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裏の目的

「それでお師匠、あの仮面の男は?」

「逃げられた」


 会話もそこそこに、反逆してきた『練金の泉』のバーテンダーを拘束したあと。

 あっけらかんと告げて、ソウは深いため息を吐いた。


「でも、有用な情報は手に入りましたわ。『アドヴァンチク』の狸爺には、相応の報復をすることに致します」


 その言葉を繋ぐように、フィアールカは冷ややかに笑みを浮かべる。

 彼女の体調は、ソウの手によってあっさりと回復した。


 ソウの荷物に入っていた材料で有り合わせのカクテルを作ったのだ。

 奇しくも出来上がったものが『バラライカ』だった時には、フィアールカも苦い笑みを浮かべていた。

 一方のソウも『器具が洗えない所で、カクテルなんて二度と作りたくない』と、とても渋い顔をしていた。


「あいつはいったい何者なんだ?」

「相当に腕の立つバーテンダーであることは間違いないでしょうが……」

「それだけじゃ説明が付かない。裏がある、はずなんだ」


 実際に相対し、会話したソウとフィアールカは男に得体の知れない何かを感じていた。


「……例えばあの仮面……もしや『賢者の意志』と関係があるのでは?」


 フィアールカは、男が仮面をつけていたことを差し、Sランク協会の一つである『賢者の意志』の名を出した。

『賢者の意志』は決してその顔を周囲に明かさない。

 正確には『賢者の意志』として動く際には、彼らはその顔を明かさない。

 彼らが公の場に名を背負って現れるときは大抵、正体を隠すための仮面を付けてくるのだ。


「それはない。少なくとも、あいつは『賢者の意志』の手の者じゃない」


 それを知っていて、ソウははっきりと断言した。


「『賢者の意志』の仮面には決まりがある。それに、悪事を働くってんならわざわざ『賢者の意志』として行動する必要もないだろう」

「詳しいのですね」

「……まあな」


 フィアールカは、ソウの無駄な博識さに感心の声を漏らすが、ソウはバツが悪そうに曖昧に頷いた。


「とにかく、仮面の男に関しては気をつけるに越したことはない」

「ええ。こちらでも警戒しておくことに致しましょう」


 ソウとフィアールカの提案に、疑うことのないツヅリと、実際に危害を加えられたことのあるオサランが頷いた。


「それと、もう一つ気になることがあるのだが」


 話の切れ目と見て、オサランが訝しげな表情でソウを睨み、言う。


「あなたはいったい誰なんだい?」

「そういうお前こそ誰だよ。怪我してなかったら間違って蹴り飛ばしてたところだぞ」


 初対面にして、すさまじく無礼な態度のソウに青筋を立てつつ、オサランは気を沈めて言った。


「失礼した。僕はオサラン・イグナという。あなたは?」

「……ソウ・ユウギリだ」

「なっ! あなたがか!」


 名乗ると、オサランは殊更に驚いた声を上げた。

 ソウは、先ほど仮面の男が言い残した最後の言葉。自身の名前に関することを思い、少しだけ口をつぐむ。


「この女がヤケになって探していた正体不明のバーテンダー」

「……それだけか?」

「何がです?」

「いや、なんでもない」


 オサランは本当に何も知らない様子であった。それを見てソウは一つの安堵と、一つの疑念を同時に抱くことになる。

 安堵は、自身の経歴は『練金の泉』をもってしても追えないということに対して。

 疑念は、その自身の過去を、なぜ仮面の男が知っていたのか、ということに対してだ。


「まあいい。それでオサランとやら、お前は何の用でここに来たんだ?」

「決まっています。この馬鹿女を連れ戻しに」

「失礼ね。女の我がままを聞けないからモテないのに」


 露骨に不機嫌そうにオサランが言えば、これまた露骨に不機嫌そうにフィアールカが返した。

 それだけで、なんとなくこの二人の普段の様子が透けて見える気がした。




 それからは、決闘の後遺症で気絶している人間を確認していった。

 起き上がって歯向かわれても困るし、適当に拘束することにしたのだ。

 そこで一つ、おかしな点があった。ツヅリとフィアールカと同じ能力を持つという赤毛の少年の姿が、どこにもなかったのだ。


