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魔道院の前にて


「なんでこうなったかねぇ」


 ティスタの予定に合わせ、夕刻にシャルト魔道院の門の前に立ったソウがぼやく。

 現在は、魔道院内での通常業務が終わったくらいの頃合いだ。

 魔道院からは歳若い少年少女がパラパラと歩いてきており、そこに立っているソウとツヅリを物珍しく見ている。

 内の数人は、二人が腰にかけている『銃』に目をやり、露骨に顔をしかめていた。

 その不躾な視線に居心地の悪さを感じつつ、ツヅリが答える。


「男らしくないですよお師匠。女の子を守るなんて、カッコいいじゃないですか」

「女は守るより、襲うほうが得意なんだ」

「死んだら良いと思います!」


 ツヅリは言葉と共に、隣に立っている師の足を踏み抜こうとする。

 だがソウはそれを見もせずにひょいと躱した。


「だから避けないで下さいよ!」

「だから当たったら痛いだろって」

「お師匠は少し痛い目見たほうがいいんですよ! もう」


 ツヅリはすっと視線を逸らし、少し前のことを思い出した。

 師がだらしない性格だというのは理解していたが、そこまでとは思っていなかった。端的に言えば、ティストルが来た直後の言葉が実はずっと引っかかっていた。


「…………金髪とか……色白とか……誰なんですか……どんな関係なんですか……」


 ぼそり、とツヅリは誰にも聞こえない程度の声で、無意識に漏らしていた。

 しかし、ソウはその言葉を聞き漏らさず、ニヤリとした笑みを浮かべた。


「なんだツヅリちゃん? もしかして妬いてんのか?」

「なっ、はっ、はぁあ!?」


 瞬間的にツヅリは顔を真っ赤にし、首を振った。


「そ、そんなわけ無いです! た、ただお師匠は私のお師匠なんだからもっと節度のある生活を送って欲しいだけで! 別にそれだけですから!」

「んだよ、素直じゃねぇなぁ、うりうり」

「か、勝手に頭撫でないでください! 汚らわしい!」


 ソウにいきなり頭を撫でられて必死に抵抗するツヅリ。だがソウは、飛んでくる拳や脚を全く意に介さず、強引にツヅリの頭を撫で続ける。


「はは、照れんな照れんな」

「照れてるわけじゃないですっ!」

「そうかぁ? でも抵抗が弱まってきてるぞ?」

「くぅっ!」


 ソウに挑発され、慌てて繰り出した拳もあっさりと止められてしまう。


「残念」

「くぅううう、う、あぁ」


 ツヅリは何をやっても無駄と悟り、ソウになされるがまま顔を真っ赤にして俯いた。

 そうしていると、自分の頭を撫でるソウの手の感触がやたらと気になってしまう。大きくて温かく、それでいて優しく頭を撫でていく手。

 意識しだすと、その手が次第に気持ちよくなってきているのを、認めたくはないのに認めざるを得なくなっていく。


「……心配すんなって。お前の師匠でいる内は、何があってもお前が一番だからよ」

「ん…………はぃ」


 ソウの優しい手と声に、それまでイライラしていた筈の心まで揉み解されてしまう。

 ツヅリは自分の単純さに自分で呆れながら、少しだけ流されてもいいかと思った。

 ソウはその様子を確認して、ぱっと撫でていた手を離す。


「あっ……」


 ツヅリは無意識に、名残惜しそうな声を出してしまった。

 言ってから慌てて口を塞ぐが、ソウは先程とは違う下卑た笑みを浮かべた。


「ん? なんだ? もっと撫でて欲しかったのか?」

「そ、そんなんじゃ」

「良いんだぞ? 素直になれよ。ほら、何をして欲しい? 言ってみろ」

「う、うぅ」


 ソウの意地悪な言い方に、ツヅリはまた羞恥で俯いてしまう。

 その反応を楽しむように、手をすっとツヅリの頭上に持っていくソウ。

 ツヅリは一瞬、ピクリと反応し、それを恥じるように大きくソウと距離を取る。


「そんなわけないですからね。早く止めて欲しかったんですから」

「そうか、残念だな。俺はもうちょっと撫でていたい気分だったのに」

「か、からかうのもいい加減にしてください!」


 そうやってソウとツヅリが、普段通りのやり取りをしていたときだった。



「おほん。そろそろ良いだろうか?」



 落ち着いた男性の声が、二人の耳に入った。

 二人が目を向けると、ピクピクとこめかみを引き攣らせる男性の姿があった。歳はそれほどいっていない。二十後半から三十前半くらいに見えた。顔立ちは硬質だが整っていて、生真面目な才人という印象だ。


