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調査中の様子(ソウ)

「それで、犯人の狙いはなんだと思います?」


 雑貨屋の前で立ち止まったツヅリ、ティストルへと目を向けつつ、フィアールカは世間話のように自然に尋ねた。

 その質問にこれまた日常会話のトーンでソウが答える。


「はっきり言って、相手の行動が意味不明すぎて探るに探れん」

「シャルト魔道院の学徒、という狙いははっきりしていますけれど」

「だから、その『学徒』を狙う目的についてだ」


 二人は世間話の延長のように自然に路上に立ち止まり、会話を続ける。


「フィア。シャルト魔道院がらみの事件って言ったら、最初に何を思い浮かべる?」

「そうですね。金を生む水こと『シャルトリューズ』かしら」


 バーテンダーらしい、というよりも『練金の泉』らしい言い方だった。


「蜂蜜と見紛うほどの上品な甘さを持つ、黄色の『シャルトリューズ・ジョーヌ』に、新鮮なハーブの芳香を閉じ込めたように香り高い、緑の『シャルトリューズ・ヴェール』。これらの製法──シャルトリューズ草の果実を実らせる方法さえ分かれば、それだけで相当な利益は約束されたも同然でしょう」


 ソウはフィアールカの答えに、頷く。

 単純にシャルト魔道院を相手取った誘拐事件といえば、その線が濃厚になる。


 甘みと香りの調和が取れた二種類のシャルトリューズ。

 先日、ソウがラバテラに奢ることになったのは『ヴェール』と言われる緑のシャルトリューズだったが、それが『ジョーヌ』であったとしても、その価格に大差はない。

 どちらか片方だけでも分かれば、それだけで高止まりしている価格に対するアンチテーゼになり得る。


 それらはカクテルの材料になるだけでなく、ポーションとしての効果も高い。費用対効果を考えれば安価なポーションに軍配が上がるところだが、その均衡が崩れることになれば、大きな混乱を生む恐れもある。

 それくらい、シャルトリューズはこの世界において特別な地位を持っていた。


「添付されていた資料にも目を通しましたが、調査に当たった警備のものもそのように考えているようでしたね」

「ま、普通に考えたらその二つを結びつけるのが当たり前だからな」


 実際、表立って事件になっているのは珍しいが、その秘密を探ろうとしている者は多い。ソウも現時点で一人、潜り込んでいる人間に心当たりがある。


「ですが、少し考えれば学徒ばかり狙う、というのもおかしいと気づきます」

「ほう。それは何故だ?」

「学徒程度が、そのような最高機密を知っている筈が無いのですから。公表されている情報では、秘密を知っているのは『最高魔導士』のみ。であれば、最高魔導士を狙うか、それが難しくても魔導士──せめて教師くらいを狙った犯行でないとおかしいでしょう」

「ああ。俺もそう思う」


 ソウはフィアールカの言葉に同意したあと、感心したように口を開く。


「しかし、少し見直したぞフィア」

「はい?」

「ツヅリだったら説明しないと分からないのに、よく気づいてたな」

「……さすがにその褒められ方は、あまり嬉しくありませんね」


 苦い顔で、何も考えていなさそうなツヅリを遠目に見るフィアールカ。その後にソウを正面に捉えて、少し頬を膨らました。


「褒めるのならば、はっきりまっすぐ、私を褒めてくださいな」


 ソウは「あー」と言葉を濁したあと、頭を掻きながら言いわけする。


「悪い。話し合いのとき何も言ってこないから、分かってないのかと思ってな」

「私はあくまで『協力者』なので。明らかに間違っていたり、求められたりすれば意見もしますが、そうでないならば黙って従うつもりです」


 やんわりと、あまりあてにするなと言われたのだとソウは思った。

 だが、それも仕方のないことだろう。 

 たとえば『練金の泉』の調査力をフルに活かせば、誘拐犯の調査は大きく進展することは間違いない。金も人材も情報網も『瑠璃色の空』とは比較にならないほど大きいのだから当然だ。


