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闇夜の刺客達

 ソウがそこに辿り着いたのは、本当に偶然だった。

 バーで財布を絞られた後に、ふらりと自宅まで帰る道すがら。ふと、妙な気配を感じた。いや、正確には『気配が抜け落ちている』のを感じたのだ。


【チャーリー・チャップリン】


 自身の気配を完全に消し去り、周囲へと潜むためのカクテルだ。それを使う人間、それもこんな街の中。どう考えても面倒事の匂いしかしなかった。

 しかし『学徒行方不明事件』が頭をよぎり、様子を見に来たのだった。


「……貴様、何者だ」

「どう見ても通りすがりの一般人だろ」


 目の前の男の質問に軽く答えつつ、ソウは状況を整理する。

 軽く様子を見るつもりが、まさか当事者が知り合いだとは思わなかったのだ。

 だが、相手の雰囲気からしても状況は悪い。欠片も堅気の気がしない。


「まぁいい」


 男達はさっと目配せして頷きあう。

 それが何かの合図だと察したソウは、その瞬間には少女へと声をあげていた。


「来い! 道を作る!」

「っ!」


 ティストルは声を受け、弾かれたようにこちらへと向かってくる。

 男達は、一瞬の間だけ、銃に手を伸ばした状態で硬直していた。


「しまっ! 逃がすな!」


 しかし男達は瞬時に硬直を解き、ティストルを取り囲もうとする。だが、その瞬間には今度はソウから目を離している。

 ソウは、予め宣言を終えていた銃を男達へと向けて、叫んだ。


「【キューバ・リブレ】!」


 銃から放たれた魔力は、走り出していたティストルのすぐ脇に着弾し、直後、少女と男たちを隔てる炎の壁を作り出した。


 通常の【キューバ・リブレ】は直線上の炎の壁を作り出す魔法だ。だが、ソウは凄まじい精密操作によって、ティストルの体を囲むU字型に壁を作り出した。

 文字通り、少女の為の炎の道を走らせたのだ。


 灼熱の膜を前に、一瞬たじろぐ男達。だが、次の瞬間には壁に衣服を焼かれながら、一人が強引に突破してきた。


「ぐうあぁっああああああ!」


 その一人は叫び声を上げて膝を突くが、それによって炎の壁に穴が開いた。

 その隙間を男の仲間が抜けてくる。その足取りは少女よりも確かで速い。このままでは追いつかれるだろう。


「ちっ」


 道を作ったことが裏目に出た。少女は狭い直線上しか動けず、ソウが援護しようにもティストルを巻き込まない手段では限定される。

 その一瞬の逡巡の間に、一人の男の手が少女へと届きそうになる。


「後ろ!」


 ソウが声をかける。少女はその一瞬だけ、後ろを振り向いた。

 男の顔がたしかに、愉快そうに歪む。

 対するティストルは、その杖を向けて、静かに、詠じた。



「《ウォール・ウィンド》」



 その言葉に応じるように、杖についていた緑の宝石──いや、ジーニの魔石が砕け散る。

 そして少女と男を隔てる風の壁が、瞬間的に現れた。


「!」


 ソウはその光景に見覚えのようなものがあったが、声は出さずに行動を起こす。

 炎の壁と風の壁に阻まれて、男達はしっかりと立ち往生していた。


「『テイラ』『シロップ1』『オレンジアップ』」


 それを好機と見て、ソウは銃弾とカートリッジを入れ替え、宣言する。

 慎重に照準を合わせ、ティストルの足の隙間を通るように魔法を放った。


「【アンバサダー】」


 少女の足をすり抜け、背後に着弾した光弾は、男達と少女の僅かな隙間に岩の柱を突き立てた。突如道に現れた障害物に、男の一人はぶつかり、後続の足も止まる。

 その時間稼ぎの末に、少女はどうにかソウの待つ場所まで走り切る。

 距離にしてほんの十数メートルであったが、とてつもなく長い距離だった。


「大丈夫か?」

「なんとか」


 ソウが軽く声をかけると、ティストルは気丈に答える。

 その直後、ソウが張った炎の壁が、相手の放った水の魔法によって打ち消された。

 風の壁は既に消え、岩の柱も越えられている。ソウ達と男達を隔てるものはない。

 月明かりの下。数にして六人の魔法使いが、一斉にソウ達へ銃を向けていた。


「逃げるぞ!」

「え、あ──」


 ソウは言ってから了承も得ずにティストルの体を抱き上げる。

 常ならばともかく、今のソウは身体能力強化の特殊魔法【グラスホッパー】の効果を受けていた。その程度の重量物を持ち上げるのは容易い。

 軽々と少女の体を抱きかかえて、男達から脱兎のごとく遠ざかった。


「くそ! 逃がすな──……」


 男達の慌てる声が背後から聞こえていたが、ソウに追いつけることもなく静かに、声は小さくなっていった。




「……とりあえず撒いたか」


 周りの気配を探りながら、ソウは零した。

 現在地は下町の中心にほど近い、狭い路地の中。

 人気はやはり少ないが、無いというわけでもない。この場で仮に襲ってきたとしても目撃者が多い。無茶な行動はするまい。

 ソウはようやく体の緊張を一段階落として、抱きかかえていたティストルを地面に降ろした。


「大丈夫だったかお嬢ちゃん」

「は、はい」


