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正攻法とハッタリ


 太陽が真南に昇る時、丁度時刻は正午を迎える。


 バーテンダー三十六人からなるその一団は、ひたすらに山を登っていた。誰もが、苛立ちと興奮と、少しの恐怖を覚えている。

 確かな情報ではない。だが、自分たちがどこへ向かっているのかは分かる。

 この先に、手負いのドラゴンが居るのだ。


「うわっ!」


 先頭を歩いていた集団の一人が声を上げて体勢を崩した。

 周りの人間は、それに驚きもしない。同情的な目線をその男に投げ掛けてぼそりと言うだけだ。


「またか」


 先ほどからそうだ。先頭を歩いているのは怪しげな仮面を付けた男。

 その男に案内されながら進んでいる山道の至るところで、バーテンダー達はそんな声を挙げている。


「くそっ! なんでこんな変に草が絡まってるんだよ!」


 男は自分が足を引っ掛けられた草を忌々しげに踏みつける。

 さっきからそうなのだ。絡まった草だったり、見た目では分からないほど不安定な石だったり、変にぬかるんだ地面だったり。

 嫌がらせのように、道には自然の罠がしかけられている。


「きっと、ドラゴンが居場所を守るために魔力で変化を起こしたんだ」

「ばかか、そんなこと出来るかよ」


 誰かが冗談を言えば、引っかかった男は苛立ちを込めてそれに返す。

 男は悪態をつきながら歩きだす。誰も彼もが、無駄に怒りと疲労を溜め込んでいる。


(…………所詮は烏合の衆だな)


 先頭の男は様々な罠に気がつきながら、特に何かを言うことはなかった。

 だが、その細工が何者によってなされているのかは、分かっていた。だからこそ、あえて後ろのバーテンダー達を導くことはせずに、相手の思惑に乗っている。


(……さて、どう出るつもりかな? 『ソウ・ユウギリ』)


 男はこの先に立ちはだかるだろう男の名を心で呟き、一人僅かに唇を歪めた。





 前夜。月明かりの照らす夜。

 ドラゴンの巣となっている広場にて、すっきりした顔のフィアールカは、ソウのある提案にこともなげにこう答えた。


「申し訳ありませんが、それは無理ですね」


 ふむ、とソウは唸ってから尋ねる。


「……それは何故だ? そんなに難しいことじゃないと思うが」


 ソウの頼み事とはフィアールカの立場を利用して、戦闘を事前に回避することだ。


 簡単に言えば、『練金の泉』の攻撃ががドラゴンを撃退したとして、それから一人追いかけたフィアールカが、対等な立場でドラゴンと交渉していたことにする。

 その結果、貴重な素材である『ドラゴンの牙』を譲り受け、ドラゴンはここから離れました。というストーリーを『練金の泉』主導で流して貰おうと考えたのだ。


 だが、フィアールカはその要望に、一言、無理だと言った。

 そして、その理由として、快活に自分の立場を語る。



「何故なら、フィアールカ・サフィーナは現在、身柄を拘束され、幽閉されているので」



 ソウは、フィアールカの発言と、現在目の前に居る人間の矛盾に眉をひそめる。

 フィアールカは補足として、簡単に説明した。


「ソウ様とドラゴンのことを老害連中に黙っていたら、武装禁止のうえ、色んな権利を剥奪されましたので。その上で外出を禁じられているのです」

「じゃあお前はどうしてここに居るんだよ」

「脱走してきたからに決まっています」


 ふふ、と微笑を浮かべたまま、フィアールカはさらりと言った。

 ソウはそれに呆れ、ツヅリは目をパチクリとさせていた。


「あら、一人危険に立ち向かう騎士様を止めるため、鍵をかけられた部屋から抜け出す姫なんて。まるでお伽噺のようですね」

「その姫様が、騎士様とやらに『決闘』を申し込んだりしなければな」


 フィアールカの欠片も悪気のなさそうな冗談に笑ってやる気にもなれず、ソウは頭を押さえた。


「じゃあ、お前がノコノコと『練金の泉』に戻ったとしたら……」

「話を聞いてもらう以前に、厳重に拘束されて終了、でしょうか」


 よしんば上に話が通ったところで、フィアールカに発言権もなにも無いのであれば、良いように利用されて終わり、というところだろう。最悪『練金の泉』そのものが、ドラゴン討伐に乗り出して、戦闘が泥沼化することも考えられる。