 だが、それでは『瑠璃色の空』の仕事ではなくなってしまう。

 フィアールカは(恐らく)善意で協力してくれているが、それはギブアンドテイクの関係でもあるのだ。

 彼女が『瑠璃色の空』から得るものはないと判断すれば、いつでも手を引いてしまう可能性がある。


 ここに彼女が居るのは『瑠璃色の空』の未来への投資なのだから。

 そうでなければ、恐らくフィアールカはこうやって自由に動くこともままならない。


「……感謝してるさ」

「ええ。ですがあまり思い詰めないでくださいね」

「あ?」


 ソウの思考を、恐らくフィアールカも正確に辿ったのだろう。優しげな微笑を浮かべつつ、彼女は補足した。


「しがらみはあれど、私はあくまでも自分の意思で、ソウ様の助けになりたいと思っていますので。これは私の望む我がままです。元より、私の全てはあなたのモノですけれど」


 ふふ、と幸せそうに笑いながら、相変わらずの自分勝手な言葉であった。


「……その制約は破棄したはずだろ」

「もちろん、今は魔力による強制はありません。ですが、今まで私が欲しいと思うモノはいくらでもありました。私をあげたいと思った方はソウ様だけです」

「…………」

「受け取り拒否はできませんので、あしからず」


 可憐な乙女のような、気持ちの良い表情で言うフィアールカ。ソウは苦みばしった顔を浮かべつつ、逃げてみる。


「お前、待つとか言ってたくせに、欠片も待つ気がねぇな」

「待っている間に、少しでも私を刷り込んでおく必要があると思いまして。それに今は、何を言っても私が必要でしょう?」


 ソウは言葉に詰まる。

 彼女の行動が不慣れな愛情表現であり、同時にそうやって『絶対に失敗しない』という安心のもとで行われている、おっかなびっくりの駆け引きだと分かった。

 どこまでも自分勝手に。それでいて、その実はソウの力になりたいという気持ち。


 そんな風に、誰かに何かをすることがひどく不器用な少女に、ソウはほんのりと好意を抱いた。


「……? 何を笑っているのですか?」

「いいや。なんでもない」


 フィアールカはソウの反応が想定外だったようで、首を傾げていた。

 ソウの視界の端では、ツヅリがティストルの手を取ったのが見えていた。どうやら、ずっと迷っていた雑貨屋に入るつもりのようだ。


「そういや、ちょっと思ったんだけどよ」

「なんでしょう?」

「お前の行動に……副官だった、あのメガネの奴は何も言わなかったのか?」


 生真面目が服を着て歩いているようなタイプの男だ。いくら理屈を並べたところで、フィアールカの奔放な行動に何も言わないことは無い、とソウは思う。


「ああ、オサランですか」


 フィアールカはその声から温度を消して、少し遠くを見つめるような目になった。


「彼なら私が押しつけ……私から引き継いだ仕事に忙殺されているころだと思います」

「……お前、今日は空いてるって」

「ええ。空けることが可能、という意味でそう言いました」


 そのしわ寄せが誰かに行っている時点で、それは空いているとは言わないのでは。

 ソウは思ったが、気にしないことにした。

 そんな折り、少し離れているにも関わらず、ツヅリの元気な声が届く。


『やった! じゃあ、行こう!』


 その後に、まだ照れたような戸惑いを浮かべたままのティストルを引っ張って、店の中へと入っていった。


「話が途中だったな。相手の狙いだったか」


 店の入り口からは目を逸らさずに、ソウは会話を戻した。


「相手がよっぽどの考え足らず、ってのを考慮しなければ、子供を狙っている意味があるはずだ。それで気になるのは、誘拐された子供達が全員無事に帰ってきていることと、全員が軽い衰弱状態で発見されていることだな」


「……つまり、ソウ様は子供を無事に返していることこそが、相手の狙いだと思っているわけで?」


「ああ。もしかしたら、何かの目的のために、特殊な魔法を掛けた子供を送り返している──可能性もあるわけだ」


 実は子供達は全員無事なのではなく、何らかの処置が施されている。

 ソウはごく自然にそういう発想をしている自分に少し嫌気がさす。


「いえ、もしかしたらもっと単純な話かもしれませんよ?」


 ソウの考えをやんわりと否定するように、フィアールカが持論を述べた。


「これは行方不明ではなく、誘拐事件なのですよね? でしたら、単純に誘拐が起きていて、それが問題になる前に終結しているだけかもしれません。シャルト魔道院の子供達はそれなりに裕福な家の子ですから、おかしくはないはずですよね」


「そうだとして、子供が全員無事ってのはどうなんだ? 交渉が決裂したとしたら、無事に帰って来れない子供だっていてもおかしくない筈だ」


「単純ですよ。バーテンダーはシャルト魔道院には逆らえない。つまり、金は欲しいが報復は怖い、だから相手を怒らせないように気を付けているだけ、という考えはいかがです? 要求が飲まれなかったら、強引に子供から自白させた家の秘密を盾にするとかで」


「平和的だな。そして本末転倒だ。怒らせたくないなら誘拐なんかすんなと」


 フィアールカの考えた案に冗談の気配を存分に感じて、ソウも小さく笑みを零した。


「ま、どっちにしても、どうやって相手が誘拐しているのかを突き止めないと、だな」


 ソウは言って、雑貨屋の窓から覗くティストルの横顔を注視した。

 誘拐犯の目的はどうあれ、その方法が特殊であるのは間違いない、とソウは考えている。


 先日のティストルは、独自に色々駆け回っていたせいで暗くなるまで一人でいた。その状態であれば、誘拐の目撃者がいないのも仕方がない。

 だが、他の学徒全員があんな時間まで、外を一人で出歩いていたとは考え辛い。つまり誘拐犯は、何らかの手段を用いて学徒を孤立させて誘拐しているはずなのだ。

 それの正体が掴めなければ、誘拐犯の糸口すら掴めはしないだろう。


「彼女が何か見つけてくれる、と考えているのですか?」

「ま、考え半分はな。もう半分は──」

「囮──ですね?」


 ソウの言葉を先読みして、フィアールカが言った。ソウは少しやりにくそうに「正解だ」と告げると、フィアールカはふふ、と嬉しそうに笑う。


「ツヅリには言うなよ? たぶん怒るから」

「分かっています……卑怯な人」

「褒め言葉と受け取っておく」


 ソウがツヅリとティストルを自由に行動させている本当の理由。

 それは、分りやすい餌で相手を釣るためだ。

 ティストルは以前誘拐されかけた。ということは、相手が求める何らかの条件には合致しているはずなのだ。家が裕福というのには当てはまらないかもしれないが、以前聞いた最高魔導士と懇意だというのが本当だとすれば、充分だろう。

 仮に狙いがシャルトリューズだとすれば、彼女こそ最も秘密に近いとも考えられる。


 そして、相手の実力。

 あれだけの能力があれば、ティストルが一人だろうが、ツヅリと二人だろうが大した差はあるまい。ティストルを狙っているなら多少強引に行動を起こしてもおかしくない。

 だからこそ、あの二人には『自由に振る舞え』と──言い換えれば『存分に油断しろ』と言ってあるのだった。


「ま、仮に引っかかっても、アイツらには指一本触れさせないけどな」

「ええ。後で二人とも私のモノになるのですから」

「そんな話はない」



 いまいち本気に欠ける二人は、しかしその目の真剣さだけは変えないままに、少女達を見守っているのだった。


※1223 誤字修正しました。

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