 ずっとソウに抱き上げられていた少女は、地面に立つ際にふらりとよろける。が、すぐにバランスを取って自立した。

 そして少し呼吸を整えるように息を吐き、改めてソウに向かい合った。


「……助けていただいて、感謝します」

「どういたしまして、だ」


 丁寧な礼にぶっきらぼうに答え、ソウは返す言葉で尋ねた。


「で、あいつらはなんなんだ? ティスタの親衛隊かなんかか?」

「そ、そんなわけはありません! ……いえ、正式に何者なのかは答えて貰っていないので、可能性がゼロとまでは言い切れないのですが──」

「悪かった悪かった。あいつらは誘拐犯だ。そう思うんだろ?」

「はい」


 ティストルが頷く。

 ソウはその返答を考えるように少し目を瞑り、そして冷たい声で言った。


「なら、お前はそれを包み隠さず報告して、この件から手を引け」

「……え」

「あれは、お前一人の手に負えるレベルの相手じゃない。全員が相当の手練だ。抵抗するだけ無駄ってくらいのな」


 ソウは率直な感想を伝えた。

 事実、ソウは先程の戦闘において、第一目標にはっきりと『逃走』を選択していた。

 勝てないとまでは言わないが、厄介な相手であると経験が告げていた。特に、気配を消す魔法【チャーリー・チャップリン】を使うような相手に、ろくな奴はいない。

 ソウはそれを思って、再び助言のつもりで少女を諭す。


「『余計な被害者』を増やしたくないなら、大人しくしてることだ」


 だが、少女は少し悔しそうに唇を噛んだあと、首を振った。


「できません。私はこの件から手は引けません」


 硬質な声に、ソウは顔をしかめる。


「……はぁ? どうしてだ?」

「責任があるからです。一度引き受けた以上、それを果たすのは義務です」

「義務もクソもあるか。出来ないんだからどうしようもないだろ」

「ならば、それを達成するための準備を重ねるだけです」


 その馬鹿らしい正論に、ソウはしばし、ぽかんとしてしまった。

 確かに、今手に負えないのなら、手に負えるように準備をすればいい。当たり前の結論ではあるが、意味が分からない。


「義務だかなんだか知らないが、冗談もたいがいにしろ。お前がやる必要はないだろ。できる奴に回すってのも立派な戦略だ。聞いた話だと誘拐されても命に別状はないんだろ? だったら焦らなくても──」

「そうやって先延ばしにしてきたから、まだ事件が解決していないんです!」


 ティストルは固い表情のまま、必死に訴えた。


「分かっています。私一人ではどうにもならないことは。だけど、誰も本気にならないから未だに被害は止まっていません。危機感もありません。ですが、起きているんです。今は無事でも、いつそれが無事でなくなるか、分からないんです。悠長なことを言っている余裕なんて無い筈なのに──!」


「分かった。俺が悪かった。だから落ち着け」


 次第にヒートアップしていく少女を落ち着けるソウ。

 嗜められて、ティストルも少し、先程の行動を恥じ入るように俯いた。


「……すみません。あなたは当たり前のことを言っているだけなのに」

「気にするな、俺が無神経だった。ティスタはティスタで真剣だったんだな」

「……はい。だから、私が解決しようと……なのに、手も足も、出なくて」


 ぐっと拳を握りしめ、声を詰まらせる少女。

 ソウは少し悩んでから、ティストルの頭をポンポンと叩いた。


「え、あ、何を?」

「気にし過ぎる奴に良く効くおまじないだ。ちょっと頭が軽くなるだろ?」

「……えっと」


 何か思い詰めたような表情から一転、困惑の表情を浮かべる少女。

 それを認識してから、ソウは言う。


「ま、とりあえず今日はもう帰れ。一晩ぐっすり寝て、そんで明日考えろ。あとは、この時間は一人で決して出歩くな」

「しかし、誘拐犯が」

「今日失敗してんだ。しばらくは大人しくなるはずだ」


 そこで話を終えるように、ソウは大きく伸びをして眠たげに目を細める。


「寝酒飲んで寝るだけだと思ったのに、運動なんてしたもんだから疲れちまった」

「……す──」

「謝るな。お前のせいじゃ、ないっ」


 ソウは、自分の責任にするのが好きな少女の額に軽いデコピンをした。


「いたっ」

「痛いか。じゃあ覚えろ。悪くないのに謝るな。謝る度にデコピンしてやるからな」

「……理不尽ですね」

「意味も無く謝られるほうが理不尽だっつの」


 ソウは言って、少女の手をぐっと引いた。

 突然体を引かれて、少女は思わずたじろぐ。


「え? へ?」

「いつまでもこんなとこにいてもしょうがないだろ。送ってやるよ、道は?」


 ティストルは恐縮したように肩を縮めて、首をぶんぶんと振った。


「そんな、良いです。申し訳──いたっ」

「俺が聞いたのは、道はどっちだってことだけだ」

「あ、あっちです」

「了解」



 ソウは口答えを決して許さずに少女の手を引いた。

 月明かりに照らされただけの暗い道を、二人は寄り添って歩き出した。


※1211 誤字修正しました。

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