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氷は未だに溶けず、さりとて春は近いのかもしれない


 ソウとツヅリは、帰りの馬車に揺られてぼんやりとしていた。


「空、綺麗だな」

「そうですね、お師匠」


 先ほどからとりとめもない話をしては、またぼんやりと空を見上げる二人。

 難解な依頼を解決して帰る姿とするには、やや覇気が足りていない様子だ。


 ドラゴンの件は結局のところ、ソウが最初に思い描いた通りの展開になった。

『練金の泉』が、ドラゴンを撃退に追い込んだことになり、それに協力した協会の末端に『瑠璃色の空』が名を連ねたのだ。


 なんだかんだ言っても、一番大きかったのはドラゴンの牙だ。

 王国にとってもほとんど初めてレベルでもたらされた綺麗な牙は、『練金の泉』の威光を盛り上げた。

 そして、その『練金の泉』が名指しで協力者としてくれたお陰で、『瑠璃色の空』も晴れてBランク協会入りを正式に認められたのだ。


 のだが、ソウとツヅリがぐったりとしているのも、その『練金の泉』のおかげだった。


「祝勝会なんて、どうして行こうと思ったんだ?」

「お師匠が『タダ飯喰えるなら行く』とか言うからですよ」


 二人は昨夜、ドラゴンの撃退記念として開かれた祝勝会に参加した。王国というよりも『練金の泉』の主催で、二人を誘ったのはフィアールカだった。


 だが行ってみたらそこにあったのは、完全な上流階級の空気と、場違いな二人へと向けられる好奇の視線だった。


 もっともそこまでだったら耐えられた。問題はその先だ。ソウが周りの視線を一切無視してひたすら料理を詰め込んでいたところで、それは起きた。祝勝会の主賓とも呼べるフィアールカがお色直しをしてきた後に、ソウは名指しで呼び出されたのだ。