 それが何のためかは、すぐに分かった。

 全員の落胆をもって。



「……龍の卵が、一つなくなっている」


 万が一の戦闘に巻き込まれないため、物陰に隠しておいた卵四つのうち、一つがその姿を消していたのだった。


「……くそっ! つまり仮面の男とその小僧はグルだったってことか」


 ソウは悪態をつき、地面を蹴った。

 仮面の男がなぜ途中で戦意を失ったのか、そしてなぜああもあっさりと内通者の情報を売ったのかに合点がいった。


 全ては本当の目的があったからだ。


 仮面の男の目的は、ドラゴンでも、ましてやフィアールカでもなく『卵』だったのだ。

 だが、それを聞いてもドラゴンは落胆しただけで怒ることはなかった。


《……良いのだ友よ。貴公らは全力を尽くして我を守ってくれた。ただでさえ不利な条件の中でだ。それだけで、我が心は救われた》


 ドラゴンはそう言って静かに翼を折り畳んだ。


《我の中の魔力ももうじき消えるだろう。そうなれば約束通りにここから去ろう》


 その後に、ソウとツヅリ、そしてフィアールカと順番に眺める。


《貴公らは、どうやら激動の中を生きるようだ》

「……どういう意味だ?」

《深い意味などはない。そうだ、あと一つささやかな頼みがある。卵をここまで持ってきてはくれぬか?》


 意味深な言葉を述べつつ、決してドラゴンはその真意を語ろうとはしなかった。

 やむを得ず、協力して卵をドラゴンの前まで持っていく。落として割ってしまったらと思うと気が気ではないので、できるだけ慎重にだ。

 そして長い時間をかけて卵を運び終えると、ソウはドラゴンへと尋ねる。


「持ってきたぞ」

《感謝する。それではささやかなお礼がしたい。そこを動かないでくれないか》


 言われた通りにソウがその場に立っていると、ドラゴンの腕がゆっくりとソウの前の卵へと伸びた。

 それを不思議に思っているところで、その指がトンと卵に触れる。直後、ドラゴンの爪の先から恐るべき密度の魔力が噴き出した。


 その瞬間に、ソウはドラゴンの意図を悟って戦慄した。

 だが遅い。

 ドラゴンは『もうじき魔力が消える』と言っていたがそれは嘘だ。


 正確には『現時点』で、魔力が扱えるようになったのだ。

 そしてそれを、ソウの目の前であろうことか卵へと向けたのだ。


「た、たんま!」


 ソウが叫んだのは、その現象とほぼ同時だった。

 しばらくしんとした静寂。後に、カチリ、カチリ。と卵の殻が割れる。

 そして中から、まだ鱗の柔らかな様子の幼龍が、その小さな頭を突き出した。


「…………」

「……くきゅ?」


 ソウと幼龍の目が合う。

 無言で見つめるソウと、つぶらな瞳で鳴く幼龍。

 ソウが恐る恐る後ろへと下がると、その幼龍はよたよたと歩きながら追従してくる。

 左へ行っても、右へ行っても、龍はけなげに付いてくるのだ。

 ソウが半眼でドラゴンを見ると、穏やかに頷いて言った。


《我との友好の証だ。その子を授けよう》

「頼んでねえよ! 面倒なこと押しつけやがって!」


 ソウは叫ぶ。

 前代未聞だ。ドラゴンと交渉の末に、幼龍を授けられるなど。

 これからどれだけの注目を集めるのか、分かったものではない。


《不満かね?》

「不満だね。お前は人間社会でのドラゴンの希少さを甘く見すぎている」

《では、こうしよう》


 ドラゴンはもう一度、幼龍の頭を突く。

 すると、幼龍はたちまちその姿を変化させ、子犬へと変わった。


《この姿ならば怪しまれないだろう。いずれこの子が自力で解けるようになるまで、面倒を見てくれ、友よ》

「……拒否権はなしかよ」


 ソウはうなだれながらしゃがみ込み、自身にじゃれついてくる犬(龍)の頭を撫でてやった。犬は嬉しそうに目を細める。どうやら知能は犬よりも高いらしい。


《では、失礼しよう。機会があればまた会おう》

「……ああ、またな」


 その言葉を残し、ドラゴンはその翼をはためかせる。周囲には恐ろしい速度で魔力が満ちていき、やがてそれが弾ける。ドラゴンは、ふわりとその巨体と側にある残り二つの卵を巻き上げて、空に消えていった。