 ソウはフィアールカの登場で、ほんの少しあてにしていた未来を閉ざされて、少し落胆した。


「まあいい。もともとの計画に戻るだけだ」

「……どうやって戦うつもりです?」


 フィアールカからの疑問の声。


「ゲリラ戦以外にあるか? いくら俺でも、一人で何十人と同時には戦えない」


 ソウは淡々と事実確認のように言って、その後に言葉を続ける。


「当然相手を殺さないように努力はするが──尊い犠牲が出ないことを祈るか」


 ソウの温度の無い声は、真っ直ぐに向けられたフィアールカのみならず、傍観していたツヅリの背筋もなぞった。

 その言葉が決してハッタリではないことを感じた。


「冗談ですよね?」


 恐る恐る、フィアールカはソウに尋ねていた。

 感情の無い機械のような目をしていたソウは、ふとそれに気づいたように表情を戻し、フィアールカに対して曖昧に笑ってみせた。


「そう思ったんなら、そういうことにしておこう」


 だが、それを額面通りに受け取るほど、ツヅリもフィアールカも純粋ではない。


「と、いうわけで、実はもう一つ、取れる方法はある」


 普通の顔に戻ったソウが、フィアールカの顔をまじまじと見つめた。

 熱心に見つめられ、少しだけ声を上擦らせてフィアールカは聞いた。


「私が、何かお役に立てることでしょうか?」

「思ったんだが、さっきの話は『正式な発表』にしようとした場合の話だよな?」

「そうですね。非公式な噂でしたら、それこそ流れているわけですし」


 ソウはそれを受けて少しだけ考え込んだ。

 平和的解決。ドラゴンの契約。そして何より、自分の弟子の安全。

 試してみる価値はある。それを無視できる人間は、そう居ないだろう。


「フィア。再び頼みがある」

「なんでしょう」


 ソウの問いかけに、フィアールカは姿勢を正して言葉を待った。





「来たな」


 ソウが、隠す気のない気配の群を感じて、ボソリと声を出した。

 三人は、広場を取り囲む森の中に潜んでいた。広場に広げていた生活用品や、ドラゴンの卵などの大切な物はすでに森に隠してある。そこに存在するのは、ただ広い空間と、力を封じられてなお圧倒的な存在感を放つ『絶対種』のみだ。


 やがて、その集団が姿を現した。


 方々に好き勝手な服装をしているが、共通点は一つ。

 その腰に、皆が思い思いの銃を下げているということ。

 そこに集まっているバーテンダー達は、すぐにドラゴンの姿を認めてどよめきを起こす。

 方々が銃を握り、ポーチへと手を伸ばす。だが、すぐに行動に入ったものはいない。


「……お師匠」


 ぽそりと、ツヅリが不安げな声を漏らす。


「大丈夫だツヅリ。──フィア、準備は出来てるか?」

「いつでも」


 ソウはその言葉を聞いて、頷く。

 バーテンダーの一団が、ドラゴンに向かってじりじりと近づいていく。

 その一団に向かって、声を張り上げる役目は、フィアールカだ。だが、少女はその頭にすっぽりとフードを被っている。

『練金の泉』から逃げ出すときに持ってきたものだそうだが、それによって顔が見えない。


 だから、連中は最初、彼女に気づくことはないだろう。



「止まりなさい!」



 フィアールカの、涼やかで透き通った声が響く。

 突然物陰から飛び出してきたフィアールカとお付き二人に、バーテンダーの集団が顔を向ける。


「それ以上近づかないで! すぐに引き返しなさい!」


 バーテンダー達は目の前に立つ三人を見て、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「そういうお前らはなんだよ? こんなところでなにしてんだ?

