戦局、二つ
睨み合った状態から、ソウは一瞬で間を詰める。
その瞬間的な動きに一切遅れることなく、相手もまた対応する。
突き出した左手は回避され、カウンターで伸びてきた右手を握った銃でいなす。
右手に引きずられて相手の体が逸れ、視界から外れた瞬間にしゃがみ込んで足を払う。
だが相手はそれを察知して自ら飛んだ。そしてそのまま足をソウに伸ばしてくる。
次の一瞬には伸びてきた蹴りを腕で受け、ソウは衝撃を逃がしながら後方へと体を飛ばす。
体勢を立て直し次の攻撃に備えるが、相手は接近せずに銃をこちらへと向けていた。
「『ウォッタ』『オレンジアップ』」
ポーチから銃弾を引き抜く一瞬すら、ソウにはもどかしい。
呼吸を整えるために短くだけ息を吐き、急いで合わせた。
「『ウォッタ』『オレンジアップ』」
「【スクリュードライバー】」
それでも相手の方が、僅かに発動が早い。
相手の指が引き金に伸びるのを見て、自分に被弾するまでの時間を予測する。
次の瞬間には、相手の銃から水色の光弾が、まっすぐに自分めがけて奔ってくる。
その一瞬の差で勝敗を決められぬよう、もう一度大きく後ろに飛んで距離を作り、ソウも引きがねを引く。
「【スクリュードライバー】!」
自身に狙いを定め爆散せんとしていた水球に、ソウの銃が相殺の魔力を送り込む。それら二つは互いを打ち消し合い、綺麗にその身を消失させた。
そして再び睨みあう。
どちらの息もたいして上がってはいない。
それは二人の体力の総量によるものでもあるが、一瞬の攻防と睨み合いを繰り返しているせいでもあった。
ソウは決して相手から目を離さぬようにしながら、視界の端でツヅリ達の姿を見る。
ドラゴン討伐の為に集まったバーテンダー達と、新しく現れた集団が睨み合っている姿が見えた。
立てた作戦は、変な方向に失敗しているらしい。
「あちらの様子が気になるかい?」
仮面の男は、少し砕けた口調でソウに向かって尋ねる。
「自分の主人を気にするのは当然だろう」
「ははは。僕の前でそんな戯れ言は無意味だよ」
ソウが当たり前のように返すのだが、仮面の男は乾いた笑い声をあげた。
「君が【氷結姫】の上に立つことはあっても、【氷結姫】の下僕になることはありえないだろう。さらに言えばそこのドラゴンを倒したのも君だ。『ソウ・ユウギリ』」
突然の名指しに、ソウはより一層の警戒を相手に抱いた。指をさされたドラゴンも、少しだけ剣呑な雰囲気を滲ませた。
「……どうして俺の名前を知っている」
「もちろん、『練金の泉』のことは調べていたからね」
「……どういうことだ?」
当たり前だが『練金の泉』そのものの情報を閲覧したところで、ソウの名前など出てくるはずはない。
であるならば『練金の泉』を調べて『ソウ』に行き着くには──。
フィアールカが調べていた、という記録を当たるしかない。
だが彼女はそれを外部に漏らすような女には見えない。むしろ自分の獲物と見て積極的に隠蔽するタイプではないだろうか。
となれば『ソウ・ユウギリ』に関する情報は、『練金の泉』の内奥にしか存在しない。
「ふふふ、そうだね。僕に勝てたら良い情報をあげよう。といっても君には何の益もない情報だ。『練金の泉』の内部情報を外に漏らしている狸の名前なんてね」
「確かに。知ったところで余計な厄介しか生まない情報だなおい」
ソウは仮面の男の瞳を注視する。表情は読めないが、せめてその瞳に宿る本心の切れ端でも探そうとしたのだ。
そのあたりで、広場の中央に変化があった。
数十人の銃から同じカクテル──【シンデレラ】が放たれたのだと認識するのに、労は無かった。
「おやおや、始まってしまったよ。加勢に行かなくていいのかい?」
「そういうお前は、さっきから俺を攻撃しようって気がねえな。怖いのか?」
相手の同情するような声音に、余裕の言葉を返しながらソウは内心に僅かな苛立ちを覚えていた。
この男は、さきほどから一切の能動的な攻撃をしてこない。
常に待ちの姿勢であり、ソウが動かない限りは睨み合うのみだ。
相手の行動を予測しながら、いかに裏をかくかを考えるソウにとって、一番面倒な戦闘スタイルである。
だが合理的だ。
この男の目的は、最初からソウの足止めなのだろう。数の優位は常にあちらにあり、ソウ一人をこの場に引き止めておけば、戦闘はさらに有利に運ぶ。
そして、ドラゴンが危険に晒される以上、ソウはこの男を放置はできない。
加勢に向かうには男を倒すしかありえない。
それを許さぬように受けの姿勢で立ち回る男は、腹立たしいが正しい。
そして一番厄介なのは、それらの条件を抜きにしたところで、この男が正しく強いこと。
一瞬のやり取りで分かった。男の実力は今のソウと大差がないのだ。
「……てめえの構え。まるで気取った騎士みたいだな」
「そういう君は、盗賊や暗殺者のそれに見えるね」
ソウの探りを入れる言葉に、男はひょうひょうと返してきた。
決してソウは自分を過大評価はしていない。自分よりも技術や体術、魔法が上手い人間などいくらいてもおかしくはない。
だが、自分よりも戦闘が上手い人間はそういない自信があった。
それなのに、仮面の男はそこに追従してくる。正攻法で攻めても、意識の隙を突くような攻撃をしても、まるでそう来るのが分かっているかのように対応してくる。
騎士のようでいながら、とてつもない柔軟性を持った相手だった。
ふと、脳裏にそんな相手の姿が一人、思い浮かんだ。
「……てめえと戦ってると、昔の友人を思い出して嫌気がするぜ」
ソウの軽口に、仮面の男は刺すような視線を送ってくる。
「……今は友人じゃないのかい?」
「もう死んだ」
話は終わりだと、ソウはまた自分から男へと向かって行った。
(お師匠……まだですか?)