「君達の関係に口を出すつもりはないが、ここは我が魔道院の門前でね。学徒たちに悪い影響を与えるような行為は謹んでもらえるかね? バーテンダー諸君」

「す、すいません!」


 男の嫌みを言うような言葉に、ツヅリは慌てて謝った。

 よくよく周りを見てみれば、ソウとツヅリを取り囲むような視線が、普通に立っていた時の倍は集まっている。それらの子供達は状況が変わったと見て慌てて散った。


「それで、君達はいったいどういう目的でここに?」


 少しだけ表情を緩めつつ、詰問する態度を崩さない男性。

 ソウはひょうひょうとした口調で言う。


「人を待ってるんだ。ティストル・グレイスノアって子をな」

「グレイスノア君ですか。ああ、なるほど」


 ティストルの名前を出すと、男はふむと頷く。教師の中でもある程度の情報は行き渡っているようだった。


「であるなら、なるべく大人しく待っていて貰いたいものだがね」

「どうもすいませんでした」


 言葉だけは丁寧なのに反省の色があまり見えないソウの謝罪。だが男は、ふぅ、と息を吐いて無反応を決め込んだようだ。


「私はバランという。くれぐれもグレイスノア君に危険がないように頼む」

「了解ですよ。任せてください」


 バランと名乗った男に、相変わらず形だけ丁寧な返答をするソウ。

 師の若干喧嘩腰の態度に、ツヅリはずっとハラハラとしている。


「時に、犯人とやらを捕まえる手だては整っているのかね?」

「まだですねぇ。何事も調べてみないと始まらないでしょう」

「そうだ。だが、グレイスノア君は才能ある優秀な魔術師の卵だ。分かっているね?」


 ソウは相手の言いたいことを把握しながら、半眼で答える。


「余計なことはしないで、さっさと調査を終わらせろ。ってことですかね?」

「分かっているならいい」

「ま、善処はしますよ。少なくとも、あの子に危害だけは加えさせない」

「よかろう。よろしく頼むよ」


 ソウの言葉に嘘はないと見たか、バランはそこでようやくふっと柔らかく笑む。

 先程までのガチガチに固まった表情とのギャップもあって、ツヅリは目を丸くした。


「へぇ。笑うと結構男前ですね。バランさん」


 固まったツヅリと違って、ソウは素直に感想を漏らす。その言葉に、バランは再び表情を戒めた。


「何を馬鹿なことを。これだからバーテンダーという人種は」

「褒めたんだからちょっとは喜んでも良いんじゃないですかね」


 固くなってきた空気にツヅリが緊張していると、ようやく待っていた声がした。


「ソウさん! ツヅリさん! お待たせしました!」


 門の方から届いた声に、目を向ける。

 少し焦った様子のティストルが、手を振りながら懸命に駆けてきていた。

 相当に急いでいるようで歩幅は大きい。そうすると、平均的な十代後半の女子よりも大きな胸が、地味な服の下でダイナミックに上下してしまうのだった。

 ツヅリはその光景を見て、少しだけ、胸が痛かった。手を当てても硬質の感触しかないそこが、切なかった。

 やがてティストルはソウ達の前に着き、フーフーと呼吸を整えた後に申し訳なさそうな笑顔を見せる。


「お待たせしました。少し雑用を引き受けてしまって」

「雑用?」


 ソウが尋ねると、ティストルは、ええ、と力無く頷く。


「後輩の子が重そうな荷物を運んでいたので、手伝っていました」

「へぇ」


 ティストルの言葉に、ソウはその程度の感想しか漏らさない。

 だが、一番に顔をしかめたのは、たまたまそこに居合わせただけのバランだった。

 バランは怪訝な表情でティストルを嗜める。


