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【スクリュードライバー】

 師と別れたツヅリはすぐ、不貞腐れていたルキをカクテルの訓練に誘った。

 たちどころに機嫌を直したルキから広い空間を聞き、訓練は屋敷の裏庭で行うことになった。


 ツヅリは自室に戻って準備をする間に、ルキにあるものを用意して貰う。

 それは基本属性ではなく、付加属性──エンチャントの弾丸を作るのに必要なもの。


 カクテルの材料は大きく分ければ二つ。『属性弾』と『イデア弾』だ。


 材料の一つ。ベースを決める『属性弾』は属性を帯びた魔石から手に入る。

 では材料のもう一つ。『イデア弾』とは何から作られるのか。

 その答えは、魔法という観念から考えるととても不思議なものだった。



「お姉ちゃん。本当にこんなのでいいの?」

「いいのいいの。まあ見ててよね」


 裏庭にて、ツヅリはルキの用意したもの中から、特に色の良い一つを選び取る。

 それを手に持ち、バーテンダーが使う魔法の一つ『弾薬化』を唱える。


《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》


 ツヅリの詠唱が終わると、手に持っていた『レモン』が、黄色い弾頭を持つ弾丸へと変化する。

 その出来上がった弾丸を手のひらからピンと弾き、格好よくつかみ取った。


「わぁ!」


 その流れを見て、ルキは目を輝かせる。


「と、こういう訳ですな。うん。レモン果実一つからだと、だいたい30ml弾が一つ。15ml弾なら二つ作れるってわけ。これは30ml弾ね」


 師からの受け売りを少年に伝えながら、ツヅリは得意になる。

 たったいま作った30ml弾の使い道が基本的にはないことを失念しながら。



『イデア弾』は主に『生の果実』や『植物』、『液体』、『氷』などから作られる。

 カクテルのベースとなる属性弾は、基本的に魔力しか持ち合わせない。

 故に属性弾をそのまま放出したところで、それは魔力の塊にすぎず、魔法ではない。


 魔法とは、魔力を己の精神と同化させ、新しい定義を与えることで『力』とする法だ。

 その同化や定義というものを、カクテルでは『イデア弾』を用いて行うのだ。


 弾丸に抽象化された物体の根源は、元の性質に応じて魔法へと働きかける定義となる。

 それらの与える定義は複雑に絡み合っていて、どの物体のどのような特質がカクテルへと影響を与えるのか、ほとんどは解明されていない。


 だが、だいたい三つの要素で大まかな魔法の特性が決められることは分かっている。



 ベースの持つ魔力の濃度が濃いほど、魔法の『威力』が増す。

 イデアの持つ酸味が強いほど、魔法の『速度』が早くなる。

 イデアの持つ甘みが強いほど、魔法の『精度』が上昇する。

 そしてこれら三つのバランスが良いほど、魔法そのものの完成度が高くなるのだ。



「まぁ、全部師匠の受け売りなんだけどねー」


 教師気分で説明していたツヅリは、最後にてへりと舌を出した。

 それまでは、自分の知らない知識に興味津々であったルキが、ふと疑問を差し挟む。


「でも、甘い酸っぱいは分かっても、その魔力の濃度ってのはどうやって知るの?」

「というと?」

「バランス良くって言うけど、強すぎるとかは使ってみるまで分からないの?」

「あー、それはねぇ」


 少年の疑問もまた、ある意味当然のことだった。

 魔石というものは、決してタダではない。カクテル一回毎に一々消費していては、修練や開発に金が掛かり過ぎる。それで訓練するのは現実的ではない。


 その答えとしてツヅリが荷物から取り出したのは、液体の入った瓶だった。


「それは?」

「魔石を水に溶かしたポーションだよ」


 瓶に入った透明の液体を揺らしながら、ツヅリは説明する。


「魔石って、体内の魔力を活性化させるポーションを作るのに使われてるでしょ。つまり各属性のポーションは液体魔石みたいなものなの。それで、ポーションとレモンとかを組み合わせた飲み物──こっちも『カクテル』って言うんだけど──それを作って、その美味しさで魔法の完成度を見るんだってさ」


