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情報収集

 その日、一日はつつがなく終わった。

 夜は更け、ソウは『瑠璃色の空』本部を出ると、その足をある場所へと向けた。

 行きつけの店の一つ──『システム・ナイン』というバーである。


「お、いらっしゃいませ」


 カランと鐘がなり、それまでカウンターの客と話をしていたバーテンダー……ラバテラが、ソウに笑顔を見せた。

 内装は白を基調とした綺麗な店だ。やや明るめのライトに照らされて、美しくボトルが輝いている。


「こちらへどうぞ」


 ラバテラがカウンターの中央あたりを指すが、ソウは首を振って頼む。


「悪い、今日はちょっと奥で良いか?」

「はい、かしこまりました」


 男はソウの頼みを嫌な顔一つせずに受け、ソウをカウンターの奥の方へと案内した。


 バーという店において、客の位置には少し法則性がある。

 明るく、見栄えのする人物は入り口の近く。

 話を聞くのが上手く、場を和ませる人間は中央付近。

 そして静かに飲みたい人は奥の方。


 席の状況などによって変動は当然するが、だいたいそのような位置に客が座ることが多い。そして普段は、ソウもバーテンダーの示す席に素直に座る。

 だが、今日に限ってソウは奥の方を指定した。

 その理由を、ラバテラは過不足無く理解した。少なくとも、ソウはそう思った。




 最初の注文を終え、それが運ばれてくるところでラバテラはソウに声をかける。


「お待たせしました。どうしたんです、今日は?」


 最初の一杯であるエールをソウの前に置き、返事を待つラバテラ。


「いや、結構ごぶさただったからちょっと緊張しててな」

「またまた」


 ソウの返答を冗談か何かと取ったのか、ラバテラは人好きのする笑みを浮かべる。


「……なんか、ここ最近話題になってる事件とかあるか?」


 一息を置いてソウが尋ねると、ラバテラはその笑みを崩すことなく言った。


「事件ですか? ゴシップだったら、王国騎士団長が実は同性愛者だとか、国王の隠し子の噂とか……バーテンダー協会『練金の泉』の姫様に熱愛発覚──とかですね?」


 最後の一言だけ、やけに力を込めてラバテラが言った。


「……いや、そういうんじゃなくてだな」

「またまた、隠さずに教えてくださいよ『騎士様』」


 その表情に下卑た好奇心を感じて、ソウは少し不快感を覚える。


「おい、バーテンダー。それで良いのか?」

「ははは、ユウギリさんはそんなことで怒ったりはしないですよ」

「不快にはなるかもしれないが」

「でしたら、それを紛らわす面白い話でも──例えば『学徒行方不明事件』なんて、聞いたことあります?」


 ソウのうんざりした空気を敏感に感じ取ったのか、ラバテラは本題に入る。


「と言っても、詳しいことは知りませんよ。割と上流階級の『才能ある』子供達が、下校途中にふらっと居なくなるらしいんですよ。もちろん、一切の連絡無しで。当然最初は騒ぎになるかって所だったんですが、二日後くらいにひょっこりと消えた筈の子が見つかりましてね。軽い衰弱状態だったんですけど、命に別状はなし。そんな事件が、どうやら『シャルト魔道院』の生徒を中心に発生しているみたいです」


 まさにソウが知りたかった情報を、ラバテラは世間話くらいの軽さで教えてくれる。

 先程まで感じていた不快感が吹き飛んで、ソウはさらに深く尋ねる。


「何か共通点とかはないか? 被害者の」

「そうですねぇ。下校途中を狙われてるってことで寮生ではなく、通いの学徒が多いってこととか、被害者は全体的に女性が多いってこととか。あと、見つかった学徒達の軽い衰弱状態って、『魔力欠乏症』に似通っているみたいですね」


 ソウはラバテラの情報を一つずつ吟味し、自分の中に落とし込んだ。

 その症状は果たして人為的なものなのか。それとも、事故の類なのか。この段階では、何も分からないというのが本音だった。

 そして、それを知ったところで今は動く気も実はなかった。


「なるほどな。面白かったよ」


 ソウは話をそこで切り上げると、ついでのように一言付け加える。


「せっかくだから、好きなの一杯飲むか?」

「良いんですか! いただきます!」


 ソウの一言に調子良く答えて、ラバテラは作業台の方に向かって行った。

 ソウが今、情報を集めたのはもしもの時に備えて。

 ティストルが依頼をしなかったとしても、一人が動き出す事態であれば、他の人間が動き出してもおかしくはない。そして、その時に手元に情報があればそれだけ早く動ける。


 情報は何をするにしても、確実に武器になるものだ。

 だから、集める必要がある。

 それは、ポーチの中に出来るだけ多くの種類の弾丸を入れておく、バーテンダーの基本にも似通っている。


「そうそう、シャルト魔道院といえば『シャルトリューズ』ですよね」


 唐突にラバテラはソウに語りかけた。

 ソウが視線を送ると、その手には『シャルトリューズ』と呼ばれているポーションのボトルが握られていた。


「……バーテンダー七不思議の一つだな。『シャルトリューズ草が実をつける条件』」


 ソウの声に、ラバテラはしきりに頷いた。


「世界広しといえど、シャルトリューズ草が実をつける条件を知っているのは、『シャルト魔道院』の最高魔導士だけってね。おかげで僕たちバーテンダーは、魔術師様の機嫌を損ねるわけにはいきませんよ、と」


