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逃げ道のない問い

 ────────



「仮面の男?」

「はい」


 その男のことは、他ならないフィアールカから聞かされた。

『練金の泉』支部で起こった事件。そして、それがあったというのに今もなお、男はその罪を咎められることなく行動しているらしいという情報。

 仮面によって顔が隠されていたというのが、相手を追求出来ない原因の一端であるらしい。

 らしい、というのはフィアールカ自身が情報を規制されていたために、詳しい内情は伝わっていないからだ。


 だが、その男の『実力』の片鱗のようなものを、フィアールカは感じていた。


「恐らく、相当腕の立つバーテンダーかと。その身のこなしも凄まじかったです」

「そいつが、バーテンダー達を引き連れてくる、と?」

「はい。その可能性は高いかと」


 情報を掴んでからの行動の早さといい、その男が油断できない人間であるのは間違いなさそうだ。

 そう思い、ソウはフィアールカに対して言った。


「分かった。何かあったら俺がそいつを抑え込む。お前は気にせずに堂々としていろ」

「……はい。ソウ様の言葉を信用いたします」


 それが、昨夜計画を立てていたときの一幕である。



 ──────



 だからこそ、ソウは警戒していた。

 真っ向から『練金の泉』に喧嘩を売ったような男が、今更フィアールカの存在くらいで尻込みするとは思えないからだ。


 そして事実。男はこちらの準備が整うのを待つことなく、奇襲をしかけてきた。

 ソウは、抜いた銃の胴を撫でながら、男に向かって低い声で尋ねる。


「どういうつもりだ?」


 怒気を持ったその言葉に場の空気は凍り付く。

 ソウの声によって、フィアールカとツヅリはようやく先ほどの行動の恐ろしさを実感した。

 特にフィアールカはそれが顕著だ。彼女はそれなりに戦闘に心得があるから、初めてだっただろう。


 殺意の一切無い攻撃で、殺されそうになったことは。


 だが、この場で一番戦慄しているのは、男の仲間と呼ぶべきバーテンダーの側である。男の行動はまさしく『宣戦布告』のようなものだったのだから。


「なに、試してみただけだよ。もし本当に『練金の泉』の者ならば、その程度の攻撃が防げないことはないと思ってね」


 場の注目を一身に集めた男は、ぬけぬけと言った。


「……私が本物かどうか、疑っていたということですか?」


 フィアールカは内心の動揺をおくびにも出さずに男を問いただした。


「お嬢様はともかく、お付きの人間にあまり気品を感じなかったもので」

「その言葉は侮辱と捉えてもよろしいので?」

「お好きにどうぞ」


 男は余裕を崩さずに、フィアールカの脅しに答えてみせた。その答えに、元から高まっていた緊張がなお張り詰める。

 ソウは、一度フィアールカに振り向く。フィアールカに目で、『作戦通り』に進めるよう促した。フィアールカもまた、目でそれに了承して、周りに聞こえるように口を開く。


「……いいでしょう」


 フィアールカは静かに頷く。

 そして大仰な態度で、目の前のソウに向かって指令を下した。


「私が許可します。その仮面の男を見事討ち倒してきなさい」

「おおせのままに」


 それにソウもまた、分かりやすい仕草で答え、仮面の男へと銃を向けた。


「【氷結姫】の命だ。痛い目見てもらうぞ、仮面」

「……ふふ、では楽しませて貰おうか!」


 直後、仮面の男は宣言とは裏腹に、集団から離れて一目散に『ドラゴン』の方へと駆け出した。


「なっ!」


 自身にも、そしてフィアールカにも迫ってくることがなかった男に、一瞬虚を突かれるソウ。だがすぐにそれに追従した。

 その一瞬で、フィアールカに再び視線を送る。フィアールカはそれに小さく頷いた。





「さて、彼は文字通り我々に逆らったわけですが。それがあなたがたの答えですか?」


 残ったバーテンダー達にフィアールカは静かに尋ねた。

 泡を食って、一人が必死に声を張り上げる。


「じょ、冗談じゃない! あれはあいつが勝手にやったことで俺たちは関係ない!」

「そ、そうだ! 俺たちは『練金の泉』とやりあおうなんて……」

「た、ただ、あいつに連れられて来ただけなんだ!」


 彼らからしても、現状はたまったものではないだろう。

 ドラゴンの居所に案内して貰ったと思えば、そこには居ないと思っていた『練金の泉』の姿がある。そしてその交渉の最中に、自軍の一人が敵対行動。

 その場にいる、ほとんど全員が生きた心地はしていないだろう。


 フィアールカが一言、この場にいる全員を許さないと言えば、それだけでバーテンダー生活が終わりかねないのだ。どこからともなく『練金の泉』の他の人員が現れ、『外道』として処理させるかもしれない。