 それもお師匠の受け売りだけどね。

 ツヅリは強調しながらも、気分良く笑っていた。



 要約するとこうだ。


 カクテルとは、魔力の属性とイデアによる定義で完成する魔法である。

 そしてその完成度は、魔力を持ったポーションと、イデアの元になる物体のカクテルから推測することができる。


 だからこそ、バーテンダーは舌を鍛える必要がある。

 繊細な舌を持つことはカクテルの完成度を高める技術に直結する。

 高みへと至るためには肉体や精神の修行だけでは足りない。


 それが、汎用的でありながら、同時に極めるのが難しい『バーテンダー』という魔法使いの姿だった。



 一通り説明を終えたところで、ツヅリはようやくソウに言われた鍛錬に入る。

 のだが。


「修行って言ったら、普通はこのポーションから練習用の弾を作って、イデアと組合わせながら小規模な魔法を発動させるんだ……けど……」

「……そう……だよね」


 言ったところ、ルキの明らかに面白くなさそうな顔。

 当然だろう。今まで散々カクテルの成り立ちや、その凄さを説明してきたのに。

 いざ実践の段階になって、お預けとなっては。


「……今日は特別に、実弾を使ったところを見せちゃいますか!」

「!!」


 それを見かねて、ツヅリはサービスをすることにした。


(ま、お師匠には小言を言われるかも知れないけど……)


 ツヅリの頭の中に、普段はズボラな癖にカクテルについては厳しい師匠の渋面が浮かぶ。

 だが、眼の前に実在する少年の笑顔と引き換えに、そのイメージを消し去った。


「それじゃあ、最初は……」


 少し迷いながらポーチの中にある銃弾の数を確認するツヅリ。

 基本的なイデア弾は流通さえあればどこでも手に入る。問題はベース弾。カクテルの発動に応えうる質の高い魔石は、どこでも手に入るわけではない。無駄遣いはできない。


 風のジーニ弾。45ml弾、四。30ml弾、六。

 水のウォッタ弾。45ml弾、六。30ml弾、四。

 火のサラム弾。45ml弾、六。30ml弾、四。

 土のテイラ弾。ゼロ。


 見事なまでに、どれも余ってはいなかった。

 土のテイラ弾に至っては、持ってすらいない。正確には、持っていても無駄なのだが。

 ちらりとルキの顔を見る。その目は今か今かとツヅリの動きを待っている。


(……お給金でもなんでも引いてください!)


