、内容は悪いかもですね」


 エールを口に含み、気持ちを整える間を設けたあとにリナリアが尋ねた。


「『魔物の異常発生及びそれに関する外道バーテンダーのガリアーノ栽培実験』って、ご存知じゃないわけないですよね?」

「……そりゃあな。つうか、もうそんなことまで調べたのか」

「良いじゃないですか。私とソウの仲なんだから」

「おい初対面」


 ペロリと舌を出してから、リナリアは少し真剣な目で言った。


「その『ガリアーノ栽培実験』の情報。実は三ヶ月前に漏れていたようです」

「……なんだと?」

「促成栽培ですっけ? その理論の一部が流出して、騒ぎになったみたいで」


 ソウの脳裏に、既に忘れかけていた金髪の優男の姿が浮かんだ。

 大量の『ガリアーノ草』を育て、圧倒的な物量でもってソウを圧倒しかけた外道バーテンダー。その研究結果である『人間魔石理論』。


「まぁ、そういうことです。恐らく、この事件も」

「…………」


 ソウは少し思い悩む。だが、これで学徒が狙われる原因は分かってしまった。



「どっかの外道が、この街で『シャルトリューズ』の促成栽培を試みてるってわけか」



 ソウの答えを肯定するように、リナリアは難しい顔で頷いた。


「魔導士の卵ほど優良な『肥料』はないですからね。与し易くて、魔力が溢れてて、それでどこに居るのかも分りやすい」

「その辺りの人間を大量に集めるよりも、表に出にくいしな」


 なぜ学徒が生きて返されているのかも、それとなく理解できた。

 黒幕にいる何者かは、この実験をなるべく穏便に進めたいのだろう。そのために、一人から絞り尽くして騒ぎを大きくするのではなく、問題になりにくい量を何度も搾り取る。

 そうすることでシャルト魔道院の出方は遅れ、効率的に実験を進められる。


「今までは年に一回しか試せない実験が、促成栽培のおかげでやり放題か」

「そう思えば、普通の誘拐よりも悪質かもしれませんね」


 このまま放置してシャルトリューズの結実条件がわかれば、大きな混乱が起こるのは否めない。もしそれが黒幕の狙いだとしたら尚更危険なことだ。


「それを魔道院側に漏らして、大々的に対応はできないのか?」

「裏で出回った情報を、どうして一介の教師が手にできたのか。私に疑いが及ばない設定を考えついたら実践してもいいですよ」

「……まぁ、そうなるか」


 ソウはリナリアの立場を思い出す。

 彼女の立場はあくまで一介の教師なのだ。その教師が、裏で出回っているシャルトリューズの促成栽培の実験の情報など持ってきたら、疑ってくれと言っているようなものだ。

 ソウはそちら側からの働きかけを諦めた。


「相手の目的は分かった。後は手段だな。どうやって、誰にも発見されずに誘拐できているのか……一人でも釣れればそこから芋づる式に……」

「……もう一つ、サービスで教えてあげられることがありますよ」

「なんだ?」


 ふって湧いた新しい情報にソウは視線で問う。だが、リナリアはにやりと口元を歪ませて、甘えた声を出した。


「え? 奢ってくれるんですか?」

「……好きなの飲めよ」

「ふふ。ありがとうソウ。愛してる」

「ああ、俺もだよクソ」


 ソウは憎たらしい笑みを浮かべるリナリアを睨みつつ、財布の心配をするのだった。




 リナリアから新たにもたらされた情報。

 それは報告書にはなかった、被害者達の共通点だ。

 被害者たちは皆、ここ数ヶ月魔法の成績が伸びずに思い悩んでいたらしい。


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