調査中の様子(ツヅリ)
「こんなことをしていて、良いのでしょうか?」
「仕方ないよ。他に打つ手がないんだから」
ツヅリに言われても、ティストルは未だに怪訝な顔を浮かべたままだ。
その二人は今、市街地にある雑貨屋の前にいた。窓ガラスを通して見える店内には、色鮮やかな装飾の数々が並んでいる。
現在地は市街地のど真ん中。誘拐現場になろうものなら、誰にも見つからないのはほぼ不可能とも思える地点である。
なぜそんな所に二人がいるのかと言えば、ソウの出した提案ゆえであった。
「さて、それじゃ調査の計画についてだが。ティスタは何か考えがあるのか?」
軽い紹介が済んだあと、一度落ち着ける『瑠璃色の空』本部に戻った四人。本部のリビングにある四人がけの席に着いて、ソウは尋ねた。
ついでに席順は、ソウとフィアールカが隣り合い、ソウの正面にティストル、フィアールカの正面にツヅリという順だ。
関係性を考えればソウの隣にはツヅリが座るところなのだが、先程の出会い頭のやり取りを考慮して、ソウとツヅリが気を使った結果である。
「考え、ですか?」
ソウに問われてティストルは、やや目を泳がせた。
「ああ、誘拐犯の調査を行うにあたって、何か指針は立ててあるのかってことだ」
「それは……」
追求しなくても分かる。あまり深い事など考えていないということが。
「……まぁそれはいい。一応情報の共有はしておこうか」
「情報……ですか? いったい何の?」
そのあまりに素直な態度に、ソウは頭の中に浮かんだ不安材料を一つずつ並べていく。
「ティスタ。尋ねることがいくつかある。正直に答えろ」
「わかりました」
了承を取ったところで、ソウは要素を一つずつあげていく。
「まず『学徒行方不明事件』のこと、どこまで調べた?」
「……どこまで、とは?」
「事件のあった日付、時間、天気や曜日。被害者の基本情報、年齢、性別、趣味や身分、通学路や、攫われた者の共通点。また、男女や年齢の比率に行方不明の期間。被害者への聞き取りを通しての状況の把握。そういった細かいこと、どのくらい調べた?」
「…………えっと」
畳み掛けるように連ねたソウの言葉に、ティストルははっきりと言葉を詰まらせた。
辛抱強くソウが待ってみると、出てきたのはこういう一言。
「……巻き込まれた人がいて、困っている人がたくさんいる、ということだけなら」
「おーけー、世間知らずのお嬢様。誘拐される前に出会えて良かった」
ソウは頭を抱えながら、はぁーとため息をついた。
ティストルの調査が、まだ入り口にも立っていないということが分かった。
「も、申し訳ありません」
「はいデコピンな」
「いたっ」
ティストルの謝罪に合わせて、ソウはまた、軽く少女の額を弾いた。
「な、何故ですか?」
「さっきはああ言ったが、ティスタがあまり考えていないことくらい想定済みだ。お前はこういうことの専門家じゃない。だから、俺たちが補助に付いてるんだ。お前はドシッと構えて、俺たちに言えば良いんだよ。『では調べてください』ってな」
「……それでも、さっきのは流石に私が考え無しすぎました」
「そう思うんなら、許す代わりのデコピンだとでも思っとけ」
「……わかりました」
ソウの言葉を、言葉通りに受け取ったような態度のティストル。
その少女の純粋さに少し戸惑いつつ、ソウはツヅリに言う。
「で、ツヅリ。頼んどいた分は、まとまってるな?」
「もちろんです。存分に褒め称えてくれて良いですよ」
「それは見てから決める」
ツヅリは一度席を離れ、ごそごそと棚から書類を引き出してくる。
それらを机の上へと広げた。
「依頼書に添付されていた情報に加えて、少しの聞き込みで分かったところまでをまとめてみました。被害者の数は合計で八人。うち男二名、女六名。これといって特異な共通点は見つからないのですが……この場合は性別と、通学路で重なる部分が怪しいかと」
ソウはさっと目を通す。
