【スカイ・ダイビング】
ドラゴンは、人間のことを思った。
(殺すには、惜しい男だったか)
馬鹿な男だった。だが、同時に強い男でもあった。
最後までドラゴンという種族を相手に、勇敢に戦った。
死のその時まで、決して敗北を認めなかった。
(だが、所詮人間。我々に勝つことなど、できはしない)
ドラゴンは少しの哀愁を振り払い、地上を見た。
そこには男が付けた条件の少女の他に、もう一人の姿が見えた。
先ほど見逃した少女だった。
(追ってきたのか? なんのために?)
ドラゴンはその少女の目的が分からない。なにせ、今は恐怖に顔を青ざめさせているのだ。
自分を追ってきたにも関わらず、自分を見て恐怖する意味があるのか。
(まあいい。我には関係のないことだ)
少し考えてから、それは無駄な思考だと切り離すことにした。
だが、直後にその表情が変わる。
恐怖一色に染まっていたその瞳が、喜の混じった驚愕へと塗り替えられたのだ。
《どうしたというのだ?》
その疑問が口から出たとき、想定外の方角から、その答えはもたらされた。
「教えてやるよトカゲ野郎!」
それは男の声だった。だが、それは死んだ者の声だった。
それがなぜ、頭上からするのか。ドラゴンには理解できなかった。
目の前が光に埋め尽くされようとしている時だった。
ソウはそれまでの自分の考えを、一度フラットに戻すことにした。
試したことがないからと、思考から排除していた行為を、再検討する。
生存条件は勝利のみ。その為に二つの竜巻で、回避、移動、攻撃の三つの行動が必要。
(三つの行動を、一つずつ行おうとするから足りなくなる。なら、回避と移動を融合させることはできないのか?)
それをするために、両手で銃を持つ必要があった。
ソウは迷うことなく『龍殺し』を上方に投げ上げる。
そしてソウは、即座に銃に弾を込めた。右手に『サラム』、左手に『ジーニ』。
その二つの相性が良いのは折紙つきだ。あとは『ブレス』への対処が必要だ。
ソウはまず叫んだ。
「『ジーニ』! 『サラム』!」
叫んでから放つまでに一呼吸おく。
まだだ、まだ早い。
そのタイミングは、丁度『龍殺し』が落ちてくるその瞬間。
ソウは『龍殺し』の柄を、噛む。
そして『ブレス』に向かって首を振り抜きながら、二つの銃を寸分違わずに放つ。
混じり合った炎と風は、それまで以上の爆発力でソウの体を上方前へと押し上げた。
その超加速による『龍殺し』の攻撃は、圧倒的な魔力を誇る『ブレス』を切り裂いて隙間を作る。そのほんのわずかな隙間を抜けてソウはブレスを回避しきった。
一つの竜巻で、回避と移動の二つを同時に果たしてみせたのだ。
その直後に『龍殺し』は役目を終えたように、真っ二つに折れる。砕け散った剣先は地面へと落ちて行った。それがこの場にいる全員の意識を引いた。
そしてソウは、誰にも気づかれずにドラゴンの頭上を取ったのだ。
そう、上ならば『勝機』は残されている。攻撃のチャンスはそこにしかない。
《なっ! 貴様!》
ソウに声をかけられて、ようやくドラゴンはその存在に気づく。
だが、その時には既にソウの行動はほぼ終わっていた。
その両手を使って、黒い愛銃『ヴィクター・フランクル改』をしっかりと握っている。
すでにその周りには竜巻はない。正真正銘、これが最後の攻撃だった。
ソウは『テイラ』で作った足場の上で、宣言をする。
「基本属性『サラム30ml』、付加属性『ブルー・キュラソー20ml』『コーディアル・ライム10ml』、系統『シェイク』」
その宣言は、決してソウ以外のバーテンダーには聞かれていないだろう。
だが、地上で目を凝らしていたツヅリとフィアールカは確かに目にした。
集中が必要な『シェイク』のカクテルを、空中で発動させんとするソウの姿を。
ドラゴンは、言葉の意味が分かったわけではない。
だが、それでも、それを完成させてはいけないと、本能が教えていた。
だからこそ、ソウへと向かって最短距離で、真っ直ぐ頭上へと向かっていく。
それが、失策だとも知らずに。
ソウは、自分へと真っ直ぐ向かってくるドラゴンに心を乱さない。
そんなことをしていては、シェイクに集中することができない。
余計な力の一つでも加われば、不安定なこの足場でバランスを崩す。
上に、下に、回転させるように手首の返しだけで綺麗に銃を切った。滑らかに動作を終えると、放射の時を待って銃は唸りを上げる。
その銃口をドラゴンへと向ける。だが、まだ放たない。一度片手に銃を持って、右手で折れた剣を引き抜いた。
凄まじいスピードで向かってくる脅威に対して決して焦らず、余裕を持ってその銃口の先に折れた『龍殺し』の柄を添える。
その魔法は単体で扱うものではない。
相手より上方から、なおかつ、なにかの媒体を用いなければ扱えないカクテルだ。
それゆえに破壊力は、絶大だ。いくら折れたとはいえ『龍殺し』を媒体に使うのだ。
『龍殺し』の弾丸が、龍の鱗に負けるはずがない。これが刺さらないはずがない。
ソウは静かに、そのカクテルの名を口にした。
「【スカイ・ダイビング】」
銃口から放たれたのは、空のように鮮やかで、爽やかな青い炎。その澄んだ力は目の前に置かれた『龍殺し』へと宿る。