ツヅリは決闘のための【シンデレラ】を撃ち、そのまま縋るように師の背を見た。
しかしソウも、そして相手の男も睨み合いを続けている。
それがツヅリには、不思議で仕方ない。
今まで、師と正面から向き合って、こうまで殴り合える人間を初めて見たのだ。
「ツヅリさん。巻き込んでしまって悪いけど、準備はいい?」
そのツヅリへと、フィアールカが静かに声をかけた。
「うん。大丈夫」
「本来なら、あなたを戦わせる予定はなかったのだけど」
「大丈夫だよ」
フィアールカの案ずるような声に、ツヅリは笑顔で答えた。
事実、戸惑いはしてもこの状況に恐怖は感じていない。
少女二人の会話を見張るように見ている『練金の泉』の面々が、少し怖いだけだ。
「この数の差だもん。私も戦わないと」
「そう言って貰えると、ね」
フィアールカは油断無く相手を睨んだ。
オサランを初めとした『練金の泉』の面々が加勢しても、人数差は依然五倍程度は離れている。なおかつ、オサランは怪我をしていて万全とは言えない。
未だに状況は不利であり、遊ばせていられる人員はいない。
「ふふ。でも、不思議ね」
「ん?」
フィアールカはふと表情を崩し、転がるような軽い声音で笑う。
「この状況。私には負ける気はしない。むしろツヅリさんの実力を見る機会ができて嬉しいとすら思っているの」
「えー。それはプレッシャーがちょっと」
「期待しているわ」
そこまで言って、フィアールカはポンとツヅリの肩を叩き、再び集団と向かいあうように前へと歩み出る。
その背中を見て、ツヅリは少しだけ悔しく思った。
(お師匠には言われたけど、やっぱりちょっと、遠いのは、嫌だなぁ)
ツヅリは昨日の戦いを見ていた。
フィアールカの戦闘を間近で見たのは初めてだった。
強いだろうとは思っていたが、あの師を相手にあそこまで魔法を撃ち合える人間を見たのも、初めてだった。
最後には師の策にまんまと引っかかっていたが、それでも純粋にカクテルだけで勝負していたら、結果はどうなっていたのだろうか。
自然と、自分の中に燻っていた熱意に、より強い火が灯ったのを感じた。
まだ自分は未熟だろう。師に言わせれば半人前で、中途半端で、そして弱い。
だけれども、それは『伸びしろ』の裏返しだ。
未だ伸びしろしか存在しない自分だろうと、構わない。
どこでだって成長してみせる。
(ちょっと良い所を見せて、お師匠にしっかり褒めて貰うんだから)
課題の出しがいが無いと言われたこともほんのりと根に持ち、ツヅリは覚悟を固めた。
戦いの始まりの合図は、古から伝わる『コイン』スタイルになった。
コインが落ちた瞬間にお互いが動き出すというものだ。
集団同士の決闘でも、基本的な条件に違いは無い。
宣言を二つに分けて、同じ文言を詠った者同士がチームとなる。そして敵対する相手を全て無力化すれば勝者が決まる。
だから、数が多ければ多いほど、有利であることも変わりはない。
「それでは、投げるぞ」
オサランが合意を取ってから、コインを弾いた。
コインは回転しながら、キラキラと太陽の光を反射し、そして、地面に吸い込まれ──
カラン。
「作戦通りよ! みんな、私を援護して!」
「作戦なんて必要ねえ! 数の暴力でとにかく攻撃を叩き込め!」
互いのリーダーである、フィアールカと赤毛の少年の言葉が一斉に響いた。
フィアールカはすぐに集団の中へと潜り、赤毛の少年は前に突き出てくる。
それに呼応するように、フィアールカ陣営ではその全員が足並みを揃えて宣言に入る。
「「「「基本属性『ウォッタ180ml』、付加属性『ペルノー3dash』──」」」」
ツヅリにも聞き覚えがある。昨夜フィアールカが用いた、氷の壁を発生させるカクテル【ウォッカ・アイスバーグ】だ。それも、量が三倍であるのに、とてつもなく早い。
一度強固な壁を築いて相手の攻撃を受け止めるつもりだろう。
