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『練金の泉』の問題


 フィアールカという少女と『瑠璃色の空』との関わりは少々複雑だ。


 ドラゴンの一件が終わったあと、協力への感謝という名目で『瑠璃色の空』を訪れた彼女は、初っ端にフリージアを気に入った。

 それだけなら良いのだが、言葉巧みに懐柔し、その少女を利用して自身の存在を速やかに『瑠璃色の空』へと浸透させていった。


 一人が染まれば、そこからどんどんと染まっていくものだ。

 気付いた時には彼女は好きな時に『瑠璃色の空』を訪れ、好きに滞在できるような身分を手に入れていた。

 難攻不落かと思われていたアサリナも、『練金の泉』が有するいくつかの取引先とのパイプを繋いでもらったことであっさりと陥落した。


 だがその矢先に、状況を知ったフィアールカのお目付役であるオサランという男が強硬手段に出た。

 彼女に好き勝手されては『練金の泉』として不利益になると思ったのだ。

 その結果、フィアールカは流石に好きなときに『瑠璃色の空』を訪れることはできなくなった。こちらに来るためにはオサランの監視を振り切る必要があるからだ。


 その代わり、彼女は自室に備え付けられているらしい、コールビジョンを直通回線で『瑠璃色の空』へと繋いだ。

 直接会いに行くのは制限されるが、通信はどうにもできないと踏んだのだろう。

 それ以来、彼女は合間を見つけてはソウへと連絡を寄越しているのだった。




 フィアールカはソウから話を聞くとほとんどノータイムで返事をした。


『わかりました。出来る限りの協力をいたしましょう』

「……だと思ったよ」


 少女の無条件の協力に、ソウは深いため息を吐きかける。

 だが、少女は画面の向こうで少し心外そうにした。


『ソウ様。流石の私でも別に考えなしで言っているわけではありませんよ?』

「……ほう」

『……そう、そうね。では、ビジネスの話でもしましょうか?』


 フィアールカはその言葉と共に、表情を改める。

 浮かれた少女のような可憐な笑みから、【氷結姫】という称号を与えられ、上に立つ者としての責任を負った『練金の泉』に属するバーテンダーの顔へと。


『ソウ様は率直にいって『練金の泉』に対してどんなイメージを持っていますか?』

「金にがめつい」

『まさしく、でしょうね』


 ソウの歯に衣着せぬ物言いに、フィアールカは苦笑いを見せる。


「違うのか?」

『いいえ、否定はまったくできません。私達ほど金の匂いが好きな協会はないでしょう』


 私はそこまででもありませんけど、と付け足しつつ、フィアールカは続けた。


『とはいえ、そのイメージのせいで私達の状況は良くも悪くも固まってしまっています。端的に言えば、金のある人間からの大口の依頼ばかりが来ている現状です』

「なるほど。そういうことで困っているわけか」


 状況を把握し、納得するソウ。

 二人の話を聞いていたツヅリが、ボソリと疑問を漏らした。


「……それのどこがいけないんだろう?」


 機械を通して向かい合っていたソウとフィアールカは、同時にツヅリへと目を向けた。

 ソウは少し呆れ気味に、フィアールカは馬鹿な生徒を可愛がる先生のような顔で。


「え、な、なんですか?」

「……仕方ないから、アホな弟子にも分かるように説明してやろう」

「……うぅ? お願いします」


 ソウは一度ツヅリへと向き直り、やれやれといった仕草で話しはじめる。


「じゃあ例えば、お前がまだ一回も任務に就いたことの無い新人だとしよう。最初に舞い込んだ依頼は『ドラゴンの撃退』だ。参加するか?」

「……は? いやいや、無理に決まってるじゃないですか」


 ツヅリの脳裏には、先日のソウとドラゴンの死闘が思い浮かぶ。あんなもの見るのも怖かったのに戦うなど考えもつかない。

 だがソウは訳知り顔で頷き、言葉を続けた。


「だろうな。じゃあ魔獣が確認された山を通る、商隊の護衛任務ならどうだ? 湖に潜む巨大モンスターの情報収集は? 支援一切無しでの未踏地域の調査任務とかもあるぞ?」

「そんなの行けるわけないじゃないですか! 今の私だって無理ですよ!」


 それまで『瑠璃色の空』には舞い込んですら来ていない難関依頼を並べられ、ツヅリは少し焦り気味に言った。


「……じゃあ、小さな村で野犬が出て困ってるらしい。これならどうだ?」

「……それくらいなら、まぁ」


 龍や魔獣、そんな存在に比べればえらく難度が低い。

 駆け出しの時分でも、カクテルになる前の属性弾でも使えればなんとかなるレベルだ。

 ソウはツヅリの理解を確認してから、言いたかったことを告げる。


「だが、そういう依頼が来ずに、前者みたいなのばっかり来るのが『練金の泉』の現状っていうわけだ。何が問題なのか分かっただろう?」

「あ」


 そこまで言われればツヅリにも『練金の泉』の問題が分かる。