 後には、濁った目で犬を撫でているソウ。

 その現実感のないやり取りにリアクションを忘れているツヅリ。

 そのあまりに面白い展開にうっとりと目を細めるフィアールカ。

 何もかもが理解できずに頭を押さえるオサラン。


 その四者四様の人間模様だけが残っていた。




「覚悟はできたかね、アドヴァンチク」


『練金の泉』ウルケル支部の会議室。

 だが今日に限っては、その席が一つ空いていた。

 その理由は簡単だ。

 普段はそこに座る存在である老人──アドヴァンチクこそが弾劾される対象だからだ。


「正規の手順を踏まずに人員を動かしたことはまだいいでしょう。しかし、その目的──【氷結姫】排除というのは、とても認められるものではありません」


 五人になった老人の中でも、比較的年若い老婆が告げる。


「左様。貴様が擁立するつもりだった女では、実力が遠く及ばない。お飾りにすらなれないのならば、すげ替える意味などない」


 同調するように頭髪の薄い老人も意見を述べた。


「ち、違うのだ! これは脅されていたのだ! 妻子を人質に取られ、やむを得ず──」

「我々が聞きたいのは動機などではない。その行動による利益の話をしているのだよ」


 焦って弁明を行うアドヴァンチクに向かって、冷酷な言葉を投げたのは、アドヴァンチクが抜けたことで、真に中央に座ることになった老人だ。

 老人は、明らかに相手を見下した目で、さらりと言った。


「君の行動は、すなわち我々に財をもたらすのか。それが認められない限り、君の言にはなんの意味もない」


 ピシャリと言い切る老人。

 周囲の者達も一様に、その老人の言い分を認めた。


「では、アドヴァンチク・ヴォレゴフ。貴様を『長老会』から追放する。再び我々に利があることを示さぬ限り、この場に戻ってくることは叶わんと思え」


 中央の老人の言葉で、長々と続いていた弾劾決議も終わりを迎えた。

 その宣言は有情であるように思えるが、実質的には財産没収と変わらなかった。

 長老会に属するというのは、それだけの権限が与えられる代わりに、それだけの責任を負うということでもあるのだった。


 うなだれたアドヴァンチクが退出するのを確認してから、老人の一人が中央の老人へと語りかける。


「しかし、あなたも油断なさらぬことですな、イーヴァ殿。あまり【氷結姫】を庇い立てすることは、薦めませぬぞ」


 それが下手な牽制であることは、イーヴァと言われた老人には分かった。

 だが、彼は決してそこに怯みはしない。

 底の見えない笑みを浮かべ、それにただ淡々と答えた。


「心配はいらぬよ。たとえ【氷結姫】が『我が孫娘』であろうと、決断に色眼鏡をかけることなどはありえん」


 そう言って、イーヴァ・サフィーナは口角を上げてみせた。


(もっとも、利用しやすい身内を手元に置く為の、努力はおしまんがね)


 頭の中でイーヴァは一人の男のことを思い浮かべる。


『ソウ・ユウギリ』


 フィアールカとの接触以降、本当に尻尾を掴ませない謎の男。

 だが、イーヴァは一つだけ、気づいていることがある。

 それは、遥か昔。フィアールカがまだバーテンダーを志してすぐの頃。

 イーヴァは一度だけ、その男と会ったと確信していた。


 老人の自慢の一つは記憶力だ。特に、こと『バーテンダー』に関することは忘れない。

 その老人の記憶がはっきりと告げているのだ。


 ソウ・ユウギリの持つ『銃』と、『ある男』が持っていた『銃』が同じものであると。


(さて、我が孫娘はどれだけ『英雄』に近づけるのか。それとも越えてみせるのか)



 一人、心くすぐる野望を浮かべて、イーヴァは愉悦に浸るのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


少し遅くなっってしまいすみません。

明後日の更新で二章完結の予定です。

よろしければ読んでやってください。


※1119 誤字修正しました。

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