そして、その銃弾は放たれる。
目にも止まらぬスピードでもって、急降下していく。
『龍殺し』の弾丸は鮮やかな軌跡を描いて、ドラゴンの翼の根本へと突き刺さった。
『ギィイイイイオオオオオオオオ!』
翼という『飛行』の根幹部分に『異物』が突き刺さり、ドラゴンは悲鳴を上げながらゆっくりと速度を落とす。その結果、ソウに辿り着くその前で失速した。
だが、それに追従するようにソウはその身を踊らせた。
「とっておきは、これからだっての!」
握ったままだった銃に一つの弾丸を詰め込んで。
ソウは軽やかに空の足場を蹴ってドラゴンへと迫り、速度を失って落ちて行くドラゴンにしがみつく。
その行動に、ドラゴンは声を上げる。
《貴様、なにを!》
「てめえらドラゴンは、その鱗だの魔力だので『魔法』を簡単に弾いちまう。だからお前等にいくら『カクテル』を放ったところで、なんの意味もねえ」
律義に答えながら、ソウは抵抗するドラゴンの体を移動し、目的地へ。
それは先ほど突き刺した『龍殺し』のある場所。
そこに銃を突きつけて、ソウは独り言のように述べた。
「だが、この『楔』を媒介して、直接体内に違う魔力を強引に送ってやったらどうだ? 魔力は異物として取り込まれ、その操作に異常をきたす。つまり、ドラゴンの強みである『魔法』耐性が極端に落ちるわけだ」
《まさか! 最初からそれを狙って──っ》
そこまでで説明は終わりだと、ソウはにやりと笑みを浮かべる。
それがソウの本命だった。
それまでの立ち回りでドラゴンを翻弄し、常に優位に立ち続ける。そしてドラゴンが焦れて隙を見せたその瞬間に『龍殺し』を『楔』として突き刺し、魔力を送り込む。
それが、人間がドラゴンに有効打を与える唯一の方法だった。
ドラゴンにしがみついていた左手をふっと離して、ソウは引き金を引いた。
「地べたに這いつくばれ、トカゲ野郎──『テイラ』」
放たれたのは『土』の魔力。だが、ただの『テイラ』弾ではない。
ツヅリの言っていた『お守り』の正体。ツヅリ自身の魔力から精製された『特別製』だ。
それは生体から作られただけあって、ドラゴンの体に異常に速く溶け込んで行く。
もともと飛行のバランスを崩していたドラゴンは、苦痛の声を漏らしながら地面に落下する。
ソウは自身が接地する直前に、ジーニの魔力でふわりと体を浮かし、軽やかに着地してみせた。
地面に倒れ臥し、苦しげに呻くドラゴンと、肩で息をしながらも涼しい笑みを浮かべたソウ。
誰の目から見ても、勝者は明らかであった。
「お師匠!」
地面に降り立った師に向かって、ツヅリは全速力で抱きつきにいった。
そしてそれを、にこりと笑みを浮かべてソウは──避けた。
ずるっと体勢を崩し、慌てて制動したあとに、ツヅリはじとっとした目でソウを睨む。
「ひどくないですか?」
「俺、怪我人。体ボロボロ。オーケー?」
そのあまりに常と変わらない態度に、ツヅリは少しだけ嬉しくなる。
そしてもう一度、抱きつきにいった。
ソウはしかし、二度目は避けなかった。諦めたようにツヅリの体を受け止め、苦笑いを浮かべる。
「……だから、怪我してんだっつの」
「うるさいです。痛いってことは生きてる証です」
「痛いのは俺なんだが」
「本当にっ! 本当に死んじゃったかと思ったんですよ!」
ぐりぐりとソウの胸に顔を押しつけて、ツヅリは堪えていた涙をここぞとばかりに流す。
ソウは少し表情を歪めながらも、よしよしとその頭を撫でてやった。
「悪かったって、それもこれもあのなまくらが悪い」
「うるさいです。全部お師匠が悪いに決まってます」
言いながら、駄々をこねるようにしがみつくツヅリにソウはため息を吐く。
そこでふと、もう一人この場に来ていた少女を思い出す。
「どうしたんだおまえ? 血相変えて」
「……ソウ様、良く、良くご無事で」
フィアールカはソウと、横たわるドラゴンを見つめ、ほぅと冷めた息を吐いた。
「……殺したのですか?」
「死んでない。そのつもりもない」
憮然と言い切ったソウに、フィアールカはその表情を歪めた。
「私は、本当にダメですね。無能も良い所です」
「……死者は?」
「幸いなことに、一人も」
そう言って、フィアールカはその目を伏せる。そして、ボソリと言った。
「私にも……あなた程の力があれば……」
その落ち込んだ様子に、ソウは少し迷う。
だが、ソウが何か声をかける前に、フィアールカはそっと身を翻した。
「……とにかく、ご無事で何よりです。また、会いましょう」
表情を見せずにその言葉を残し、フィアールカは氷狼を生み出して去って行った。
ソウは、我関せずと自分に抱きつくツヅリと、まだ動けない様子のドラゴンと、そして陰を感じるフィアールカの背中を見比べて、なんとはなしに思う。
せっかく勝ったというのに、課題はまだ多そうだ、と。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
本日三回更新予定の三回目です。
このあたりで、二章は折り返しを迎えたくらいでしょうか。
この先の展開も、それなりに分りやすいかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。