 新人に経験を積ませる機会がないのだ。

 力を付けた協会にはそれ相応の依頼が来る。しかし、同様にそういった協会に仕事を頼むにはそれ相応のお金も必要になる。

 特に『練金の泉』クラスともなれば、それは大変なものだろう。


『まだ狼の一匹とも戦ったことのないド素人の分際で『それは練金の泉に属する私の仕事ではありません』とかほざくのよ。困ったものだわ』


 それを聞いていたフィアールカは、はぁ、とため息を漏らしそうな顔で言った。


「結果、新人は実戦もできずに訓練の日々か」

『いちいちプライドなど気にせずに総合支部にでも顔を出せば、依頼はいくらでもあるというのに……なにぶん頭が固いのが多いゆえにそれもままならず』

「まぁそれも分かるさ。そっちには良いとこのボンボンが多いだろうからな」


 まだなんの力も持たなくても、Sランクの協会に所属したというだけで自分は偉くなったと思う人間だって多い。そしてそういった人間は往々にして、プライドが高い。

 そんな彼らだからこそ、バーテンダー協会総合支部に依頼を貰いに行く、という行為が我慢できないのだろう。自分たちは依頼をお願いされる立場だと思っているのだ。


「で、それは分かったが、今回の話とはどう繋がる?」

『ですから、最初に申し上げたイメージのお話です』


 ようやく話が戻り、フィアールカは言う。


『わたしは、あなた方『瑠璃色の空』のことを評価しています。今はまだ無名でしょうが、いずれこの国でも知るものの多い有名な協会になるでしょう』

「え、ほ、ホントかしら!」


 そこでたまらずに反応してしまったのはアサリナだった。

 ソウは冷ややかな声で嗜める。


「アサリナ。釣られんな」

「し、失礼」

『……そして、あなた方の民衆からの評判は、とても良いものです。総合支部の人間からも、大衆的なバーテンダー協会と認識されています』

「体のいい便利屋扱いとも言うがな」


 ソウの茶化すような声が入り、今度はアサリナがソウを小突いて嗜める。


『さて、そんな『瑠璃色の空』が有名になったとき、そんな庶民的なバーテンダー協会を、実は陰ながら支えていた協会があったとしたらどう思います? 全くの無名のころから、密かに、しかし確実に協力していた協会。庶民の力になることを、表には出さずに陰で応援していた協会。そんな協会があったとしたら?』


「……まぁ、大衆も悪いイメージは持たないだろうな」


『そしてそれがなんと、金にしか興味が無いと思っていた『練金の泉』だったのです。大衆はそれまでのイメージを改め、こう思うわけです。『練金の泉ってのは、本当は良い所だったんだな。困ったことがあったら気軽に相談してみようかな』と。そこで大々的に小口依頼向けの広報でもすれば、現在の問題もいくらかは解消することでしょう』


 芝居がかった口調で、陶酔するように語り終えたフィアールカ。

 ツヅリは感心したように口を開け、アサリナは少し考え込む。

 バーテンダー協会のことなぞ知らないティストルは首を捻り、そしてソウは白けた目で最後に言った。


「……という建前で上は黙らせられるって寸法か」

『ええ。これならば、先程の話は受けられます。もちろん最初は、私の私的な協力、という形を取るとは思いますが、私ではご不満ですか?』


 フィアールカはそれまでの真剣な表情を再び改め直して、小首を傾げた。

 その答えが分かった上での作り物めいた仕草に、ソウは苦い表情で返した。


「お前で不満なら、ほとんどのバーテンダーでも不満だろうよ」

『そうでしょう、そうでしょう。ふふ、ソウ様は私を求めて止まないのですね』

「そうは言ってない」


 うっとりと目を細めたフィアールカに危険な兆候を感じ、ソウはさっさと会話を切りにかかる。


「空いている時間なら手伝ってくれる、ってことで良いのか?」

『ソウ様が仰ればいつでも空けますよ?』

「……それは助かる」


 ソウは少々頭を抱えながら礼を述べた。

 強引なようで、隙間にするりと入り込んでくるフィアールカの手法は、やはりソウの苦手とするところだった。

 今はまだ良いが、そのうちに何か決定的な弱みを握られて、強引に押し切られてしまいそうな気がしてしまう。


「じゃ、詳しい話がまとまったら連絡する。それで良いか?」

『分かりましたわ。それでは、皆様ごきげんよう』


 コールビジョンはその役目を終え、通話が終わる。

 後に残ったのは、なし崩しで依頼を受けざるを得なかったソウの姿だ。


「……ティスタ。お前の調査、さっさと終わらせるぞ」

「は、はい!」



 後日、正式な手続きのもと『瑠璃色の空』はティストルの護衛と、事件の調査を請負うこととなった。

 そして、その協力者にはひっそりと、しかし確かに『練金の泉』の名前があった。


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