 師匠の幻影に脳内で土下座し、ツヅリは青い弾丸、ウォッタ弾を取り出した。


「それじゃあ、この前は火属性の【ダイキリ】を見せたから、今回は水属性にしますか」

「うん!」


 ぎこちない笑顔でツヅリは愛銃『ニッケル・シルバー』を展開した。



 銃といっても、別に弾丸を飛ばすわけではないのでその構造はシンプルだ。

 グリップは握りやすく、振り回しやすい。また『シェイク』を行う際に左手を置くための部分が長く伸びている。


 シリンダーは五発装填可能である。つまり五種類の材料を混ぜ合わせることが可能だ。

 更に、砲身には材料を追加で足すためのいくつかの接続口がある。

 それらはマテリアルスロットと呼ばれるものだ。


 マテリアルとは、割り材とも呼ばれる、一度に大量に扱うことの多いイデアである。

 シリンダーにて混合された『カクテル』をより使いやすくすることもあれば、時にはベースとマテリアルのみで『カクテル』を作ることもある。

 マテリアルは45mlや30mlで扱うことが比較的少ないので、専用のカートリッジを用いて1000ml単位の大容量から自動的に装填される仕組みだ。


 一般的に、マテリアルを用いたカクテルは威力が抑えられる代わりに、持続時間や効果範囲が増すと言われている。

 目立ちはしないが、マテリアルもまたカクテルを扱うのに必要な材料である。


「それでは、これから【スクリュードライバー】をお見せしましょう」


 宣言し、ツヅリは慣れた手つきで手に持っていた青い弾丸と、新たに取り出した氷色の弾丸を銃に込める。同時に、オレンジのカートリッジをマテリアルスロットに装着した。

 材料の準備をほんの数秒で済ますと、詠唱の代わりに宣言を開始する。


「基本属性『ウォッタ30ml』! 付加属性『アイス』! 系統『ビルド』! マテリアル『オレンジジュース』アップ!」


 宣言は、カクテルに馴染みのない少年の耳には、遠い異国の言葉に聞こえた。

 少年に分かるように言うとするならば、


『ウォッタ30mlとアイスの入った器にオレンジジュースを満たして、かき混ぜる』


 と、なるだろう。


 しかしその配慮なく、ツヅリは師に教わった通りに宣言を済ませる。

 それと同時に、静かに、強く、頭の中でカクテルの完成をイメージする。


 自身の中にあるカクテルのイメージ。オレンジの甘み、僅かな酸味、適度な酩酊感と感じないアルコールの苦み。完成するカクテルのイメージを銃の中に魔力として送り込む。

 装填された銃弾が、反応し、交わり、定義され、一つの形へと作り替えられ、


 やがて、混ざり終わった力が、銃の中で鈍く唸った。



「【スクリュードライバー】!」



 宙空に向かって引き金を引かれた銃は、その口から青い塊を吐き出した。

 塊はまさに弾丸のように前へ前へと飛んで行き、十メートルほど進んで、弾ける。

 塊を中心に半径一メートル程、鉄砲水のような勢いで魔法は炸裂した。


 その小さな塊のどこにそれほどの水量があったのか。その余波は離れていたツヅリとルキにも届き、威力を失った雨のような水が二人に降りかかった。


「とまぁこんな感じだね。実弾だと自分にまで水がかかるのが難点だけど……」


 やれやれと体に掛かった水を払いながら、ツヅリはルキに語る。

 一方のルキは、無反応。


「あ、あれ?」


 ツヅリが心配になって顔を覗き込もうとしたその瞬間。


「……すっっげええええええええええ!!」


 ルキは目を爛々と輝かせて、目の前の現象に叫んだ。


 彼にとって一度目のカクテルは、恐怖や疲労から何がおこったのかすら理解出来ずに、終わった。

 だが、二度目は、説明をしっかりと受けて、期待高まる眼の前で見せつけられたのだ。


「あ、あはは」


 そのあまりの喜びように、見せた張本人であるツヅリも僅かに苦笑い。

 だが、その心中も知らず、少年は更にツヅリへと詰め寄った。


「お姉ちゃん! 他には!?」

「ほ、他?」

「もっと見たい!」

「……えっと」


 少年の期待に応えたい、とは、思う。

 だが、ツヅリの頭には激怒一歩手前まで来ている師匠の幻影があった。


「……他?」

「うん!」


 もう一度確認してみる、少年の太陽のような笑顔。

 ツヅリは目を瞑り、思う。


(……お師匠、後で私を好きにしてください……)


 心の中で自身の身を捧げる覚悟を決めたところで、ツヅリは半笑いで叫んだ。


「よぉし! お姉さんもっと凄いの見せちゃうぞ!」

「やったー!」



 ヤケクソのまま、ツヅリは緑色の弾丸に手をかけたのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


本作は『カクテル』を主題にした魔法バトル物です。

あらすじにも述べたように、作者の他の作品と世界観を共有していますが、

基本的に独立した作品になっています。


この先、色々と『カクテル』を中心にした冒険をしていくつもりなので、

よろしければこの先も読んで頂けると幸いです。

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