『シャルトリューズ』とは、シャルトリューズ草という植物の果実から作られる、特殊なポーションの一つだ。

 果実というよりは蜂蜜のような甘さを感じさせる、ハーブ系の味わいを持っている液体である。


 だが、その果実というのに謎があるのだ。

 シャルトリューズ草は通常、育てても可食部の無い、種だけの実をつける。

 種に甘みはなく、果肉もほとんどない。到底、果実をしぼってポーションなどが作れるわけがない。

 だが、シャルト魔道院の最高魔導士だけが代々、シャルトリューズ草から果汁の絞れる果実を作る手法を知っているのだ。


「おかげで『シャルトリューズ』は高止まりですねぇ。『ガリアーノ』なんかに比べたら値段の変動は少ないんで、良いですけど」


 ラバテラは手に持った『シャルトリューズ』のボトルを傾けながらぼやいた。

『シャルトリューズ』が作られる醸造所は、ここ『王都プレア』にしか存在しない。

 この近辺の畑で栽培されているシャルトリューズ草に、最高魔導士が直々に手を加えた分しか果実をつけないからだ。

 そのせいで『シャルトリューズ』の流通量は決して多いとは言えず、『ガリアーノ』よりも高額な場合も多いのだった。


「……というか、何普通にシャルトリューズ飲もうとしてんだよ」

「え、一杯頂けるっていうんで、好きなのを」

「おまえが好きなのは金だろ、畜生」


 へへと邪気の無い顔で笑うラバテラに、ソウは思わず自身の財布の中身を心配するのだった。




(いけない、暗くなってしまいました)


 ティストルは、街灯の少ない夜の街道を一人急ぎ足で進んでいた。

 既に周りに出歩いている人間の姿もまばらだ。ぽつり、ぽつりと人にも出くわすが、誰も居ない時間のほうが長い。


 ティストルは夕刻に出会ったソウの助言を受け、より上流階級の人間が住む都市部へと足を向けていた。

 だが、その中をどれだけジロジロと見回ってみても、怪しい人間など見つかりはしなかった。

 そして、ただでさえ土地勘の無いところで、手探りで都市部まで辿り着いたのだ。少女が帰り道を見失うのはあまりにも当然の末路だった。


(大丈夫、寮の門限は過ぎているけど事情は汲んでもらえるはずだから。そう。もちろんそれは悪いことだけれど、これ以上被害を増やさないためには当然の──)


 だから少女は今、心の声とは裏腹に大変焦っているのだった。

 闇雲に道を彷徨っても仕方がないことはティストルにも分かっている。だから彼女は直接魔道院へと向かうのではなく、一度下町へ戻ろうと考えていた。

 道のりは長くなったとしても、道が分かるのならそれに越したことはないのだ。


(ん?)


 ティストルはふと、目の前の暗闇の中に蠢く何かを見た気がした。

 だが、足を止めて目を凝らしても、そこには何も見当たらない。


(見間違い?)


 警戒しつつ杖を握りながら、慎重にもう一度目を凝らす。


 やはりそこには、何もない。


 いや、何も無いではない。何も、無さ過ぎる。

 確かに異常はないと頭では理解できていても、心のどこかに引っかかりを感じている自分がいた。


(なんとなくだけど、別の道を──)


 ティストルが心に従って引き返そうとしたとき、


「……勘の良い」


 その暗がりから、はっきりと声が聞こえた。


「っ!?」


 ティストルは慌てて杖を構える。

 前方五メートル。そこには確かに何も無かった筈だ。

 だが、ふと気がついてみれば、闇に紛れるような格好をした男が三人、ティストルの進行方向に立ちふさがっていた。


「あ、貴方達は!?」


 ティストルが叫ぶ。

 それに気まぐれで答えたのは、ティストルの背後から現れた気配だった。


「答える必要はない」


 ティストルは慌てて振り向く。道の後ろ側にも三人、道を塞ぐように男達が立っていた。

 合わせて六人。気づいたらティストルは完全に囲まれる寸前であった。


「……あなた達は誘拐犯、で良いんでしょうか?」

「…………」


 ティストルが尋ねると、男達は沈黙を返した。

 それがほとんど肯定の意味であるのは明らかだった。


(でも、この状況はマズい、ですね)


 ティストルの心中は決して穏やかではない。何故なら彼女は魔術師なのだ。戦うためには魔法の詠唱が必要である。

 この距離まで接近を許してしまうと、詠唱の時間が取れない。

 奥の手を使えば、一度や二度出し抜くことは出来るだろうが、それまでだ。

 多勢に無勢。元より本格的な戦闘になるとも、相手がこれほどまでに多いとも思っていなかったのだから。


「……付いてきてもらおう」


 目の前にいる男が低い声で言った。

 ティストルは杖を握りしめながら、頭の中に打開策を展開する。

 だが、この人数。しかも囲まれている状況。相手の実力も未知数だが、先程の紛れ方を見るに素人ではない。


(でも、ここで私が頑張らないと、また別の被害者が……)


 そうやって逡巡しているところだった。

 人気のなかった道に、一人の男の気配が紛れ込んできた。



「おいおい。この道はいつから通行止めになったんだ?」



 ティストルも、男達も声の主に目をやる。

 暗がりの中にぼんやりと浮かぶ人影。その姿ははっきりとは見えない。


 だがその声には聞き覚えがあった。それは、ティストルが夕刻に出会った『瑠璃色の空』の男の声だった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。



席の配置については、あくまでほんの一例であり、作者の主観です。

気にし過ぎないでいただけると幸いです。


※1209 表現を少し修正しました。

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