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任務と優先順位

「ダメだ」

「なんでですかお師匠!」


 ソウとストックが会話を終え、一度お開きになったところ。

 ツヅリが先ほどの話をしようと近づいたところで、ソウは話すら聞かずに断言した。


「話は聞こえてた。だが、それは俺たちの仕事じゃない。無用な危険だ」


 ソウは殊更に固い表情で、ツヅリとルキを睨みつけるように断言する。


 無用な危険。


 その事実は当然ツヅリも理解している。二人の現在の仕事はあくまでも調査である。

 だから、二人に薬を手に入れるという仕事はない。そしてストックもその事実を理解しているから、決してバーテンダーにそれを頼むことはなかった。


「でも──調査のついでに、それくらいなら!」

「ついで、ねぇ。お前、もっと良く考えた方がいいぞ」


 食い下がろうとする弟子を放置し、ソウは唇を噛み締める少年に目線を合わせる。

 少年の肩に手を置く。ビクリと少年が跳ねるが、ソウは気にせずに瞳を覗き込む。


「ボウズ。お前の気持ちは推測くらいならできる。だが、俺たちはバーテンダーとして、依頼を受けてここに来たんだ。それくらい、分かるな?」

「…………」

「言ってしまえば、関係の無い事に割いている時間も金も、俺たちにはないんだ。」

「っつ……」


 顔を歪め、涙を浮かべながら、それでも少年は懸命に言葉を受け止める。


「俺たちの調査が終わって、原因を解決できれば、いずれお前の母親は助かる。だが、俺たちがお前の頼みを聞いて行動し、怪我や死亡、なんてことになったらその分だけ周りの人間は困る。お前のわがままが、町の人間を困らせることになる。分かるな?」


 その言葉に少年がぐっと体を縮こませる。


「そんな、こと、言って──」


 だが、少年は頷く代わりに、声を上げた。


「そんなこと言って、ホントは怖いだけなんだろ! あんちゃんは!」


 ソウを睨みつけながら、責任者の息子ではなく一人の子供の顔で、ルキは怒鳴る。


「昨日だって、本物のカクテルを見せるとか言って逃げただけじゃないか! 本当は魔物と会うのが怖いから、母さんを助ける義務はないとか逃げてるだけなんだろ!」



 昨日、多くのモスベアーに囲まれた時にソウが取った選択。それは、逃走だった。


 まず自身に身体能力強化の特殊魔法【グラスホッパー】をかけ、飛躍的に上昇した身体能力でツヅリとルキを抱え上げた。

 その後は、手持ちの風の属性弾『ジーニ』を混ぜることなく放ち、立ちふさがる魔物を衝撃波で強引にどかしながら、包囲網を突破。

 強化された身体能力でもって熊の追撃を置き去りにし、無事に逃走を成功させたのだ。



 涙目で昨日の方策を批判するルキに、ソウはむしろ薄笑みすら浮かべて言った。


「ああ。怖いね。それが何か悪い事か?」


 唐突に問い返され、少年は返す言葉を失う。


「……え、な、お、大人のくせに、恥ずかしくないのかよ!」

「まったく恥ずかしくねぇな。むしろ誇らしいくらいだ。死ぬのが怖くないとか思春期のガキかっての」


 ルキの言葉に、やたらと大人げない態度でソウはまくしたてる。


「さっき言ったな。関係のないことに割く時間も金もないって。更に言えば、お前のわがままの為に使ってやる命もないんだよ。それともお前は母親の為なら死ねるってのか?」


 ソウは少し熱くなっていた息を吐いて諭す。


「俺たちは仕事をこなす。なるべく急ぐから、大人しく待ってろ。分かれよ」

「…………」


 少年の返事を待たず、ソウは、話は終わったと立ち上がる。そのまま、何か言いたげに鋭い視線を向けている弟子の顔を一瞥だけして、外に向かって歩き出そうとした。


「……できる」

「あ?」


 だが、その呟きにも似た意思の強い声が、ソウの足を止めた。

 声を発した少年は、まっすぐソウを見上げながら、はっきりと言った。


「母さんの為だったら、僕は死んだっていい!」


 ふーふー、と威嚇するが如く目を見開き、精一杯の意思を込めて少年はソウを睨む。


「……あっそ」


 ソウはその言葉に素っ気ない返事をして、さっさと歩き去っていった。

 その場に残されたツヅリは、師の背中を目で追った後にルキに声をかける。


「ルキ君。お師匠はあんな風に言ったけど、本当は君に無茶とかして欲しくなくて……」

「別に、分かる、けど」


 少女はなるべく師匠をフォローするように、表情を硬くした少年の頭を撫でる。


「だから、絶対に昨日みたいなこと、しちゃだめだよ?」


 そう言ってから、少年の返事も待たずにツヅリは師を追いかけた。



「お師匠!」

「おせーよ、ツヅリ」


 屋敷の門の前でソウは待っていた。

 ツヅリの声に棘があることには気付いているが、あえてそこには反応しない。


「言いたい事は分かりますけど、あんな言い方ないですよ!」


 その態度は、なおさらツヅリを苛立たせた。

 その弟子の反抗心にもソウはまるで取り合わず、努めていつもの態度を変えない。


「かもな。思ったよりも根性のあるガキだった。驚いた」

「どうするんですか? これから?」


 少女の、じとっとした瞳。

 それに対する、冷めた瞳。


「別に。予定通りだ。本格的な調査は明日から。今日は準備を整える。昨日使いすぎたジーニの補充をしないといけないし、山用の装備もいるだろう。だから今日は大人しく鍛錬してろ。屋敷に残ってな」

「……今日、自由にして良いなら、一日くらい……」


「予定通りだ」


 ツヅリの要望をほとんど正確に把握しながら、ソウはそれには応えない。

 幾分かルキに感情移入していたツヅリは、その師の決定に従うしかないと分かっていても、どこか面白くないものを感じていた。


「それじゃあ、俺は行くから。くれぐれも勝手な行動は取るなよ」

「……へーい」

「…………てい」

「いだっ!」


 不貞腐れているツヅリに活を入れるように、ビシとデコピンをするソウ。

 更に恨めしげになったツヅリに、ソウは真剣な表情で命令をした。


「あのボウズから目を離すな。また、勝手な行動を取るかもしれない」

「……見張りですか?」

「そうじゃない」


 不満そうなツヅリに、ソウは彼女がやる気になるよう言葉を選ぶ。


「……お前が、ボウズを危険から守ってやるんだよ。それがお前の今日の仕事だ」

「!」


 仕事、と強調した言葉に、ツヅリの目が少しだけ上向いた。


「お前が見ててくれなきゃ、俺は心配でおちおち準備も出来やしないからな。この仕事はツヅリ、お前にしかできないことだ」

「……つまり、お師匠は私を必要としている、と?」

「そう言ってる」

「はい!」


 師に頼られているという言葉を受けて、ツヅリは心を切り替えて臨むことにした。

 展開に多少不満はあれど、今は出来ることをしよう。

 そして願わくは、少年の師匠への誤解を解こう。そう心に決めた。


「じゃ、後は頼んだぞ」

「了解です」


 町の中央に向かって消えて行く師匠の背を目で追ったあと、ツヅリはルキの様子を見に屋敷へと戻った。

 頭の中で、少年と何を話そうかを考えるツヅリ。


 そうだ、どうせなら少年にカクテルを教えてあげよう。彼の認識をそこから改めてみよう。カクテルの発動には何が必要で、何が難しくて、そして何ができるのか。


 頭の中で話をすることをポツポツと浮かべながら、ツヅリは足を速めた。



※0914 誤字修正しました。

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