そこに現れた情報。最初にこの事件を調べたときにも聞いたことだが、この事件の被害者は女性が多い傾向にある。
もっともそれは、誘拐と考えればそこまで特別ではない。
となると怪しい点は、被害者が使っていた道だ。
「ツヅリ。いい出来だ」
「えへへ! ありがとうございます!」
ソウは想像よりもしっかりとまとめあげていたツヅリに賛辞を送り、方針を固めた。
「ひとまず、この共通部分に当たってみて、誘拐犯の手がかりを探るか」
という考えのもと、四人は被害者達の通った道を実地で調査することに決めたのだ。
まず四人は二人ずつに分かれた。といっても手分けをしているわけではない。
人の目に付くシャルト魔道院の制服を着たティストルの側には同年代のツヅリが付き、その二人を陰からソウとフィアールカが見ている形だ。
ソウ曰く、四人でぞろぞろ歩くよりも、役割を分けて調査したほうが効率的とのこと。
ツヅリ側は敵襲の警戒よりも調査を優先し、反対にソウ側は警戒を優先。
仮に戦闘になった際でも、機動力のあるソウと柔軟性のあるフィアールカが自由に動けて、ツヅリはティストルの護衛に専念できる配置だ。
「こうやって調査するのは良いのですが。本当にその、自由に動けと言われても……」
「うーん。お師匠のことだから考えはあるんだろうけどね」
ソウから二人に科せられた使命は一つ。『気になる所へ、自由に動け』という、本当にそれだけの言葉だった。
ツヅリとティストルは当然その言葉の意味を尋ねたのだが、ソウはそこには取り合わず、早々にフィアールカと消えてしまった。
いや、見ていることだけは間違いない。目を凝らしてみれば、通行人の中に紛れてその姿は見つかるのだろう。だが、ツヅリには一切の気配が感じられないので、本当に消えたようにしか思えなかった。
「まあいいや。考えても仕方ないと思うし、どうかな?」
ツヅリは答えの出なさそうな思考を早々に破棄し、ティストルへと尋ねた。
「どう……というのは?」
「だから、このお店、気になってるんだよね?」
「えっ! い、いえ、そんな……」
ティストルはそこで慌てて首を振った。
「でも、このお店、ずっと見てたよね?」
「い、いえ! ただちょっと物思いに耽っていただけですから!」
「いやいや、ガン見だったじゃん。そのウサギの小物とか」
「そ、それは……」
ティストルはちらり、とガラス越しの小物を見た。
可愛らしいウサギをあしらった編みぐるみだ。頭上からは紐が伸びていて、鞄や何やらに装着できるようになっている。
ふと、ティストルの脳裏に学友達の鞄や杖の姿が過った。女友達の面々は、慎ましやかにではあるが、そういったものに何らかの装飾を施しているのが常だと思った。
無意識に、ティストルの手は腰に挿してある、愛用の杖へと伸びた。
うらやましい、と素直に思った。
だが、同時に彼女はそんな考えに至った自分を恥じる。
自分には、そのような物を求める資格など、初めから……。
「よし、分かった」
「え?」
ティストルの思考が、底の見えない沼に沈もうとしたとき。
ツヅリはあまりにも自然にティストルの手を取っていた。
「気になるんだよね。じゃあ入ろう」
ツヅリは無邪気な笑顔でそう告げると、ティストルの手を引きはじめる。
ティストルは慌ててツヅリへと静止を求めた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ん?」
「わ、私は、そのこういうのは少し……苦手で……」
様々な葛藤があったが、ティストルの口からは『苦手』という言葉が出ていた。
(また……こんなことを言ってしまいました)
自分の口が出した言葉が、仄かな好奇心を裏切っていることは自覚していた。
だがそれよりもなお大きい、自制心が彼女の行動を留める。
「それよりも、怪しいところを探しましょう。何か誘拐犯の手がかりになるような」
少女の頭を占めているのはやはりそのことだった。