対するバーテンダー連合は、横一列に広く陣形を広げながら、それぞれが自身の自慢のカクテルを宣言する。
「基本属性『ジーニ』付加属性『ライム1/6』『アイス』、系統『ビルド』──」
「基本属性『ジーニ』付加属性『レモン15ml』『シロップ1tsp』──」
「基本属性『ウォッタ』付加属性『アイス』、系統『ビルド』──」
「基本属性『サラム』付加属性『グレープフルーツ45ml』『アイス』──」
「基本属性『サラム』付加属性『ライム15ml』『シロップ1tsp』──」
「基本属性『テイラ』付加属性『シロップ1tsp』『アイス』、系統──」
基本属性もバラバラなら、系統もバラバラ。だがその散発的な飽和攻撃こそ、もっともこちらが動きにくくなることを相手は察している。
もとより協調性がないならば、それを突き詰めたほうがいい。
(さて、私は──)
まだカクテルの射程のギリギリ外といった状況。
『練金の泉』の狙いは、防御を固め、それが破られぬうちに攻撃し、また防御しての繰り返しだろうか。
対するバーテンダー連合は、難しいことは考えずにひたすら攻撃の繰り返しだ。
そして状況を俯瞰的に眺めていたツヅリは、その集団の中で二人、他とは違う行動を取っている者を見る。
一人はフィアールカだ。彼女は一切の喧騒をその耳から除外するように、静かに瞳を閉じて自分の胸に手を当てている。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
彼女の唇が、静かにその言葉を紡いでいた。
『弾薬化』の魔法。それも、自身の体の中から弾薬を取り出そうとしていた。
だが、彼女の意図を計るのはまだ良い。
そしてもう一人、それは威勢の良い赤毛の少年だ。
彼はカクテルの宣言を行うこともなく、まっすぐに走り込んでくる。
(こちらの宣言を邪魔する気?)
ツヅリはそう考えるが、すぐに頭を振る。
少年のスピードではどうあがいても間に合わない。だが、少年の目には一切の迷いもない。にやりと口角を上げ、そのポーチから何かを取り出すのが見えた。
それは赤い魔石。『サラム』の魔石だ。
(まさかっ!)
その思考の直後、ツヅリは『練金の泉』のバーテンダーを押しのけるように前に出た。
「な、なんだ!」
一人が宣言を中断され、ツヅリに苛立った声をあげたが、構っている余裕はない。
「下がって!」
少年はすでにカクテルの射程範囲。
予想が正しければ、攻撃可能圏内。
そして、その場の誰よりも早く、その魔力を解き放った。
「【ソル・クバーノ】」
瞬間、少年の手の中で魔石が弾ける。
直後に出現したのは巨大な炎球だ。【ダイキリ】のような研ぎ澄まされた炎熱はないが、それでも恐るべき威力を秘め、こちら側を呑み込もうとしている。
ツヅリはその光景に迷うことなく、自身の胸へと手を当て、その中の『テイラ』の魔石を弾けさせた。
「【テキーラ・トニック】!」
ノータイムで発動したツヅリのカクテルは、砂嵐よりも粒の大きい土の渦を発生させ、その身の中に炎の塊を呑み込む。
相殺された熱波は辺りに散らばり、熱された石のような粒が周囲に散った。
(今の、もう少しでも私の制御が甘ければ、全滅してた……)
結果を見れば、相殺には成功した。だが、その完成度は明らかに少年の方が上だった。
頬を撫でる熱気の風を受け、ツヅリは赤毛の少年を睨みつける。
「やるじゃん。なんだ、お前もなのか」
少年は、口笛でも吹くような気軽さで、ツヅリのことを誉め称えた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
告知とかは特にしてなかったですが、今日は三回投稿します。
この戦いの決着がとりあえず付く所までの予定です。
次の投稿は二十二時を予定しています。
よろしければお付き合いいただけると幸いです。
※1117 誤字修正しました。