「グレイスノア君。君はまたそうやって仕事を引き受けているのかね? 君が好きでやっているというなら止めはしないが、もしも無理やり押し付けられていたりするようであれば、私の方からも──」

「大丈夫です。好きで引き受けているんです」


 バランの心配そうな顔に、ティストルは体を目一杯使って否定を表した。

 その様子がどうにもソウの目には不思議に映った。

 今回の件の強情さといい、いったい彼女の日常とはどんな感じなのだろうか。


「そ、それよりもお待たせしましたし、早く調査に行きましょう!」


 バランの心配を振り切るように、ティストルはやや強引に言った。


「あ、ああ。それじゃ、これで」


 ソウはひとまずバランに礼を述べてから、少し早足で遠ざかろうとするティストルの背中を追いかけた。




「初めまして。私はフィアールカ・サフィーナと申します。以後お見知りおきを」

「はい、初めまして。ティストル・グレイスノアです。ティスタとお呼びください」


 魔道院を離れ市街地まで来ると、予め待ち合わせていたフィアールカと合流した。

 合流するなり自己紹介を済ませたフィアールカは、一応対面するのは初めてのティストルをまじまじと見つめる。


「あの、なにか?」


 ティストルが不躾なフィアールカの視線に声をかけると、フィアールカはうんと頷き、言った。



「……良いわ、ティスタさん。あなた、私のモノになりません?」



 その突然の言葉に、ティスタはたっぷりと五秒はフリーズし、その後に慌てて言う。


「な、なんの冗談ですか!?」

「あら、冗談なんか言わないわ」

「じゃ、じゃあどうして!?」

「気に入ったからに決まっているじゃない?」


 言いながら、フィアールカはうっとりと目を細め、その体を舐めるように見た。


「画面越しに見たときから気にはなっていたけれど、その顔に髪の毛、目元や体つき……そして能力。どれをとっても是非、手元に置いておきたいわ。どうかしら?」

「そ、な、えっと、困るのですが!」

「困る……嫌ではないというわけね」


 フィアールカは都合の良いように解釈し、手をそっとティストルの頬に手を伸ばす。

 それを見るに見かねたソウが止めた。


「その辺にしといてやれって。どう見てもそんなやり取りに慣れてないだろうが」

「ふふ、そうね。焦り方もますます私好みだけれど、ソウ様が言うなら仕方ないわ」


 フィアールカはあっさりと引き下がり、優雅に一礼をしてからティストルから離れた。

 目をぱちくりとさせているティストルに、ソウがぼそりと補足する。


「悪いな。実力は確かなんだがこういう奴なんだ。危険はあっても害はないから、はっきりNOと伝えればいい。意味も無く謝ったりすると、どんどんと泥沼にはまるから気をつけろよ」

「は、はい」


 フィアールカの攻勢からようやく落ち着いたティストルが、小さくこぼす。


「……誘拐犯よりも、身の危険を感じました」

「良かったな。予行練習ができて」

「あまり嬉しくはないのですが」



 これからようやく調査を始めるというのに、疲れた顔でティストルは答えた。

 その前途多難ぶりには、ソウとツヅリも同情するだけだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


早く進めないとカクテルが出せないのに、

ストーリー展開上どうしてもゆっくりになります。


カクテルを楽しみにして下さっている方は、

もう少々気長にお待ちいただければ。

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