 それがありえないことだと知っている人間は、彼らの中にはいない。


 一方のフィアールカの心中も決して穏やかではない。この場には当然『練金の泉』の仲間などいないし、戦闘になれば数の暴力で蹂躙されるのはフィアールカの方なのだ。

 ソウの護衛がないことにも、フィアールカは相当に緊張を感じる。だが、元よりの予定はそのままだ。ここは演じ切るしかなくなっている。


「私は寛大なので、今ここで引き返せば咎めはしません」


 交渉のしどころと見て、今一度促す。

 言葉を発してはいないが、弱気に目と目で語り合う様子から、バーテンダー達の総意はどんどんと『逃亡』へと傾いていくのが分かった。

 最後に念を押すべきか否か、フィアールカが迷ったところ。



基本属性ベース『サラム45ml』、付加属性『ライム1/6カット』『アイス』、系統パターン『ビルド』、マテリアル『コーラ』アップ」



 その宣言がいきなりバーテンダー達の方角から聞こえた。

 フィアールカは咄嗟に手を魔石へと運ぶ。いつでも相殺ができるように。


「【キューバリブレ】!」


 だが、そのカクテルが向かったのは、フィアールカの方へではなかった。

 もともと【キューバリブレ】は、広く薄く炎の壁を作り出し、野生の動物や魔物の侵入を妨げたり、向かってくる相手への牽制に用いられるカクテルだ。

 そしてそれが今、目の前にいるバーテンダー達の真後ろに張られていた。



「びびってんじゃねーよ腰抜けども」



 そう言って前に出てきたのは、フィアールカやツヅリとそう年の変わらない少年だった。

 くすんだ赤い髪の毛に黄金の瞳。褐色の肌を獣の皮で作った、野性味のある衣服で包んている。顔つきもまた我の強そうな鋭い目をしている。

 このあたりの出身では無さそうだが、亜人種というほどでもない。


 その少年は、自身の髪の毛のような赤色の銃を手に握りながら、一歩前に進み出る。


「……どういうつもり?」


 フィアールカがその行動の意図を尋ねた。いや、確認の意味が強い。


「見て分かんねえ? この雑魚どもが逃げられねーようにした。ま、あのくらい抜けようと思えば抜けられっけど、この腑抜け連中には無理だろって」


 こうこうと燃え盛る炎の壁を差して、少年は獰猛な笑みを浮かべた。

 事実、先ほどまで逃げ腰だったバーテンダーらは、目の前に現れた炎の壁に困惑し、その足を止めている。


「……つまり、『練金の泉』と戦うということ?」


 フィアールカが追求すると、少年は首を振る。その顔には、巨大な組織を前にしている緊張の色は見られなかった。


「あんたはさっきから『練金の泉』って強調してんな。でもさ、本当に『練金の泉』の連中なんてこの場にいんの?」

「…………」


 その指摘に、フィアールカは人知れず冷や汗をかく。

 少年は、反応のないことを否定のない証ととったように、言葉を続ける。


「もしかして『練金の泉』がこの場にいるなんて、ただのハッタリじゃねーの? 本当はこの場にいるのはお前ら三人だけで、『練金の泉』なんて、関係ないんじゃね?」

「……なぜそう思うのでしょう?」

「だってこんな状況なのに、そのお仲間が全然姿見せねーんだから」


 言ってから、少年はわざとらしく周囲を眺める。

 視界の範囲には『練金の泉』らしいバーテンダーの集団など見当たらない。視界の隅では睨み合いをしているソウと仮面の男の姿が見えたが、気にしている余裕はない。


「ま、本当かどうかはおいといても、一つ推測できんじゃん。『練金の泉』の他の連中は、今この瞬間は、この場には居ねーんだって」


 フィアールカは笑みを決して絶やさず、奥歯を噛んだ。

 そこを指摘される可能性はあった。だから、インパクトを重視した演出で、相手に悟らせないように努めていたのだ。

 フィアールカは、相手の真意を探ろうと慎重に言葉を選ぶ。


「……そうだとして、あなたに何の関係があるのかしら?」

「決まってるだろ。あんたを口封じしても逃げる時間が残されているってことだ」


 少年は、口封じ、という単語をいとも容易く口にする。

 少年のほの暗い中身を感じて、フィアールカは緊張した。


 それはフィアールカだけではない。後ろにいるバーテンダーも、そしてツヅリも少年の環境に疑問を差し挟む。

 少なくとも、まともに教育されてきたバーテンダーは『人殺し』の可能性を、冗談以外で口にすることはあまりないのだから。