自分は今、あくまでも誘拐犯の調査を行っているのだ。協力者の指示は曖昧だが、このような店に入ることではないのだけは分かる。
であるならば、無駄な時間を過ごすべきではない。そう思った。
「…………」
ティストルの言葉を受け、しばしツヅリは無言でティストルの顔を眺めた。
そこに現れる表情から、感情を読み取るように。
そしてややあって、ツヅリはポン、と手を叩いた。
「そっか。なるほど」
何かに納得したツヅリは、もう一度ティストルの手を取る。
戸惑うティストルに向け、やや強い言葉で言う。
「ティスタ。分かったよ。お師匠の言いたいことが」
「はい?」
「お師匠は、ティスタに調査のことを忘れて欲しいんだよ」
「……どういうことですか?」
ツヅリの言葉の意味が理解できず、ティストルは尚更に戸惑った。
調査をしている最中に、調査を忘れろとはいったいどういうことなのか、と。
「お師匠がいつか言ってたよ。目の前のことしか見えなくなっていると、必ず大切なものを見落とすって。今のティスタは、そうなりかけてる」
ギューっと、空いている手で輪っかを作り、それを目の前に持ってきてツヅリが続ける。
「なんでティスタに自由に動いて欲しいのかって言うと、誘拐された子たちとおんなじ動きをして欲しいからなんだよ。調査しようって意気込んで色々探すと、何でもかんでも怪しく見えてきちゃうでしょ? そうじゃなくて、もっと自然体で色んなものをフラットに見て欲しいの」
言いながらツヅリは、閉じていた輪っかをぱっと広げた。
視界が開けた、と動きで表現するように。
「その時に少し引っかかるような、ちょっとおかしいって思うような、そういうものがこの事件の手がかりになるんだよ。多分お師匠は、そう思ってる」
ふらりふらりと視線をさまよわせ、最後にツヅリはティストルを指して言う。
「今回の被害者ね。共通点が無いように見えて一番大きな共通点を見逃してた。最初から分かってることだった。シャルト魔道院の学徒が誘拐されてるんだから、学徒が気になるような何かが、事件の鍵なのかもしれない」
ティストルは呆然とその言葉を聞いていた。
意味が分からなかったのではない。言いたいこと自体はよく分かった。
理屈はしっかりと理解できた。
だが、心のほうがまだ引っかかったままなのだ。
そう言われたところで、自分はそのように振る舞ってもいいものなのか、と。
「……ですが、私は困っている人々のために、この事件に真摯に向き合う義務が」
「分かった。よく分かりました。じゃあ、こうしましょう」
まだ決心というか、理解はできても納得のできていない態度のティストルに、ツヅリは言い方を変える。
「その件は一旦置いといて、私のお願いを聞いて欲しいな」
ツヅリの言い様に、ティストルは首を傾げた。
だが、その仕草を脈ありと見て、ツヅリはその願いを口にする。
「このお店に、一緒に入ってくれないかな? 私が、気になるから」
「……はい?」
その言葉がただの甘言なのか、それとも本心なのか測り切れず、ティストルは言葉を止める。
しかしツヅリは、やや恥ずかしそうに頬を緩めつつ、小さく言う。
「……実は私も、こういうお店ってほとんど入ったこと無いんだ。だから、一人だと入りにくくて……だから、だめ?」
少しの沈黙が挟まり、ティストルはふぅと小さい息を吐く。本心かどうかなどと気にしていて、どうにか自分を気遣ってくれている少女の気持ちを見ていなかった。
「仕方ありませんね。分かりました。ツヅリさんの希望でしたら……それに、その、私も本当は興味がないわけじゃ、ないですし……」
自身の心をそういって納得させつつ、少しだけ嬉しそうにティストルは答える。
その返答に、ツヅリはにぱっと笑顔を咲かせて、ぐいっとティストルの手を引いた。
「やった! じゃあ、行こう!」
「あ、ちょっと、心の準備が!」
ツヅリの瞬発力に慌てつつ、吸い込まれるように二人は店へと入った。
双方ともに、年頃の女子らしく目を輝かせながら。
※1221 誤字修正しました。