「どうせ、おこぼれ狙いで付けてきたんだろ」

「ははは、違えねえ。お嬢ちゃん二人に、ヒョロイ男だからな」


 その中の幾人かがフードを被った少女に返す。

 バーテンダー達は、思ったようだ。自分たちの目の前にいるのは、作戦への参加を認められなかった、弱小バーテンダーだと。

 だからこっそりと後を付けてここに到着し、何か理由をつけて自分たちの獲物を横取りするつもりなのだと。


「悪い事は言わねえから消えな。ドラゴンは手負いらしいが、お前らなんかの手に負える相手じゃねえんだよ」

「ドラゴンに食べられないように、さっさと帰りなさいな」


 柄の悪い幾人かからはバカにしたような笑いが上がった。


「私には、手に負えない、ですって?」


 フィアールカは静かに喉を震わせ、怒りを露にした。そう演技した。

 そして、わざと目の前のバーテンダー達の集まりに見せつけるように、そのカクテルを発動させた。


「【グレイ・ハウンド】」


 あらかじめ準備を終えていたフィアールカの銃が魔力を放出し、それは白い狼となって彼女の側に控える。それはフィアールカを象徴するカクテルの一つだ。

 突如のカクテル発動にざわめくバーテンダー達に向かって、フィアールカは見せつけるようにフードをめくって素顔を晒した。


「この『練金の泉』の【氷結姫】。フィアールカ・サフィーナの手に負えなくて、いったい誰がドラゴンと戦えるって言うのかしら?」


 年不相応な凄みのある表情で、フィアールカは宣言した。

 先ほどまでは完全に馬鹿にした雰囲気だったバーテンダー達が、フィアールカの登場でにわかに尻込みしはじめる。

 当たり前だ。現在『練金の泉』を率いている筈の少女が、なんの前触れもなくドラゴンのもとに姿を見せたのだから。


 彼らは思ったことだろう。やはり『練金の泉』がドラゴンを倒したという噂は本当だったのだ、と。

 その思いを助長するように、フィアールカは捲し立てる。


「あなた方が行おうとしている行為は、我々『練金の泉』への敵対行動と取りますが、よろしいのですね?」


 フィアールカの言葉に、焦った反論の声が上がる。


「なっ! 違う! 俺たちはただドラゴンを倒すために来たんだ!」

「『練金の泉』と争うつもりなんて──」


 相手のざわめき声に刺すように、フィアールカは冷淡に告げる。



「ではお引きになってはいかが? あちらのドラゴンは、既に『練金の泉』と契約を結びました。アレを傷付けることは、我々の資産を傷付けるも同義ですので」



 そうすごまれて、バーテンダー達は来た時と同じく、じりじりと後ずさりを始めた。

 その様子を、ここまでは計算通りと内心ほくそ笑むソウがいた。



 これがソウの考えたもう一つの案だった。

『正式な発表』が無理なら、目の前で『嘘の発表』をでっちあげてやればいいのだ。

 それを宣言するのは、他でもないフィアールカだ。

 下手に迂遠な発表をするより、目の前に姿を見せ、圧倒したほうが御しやすい。


 その為にわざわざ物陰に隠れ、フードなどを用意して待っていたのだった。より効果的に宣言がなされるタイミングを。

『正当性』のない主張によってバーテンダー協会の関わる作戦の妨害を行えば、最悪は『外道バーテンダー』の烙印を押されることもある。それもあって、ソウ達は自身らの主張によって彼らを止めることはできないと考えていた。


 だが、嘘でもはったりでも『練金の泉』のネームバリューを用いれば、この場の『正当性』を主張することくらいは、造作もない。

 小さくみても『練金の泉』との関係が悪くなり、最悪は相手方のバーテンダー達のほうが『外道』と見なされるかもしれない。それは彼らが最も恐れることの一つだろう。


 これで雰囲気に飲まれてくれれば、労せずして戦闘は回避できる。

 ソウは、相手の様子を見て、その希望的観測をほんのわずかに思い浮かべた。



 瞬間、ソウの体が反射的に危険を察知した。



「え?」



 フィアールカから、息を吸うのを間違えたような気の抜けた声が上がる。

 だが、ソウはそれどころではない。

 ソウは腰のポーチから愛銃『ヴィクター・フランクル改』を抜き出して、フィアールカを庇うように前へと飛び出していた。


 その銃は、今にもフィアールカの首へ走ろうとする一振りのナイフを食い止めている。

 一瞬遅ければ、フィアールカは首から大量の赤い液体を噴き出していただろう。



「やはり、止めたね」



 そう感想を漏らし、男はすっとソウから距離を取る。

 男のその言葉がどんな感情からなのかを、表情で判断することはできない。


 なぜならその男は、真っ白な仮面を付けていたのだから。


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