 訝しみながらソウが向かうと、そこで唐突に宣言をされた。



『私はこのソウ様に、全てを捧げると誓っております。ですのでダンスの許可はソウ様に頂いてくださいね』



 それからは、地獄だった。その後のソウの悲惨さは、それに巻き込まれたツヅリですらぐったりしていることで分かるというものだ。


「……さっさと『決闘』の宣誓なんて、破棄しておけばよかった」

「……内心でいやらしいこと考えてるから、忘れるんですよ」

「……考えてねえよボケ」

「……うるさいです──はぁ」


 いつも通りのやり取りも、疲れが勝って覇気が無い。


 その状況が変化したのは、馬を休ませるために御者が休憩を言い渡したころだった。

 少しだけ気力が回復してきていた二人に、何やら豪華な馬車が近づいてきた。

 天井があり、装飾が施され、引いている二頭の馬の毛並みもいい。

 それはあろうことか二人の馬車の隣に止まり、中から一人の少女が顔を覗かせた。


「あら、奇遇ですねソウ様。ツヅリさん」


 いかにも面白そうな笑みを浮かべて、フィアールカはそう挨拶をした。


「何が奇遇だ。しっかりと横付けしやがって」

「そう、そうね。でははっきりと言います。ソウ様、どうして私から逃げるのです?」

「自分の胸に手を当てて、昨夜のことを思い出せ」


 ふむ、とフィアールカは言われた通りにする。そして首を捻り、ポンと手を叩いた。


「昨夜、一線を越えずに別れてしまったのを怒って──」

「ツヅリ。あのアホをどうにかしろ」

「無理です」


 フィアールカは、ソウの前では態度が大きく変わった。

『決闘』で破れてからというもの、ギリギリ可愛らしいの範疇に収まるわがままを、全力で実行してくるようになった。

 ソウはそれが、彼女なりの甘え方なのではないか、と理解しつつあった。

 自分よりも強い相手を見つけて、ようやく素に近い自分を出せつつあるのだと。


「冗談です。それより、宜しければ一緒の馬車に乗りませんか?」


 少女の自然な誘いに悩むソウ。

 あまり借りは作りたくないのが本音だった。


「悪いが、俺はこっちで満足を──」


「でしたらツヅリさん。確か貸しが一つありましたよね? 乗って下さいますね?」

「へっ!?」


 唐突に言われてツヅリは何のことか一瞬思い出せない。

 だがすぐに、ソウを追って入った『バー』でのことだと思い至った。


「……さ、お師匠。お言葉に甘えましょう。タダ乗りですよ、タダ乗り」

「だから、借りなんて作るなってんだよ」


 ソウとツヅリは、これまで乗せてくれていた馬車の御者に礼をしてから、フィアールカの馬車へと乗り込んだ。

 そして乗ってから、それが御者の他には誰も居ない、個人用の馬車であると気づく。

 しかも伊達に豪華なだけはない。乗り心地も大変よく、静かな振動がやけに眠気を誘う作りだ。


「気に入って頂けましたか?」


 驚いているソウとツヅリに、フィアールカは得意気な笑みを浮かべていた。





 暫く、大した会話もないまま馬車に揺られていると、ソウの耳に微かな寝息が聞こえてきていた。

 ツヅリと、ツヅリから若干距離を取る犬(龍)が瞼を閉じていた。

 これまで、戦いと緊張の連続で、ツヅリの疲労も限界に達していたのだろう。

 それらをぼんやりと眺めているソウに、フィアールカが控えめに声をかけた。


「ソウ様。少し、聞きたいことがあるのですが」

「……なんだ?」


「仮面の男と戦っていたとき、最後に使ったのは【雪国】ですよね?」

「……一応、そうだが」


 ソウはフィアールカが戦いの跡をじっくりと観察していたことを思い出す。

 詠唱は聞こえていないだろうが、跡だけで使ったカクテルを想定したのだ。


「……もう一つ。ソウ様の【雪国】は、厳密には【雪国】ではありませんね?」

「なぜそう思う?」

「ただの推測ですが、ソウ様のカクテルには『ライム』も『コーディアル・ライム』も、使われていないように見えました」

「…………良くわかったな」


 発動の宣言も聞かず、弾頭も見ず、結果だけを見てそれが分かるのは、異常と言える。

 だがソウは追求せず、更に何かを言いたそうにしているフィアールカに先を促す。


「以前私が『蒼龍』の【雪国】には普通のライムが使われていたらしい、と言ったのを覚えていますか?」

「……ああ」


 ソウは嫌な予感を感じつつ、静かに頷く。

 フィアールカは返事を確認するかしないかの段階で、さらに言葉を続けた。


「だけど、それは勘違いだったのかもしれないと、思うのです。私がそれを知ったのは、伝聞でした。それは正しくはこうでした。『コーディアル・ライムにはない酸味のある【雪国】だった』と」


 フィアールカの表情に、どんどんと興奮の色が増していくのが分かる。

 少女が果たして何を期待しているのかも、ソウに伝わってくる。



「私は思い直したのです。もしや『蒼龍』が使っていたのは『ライム』ですら無いのではと……ソウ様のオリジナルアレンジのように『レモン』を使って──」


「──ストップ」



 声が大きくなってきていたフィアールカの唇に、ソウは指を立てた。

 そして、頭をぽりぽりと掻いてから、フィアールカへと諭すように言った。


「……俺があのとき『レモン』を使ったのは、『ライム』が切れてたからさ。それ以上でも以下でもない」

「ですが──」

「そういうことに、しておけ」


 ソウはぶっきらぼうに話題を切った。

 それがこれ以上の詮索を望まない気持ちなのだと、フィアールカには理解できた。

 はっきり言って『ライム』が切れていたから、などというのはありえない。


 そんな消極的な理由で、あれほどまで整ったカクテルは生まれないのだから。


「……ソウ様。もう一つ良いですか?」

「なんだよ」


「私も、あなたの弟子にしてくれませんか?」

「……珍しく、断定じゃないんだな」


 ソウはおどけてみせたが、フィアールカの表情はいつにも増して真剣だった。

 彼女が決して生半可な気持ちでそれを言っているのではないことは、良く分かる。

 だからこそ、ソウは言葉を濁し、返した。


「……お前は、バーテンダーになりたいんだろ? だったら、俺みたいな邪道の戦い方を学ぶ必要なんてない。それよりも、自分のやり方を今まで通りに突き詰めて、いつか俺を越えてみせたらいい」


 その言葉に、少しはぐらかされたような気分になって、フィアールカは問う。


「……その返答に──ツヅリさんの事情は、関係あります?」

「……なんであいつが出てくる」


「彼女を、とても大切にしているように見えるので」


 ソウは咄嗟に否定を返すのがどうにも違う気がして、少し考えてから笑った。


「確かに。俺ごときじゃツヅリ一人で手一杯だ。お前みたいな問題児の面倒を見る余裕はないな」


 ソウの返答は、やっぱりどうにもはぐらかすようで、フィアールカは少しだけ唇を尖らせた。それも、今までの彼女ならばしないような子供らしい仕草であった。

 だが、すぐに気を取り直して、そっとソウに寄り添う。


「でしたら、ツヅリさんが一人前になったら、その時は改めて考えてくれますね?」


 隙間にするりと入り込むようなフィアールカの言葉。さすがにソウも誤摩化し切れなくなって、やれやれと笑む。


「その時まで俺を待ってるってんなら、多少は考えるさ」

「それで充分です」


 くくく、ふふふ、と二人は最後に含み笑いを漏らした。



「なんの話ですか」



 その笑い声を制したのは、ツヅリの温度のない声だった。

 いつの間に起きていたのか、ツヅリは据えた目で寄り添う二人を見つめていた。


「いったいなんの話ですか? 最後の取引みたいなのは、なんなんですか?」


 ツヅリが言い募る。

 自分の師と、それに近い実力の女性が、いったい何を『待って』いたり『それで充分』なのか、問いつめるツヅリ。

 フィアールカはツヅリに一瞬面食らった後、にこりと笑んで一言だけ、放った。



「ツヅリさんには関係ないわ。だって、私がただ、ソウ様に告白しただけなんだから」



 そうストレートに告げて、フィアールカはふふと楽しげな笑みを浮かべた。



 言われたツヅリは「な、あ、え」と言葉にならない声を発しながら固まった。

 ソウはその様子に、また面倒なことを、と思いながらため息を吐く。

 幼龍はソウの仕草を真似るように、大口を開けてあくびをしたのだった。


 二章完



ここまで読んでくださってありがとうございます。


これにて第二章完結です。

お付き合いいただきましてありがとうございます。

頭の中のラストまではまだまだ距離がありますが、果たしてどれくらいの長さになるのか。

ご意見やご感想もろもろ、色々と頂けると幸いです。


三章の開始はまだ未定です。

ですが、そんなに時間は開かずに開始されると思います。

よろしければお付き合いください。

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