 それなのに目の前の少年は、まるで昨日のソウのように、いとも容易くその言葉を口にしたのだ。

 バーテンダー達の非難を浴びるのは具合が悪いと思ったのか、少年はおどけてみせる。


「ま、それが冗談だとしてもさ、フィアールカ・サフィーナ。俺たちがその気になれば、お前はいとも容易く殺される立場だってのは、理解したほうがいい」


 そうやって、じわじわと追いつめるような物言い。

 フィアールカもいい加減に婉曲なやり取りがばからしくなる。彼女には少年の要望が少しくらいは読めていた。


「何が言いたいのか、はっきりおっしゃったら?」

「取引しようぜ。俺たちはあんたに『決闘』を申し込む。もちろん、お仲間を呼んでもいいぜ? 俺たちはあくまで、あんたに『決闘』を申し込むだけだ。誇り高い『練金の泉』が、まさか受けないってことはないよな?」


 少年の狙いが読めて、フィアールカは目を瞑る。


「……その見返りに、沈黙を要求したいと」

「話が早いな。俺たちは決してあんたらと争うつもりじゃない。ただあんたと『決闘』がしたい。そんでもし勝ったらささやかな褒美として、俺たちの行動を黙っていて欲しい。どうだ? まさか『練金の泉』ともあろうものが、バーテンダーの決闘を逃げたりしないよな?」


 挑むような物言い。少年の言葉をまとめるとこうだ。



 死んで大人しくなるか、『決闘』の制約によって大人しくなるか選ばせてやる。



(彼は恐らく、私達が単独だと知っていて、持ちかけているのね)


 フィアールカは目の前の赤い少年を、鋭く睨みつける。

 だが、少年の要求はそれ自体取れば大したことはないのだ。


『練金の泉』のバーテンダー達と『決闘』がしてみたいと言っているだけだ。

 そこには命の危険などは存在しない。ほぼ強制的に足を止めさせられたバーテンダー達も、それならばと頬をにやけさせ始めている。

 負けてもともと、勝ったら御の字、とでも思っているのが分かった。

 だが、ここで受けない、という選択肢は考えられない。『練金の泉』の立場だったとしたら、決闘を挑まれて逃げる道理がない。

 軽く蹴散らすことはあってもだ。


 それができないからこそ、フィアールカは思い悩む。

『決闘』を蹴れば、相手の中には引く者も存在するだろう。下手をすれば、赤毛の少年以外の全員が引き下がるかもしれない。


 だが、どうなるのかは分からない。反対に血の気の多い人間たちが大量に残り、最初に少年が言った方法で『口封じ』をされる可能性もある。

 その場合はむしろ、負けた時のことを考えて、死に物狂いでかかってくる可能性が高いだろう。

 そうなると当然、命の危険というものに直面することになる。


(ツヅリさんを危険に晒すわけには……しかし……)


 フィアールカはぐっと唇を閉じ、一度ツヅリを見る。

 ツヅリは、覚悟を決めた表情で頷いた。判断を任せると。

 フィアールカが返答に窮しているのを察して、赤毛の少年はさらに言葉を詰める。


「どうした? まさか『練金の泉』が決闘を避けるのか? 会合で大口叩いたあんたがよぉ、【氷結姫】?」


 安い挑発だ。だが効果的だ。

 ここで返答が遅れれば遅れるほど、相手に状況が悟られる。

 フィアールカが止む無く声を上げようとしたその時。



「話は聞かせてもらった! 良いだろう!」



 遠く、横合いから男の声が聞こえた。

 その場に居る全員が、声の方角を向く。

 そしてそこに集まっている新たな人影に怯んだ。


 その場には、数にして六人ほどの、バーテンダーの姿。

 その先頭を行くのは、首に分りやすい包帯を巻きながら、堂々とした態度で声を上げた一人の男だ。


 男は後ろに率いる男女を連れ、わざと足音を立てるように近づいきて、フィアールカを庇うように前に立った。


「……オサラン」


 フィアールカがぼそりと名前を零す。

 名前を呼ばれた副官は、首の包帯を鬱陶しそうに撫でた後に、低い声で答える。


「貴様を捕らえる為に来たが、その話は後だ」


 その表情がとてつもなく嫌そうに見えるが、打ち合わせはそれで終わりだ。

 フィアールカはふっと疲れた息を吐いて、敵対する集団へ向けて言った。



「良いでしょう。『練金の泉』はあなたがたの決闘を受けます」



 高らかに宣言された言葉に、場の緊張は更に高まっていった。


※1115 誤字修正しました。

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